051:ロビン・ラックとデマイズの里-2-
「お前の先生やべーな」
「でしょ! ニクス先生は凄いんだ!」
自身の掌をマジマジと観察し、自分自身でさえも微塵も感じ取れなかった事実を看破され、言い表す言葉も思いつかないラディック。ヤバイとしか言いようがなかった。
「お陰で方針は決まった、まず二人とも魔力の総量だ」
「オッス!」
「お前さ、戦う時結構良い構えするじゃん? 流派とか……あ、ニクス師か」
「そう!」
「その型、俺も教えてくれよ。魔力を身体に纏ったままそれを順番にこなしていこう」
「オッケー! 型は全部で10個あるんだ。まずこれでしょ」
「成る程、良し次」
「これでしょ」
「ん、覚えた」
二人はニクスから教わった型をなぞりつつ、魔力の放出を続けていた。そして30分もすると。
「ハァハァ……」
「まだ早ぇぞ、気合い入れろ気合い」
「お、オッス……」
ロビンの方が魔力の総量が少なく、どうしても先にバテてしまう。
「ん? 待てよ、俺は魔眼も使うか。ロビンは魔力が視えてる事を普段より少し意識しておこうぜ」
「りょ、了解……」
並行して出来る思いついたラディックは魔眼を使用しつつロビンに教わった型を共に確認し続けた。そうして繰り返す事約1時間。
「い、一旦休むか……」
「そうだね……」
二人はバテていた。
「ニクス師とはこういう時、どんな風に修行を進めてた?」
「魔力が切れたら筋肉を鍛えろって言ってたね」
「よし、それでいこう。メニューはあるか?」
「ニクス先生のがあるよ!」
「マジ? なら今からやってくか!」
「おー!」
魔力がダメなら筋肉を、それがダメになれば魔力を。精神がギリギリになるまで二人は訓練を続け、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。今日のところは自宅に帰るかとラディックの家へと帰還する二人。
「ただいま」
「お邪魔します……」
「アンタもただいまで良いんだよ! ほら手を洗ったらとっとと座りな!」
「た、ただいま!」
ニクス以外に「ただいま」という相手の居ないロビン。客であり余所者である自分が、まさかそんな言葉を許されるとは思っておらず、思わずニヤついてしまう。
「お前、怒られてニヤニヤするなよ気持ち悪ぃ」
「え、あ、ごめん」
慌てて顔を正し、手を洗ってご飯を頂いた二人だった。誰かが作ってくれたご飯を食べる。学食のそれとはまた違う、母の手作りの晩御飯。その温かさに涙が出そうになっていたが、既の所で踏み留まり、ご飯を口一杯に頬張り笑顔で過ごしていたロビンだった。
「どれもめちゃくちゃうまーい!!」
「黙って食え黙って」
「えぇ……はい」
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そして、あれから二週間が過ぎようとしていた。
「大分スタミナついてきたよなロビン」
「ラディも、魔眼でいるのが自然になってきたね」
「だな、特別扱いし過ぎてたみたいだ」
二人は順調に修行を続けていた。ニクスから教わった型はそれぞれ1から5までが攻めの型で6から10が守りの型。故に1は6と対応しており、2は7と対応している。これを利用して魔力を伴った組み立ての様なスタイルを取る事にした二人は、今日も攻防順に代わりながら修行に励んでいた。
お互いに良く見える眼があるので、攻撃に何を繰り出すかを宣言せずとも防御側はそれを察する事が出来るのだ。彼らは互いに攻めと守りを瞬時に判断しており、傍目に見れば型の確認というより完全に組み手に見えてしまうだろう。
「そう言えば今日は俺にも任務が来てたぞ」
「任務?」
「そ、なんつーか、これやっとけよみたいな奴」
「へー、どんな内容?」
任務、それはギルドで言う所のクエストの様な物。デマイズはその優秀さから、様々な顧客からありと凡ゆる依頼を受けており、その難易度によって一族全員に振り分けているのだ。その内容は失せ物探しから要人の護衛、または殺害など。その一つ一つがギルドでは考えられない様な金額で行われており、他でどうにもならなかった高難易度の依頼が多かった。
「今回のは簡単な部類だな、討伐だ」
「討伐? 何かを倒すの?」
「そ、っても俺もまだ何回かやった程度だから、聞いた話が殆どなんだけどな」
デマイズに回される依頼は全て【開眼】している者で熟される。故にこれまでラディックがそこに関わる事はなく、また今となっては関わらざるを得ない、そんな状況だった。
「討伐対象は?」
「キラービーの巣」
「巣?」
「あいつら急に現れたと思ったら短期間で巣を作ってよ、めちゃくちゃ増えるんだよ」
「成る程、その討伐だね。オッケー!」
任務に指定された場所へと移動する二人、里から離れる事約1時間、見えてきたのはサイズで言えば3メートルは越えた大型の巣だった。
「依頼主はこの先の村の村長で、こいつらが頻繁に悪さしてて困ってるってよ」
「よーし、やるぞー!」
眼前の木に作られた巣からはキラービーが頻繁に出入りしており、中に何匹いるのかも分からない様な危険性を孕んでいたのだが。
「焼くか」
「おー!」
「進撃を阻む泥鉄の壁」
ラディックが行使した魔法は以前【盾】として使用していたもので、大地に手をつく事でそれを地面から生成する事六枚。見事に木を覆い囲んでしまった。
「【燃ゆる炎の種】、火炎!」
そして詠唱されるは火の魔法、その初級である火炎だった。突如自分達の住処の真下から炎が上がったことで大混乱に陥ったキラービー。一部はその炎に焼かれて沈んでいるが、大多数は空中に上がり、ラディックとロビンを睨みつけている。そして、二人を攻め始めた。
「いくよ、烈破!」
相対すロビンとキラービー、両者は互いの隙を窺いながら一定の距離を保っていたが、その均衡を崩したのはキラービーだった。迸る魔力の流れが攻撃の意を示唆しており、間も無く何かしらの放出攻撃が来ると予想するロビン。そしてその魔力は下半身へと集中している。ここまで見えていたなら回避はそう困難ではなかった。
「っ! 当たらないよ!」
キラービーはその尻についた針を弾丸の様に射出し、またその弾道をなぞる様にロビンへと接近する。だが弾丸は軽く躱され、更に体制すら崩されていないロビンは力強くガントレットを構えた。
「おりゃぁぁぁ!!」
軽く飛び上がり、上から下へと殴りつけられたキラービーは地面に叩きつけられる形で崩壊。そして矢継ぎ早に次のキラービーが弾丸を発射する、二連射だ。勿論これにも気が付いていたロビンは射線から半身ほど体をずらしつつその一発を回避、もう一発はガントレットで防ぐ形で弾いて逸らしていた。瞬間、地を蹴るとそのまま距離を詰めて勢いをつけた一撃をキラービーの顔面へと見舞まい、二匹目を仕留める。
尚も迫り来るキラービー、周囲で様子を伺っていた二匹が突如同時に速度を上げロビンへと接近する。ガントレットの間合いはまだ遠い、牽制するには手段が無いかと思われたその時。
「当たれぇぇぇ!!」
彼は地面に落ちていた石を拾い、それを全力でキラービーに目掛けて投げ放ったのだ。さながら石の弾丸。一匹のキラービーがその攻撃で胴体部分が爆散。距離を置く事が安全に繋がらない事を悟ったもう一匹、決死の覚悟で突き進み、我武者羅に行われた死力の突進攻撃、その攻撃軌道から身体を僅かに逸らす様に滑り込ませ、また同時についでと言わんばかりにキラービーの身体を強引に捕まえ、そのまま地面へと叩きつけた。その衝撃の強さに地面を砕きながら一つ跳ねると、キラービーの体は塵と霧散した。
ロビンは格段に強くなっていた。
「こっちは終わったぞ」
「ふぅ、俺も今ので最後だと思う」
他のキラービーは既にラディックが仕留めており、ついでに魔力を解いて壁に使っていた盾を解除する。中から現れたのは黒焦げになったキラービーの巣だった。
「大いなる巨人の一振り」
それを空中から現れた巨大な腕が完全に砕き破壊する。粉々になった巣へ向かい、そこに反撃の気配がない事を確認すると、二人は互いを労い現場から里へと帰還した。