006:ロビン・ラックと入学式-2-
「さて、全員に行き渡ったか?」
そう声を発したのは後から教室に入って来た教員らしき人物だった。その男は癖毛で無精髭、目の下にややクマが出来ており、不健康そうかと思いきや細身ではあるが筋肉質な身体をしていた。身長はそれほど高くなく、普通といった所。彼は教室内の椅子に空きがなくなったタイミングを見計らって最後に入室してきたのだ。そしてその「行き渡ったか」の言葉に各々が雑に返事をし、それとなくクラス全体に書類行き届いた事が確認される。手紙の他に小型のデバイスも渡されており、資料によるとそれを介して連絡が来る様だった。ロビンとアルヴィスも会話をやめ、それぞれの手元の資料に目を通していく。
「見ての通り、今日はイベントが目白押しだ。喜べ」
喜べと言われて素直に喜べるほどクラスの団結力が高まっていない。教室は静寂を保っていた。そもそも手元の資料を網羅出来ている者などまだ誰も居なかった。そんな事を意に介す事なく教員は言葉を続けた。
「面倒臭いから一度しか言わない、聞き逃した奴は……諦めろ」
周りの人に聞きなさい、後で職員室に、色々考えた末に出た言葉が【諦めろ】。教員は極度のめんどくさがり屋だった。
「俺はクラス担任のジャミール・オンジャス。先生と呼ぶ様に。後今日は魔力測定をして使い魔を召喚して魔杖を作って貰う。喜べ」
「うおおおおおお!!!」
ジャミールの発言に先程のそれとは真逆の反応を示した一同、クラスメイトが一丸となって湧き上がったのだ。それはセブンス魔法学校と聞いてこの二つの話を知らない人など殆どいないという事実に起因する。
念の為殆ど表現したのは僅かだが例外もいるからだ。それは誰か、言うまでもなく我らがロビン・ラックに他ならない。
「使い魔? 魔杖?」
「お前まさかそんな事も知らないのか? 呆れた、通りで俺の事も知らない訳だ」
隣のアルヴィスは得心が行ったという雰囲気で落ち着いていだが、クラスメイト達は熱気に満ちていた。そんな周りの空気について行けていなかったロビンは、周りをキョロキョロ観察しながら静かに鎮座する。殆どいないであろう、これらを知らないという例外の中の一人だろう。
「お前ら静かにしろ、殴るぞ」
その言葉にクラスの大半が佇まいを直したが、まだ騒いでいる者もいた。殴るぞの宣言から三秒、ジャミールは待った。しかしながら今尚後ろを向いて話す一人の生徒が在り、彼の真後ろまで静かに移動すると、彼はその歴戦の拳を振り上げ、頭頂部へと下ろした。
所謂、拳骨である。
「痛っ!! え!? 首までいてぇ……」
「二度言わせるな、次はグラウンドまで殴り飛ばすぞ」
「え!? すみませんでした」
有無を言わさぬ迫力に気圧され、騒がしかった少年もあっという間に大人しくなり、その場に正しく着席する。少しだけ眉を顰めるクラスメイトたちだったが、ここでもロビンだけは【そりゃ当たり前でしょ】という顔をしていた。罪には罰を、悪い事をしたら拳骨など日常過ぎて不憫にすら思えなかったロビン。
閑話休題。
「さて、では魔力測定だ。カードを配るから受け取れ」
そう言うとジャミールはカードを空中へと投げ飛ばし、そこから綺麗に20枚全てが進路を分岐し各自の元へと辿りつく。
「カードの説明をする。不思議なカードだ、以上。分かったらとっとと魔力を流せ」
殆どを理解出来ないクラスメイト達であったがやる事だけは理解できた。カードに魔力を流す。単純な行いだ。
「見て分かる様に色が変わって数字が出てくるだろう、それを確認したらこっちで回収する。わからない奴が居たら……諦めろ」
ロビンは内心焦っていた。諦めろと言われても、魔力などというものにはこれまで触れてこなかったのだ。アワアワと周りを見ていると、どうやら皆一様にカードを変色させている。まずい、置いて行かれる。そう思ったロビンだったが、改めてカードをみると。【546】と数字が書かれていた。カードの色が変わらないので焦ったが、よく見ると薄らと光っている様にも思えた。数字の多寡など分かるはずもないロビンは呆気に取られたままだったが、ひとまず諦めなくて済んだ事にホッと胸を撫で下ろした。
「全員測定を終えたな? カードを回収する」
そう言葉を言い終えると同時にカードが空中に巻き上げられ、そのまま全てジャミールの手元へと収められた。
「さて次だが。使い魔と魔杖はこれから訓練していく中で、手元にある事が大前提になる存在だ。座学も何もかもそれらを前提として考えなければ意味を薄めてしまう。故にそこを未知数とせず、全ての学びの前に最初に獲得する儀を終えて貰う」
皆の顔を確認し、ジャミールは言葉を続けた。
「ではうちのクラスはまず使い魔からだ」
「うおおおおおおお!!!」
熱狂冷めやまぬ雰囲気のまま、クラスは場所を移す事となった。