037:ロビン・ラックと王子の奪還-8-
(何だ、急に視界がクリアに……)
ラディックは自身に起こった異変を正しく感じていた。そして。
(見える、魔力の流れが。魔力の形が)
それが何なのかを理解するよりも先に。
(撃とうとしている構築魔力が理解出来る……のか? それに妙によく見える。もしかしてペルフェンダーの動きなら先読み出来る? だとしたら……これなら行ける!)
身体はただ次の攻撃を思考していた。全ては諦めず、この戦場を勝ち切る為に。
デマイズの魔眼、その開眼が彼ら一族にとって大人と認められる条件であるというのには明確な理由があった。それは強さや性能の問題もさる事ながら、その開眼の条件に寄る所が最も大きいだろう。
その条件、それは概ね次の2点が挙げられる。
一つは戦闘する上でギリギリまで魔力を行使出来る戦場での【度胸】。そしてもう一つが、仲間を思いやり、他者を生かす為に己を犠牲に出来るという【義の心】。
この二つが同時に試される場面、その局地に於いて、それでも打開方法を模索し続ける真の戦士にのみ、打開策を提示するかの如く開眼する【デマイズの魔眼】。その眼が開眼していないという事が、その二つの要素が欠如している人物である事を証明しているに他ならなかったのだ。
そんな事を知らないラディックは一層見える様になった視界をフルに使って頭を働かせる。自身の魔力は残り少ない、見えるからと言って回復した訳ではないのだ。
その残存魔力と自身の技、そして今の状態。これらを垣間見るに、彼に残された選択肢は。
(やるしかない!!)
「立ち昇る砂漠の砂塵!」
「くっ、まだやろうってのかこの野朗……!」
何かを仕掛ける気配があった。
先程戦場を豹変させた様な張り詰めた空気がラディックに見られた事で、クライブは手に持っている桜燐を強く握りしめ、残された最後の魔力を練り始める。
「今が押し時だ、自分の身は自分で守れるな?」
「俺は大丈夫! 無理しないでね!」
「馬鹿言え、無理のし時だ!!」
最後に残された全ての魔力を全身に纏い、砂嵐の中心部へと突っ込んだクライブ。その姿を視界の端に捉えたラディックはまた少し作戦を改める。
その一方で、自身も状況に参加しながら何一つ出来ず、二人に守られてばかりのロビン少年はもどかしさから歯を噛み締め過ぎて口の中に傷を作り、口の端から僅かに血を流していた。何も出来ない自分が悔しくて仕方なかった。
だがそんな彼をお構いなしに、二人はこの好機に一気に畳み掛ける。
「任せたぞ!」
「そっちこそ!」
クライブは勢いそのままにゼルドリスへと剣を降り掛かった。
「クッ、今更何のつもりだテメェ!」
「良いから俺の相手をしていろ!」
何か来るとは予想していたゼルドリス。
敵の魔力が諦めとは程遠い輝きを放っており、攻撃に転じる事は目に見えていた。だが、その刃は自身に集中的に向けられるものだとばかり考えていた。その上で、彼の前に躍り出たのはラディックですらなく、クライブだったのだから。それ故に、彼は行動が僅かに遅れてしまう。
炎の火花が周囲に展開し、それらを応用する事で攻防の多彩さを見せるクライブに対し、半歩出遅れたゼルドリスはその全霊を以って捌かざるを得なかった。一瞬とは言え、完全に意識を持っていかれた形だ。
その間、フリーとなったラディックは。
「何故ダ! 急に攻撃が当タらン!!」
敵の激しい連続攻撃を掻い潜り、懐へと入り込んだ。
そしてー。
「ゲギャッ!」
いとも呆気なく。
ペルフェンダーの首を、跳ね飛ばした。
「幾らか冷静になってたみたいだが、その魔力操作じゃ俺には当てられねぇ。ならもう魔法なんて要らない。首を落とせば終わりだ」
クライブが稼いだ一時。
その間に値千金の働きを見せたラディック。
これで戦況は二対一。
天秤は、漸く僅かにこちらへと傾きを見せた。
そうしてラディックは双剣の一振りをゼルドリスへと向ける。
「そうだろ? お頭さんよォ?」
「て、テメェらよくもペルを……」
一個の首となったペルフェンダーを見やり、ゼルドリスは覚悟を決めた様に胸元のポケットから【何か】を取り出した。
この事態に最初に気が付いたのはクライブだった。
「不味い、アレを飲ませるな!!」
「は? 何がだよ!」
ラディックは事の瞬間を見ておらず、まさか口腔接種によって何かが為されるなど微塵も考えなかった。故に、唯一そこに経験のあったクライブが地を蹴りゼルドリスへ迫ろうとするも、足場の悪さから思い通りに動けず。
彼すらも、間に合わない。
「ハンッ、もう遅せぇ。こうなったら兎に角ここを切り抜けてからだ、後の事はそれから考えるぜ!!」
そう言葉を残すと、ゼルドリスは何かを飲み込んだ。逸早く接敵したクライブだが一歩及ばず、また理解出来ぬも彼の必死さから焦燥感に駆られて遅れて出たラディックもまた、敵の元へは辿り着けぬままに。
「ガアアアアァァァァァァァ!!!」
またしても、状況が大きく変わった。
「間に合わなかったか!」
「くっ!?」
その変質し膨れ上がっていく魔力を発散するが如く凄まじい咆哮が発せられ、それによって生じた圧力だけでその場から押し返される二人。
そしてラディックの眼にはー
「な、何をしやがったんだ!? 魔力が倍程になってやがる。それにこれは……」
「倍……か」
膨れ上がる異質な魔力。その強大な力を感じる以上に視認出来てしまうデマイズの魔眼。故に理解出来てしまう。現状の二人では、アレには勝てないと。
「おいクライブ、お前まだ何か策はあるか?」
その言葉にかなり苦しそうな表情のクライブは。
「いや……って事はお前も?」
「あぁ、アレは流石に無理だ……」
未だ魔力は解かずに二人とも臨戦対策ではある。しかし今漸く二人がかりで攻撃出来ると言う場面で、突然詰んでしまう。こうも簡単に。また、こうも圧倒的に。
「ガアアァァァハハハハハハハハ! 思っテたヨり良イ気分だゼ!!! コんナ事なラとっとトこうナッチマエバよかッタぜぇぇぇ!!!」
「くっ!」
「なんて圧力だ……」
言葉を吐きながらただ叫び散らす、その行為一つで戦意を喪失させる圧倒的な魔力差。
「ハハハハハハハハ、ドッちから食い殺されタい?」
にじり寄られるクライブとラディック。今二人で逃げたとて、恐らく追いつかれてやられてしまう。だからといって攻撃する手段も思いつかない。
(盾で足止め? 砂嵐程度じゃすぐに突破される、魔力の無駄だ。正面から攻撃するか? どうすれば……)
なまじ見えてしまうが故にハッキリする実力差、そして先程までのそれ以上に選択幅が狭くなり限られる。その上そのどれもが先のない選択肢ばかりで。
(もう魔力も持たない、そろそろ桜燐の維持もキツい。ここらで最後に一発打って……いや、まだだ。まだアルが来てくれるならば……)
クライブはアルヴィスの助けを期待していた。サジが上手くやればアルヴィスならば必ず助けに来てくれる。助ける側の自分がこんな事を考えるなんてどうかとは思っていたが、それ程の信頼を寄せていた。そのアルヴィスが来ないのだ。
二人は思案していた。すぐ目の前に迫った【死】に対して、残された選択肢は何があるのかと。そして活路を見出すにはどうすれば良いのかと。
だが。
「オルァアアアアアアアァァァァ!!!」
「グフッ!!」
まず先に攻撃を喰らったのはラディックだった。砂を駆使して僅かな可能性を手繰り寄せようとするその目はまだ【死んでいなかった】のだ。故に狙われる。
「くっ、まだ……だ」
何とか身体を捻って着地をするも、ダメージは甚大。取れる択は更に減ってしまった。
「お前は逃げろ……ロビン」
「ラディ……」
吹き飛ばされた先にいたロビンに逃走を促すラディック。
「早くしろ、そんなに長くは保たねぇ」
「くっ……」
皆の盾になり、傷を癒やし、サポートに徹してきたロビンだが、まだその位置で役には立てていた。しかし今の彼にはもう魔力も殆ど残されておらず、捻り出す様に使ったとして中級魔法が一度で限界。逃げるのが正しい選択ではあった。
だがロビンは。
「無理だよ」
「……は?」
「逃げられる訳ないだろ!! ラディもクライブも! アルヴィスだって!! まだ戦ってるんだ!!」
「言ってもよぉ、お前にやれる事なんて……」
「嫌だ」
「……嫌とかじゃなくてよ」
「嫌だ!! 逃げるくらいなら俺もここで死ぬ!!」
「……ロビン」
「けど死にたくない!! 俺はまだ、みんなと、もっと同じ時間を過ごしたい!!」
「馬鹿野郎、何言って……」
(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)
(クライブはもう限界だ、ラディだって。俺がやらなきゃ、俺も出来る事をやらなきゃ)
(じゃないとみんな死んじゃう!)
身の内に内包しきれない程の責任感と焦燥感を抱え、そしてー
「絶対に誰も死なせるかァァァァァァァァ!!!」
「ちょ、おまっ……ロビン?」
突然ロビンの身体から、ラディックをも凌ぐとんでもない魔力が噴き出し、周囲の砂を吹き飛ばした。強い魔力が発現した時の魔力風が周囲に巻き起こる。
「死なせない、絶対死なせない!! こおおおおおい! 俺が相手だァァァァァァァァ!!!」
「……ナんダァ?」
今にもクライブを狙おうとしていたゼルドリスが足を止め、異様な魔力に身を包んだロビンと、
目が、合った。