038:ロビン・ラックと王子の奪還-9-
周囲の砂を弾き飛ばす魔力風。
可視化される程に強力な魔力がロビンを中心に渦巻き、激しく荒れ狂っていた。その様子を真隣で視認していたラディックは信じられないモノを見る目で彼を凝視し、半分だけ開いていた口から言葉を発する事も出来なくなっていた。だが、その呆然とした表情とは裏腹に、思考だけはハッキリと現状を分析していた。
(何だ……これは。ロビンの魔力が明らかに……、これじゃまるで……)
「俺が相手だァァァァァァァァ!!!」
「……ナんダァ?」
ゼルドリスが視界をロビンへと移すと、そこには先程まで取るに足らない存在だと認識していた少年が夥しい量の魔力を撒き散らしながら叫んでいた。
瞬間、判断する。
今対応すべきはこちらであると。
アレを今無視してしまうと、取り返しのつかないダメージを貰いかねない。それ程逼迫した脅威判定。
「ろ、ロビン……お前……」
そんな中、静かにその場に崩れ落ちたのはクライブだった。彼は最後の一滴まで全てを絞り尽くしてゼルドリスと対峙し食い止め、そして標的が自身から他者へ移ったのが分かった瞬間に膝から崩れ落ちたのだ。
限界を超えて尚魔杖を、引いては魔法を維持し続けていた彼は、その反動から殆ど動く事もままならず、ただ地面へと深く沈んでいた。
そして同じく枯渇寸前の魔力でただ的にしかならない筈だったロビンはー
「おりゃぁぁぁぁぁ!!!」
地面を強く蹴り、ゼルドリスへと迫っていた。
「ハッ! 今更テメェなんかニ出番ガある訳……なっ!? はっ速ぇ!! グッ!?」
「お前が、お前がぁぁぁぁぁぁ!!!」
軽く往なそうかくらいに考えていたゼルドリスは想定外の速度で肉薄するロビンに、攻撃の機会を失っていた。故に、彼から繰り出される拳を一方的に受けるしかなく、数十の拳を防御した後に隙を見て後方に退がり、同時に大槍を振りかぶった。
依然として、ゼルドリスの行動速度はこの場にいる誰よりも速く、それは今のロビンを以ってしても同じだった。
「調子に乗ってンじゃネぇぇぇ!!」
振り下ろされた大槍がロビンに迫った。
だがしかしー
「ンギギギギ!! や、ら、れるかぁぁぁぁ!!」
強く振り下ろされた大槍はロビンのガントレットに受け止められていた。だがゼルドリスも黙って殴られるつもりはなかった。一転、ゼルドリスが猛攻を仕掛ける展開に。
「オラオラくたばれええええ!」
連続で繰り出される突きの弾幕。これをギリギリの所で躱し続けるロビン少年、時折衣服は破れているも、身体には届かず、それどころか。
「烈破ァァァァァァァァ!!」
「っ!? 何!?」
突いている大槍を上から下へと殴りつけ、想定外の方向への攻撃に思わず魔杖を落としてしまったゼルドリス。まさか、この状況で武器そのものに攻撃を仕掛けられるとは考えていなかった。
故に、そこで発生した大いなる隙にロビンは深く踏み込み、ゼルドリスの懐へと飛び込んだ。
「こんの野郎ォォォォォォ!!」
「グハッ!!!」
下腹部への強烈な一撃。肉体を強化し、魔力的にも増幅しているゼルドリスが喀血しながら壁際まで吹き飛ばされる。足で踏ん張り、何とか壁面への激突は避けるも、口元の血を拭いながら自身の体に与えられた俄かに信じ難いダメージに驚愕する。
と、その時だった。
意図せず吹き飛ばされた先で、視界の端に何かを捉えてしまったゼルドリス。その先に敵は居ない筈。あるのはアルヴィスを入れている檻だけであり、動きがあるとしてもそれは檻の中ー
「何だ? ……誰ダァ?」
否、檻の上に誰かが乗っている。そして良く見てみればそれは旧知の魔力、良く知っている気配。そう。そこに居たのは。
「サジ、テメェ裏切り者ガアアアアァァァァァァァ!!」
「ま、まて……、お前は……お、俺が……」
アルヴィスを解放される訳にはいかない。そしてそれをしているのがサジだというなら、ゼルドリスにとって優先度はかなり高かった。例え眼前のイレギュラーがどれだけ想定外の力を発揮しようと、王子さえ檻の中ならば全ては時間の問題。
最優先事項は檻の死守。
そして逆にそちらへ向かわせたくないロビンは。
「そっち……は、だ、め……」
突然事切れたかの様に、その場に倒れてしまっていた。
━━━━━━
場面は変わってアルヴィスとサジ。
「クッソ、何なんだこれは! 信じらんねぇ!」
「落ち着けって。んな事言っても何も見つかる訳ないだろ? お前が落ち着いてないと俺が困るんだって。だからお前はいつもみたいに俺を罵倒してれば良いんだよ」
「この状況で? 大将はガチもんのドMですね」
「俺の優しさ返してくれる?」
サジはかなり焦っていた。約束していた5分という時間、それだけあれば解錠する自信が当初の彼にはあったからだ。そして今ここに来てから過ぎた時間は実に15分を越えていた。場合に寄っては既に誰か死んでいてもおかしくない程の時間経過。焦らない筈もない。
そして、もう一つ焦りの材料になっていたのは、戦場から迸る魔力の強さが時折別人レベルに跳ね上がっている事。少なくとも彼には、その状況に心当たりがあったのだ。
焦りはあれど、状況は進展せず。
「無い……か。これで全部なんですけどね」
「上はどうだ?」
「……確かに」
「だろ?」
「後可能性があるとしたら上ですかね」
サジはヒョイと飛び上がると、檻の上から再び解析を進める。そんなサジに。
「なぁサジ」
「何ですかィドM王子」
「ここから出た時に覚悟しとけよ?」
そうじゃなくてだな、とアルヴィスがやれやれと溜め息を吐きながら言葉を続けていた。
「お前、あの状況に心当たりあるだろ?」
「え、何で分かったんですか?」
彼はポーカーフェイスには自信があった。それを看過されるとは彼にとっては死活問題だ。
「焦り方がな。どうも訳の分からない状況に焦ってるってより、早くしないとヤバイって感じの焦り方だ」
「良く見てますね……」
「付き合いは長い方だからな」
少し息を深く吐いたサジは観念した様に語り始めた。
「さっきから何度か魔力上昇を感じるでしょ?」
「あぁ、不可解に思ってた」
「あれは……俺も良くは知らないんですが、闇ルートで一時期流行っていた【滅魂丸】って奴だと思われます」
「……何だそれは?」
「聞いた話だと、魔獣を元に作った代物で、それを服用すると魂が消滅する代わりに、混ざり合った新しい魂に生まれ変わり、凄まじい魔力を得られる、とかなんとか」
「魂が消滅?」
「消滅というより、魔獣との融合に近いそうなんですけどね」
「魔獣と融合か、道理で禍々しい魔力だと思った」
アルヴィスのその台詞を聞いたサジは、作業を続けつつ、少し寂しそうなトーンで声を出した。
「ゼルドリスの奴、アレ使ったんですかねぇ」
「どうだろうな」
「アンナ奴でも昔は良い所もあったんですよ。だからまぁ、そんな怪しい俗物に手を出して欲しくなかったなーって」
「成る程な」
「信じてた……いや、願ってた。かな。使わないでいて欲しかったけど、今の奴なら追い詰められたらな……」
そんなタイミングで。
「……え? これは綻び? ここか!?」
「見つけたのか!?」
サジが柄にもなく少し大きな声を出してしまう。だがそんな失態に気が付かぬほど興奮した彼は言葉を続ける。
「ここにこれがあるなら、こっち側の……あった。成る程、となるとこう進んで……これが全体像だな。よしここから……」
サジがとんでもない集中力を発揮し、解錠を進め始めた時。
「何だ? ……誰ダァ?」
遠くから、魔に染まった旧友の声が聞こえる。
「サジ、テメェ裏切り者ガアアアアァァァァァァァ!!」
標的をロビンからサジへと移したゼルドリス。
檻の中のアルヴィスを出されると目的が全て果たせなくなる、裏切り者もそこにいる、優先度で言えばこれは最優先事項だった。
「死ねエエえええええええ!!!」
飛び掛かるゼルドリス。
作業を止めないサジ。
そして。
「【強く吹き抜ける風の調べ、天界・山海・月をも穿つ爪、」
詠唱を始める、アルヴィス。