035:ロビン・ラックと王子の奪還-6-
颯爽と現れたラディックは僅かな油断も見せぬままにロビンを後ろに退がらせると、改めてゼルドリスと向き合い構えを取った。
「俺はお前を倒しに来た。殿下とはちょっと縁があってな、後ろに居るんだろ? テメェにゃ恨みはねーんだが、助けさせて貰うぜ」
「ハッ! つくづくお友達に好かれた野朗だこって!!」
ゼルドリスが槍を横薙ぎに振り抜き、これを小さく飛び上がって回避するラディック。だが敵はそれを見越しており、魔力が放たれる。
「死ねぇぇぇ爆ぜる風神の嘲笑!」
「進撃を阻む泥鉄の壁!」
両者共に詠唱破棄。爆風だけが巻き起こり、それぞれ互いに距離を取った位置に着地する。
「テメーの動きは悪くねぇな」
「そいつはどうも」
ロビンを更に後ろに退がらせて守りつつ、反撃の糸口を探すラディック。僅かな攻防で互いに理解する、こいつは強敵であると。そして両者共にそれに見合った戦略を構築しなおす。
先に仕掛けたのはラディックだった。
「形成される砂の剣」
地面からナイフの様な砂を抜き取ると、それをそのまま敵に向かって投げ付け走り始めた。当然これはゼルドリスに防がれるが、防いでいる最中に更に2本のナイフを手にしていたラディック。位置を変えつつ遠距離から再びナイフを投げて牽制する。手元から正確にゼルドリスに向けて放たれるナイフは下手な弾丸や魔法よりも威力があり、仕方なく大槍を使って凌ぐ形に。とはいえこのナイフも勿論防がれているのだが、この攻撃は直撃する事が目的ではなかった。ナイフを防ごうと槍を振るったその時、ラディックは既にゼルドリスの眼前に迫っていたのだ。
「起きろ【鷹の目】」
「チッ!」
ーキィィィンー
硬い物同士が接触した高い音が周囲に響いた。そしてその音の消えぬ間に。連続攻撃が始まる。ラディックの両手には二本の刀が握られていた。長短二本の刀に分裂する魔杖【鷹の目】、近距離から手数で押される展開はゼルドリスの望む所ではなかった。故に。
「爆ぜる風神の嘲笑!」
一旦距離を作るべく、近距離魔法を放つ。
「芸の無いやつだな」
「うるせェ殺すぞ」
「やってみろよ」
距離を取るなら取るで構わないラディックは所構わず地面からナイフを生成し、移動しては敵に向かって投げと、攻撃を続けていた。
だが敵の守りは硬く、これでは攻略は無理かと思われたその時。
「無闇に走り回ってたとでも思っていたのか?」
「あぁん!?」
地面に手を付き、魔力を込める。
「もうお前にターンは回って来ない、大地を覆う砂塵の染々」
「なっ!?」
魔力が地面へと伝わると、幾箇所かが呼応する様に一気に部屋全体へと伝染する。そしてその魔力は瞬く間に地面を砂へと変えていった。
「今更地形の影響なんて受けっかよ!!」
「強がるのは良いが、さっきより遅いぜ?」
「チッ、クソがァァァァ!!!」
接近しては長短二振りの刀が、離れると砂のナイフが飛んでくる。足場は悪く、ほんの僅かだが動きから洗練さが失われる。ゼルドリスが追い詰められるのに、そう時間はかからなかった。
「す、凄いよラディ……」
後ろで見ていたロビンは呆気に取られていた。魔杖を使った接近戦と、離れてなお有効な中距離戦、そして僅かに足りぬと判断するや否やすぐさま地形すら掌握する戦闘術。全てが輝いて映っていた。
「チッ、こりゃもう【アレ】を使うしかねぇってのかよ」
縦横無尽なラディックを攻めあぐねていたゼルドリスが小さくそう溢した、その時。戦況が大きく動いた。
「何だ!?」
「チッ、何の……ペルか?」
ロビンやラディックが来た方角の壁が突然爆発したのだ。
「グッ、何なんだコイツは!?」
「クライブ!?」
「ロビン? それにラディックも。まさかお前らの所まで吹き飛ばされたのか?」
「何があったの?」
「いや、後少しで斬れたんだ。なのにアイツ、よく分からない物を口にした途端に……」
「ガアアアアァァァァァァァ!!!」
クライブが吹き飛ばされて来た方角から、魔獣の様な咆哮が聞こえた。
「あ、あれって……」
「ペルフェンダーって呼ばれてた奴だ」
「そんな……」
まるで魔獣の様に姿を変貌させていたペルフェンダーが、クライブを圧倒し、戦場を制圧しに現れたのだった。
━━━━━
【アジト・奥の間】
「グハッ!」
「な、何だおまゴベァッ!」
その頃、別の場所では。
「助けに来ましたぜェ、大将」
「は!? おまっ、サジ!?!?」
サジが檻へと辿り着き、到着早々にアルヴィスの拘束具を破壊。アルヴィスの両腕が解放される。だがそれよりも遥かに驚きが勝っているアルヴィスは怒涛の勢いで檻越しにサジへと詰め寄った。
「俺はてっきりお前を殺してしまったって……いや、それよりお前何であのタイミングで……っつか何でここにいんだよ!!」
「質問が多いですぜ大将、俺の口は一つしかないんだ、何から聞きたいですかィ?」
焦りが募っているアルヴィスに対して異常な軽口を叩くサジ。段々と焦りが収まると、何だか馬鹿らしくなってしまい、落ち着いて一息深く吐き出した。
「……まっ、お前が無事ならなんでも良いさ。早く出してくれ」
「そうしたい所なんですが……」
実はこの時、サジはかなり困惑していた。鍵が見当たらなかったのだ。何処を施錠したのか、寧ろ扉が何処にあるのかすら分からなかった。扉も鍵も見当たらない、未知の檻。
「対策は万全って訳かよ、畜生」
彼は焦っていた。ラディックの実力を信じられなかった訳ではないが、そう長く時間をかけられないとも思っていた。ラディックがどれ程強くても、恐らくアルヴィスには及ばない。そうなってくると奴らには【アレ】がある。何をどうしたって最後には手をつけられなくなってしまうのだ。故に後一人、戦力が必要だった。クライブよりも強い戦力が。
「クッソ!! どうすれば……」
当てにしていたのだ、アルヴィスを。アルヴィスの力が戦場に参加出来たならまだ光明は残されていた、勝てる可能性はそれ程低くなかった。だがもし、あのメンバーだけで戦うとなると……。
「仕方ない、魔力の継ぎ目を探そう」
「それしか……無さそうです」
「俺は内側から同じ事をやる、お前は逆側から始めて時計回りに探るぞ」
「分かりました」
「因みにあっちの面は無かった」
「探ってくれてたんですか?」
「まぁやれる事をな」
「助かります、申し訳ねぇ……」
「言うなって」
どんな檻でも開ける自信はあった。実際そういう能力に特化して鍛えてきた彼は、いつだってこういった場面では最高のパフォーマンスを発揮してきたのだ。だが今回のこれは……。
「内側からの魔力攻撃の無効化に加えて、鍵どころか扉までないたァ、流石にお手上げでさァ」
「お前の能力は疑ってない。だからこそ奴らはこういう手段を思いついたんだろ?」
「多分……そうですね」
サジの様な者がいた場合、確実に問題が発生する。故にそこは先に対策をされていた。サジでなかったにしても、同じタイプの技術を持った者が現れたとしても、それを防げる様に。サジの存在を参考にしたとしか思えない対策だったのだ。
焦りは募った。もし使われたなら、ゼルドリスどころかペルフェンダーでさえ手を付けられなくなってしまう。クライブを信用していない訳では無いが、彼は確信していた。
【アレ】には勝てない。
「くっ……」
この流れでは5分で駆け付ける事は不可能だという事実が、サジの心中を深く抉り続けていた。