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ロビン・ラックと魔法学校  作者: 生くっぱ
ロビン・ラックと死の少女
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055:ロビン・ラックと死への階段-1-

 その日のデマイズの里はいつもと比べ、少し空気がおかしかった。可笑しいとは言ってもそれは騒がしいという訳ではなく、寧ろ不気味なまでの静寂を保っていたと言った方が正しいかもしれない。


 故に、彼らの行進音は里の隅々まで響渡っていた。

 デマイズの里、その中央に聳える大通りを進む兵士の足音は実に騒々しく、各々の全身からは怒りのオーラが立ち上っている様に思えた。


「ここの連中、ちゃんと理解出来ているんだろうな。こっちは金を払って貴様らを雇う客の立場だぞ。何なんだここは。族長までもが……全員どうかしている」


 そんな言葉を吐き捨てながら里を去り行く一団。

 そして、そんな彼らを冷たく見送るデマイズの者達。苛立ち紛れに物騒な言葉を並べるその者達との対比で、里は酷く静寂な空気が際立っていた。


 隊列の中には怒りのあまり、剣の柄に手をかけようとしている者まで見られた。唾を吐き、周囲へ威嚇し散らかしていたのだ。そんな姿を見たデマイズの面々も「あんな奴らを無事に返す必要はないのでは?」とでも言いたそうな、実に剣呑とした雰囲気をしている。


 一触即発の空気感。

 それをギリギリの所で成り立たせていたのは、互いに共通する圧倒的なまでの益の無さ故の事だった。デマイズは個々としては強くとも規模として小さく、客もまた強大な権力者であれど今は無益な争いにリソースを割いている余裕など無かったのだ。


「何があったんだ?」

「ー!?」


 それは事情を聞かされていなかったラディックの声だった。遠くから一団を見送っていたデマイズの男は突然後ろから声を掛けられた事でビクッと身体を硬直させるも、「何だお前か」と胸を撫で下ろして会話に応じた。それ程までの緊張感が、里全体に漂っていた。


「貴族だよ、しかもクソみたいな」

「へー、珍しいな。アンタらがここまでピリつくなんてよ」


 隣に控えていたロビンはこの場の只ならぬ空気から少し言葉に詰まっており、口を挟めずにいた。一先ず、今はラディックに状況を任せ口を噤む事を選択した。


「あれは幾ら何でもおかしい。相当ヤバいヤマだな」


 それは目の前の男の声ではなかった。

 ラディックとロビンは同時に振り返る。

 そこに居たのは別の里の者。


「それってどれくらい?」

「……」


 興味本位でラディックは尋ねてみる。

 男はラディックたちの後ろからゆっくりと近付いて来ており、どうやら目の前の男に用があったみたいだった。この男もまた、神妙な表情をしている。そして鼻から息を軽く抜いた後に、重い口を開いた。


「暗殺の依頼、場合に依ってはかなり人が死ぬな」

「そりゃ……物騒だな」


 冷や汗が、一筋走る。


 ラディックは事の深刻さに少し顔色が悪くなった。

 魔獣の討伐の様な、表立った人助けに近い任務しか回ってこない新人の彼にとって、改めてデマイズの一員として聞かされる【人を殺す任務】というのは、重みの次元が別格である様に感じられた。


「詳しく聞きたけりゃ族長の所へ行きな。今行ったら理不尽にキレられるかもしれないから気を付けろよ」

「マジかよ……」


 族長は怖い人物という訳でもなかった。

 その族長が理不尽にキレる。彼程の人物がフラストレーションの吐き先に理性の余地を持ち合わせないなど、余程の事を言われたのだろう。


 気は重かったが、それ故に気にもなってしまう。

 少なくとも、知らずに置くなど今更出来なかった。


「ラディに任せるよ」

「……」


 何を言う前に、先んじて言葉を掛けたロビン。

 彼なりに漸く出せた言葉がそれだった。


「……悪ぃ、やっぱ気になる」

「ん、オッケー」


 二人は族長のいる屋敷へと向かう事にした。





 移動した先、族長の控える屋敷の前で。


「巫山戯るのも大概にしろよ!!!」


 屋敷全体が震える程の怒号が響き渡った。

 神級の魔獣でも出現したのかと錯覚する程に強大なプレッシャーを放つ族長の屋敷。今まさにここに入ろうとしていたラディック達は「やっぱやめるか?」と一瞬顔を見合わせた。だが、逆に言うならばその憤りの理由を確かめない事には帰るに帰れない。進む他に選択肢を持ち得なかった。


「失礼します」

「……ラディックか。どうしたこんな時に」


 そこに居た人物。

 漆黒に紅の紋様が入ったローブを身に纏う白髪猿顔の老人。背はそれほど高くない上に身体も大きくはないが、線が細いという訳でもなく。ローブの間から見えるその腕は非常に力強く「あの腕で机を殴ったら一撃だろうな」とロビンは想像していた。


「こんな時だからだよ、何があった?」


 族長の眼は怒りに満ちており、眼力だけで物体を炭化させるのではと言うほどの圧を放っていた。ロビンは言葉もなく、全身から汗を流して固まっている。完全にとばっちりであった。


「殺しの依頼だ」

「それくらいいつもの事だろ? どう違うんだよ」


 猿顔をひくつかせながらラディックを睨むも、彼は既に一族の大人。事情を知る権利を持ち合わせていたのだ。奥歯を強く噛みしめる様な力の篭った表情で語り始めた。


「貴族だ、しかも七大貴族。巧妙に隠していた様だが我々の眼は誤魔化せない、あれはホワイトニュートの連中だった」

「ホワイトニュート?」


 どこかで聞いた事のある貴族名、果たしてどこだったかとラディックが脳内を検索する間に族長は言葉を続けた。


「そう。そのホワイトニュートから同族殺しの依頼を持ちかけられたのだ。本人たちは他人のフリをしていたからな、上辺の話でいくとただの殺しの依頼。そのつもりだったのだろう」

「……どう言う事だ?」



 同族殺し、それは自分達の身内を殺す行為。

 そんな血生臭い話の為にデマイズを利用しようとしていた、そういう内容だ。「胸糞悪い」と吐き捨てた族長の嘲笑が耳に痛かった。


「どうやら一族の中に気に食わない奴が居るらしい。だがその子はまだお前らと同じ様な歳の子だ。それは果たして俺たちに依頼する様な事なのか?」


 依頼者達曰く、そのターゲットは頗る強いらしい。その上で上手く事故として処理したいとの話だった。故に討伐の依頼と称して同行し、ターゲットが討伐対象に攻撃を仕掛けるタイミングで後ろから殺せと。そういう依頼だった。念には念をで討伐対象にはかなり手強い魔獣を用意すると、そんな事まで言っていたらしい。


 そして、事もあろうにその魔獣を用いて要人暗殺に参加したデマイズ以外の全員をどさくさに紛れて殺せと、加えてそう依頼してきたと族長は語っていた。終いにはその上で、用意した魔獣は自然の産物として処理出来る故、放置せよとまで言われたらしく、その余りに酷い条件提示に怒りが隠せなくなっていったらしい。


「ターゲットが強いというのなら俺たちに頼みたい理由も、……ギリギリ容認しよう。だが子供だ。しかも女の子だぞ。その上に状況に参加した同業者まで全員始末しろだと? そして誘発させた魔獣は放置し自然災害として見過ごせだと? 我々を何だと思っているんだ!」


 怒りと憎しみに満ちた族長の声は部屋中に響き渡っていた。「金さえ払えば何でもやる」、それは難しい内容も熟すと言う意味であって、汚い事情に目を瞑るという訳ではない。


 そして、この少年が。

 今の話の殆に関係ない筈のロビンが。

 どうしても聞き捨てならない一言を耳にしてしまう。


「おんな……のこ?」

「……ん? あぁ、ラディックが連れて来た友人か。君の様な子供には聞かせたくない話なのだがね」


 何故連れて来たのかと、そんな視線をラディックに送っていた族長だが、そんな事はどうでも良かった。


「ホワイトニュートの、女の子?」


 呆然としながら、今の話を頭の中で整理するロビン。幾度考えを改めようとも一人の存在が浮かび上がってくる。そんな筈はない。あの子は人の為に優しく在れる、強くて素晴らしい人物だ。そんな筈はない、何度もそう言い聞かせていたが、どうしても確認が取りたくて、口からその名が溢れた落ちてしまう。


「ミア・ホワイトニュート?」

「な!? 何故君がその名を!?」

「そうか、どこかで聞いた貴族名だと思った。あの影の薄い貴族の奴か。クラスメイトじゃねぇか」


 当たってほしくない、今一番聞きたくない返事が族長の口から出てきてしまい、その疑っていた気持ちが形を変えて、一層重みを持ってロビンの中へと入り込む。


 事実は、最悪の方向に確定してしまっていた。

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