053:ロビン・ラックとデマイズの里-4-
先程までの白い毛並みが僅かに黄色掛かって見えており、そのコントラストから金白色に輝く美しい姿を魅せるリクゼン。彼の腕や脚は細身ではあるが、ガッシリと鋼の様な筋肉で構築されており、尻尾は先程までよりも少し長くなっていた。
またラディックによって与えられたデマイズの戦闘衣装に身を包み、無機質な石棒を構えるその堂々たる様は、出会った当初の小猿のイメージは想像も出来無くなっており、歴戦の老猿鬼と呼ぶべき勇ましい姿となっていた。
「さて、ワシが戦えるかどうかじゃったな」
リクゼンがそう呟くと、棒を軽く回転させながら構えを改め、そしてそれをロビンへと向ける。
「童よ。良ければ、手合わせといかんか?」
「えっ!?」
その言葉に対してロビンは高揚感が隠せず、とてつもないニヤニヤを内包した表情でラディックを見つめる。
「あー好きにやれよ。俺は見てるから」
「よっしゃ! じゃあ頼むねリクゼンさん!」
「しっかり構えるのじゃぞ、怪我をせんようにな!」
片やガントレット、片や石の棒。両者共に武器を構え、そして。
「いくよ!」
まずはロビンから躍りかかった。右の拳による横殴りの一撃がリクゼンを襲うが、これは難なく掌で受け止められる。
「うわっ!」
そしてそのままその手を掴み投げ飛ばされると、空中で石棒による追撃がロビンを強襲する。投げられてすぐに身体を捻り体制を整えると、これをガントレットをクロスさせる事で受けようとするが、勢いそのままに地面へと叩きつけられる。
「ぐっ!」
轟音と共に砂埃が舞い上がり、ロビンのダウンも有り得る雰囲気ではあったが、今のロビンは一味違う。
空中から落下してきたリクゼンの着地と共に砂埃の中から雄叫びを上げて飛び出してきたロビン。
リクゼンは魔力を爆発させる様に練り上げ、そのロビンの渾身の右ストレートを再び掌で受け止めた。先のやり取りを準える如く投げ飛ばされる流れになるかと思われたその時。
「おりゃぁぁぁ!!」
「ぐっ!」
掴まれていた手を素早く引くと同時に地面を蹴り、ムーンサルトの如く下から顎目掛けて蹴り上げた。手を地面に着いており、足が一回転して地面に戻ったタイミングで再び拳による攻撃を試みるロビン。先の準えるかの様に思えた右ストレートはフェイクで、この攻撃へと繋げるイメージで仕掛けていたのだ。
三度、拳による攻撃を試みるロビンは、今度こそ必中を予感する一撃をリクゼンへと見舞う、が敵もまた強者。
「させるかタワケが!」
「ぬッ! ぐぬぬ……」
すぐさま棒をロビンの顔面目掛けて走らせており、これを防ぐ為ガントレットを出し、吹き飛ばされる形に。
「なんじゃお主、案外と動けるではないか」
「リクゼンさんも凄いね! 全然当たんないや!」
「これはどうじゃ?」
「ぬぅ!」
試す様な視線をロビンに送った後、石棒にて地面を強打するリクゼン。そしてその衝撃から地面が割れる様に爆発する。その空に舞った石の破片を。
「ぐはっ! な、何!?」
打ち飛ばした。同時に砂埃も舞っており、視界不明瞭な中から繰り出された高速の石弾。これにはロビンも一本取られた形となったが、為される事さえ分かってしまえば回避は難しくなかった。その後続けて射出される弾丸を全て回避するロビン、そして弾切れを予感するタイミングで再び肉薄する。
「来ると思ったわい」
「うわっ!?」
だがその全く逆側からリクゼンが姿を現し、ロビンを制圧してしまう。
「魔力残像じゃ。お主、ええ眼を持っとる上に反応も悪うない。その馬鹿正直な攻撃さえ止めればマシになるじゃろうて」
「ぐぬぬ……リクゼンさん重い……」
「おっとすまんかった」
後ろからロビンを押さえ込み、足と棒で押さえ付けた上で背中の上に座っていたリクゼン。その戦いの一部始終を見ていたラディックは驚愕していた。
赤子同然だと諦めていた自身の使い魔が、今のレベルのロビンを制圧する。信じられない状況だった。確かにリクゼンも無傷ではなく、顎を擦って痛そうにはしているが、まともに入ったのはあの一撃だけだった。驚きの表情を隠しもせず、ラディックはリクゼンへと歩み寄った。
「へー、やるじゃねーかリクゼン。悪かったよ、俺の思い込みのせいで今までこんな扱いしてよ。全部俺の勘違いだった、許してくれ」
「いや、これから楽しませてくれるなら構わんよ」
そう呟きながら金色の魔力を収めるリクゼン。そうして会話する二人を見つつ、倒れたまま思わず笑みが溢れるロビン。ラディックに頼もしい相棒が出来、負けたと言えど嬉しい気持ちから笑顔が我慢出来なかったのだ。そしてロビンもまた、二人へと駆け寄っていき。
「うむ、お主名はロビンじゃったな。童扱いして悪かった。ワシの事もリクゼンと、そう呼んどくれ」
「良いの!?」
「あれだけやれればの、扱いは正さねばなるまい」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、次は俺が勝つんだからね!」
「ワシは主人が強くなれば強く成る程強くなっていく。まずは主人に勝つ事じゃな」
「ラディ負けないから!!」
「分かったから落ち着けって」
━━━━━
そんな一件があり思う所が出来たラディックは、二人の修行を兼ねてある場所を訪ね様としていた。移動中も魔力を練りながら互いに型を応用した攻防を繰り返している。人の目が集まり始める場所ではお互いに魔力を任意の場所に移動させる遊びをしていた。ロビンが片手に寄せればラディックも片手やな寄せて即座に合わせる、次はラディックと互いに順を変えつつ目的地を目指していた。実に器用な二人である。
そしてその訪ねる場所とは。
「いらっしゃいま……ラディさん!?!?」
「よっ」
「やっほー、前の時はありがとーセアラー!」
「ロビンさん!?」
先日訪れていた例の装飾品屋であった。
「今日の客は俺で……」
「ロビンさん!!」
「ふぇぁはい!! 何!?」
早速用件を伝えようとするラディックであったが、話し始めると同時に遮られてしまい、まさかのロビンを狙って会話が始まる。心の準備を一切して来なかったロビンはタジタジで、何かミスをしてしまったと思い込み目が泳いでいた。
「先日どうしてお金を置いて行かれたのですか!!」
「え、どうしてって、買い物ってそんな感じじゃないの?」
「……ん? ロビンお前、金を置いて行ったのか?」
「うん、値段も分からなかったし、取り敢えず全部」
「全部!?」
「そうなんです……驚きました……」
深いため息を吐いたセアラだが、来て貰えたのなら話は早い。ここで全てに決着をつけるべく気持ちを切り替える。
「お金はそのまま残してます! 受け取って下さい!」
「えぇ……要らないよ……」
「要らないって何!?」
何故かお金を貰える場面で「そんな物渡されても困るよ」と本気で困り果てた顔をするロビン。実に迷惑そうにセアラから距離を取っている。セアラは思わずツッコミを入れてしまう程慌てていた。ロビンの言動が理解出来なかったのだろうが、極めて正常な反応であった。
「じゃあ今日のラディの奴に使える?」
「は? 俺は自分で払うぞ?」
「いや貴方も払わなくて良いんですよ!?」
ナチュラルに先日の恩を無かった事にしようとしてくる二人に困惑する事しか出来ないセアラ。埒があかないのでひとまずラディックの要望を聞いてみる事にした。
「今回は何が必要なんですか?」
「オーダーメイドを頼みたい」
「オーダーメイド? 特注ですか、どんな物ですか?」
「棒なんだけどさ、この位の太さで……えーっと、いや待てよ。ちょっとゴメン」
「えっ、ラディさん?」
そう言葉を残すとラディックは一度店から出てしまった。だがものの数秒後に再び店へと入って来たのだが、その時彼の手には一本の棒が握られていた。
「こんな奴なんだけど、これの硬い奴を魔力を込めた時に出し入れ出来る様にして欲しいんだ。腕輪型だと助かる」
「……成る程、武器の圧縮収納タイプの魔道具を作れば良いのですね。それだと元になる素材は必要なのですが、用意出来ますか?」
この質問にラディックは腕を組んで思案する。そして。
「どこまでだったら頼める?」
この質問に対してセアラは。
「塗装くらいであれば可能ですが、イメージする武器があるのであれば現物が必要になります。出来れば魔石を嵌め込む場所があると助かります」
「……成る程、もう一度待ってて貰える?」
「あっ」
そう言葉を残し、再びラディックは居なくなった。そして次に戻って来た時には、先程の棒とほぼ同じ物の少しディテールの細かい物が用意されていた。
「めちゃくちゃ硬くしてきた。これで良い?」
「……まさか今作ったんですか?」
「そうだけど?」
再び深いため息を吐き「これだから魔法使いは」と一言だけ小さく零すと、彼女は気を取り直して仕事に戻った。
「えっと、色はどんなイメージですか?」
「両端のデザイン違いになってる部分までが金色で、中央の棒部分は赤で頼む。魔石は一応ここに嵌める場所を作ってるんだけど、いける?」
「十分イメージ出来ました。魔石の場所も作って頂けているので、2時間ほど頂ければ仕上げます!」
「え、そんなにすぐできるの? セアラすごいね」
「なら修行しつつ飯でも行くか」
「さんせー!」
━━━━━
二人は2時間の時間を別の場所で消化し、そして約束の時間を少し過ぎた辺りで再び店に顔を出した。
「悪ぃ、ちと遅れたかも」
「いえいえ、丁度出来た所ですよ!」
セアラは超特急で頑張っていた。まさかラディックからオーダーメイドを頼まれるとは思ってもいなかったので、今持てる全ての技術を駆使して、彼のイメージする最高の一品を仕上げて来たのだ。
「おぉーすげぇ、完璧じゃん」
「すごーい、セアラってやっぱ超すごいね!」
「ふふ、私にかかればこんな物です!」
胸を張るセアラから棒を受け取り、そこに魔力を流してみるラディック。すると先程までこの場にあった筈の棒が瞬時に消えてなくなり、代わりに腕輪が手の中に残されていた。百点満点の仕事である。
「さて、如何ですか?」
「完璧、何も言う事ねーよ。凄いとしか言えないのが申し訳ないくらい良い品だよ」
「良いなー、俺もいつかセアラに何か頼もーっと」
「ふふ、いつでもお待ちしてます!」
そう言って自慢げな顔をするセアラ。自身の渾身の一品をラディックが使ってくれる、これが嬉しくて仕方なくて。思わず彼女は。
「着けてみませんか?」
そう聞いてしまう。
だがしかし。
待っていたのは彼女の望んだ光景では無かった。
「ん、確かに。リクゼン、来れるか?」
「お呼びか、主人よ」
「えっ」
セアラが固まった。
突如として、この場に猿が現れたのだ。
そして彼女はこの時点で既に察しはついていた。
「これ、持った状態で魔力を流して見てくれ。思った場所に収納される筈だから腕をイメージしてくれると良いと思う」
「おぉ! これは良質な一品を。大切に使わせて貰う」
赤棒を腕へと収納し、これからは自分が欲しいと思ったタイミングで武器を取り出す事が出来るようになったリクゼン。再び棒状に戻し、その細やかな美しさに惚れ惚れとしながら喜んでいる。
魔杖と違い、そこから魔力を構築して放とうとするには親和性に欠けるが、腕力で叩きのめし敵の攻撃を受けるには十分な強度を誇った赤棒である。
「……ま、いっか」
そしてそんな大喜びのリクゼンを見て、ラディックとロビンが非常に嬉しそうにしていたので、「役目は果たせた」と、それはそれで喜ばしいセアラであった。




