005:ロビン・ラックと入学式-1-
ロビンが建物の中に入ると同時だった。
「ー!?」
突然一面、真っ暗の状態に。確かに先程までは建物内の奥まで見えていた筈の視界が暗転、何も見えなくなってしまった。何が起こったのか分からないロビン、周囲の者も困惑の声を上げている。だが彼のそれは少し質が違っていた。間に合ったのか、間に合わなかったのか、その辺りを心配していたのだ。視界の暗転自体は日常茶飯事だったのだから。彼がそんな事を考えていた、次の瞬間。
髭の生えた光るお爺さんが、事もあろうにロビンの目の前に現れたのだった。
「うわっ!」
そう声を上げて後ろに仰け反り、支えもないので尻餅を着いて転んでしまうロビン。それと同時に、周囲からも悲鳴や転んだ音が同時に響いた。何が起こっているのか分からなかった。その一方でクスクス笑う声も聞こえる様な気がする。それに気づいた時、目の前の光るお爺さんは既に居なくなっていた。
「いやいや、驚かせてすまなかった」
少し離れた場所から声がした。慌ててその声が聞こえた方へと視界を移すと、そこには立派な髭を蓄えた白髭のお爺さんが、浮いていた。浮いていたのだ。丁度ロビンからみて正面の方。位置から察するにこの講堂の中心だろうか。そしてロビンはそのお爺さんに見覚えがあった。受付の人と良く似てる気がする。そんなロビンの考えはすぐに霧散する。お爺さんが話を始めたからだ。
「先程のそれは幻影魔法、無属性に当たる基礎的な魔法じゃ」
ロビンはその素敵過ぎる言葉に目を輝かせ、胸を高鳴らせた。さっきのあれが魔法? だとしたら、あんな事が出来る様になる、学べる学校にこんな自身が通えるのか、と。目をキラキラとさせながらお爺さんの声に一層耳を傾けた。
「上級生たちはみなレジストしておった。故に直撃したのは新入生の諸君だけという訳じゃな」
クスクスと聞こえてきていたあの声はそういう事だったのだ。あー、俺もあんなだったなーと。懐かしみも込めた先達の微笑みだったのだ。
「儂はこの学校の校長、ドルデバルド。諸君らは本日から我が校の生徒となる。儂の弟子の様なものじゃ。故に、個々に命ずる」
物々しい雰囲気を漂わせるドルデバルド。彼はフワリと両腕を真横に上げると、強い声で言葉を発した。
「魔を私欲に使う無かれ、他者を重んじ、慈しみ、そして時には競い、高め合い、精進するのじゃ」
その言葉が終わると、ロビンの目の前に一枚のカードが浮いている事に気がついた。何だろうと手を伸ばし、それを手中に収めた。
「新入生が今手にしたのは己の所属クラスが書かれたカードじゃ、そこに書かれた通りに行けば各々の学舎に辿り着けるじゃろう」
その話を聞いてロビンはカードを見ると、そこには【AJ-20】と書かれていた。何故かカード自身が光り輝いており、それを生徒たちがそれぞれ手にしている。その光のイルミネーションがとても綺麗で。
「さぁ行け! 未熟者ども!」
まるで祝福されている様だと、ロビンは思っていた。
━
解散となった講堂から外に出て教室を目指すロビン。驚いた事にこのカードはとても親切な設計がされており、どうやら進行方向まで指示してくれるらしい。故にそれを頼りに歩けば迷う事など全くなく、あっという間に目的地へと辿り着けてしまった。
「ここが俺の教室……」
何の変哲もない、普通の教室。少し雰囲気が魔法使いっぽいといえばそう見えるくらいの、普通の教室だ。皆がここで立ち止まる事は無いだろう。だがそれはロビンにとっては、とても特別な事だったのだ。
「おい、扉の前で止まるなよ。後ろの奴が困るだろ?」
不意に、後ろから声が聞こえてきた。
「ごめん、つい見惚れて」
「……見惚れて? 教室に? 変な奴だな」
「大将ー! 俺らこっちなんで行きますねー!」
「大声出すな馬鹿! 早くいけ!」
その少年は講堂の入り口ですれ違った彼だった。もっとも、ロビンは気付いていても向こうはそうでもなかったが。
「ほら、早く入るぞ」
背中を押されて入室する。木と紙の匂いのする落ち着いた様子が目に飛び込んできた。机は一人一人独立しており、前に教壇、そしてボードが置かれている。
「お前、席は?」
「えっと、20だった」
「ふーん、隣か。俺はアルヴィスだ、よろしくな」
「俺はロビン、よ、よろしく」
気さくに手を出して挨拶をしてくれるアルヴィスに、まだ学校という存在に慣れないロビンは少し気後れしていたが、内心はとても嬉しかった。その手を取り、挨拶をする。人と対等な会話をする事自体、一体どれほど久しい事だろう。ロビンは握手する手を握り続けながら感傷に浸っていた。すると。
「お前、やっぱ俺と話せて嬉しいのか?」
アルヴィスが意外な言葉を口にした。【やっぱ】というのがイマイチ理解出来なかったが、ロビンは答えに迷う事も無かった。
「勿論! 当たり前じゃん!」
「……」
少し、気が緩んでしまったロビン。自分を自分と認識しながら声を掛けられ、手を握られる。その嬉しさで頭が一杯なロビンは思わず声を荒らげていた。
一方の話し掛けてきた側は対照的な反応だったが、
「人と普通に話すって最高だね! 握手なんて俺初めてしたよ!」
「……は?」
「え?」
どうやら彼、アルヴィスが考えていた返事とは少し違った様だった。
「人?」
「俺ずっと押し入れに住んでたからさ」
「いやいや押し入れはスペースであって住居じゃねーから」
「だからアルヴィスと話せるのが凄く楽しい!」
積極的に話しかけてくれるアルヴィスに、一人の人として接してくれる彼に直ぐに心を開いたロビンは笑顔でそう応えた。単純、純朴なロビンも危ういが、彼が直ぐに心を許してしまったのにはもう一つ別の事象が関係していた。
ロビンが相対するアルヴィス、彼の立ち回りや表情の作り方、所作は実に洗練されており、ロビンの様な単純な者に心を開かせる程度は造作も無かったのだ。彼の生に於いて、対面者に好印象を持たれる訓練など、物心がつく前から始まっていたのだから。
そう、彼はー
「お前面白い奴だな。俺の名前を聞いても動じないから、どこか別の国の偉いやつかと思ったら、押し入れ出身って。ウケる」
「名前がどうかしたの? アルヴィスの名前?」
「そうそう、俺一応王子なんだよな。アルヴィス・アルカンシエル」
国家の子宝が一人。
この国、アルカンシエルに於いて知らぬ者など居ない程の存在。いや、殆ど居ないと言うべきだろう。何故ならー
「へーそうなんだ」
知らない者も、僅かに存在するのだから。
「軽いなー、俺はその方が楽でいいけどさ。肩書きのせいでどこに行ってもヘコヘコされて、お陰で今日も肩が怠い怠い。そりゃ肩も凝るっつーの」
「アルヴィス面白いね!」
「笑わせてない時に言われると何かへこむな」
口ではそう言っても、和かで笑顔を絶やさないアルヴィスはまさに王子様といった雰囲気を携えており、彼を認識する人にとっては近寄り難いオーラすら纏っていたのだが。
絶望的なまでの世間知らずのロビンには瑣末な事だった。
【マルディナス家にて】
ケイティ「この出前マズイわ、ロビンに作らせてよ!」
トードル「あんのクソガキが! 見つけたらただじゃおかん!」