004:ロビン・ラックと魔法学校-4-
ボサボサの髪の毛、回らない頭。しかしてしっかり回る視界にまるで泥酔状態かの様な歩行を見せるロビン・ラック。彼がそれでも確認しようとしたのは一枚の手紙。今日の予定が記された書類だ。
徐にそれを手に取り霞む視界で何とか文字へと目を落とすと、そこには「8時に指定された集合場所へと赴く必要」と記載があり、その場所は「ここから歩いて10分ほど」と注釈があった。そして現在時刻は7時10分。幸いにして時間に追われるという事も無さそうであった事に、ホッと胸を撫でおろすロビン。だが準備が何一つ出来ていない彼は、ひとまず家の中に何があるのかを改めて確認する事にした。
まず目に入ったのは本棚にあった教科書と思しき書物達。その中の一冊を手に取り確認してみる。本のタイトルは【魔法基礎学】。パラパラと内容を見てみるに【何故魔法が行使出来るのか】と言った様な魔法に纏わる基礎的な内容が記されていた。タイトルに違わぬ内容に思わず笑みが溢れる。
成る程成る程、俺は今から魔法を学べるのか、むふふとでも言っていそうなにやけ切った表情である。
ここでハッと我に返ったロビン。ブンブンと首を振って無理矢理に思考をリセットする。そう、今彼がやるべきはワクワクの先取りではなく、入学式へ行く準備である。着の身着のままでここに来たロビンは、服装もボロボロの部屋着のままだ。押し入れの中にいた頃は違和感もなかったが、この部屋にいるとそうもいかない。服はあるのだろうかと考えた時、もう一つあった別の部屋にあるクローゼットの存在を思い出した。ケイティ達の服を片付ける時、その場所は箪笥とクローゼットで半々。特に皺を作りたくない洋服は専らクローゼット保管なのだ。
すぐに移動し、明かりを付けて部屋の中へと入ると、そこには殆ど何もなく、そこはただクローゼットがあるだけの部屋と言えた。なので何も迷う事なく、クローゼットを開ける。
ー否。
ーコンコンー
「どなたか居ますか?」
勿論これもロビンの声。念の為、中に誰も居ないか確認してからクローゼットを開ける。クローゼットはロビンの過ごした押し入れ部屋の上位互換。言わば高級住宅。人が居る可能性を考慮するのに十分過ぎたのだ。幸い、誰も居なかった様だが。
クローゼットの中身は大きく分けると四種類でそれぞれ、寝間着、普段着、運動着、制服だった。制服を確認出来た事に安心したロビンはそれを手に取り、急いで着替えを済ませていく。時間に追われてはいないが余裕がある訳でもないのだ。
鏡を見ながら服装を整え、自身が制服に身を包んだ姿に数秒ニヤついた後、もう一度手紙に書かれていた内容を確認する。それによると今日の時点で必要な持ち物はなし。兎に角制服を着て身一つで来いと書かれていた。
手紙の内容によると、ここから指定の場所までにかかる移動時間は約10分、そして現在時刻は7時40分。身支度などは既に終えていたので後は出発するのみだった。勉強机の上にあった鍵を手に取り出入り口へと向かう。
だがドアノブに手を掛けたロビンは、扉を開く事を少し躊躇っていた。何故なら彼はここから入って来た訳ではない、誇張なく比喩でもなく上から落ちてきたのだから。この扉の外に何があるかは分からない。もしかしたら怖い人が待ち構えているかもしれない。はたまた落とし穴か。いや、怖いのはそれらではない。
この扉を開き前に進んだ時「これは夢だったんだよ」と目が覚めて。いつものあの押し入れの中に戻っている事が何よりも怖かったのだ。
ロビンは奥歯を噛み締め、覚悟を決めてた。そして改めて扉、そのドアノブに手を掛けると、今度は勢いよく開いた。
開いた扉の先は押し入れの中ではなく。
怖い家族が住む家でもなく。
正しく、新しい景色であった。
とても機能的な、何故この構造で機能しているのかわからない建物の中。複数の階段が交差し、その上でそれらが動いているという、複雑怪奇で一度出たらこの場所に戻れない気さえする恐しい雰囲気だったが、ひとまず夢では無かったらしい。彼にとってそれが何よりも大切で、景色に呆気に取られ、目を僅かにキョロキョロさせた後に大きく息を吐いた、のも束の間。
「はー良かった、……え!?」
突然、人が上から落ちてきたのだ。そして同時に理解する。先程考えた自室への帰還が困難であるという考えは杞憂だったという事を。それを確信出来たのは上からヒュンヒュンと降りてくる上級生の存在のお陰だ。彼らは落ちていたのではない、飛んでいたのだ。慣れきった彼らは上から跳ぶ様に降りてきてはそのまま出入り口と思しき場所へと一直線。実に単純な話だった。
昨日まで肩身の狭い生活をしてきたロビン少年がそんな軽快なパフォーマンスを発揮できる訳もなく、周りを良く確認しながら出入り口を目指した。元々彼の部屋は少し高い位置にあったので、降りるのにやや苦労をしてしまった。
この時点で時刻は7時50分。徒歩10分なら間に合うだろうがこれ以上のロスは避けなければ遅刻しかねない。躊躇う余裕もないまま、今度は寮の扉から外へと出るのであった。
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外の世界は先程と打って変わって何と言うこともない並木道だった。草木が生い茂り、その中に薄らと道が見える。この道に沿って行けばあっという間に目的。その考えは正しく、ロビンは何とか時間ピッタリにその場所へと辿り着いた。
集合場所は講堂と表現するには余りにも物々しい雰囲気をしており、それはまるでお城の様だった。それも何だか【魔法使いの城】だとでも声を漏らしてしまいそうな装いをしていた。それ故に、ロビンは心の中でこう考えていた。まるでー
「御伽噺の魔女の城じゃん」
「馬鹿、軽々しく余計な事を言うな!」
「痛っ、ちぇっ、大将の意地悪」
「今のはお前が悪いと俺も思うぞ」
思わず身体が硬直する。
自分が諌められたかの様な完璧なタイミング。
ふと我に返り隣を見やると、ロビンの隣を歩く一団が城に見惚れていたロビンの隣を通り過ぎて行った。彼が抱いた感想をそのまま口にした少年は、頭部にキツい一撃をお見舞いされていた。危なかったと、思わず息が漏れたロビンだった。
そしてついでに少しだけ隣の建物にも目をやった。それは恐らく学舎となる建造物なのだろうが、彼の目には魔王の城の様なそれにしか見えなかった。建物自体がとてつもないオーラを放っており、ロビンは怖気付く様にすぐに目を逸らすと、件の魔女の城へと足を進めた。
【マルディナス家にて】
ケイティ「パパ、あいつは?」
トードル「知らん! 見つけ次第とっちめてやる!」