036:ロビン・ラックと王子の奪還-7-
場面は戻って、ロビンたちの戦場。
そこでは。
「ガードに入る!」
「すまん、受けたら下がれ!」
「オッケー、頼んだよクライブ!」
「任せろ!」
クライブとロビンによる連携の取れた戦いが繰り広げられていた。酷く醜悪な姿となったペルフェンダーは力やスピードは上がったものの、判断力が低下していると気が付き、ヒット&アウェイを繰り返し攻撃を加えていた。稀にくるラディックの戦場まで荒らし兼ねない攻撃はロビンが受け、隙あらばクライブが攻め込む。またある程度の傷であればロビンが塞いでくれる。二人はギリギリの所で戦えていた。
だがその状態も長くは保たなかった。まず最初に揺らいだのは、当然ではあるがロビンであった。魔力の枯渇が目立ち、足元がフラつき始めていたのだ。
「回復、あと何回いけそうだ?」
「無理をしても二回が限界かも」
「いや、十分助かってるさ」
こちら側の戦場に飛ばされて来た時点でかなりのダメージを受けていたクライブは、ロビンと合流出来た事で戦線に復帰出来ていた。だがその良い流れをしても、ペルフェンダーには届かなかった。
「来るぞ!」
「くっ!」
「ガアアアアァァァァァァァ!!!」
「マズイ……チッ!」
ガードはしているものの、モロに攻撃を受けてしまったクライブ。着地こそ身体であったが、キッチリ受け身を取って体制を立て直す。先程から少し、ペルフェンダーの動きがおかしくなりつつあったのだ。飛ばされた先にラディックがいたのですぐその隣で剣を構え直すクライブ。ロビンも魔力を構築しつつ彼らに駆け寄った。
そしてそんな中ペルフェンダーにいよいよ本格的な異変が起こる。
「あ、あぁァァあぁあ、ナ、何か目が覚めてキたナァ」
自我を取り戻し、動きの単調さが失われて、より一層厳しい敵へと変貌を遂げつつあった。
「おいコラ、ペル! お前何やってんだよ!」
「あぁ、悪いオ頭。あタまがオカしくナッてたゼ」
そして、目の覚めたペルフェンダーはゼルドリスと合流し、二人で肩を並べている。ゼルドリスだけでもキツかった状況。このメンバーで凌ぐにしてもかなり荷の重い相手であった。
「おい、どれくらい経ったと思う?」
「多分10分くらいか」
「チッ、あの野郎。もう倍は遅刻してるじゃねーか……」
ラディックにも焦りは生まれていた。あのままいけば勝てたであろう状況はペルフェンダーの乱入で一気に混戦に。周りを気にしながら戦う必要が出来たラディックはゼルドリスを仕留められずにいたのだ。味方の存在を想定しない戦いばかりを訓練してきた彼にとって、傷付けてはならない者が戦場に居ると言う事自体が重荷になっていた。
「悪いな、俺がペルフェンダーを抑えられてさえいれば……」
「馬鹿言え、あんなの俺でも無理だっつの」
この時クライブとラディックは思考が一致していなかった。撤退も視野に入れるラディックと死なば諸共なクライブ。やや引き気味に時間稼ぎへとスタイルを変えていたラディックは、まだ撤退の余力は残していたのだ。片やクライブは。
「最悪ここは俺が引き受ける。お前ら逃げるなら今だぞ」
それを分かった上で、撤退を促したのだった。そう、もう全員薄々気が付いていた。このままでは全員死ぬ。故に今のタイミングで、まだ魔力に少し余力のあるこのタイミングであれば二人を逃がせると。そう判断したクライブだった。その言葉に若干揺れたのがラディック。だが、ロビンは……。
「ありがとクライブ。でも俺逃げないから」
そう言い切り、
「【眩き光の粒子、我願いに応え閃光に秘めし大いなる力を顕現せよ】、光り輝く粒子の祝福」
残り二回のうちの一回を使い、クライブを回復する。これにはクライブも苦笑を禁じ得なかった。そしてラディックは。
(クッソ、何やってんだ俺。こんな所で。王子様に飯汁ぶっかけて、あろう事か被害者面して。やっと恩に報いる時だと思ったらこれだよ)
この二人に比べ、自身が半歩引いた位置を取っていた事は明白だった。そして彼自身、それが何よりも許せなかった。
(俺は強い、と思ってた。実際コイツらより強い筈だ。なのによ、いつまでこんな事してんだ? クライブの奴、真剣な顔しやがって。お前が逃げろよ馬鹿。俺が殿をすれば三人で逃げられる可能性もあっただろ)
クライブは死ぬ事を選んだ。それは悲観した挙げ句の死では無い。誇りに殉じる気高き死だ。それに諦めた選択という訳でもない。仲間を信じる為ならば、誇りと共に死ぬもやむ無し。そんなクライブが彼には眩しかった。
(それに俺より遥かに弱いコイツが未だにこんな所で何やってんだよ。逃げろよ。命が惜しくないのかよ)
また彼にとってロビンは異常な存在だった。魔力に乏しく、すぐに辞めると思っていた学校生活も、僅か数日にして見違える様な変貌を遂げ、そして今は自分よりも深く戦場に踏み込んでいる。
(馬鹿かよ、コイツ……)
そう、ラディックよりもほんの一歩、ロビンは深く戦場に踏み込んでいた。ラディックが踏み出せない最後の一歩を、こんな駆け出し者のロビンがあっさり越えて行ったのだ。
(畜生、何やってんだよ俺)
悔しかった。学校に入れられた時より、兄弟に落ちこぼれ扱いされた時より、
(畜生、畜生畜生畜生畜生畜生畜生)
こんな未熟者にも劣る覚悟しか持てない、自分という存在が何よりも許せなく、悔しかった。
「畜生!!!」
「わっ」
「な、何だ?」
ラディックはまだ全力戦闘をしていなかった。それは意図的に避けていたからというのもあるが、そもそも出来なかったのだ。全力が通じなかった場合、自分は【死ぬ】のだから。
だが、ロビンはどうだ?
クライブはどうだ?
余力を残した自分を逃そうとするクライブに、隣に立つと言い張るロビン。
「いつまでこんな事やってんだよ、俺ええええええええええ!!!」
「うぇぇぇ何なになに?」
「ど、どうしたんだラディック?」
ラディックの目付きが変わった。
気配が変わった。
「お前ら、下がってろ」
戦場で死ぬ覚悟のある【漢】の顔をして、ラディックは二人の前に出た。
「俺がやる」
そして、静かに強く、魔力を構築し始める。
「【佇む地表の砂、我願いに応え大地に秘めし大いなる力を顕現せよ】、大地を覆う砂塵の染々、集いし砂丘の宴!」
詠唱継続、それは同じ種類、同じ位の魔法であれば一度の詠唱で魔法発動が可能という技術。それを行う事自体も技術として難易度が高く、その上で複数の魔法の同時発現を効果的に熟す為の組み合わせというのにも工夫が必要であった。だが詠唱破棄と比べると詠唱継続の魔法発現威力は明らかに強く、また魔力消費も少なくて済むのだ。
「な、なんだこの技は……」
「前ガ……見えン!」
味方すらも巻き込みかねない、流れごと全てを持っていく荒技。ラディックの隠し技の一つであった。
そしてその上でその戦場を高速で移動し、敵の意識外からの攻撃。
「大いなる巨人の一振り!」
「ギッ!! アぁウゼぇ、どコかラ撃っテやがル」
「交差する砂刃の嫉意!」
「チッ! 荒れ狂う暴風の嗎! ……相殺しきれねェ!」
視界の悪さ、足場の悪さに加えて向こうは建物内を自由に移動し回っている。反撃する反応が遅れる分、魔力の構築が揺らぐ。それは小さく差を生む。また詠唱破棄と詠唱継続では威力もかなり変わってくる。ラディックの行う詠唱継続は威力が高く反映されるのだ。この辺りからラディックはジワジワと敵二人を一人で押し返していった。
「あいつ、まだあんな技を……」
「す、凄いよラディ」
二人は呆気に取られていた。参戦する余地もない程の戦場。それが眼前に展開されていた。だが、その技術を以ってしても。
「ガアアアアァァァァァァァウゼエエエエエエエ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネえええエェええぇエぇえ!!!!」
「グッ!?」
肉体的に圧倒的を誇るペルフェンダーを追い詰めるには威力が足りず。
「隙を見せたなァ! 爆ぜる風神の嘲笑!」
「クッ、ま、まだだ!!」
そもそも二対一の戦場、技術をも併せ持つゼルドリスにも一歩届かず。ゆっくりと追い詰められていき。
魔力的にも間も無く限界という時。
(諦めてたまるか、ある筈だ、どこかに活路が、まだチャンスが、どこかにある筈だ!!)
彼の身に。
(諦めるな! そこに仲間が居るんだろ! 俺を逃すために命を懸けられる奴らが居るんだろ!! やれる事を、取れる手段を考え続けろ、ラディック・デマイズ!!!)
異変が起ころうとしていた。