029:ロビン・ラックと公務への同行-4-
両者一斉に地を蹴った。
最初に一撃を繰り出したのはゼルドリス、目にも止まらぬ早さでアルヴィスの身体を貫こうとするも、これを剣でいなしたアルヴィスが懐へと肉薄する。
「この魔法、テメーもさっき使ってたな? 爆ぜる風神の嘲笑!」
だが空いていた左手から爆ぜる風神の嘲笑を発動させる。近距離から貰ったアルヴィスは衝撃に吹き飛ばされるが、上手く身体を反転させて着地する。
「詠唱破棄か」
「まっ、威力は落ちるが問題ねぇ」
同属性、風の魔法使い同士の戦いとなった。両者、一定の距離を開けながら走り始める。
「【吹き抜ける風の始め】、風刃!」
「はっ、当たるかよ!」
躱して一気に距離を詰めるゼルドリス、軽くジャンプしたかと思うと、大槍を叩きつける様に振り下ろした。
(受けるのは無理か)
重量感の違いから今の体制でこれを受けると剣ごと持っていかれる。咄嗟に左に躱すも、そこへゼルドリスの脚が強襲する。
「チッ、結構効くな」
「案外とタフなんだな、王子様よォ」
何とか後ろに飛ぶ事で直撃は避けたものの、思っていた以上に敵の動きが早く、鋭い。
「死ねオラァァァァ」
一見考えなしの突撃にも見える攻撃。だが、
「爆ぜる風神の嘲笑!」
「こいつ、攻撃魔法を加速に!?」
魔法を使った瞬間的な加速、タイミングを見誤ったアルヴィス。大槍がアルヴィスの脇腹を掠める、僅かに血が宙を舞った。
「これも躱すかよォ!! やるじゃねぇか王子様。そろそろくたばれぇぇぇぇ」
想像を超えた槍の使い手、戦いは拮抗の一途を辿り、両者一歩も引かぬ攻防を見せる。アルヴィスが攻めればゼルドリスがいなし、ゼルドリスが攻めればアルヴィスは躱した。
互いに大きなヒットは貰わぬまま、決め手に欠けた戦況を続けている。
だがそんな中、アルヴィスは観察していた。敵の動きを、その思考を。そして、
(敵は中級を詠唱破棄で発動する魔法技術もありながら、接近戦時に対応出来る体術も持っている。槍は速く、もう一撃貰ったら流石に動きに支障がでちまうな。振り抜いた時の重い攻撃もある。馬鹿に見えて攻守バランスの取れたかなりの手練れ。こいつが相手だとこちらとしても決め手に欠ける……やるしかないか)
アルヴィスが、雰囲気を大きく変化させる。これまでにない強力な魔力を構築し、強い風が周囲に舞っている。
「悪いがこれで終わらせて貰う」
「はぁ? 寝惚けてんのかテメェ」
そんなゼルドリスの言葉を聞き、薄く笑みを浮かべるアルヴィス。詠唱が紡がれる。
「【強く吹き抜ける風の調べ、天界・山海・月をも穿つ爪、」
「てめっ、何だその詠唱は!?」
「我願いに応え蒼天の頂に集いし大いなる風を僅かに顕現せよ】」
輝く翠の風がアルヴィスを強く包み込み始める。
そして訪れる詠唱の終り。
「猛りも従う嵐の狂順!」
瞬間 、驚異的な魔力がアルヴィスを包み込み、彼の全ての衣服や髪が逆立ち荒れ狂う。
「さて、余り長くは持たないからな。終わらせるぞ」
「クッソ……」
ゼルドリスの額から、一粒の汗が流れ落ちた。
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『なぁ見てくれよ師匠。書物の中でこんな魔法見つけたんだ』
『ん? どんな魔法じゃ……は? て、【猛りも従う嵐の狂順】じゃと?」
師匠と呼ばれる老人は、白髪にして白髭、まさに老人であると称する他ない特徴をしているが、漂わせる気配は一流のそれであった。その師匠を以て驚愕せる事象。
『アルヴィスよ、お主まだ上級魔法に着手しとらん内に、勝手に帝級魔法を?』
『俺もまさか発動するとは思わなかった』
『……魔法には相性がある。千差万別な数多の魔法から自身の得意とする物を取得し、戦闘を有利に進める。魔法は数多くあれど、実際に行使するのはごく僅かに絞られる。だがお主とその猛りも従う嵐の狂順は、余程相性が良かったと見える』
『みたいだな。これ滅茶苦茶しんどいし、少しでも気を緩めたら切り傷出来るし』
『左様、身の丈に合わぬ魔法故、それは致し方ない。じゃが発動出来るという時点で既に利点じゃ、上手く使い熟す他あるまい』
『こいつは燃えるな、やる気出てきた!』
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「猛りも従う嵐の狂順か、初めて見たぜ。帝級魔法たぁ恐れ入る。だが俺も簡単に負けるつもりはねぇぜ?」
「ほぅ、なら試してみるか?」
そう言葉を吐いたアルヴィスは暴風を纏い、予備動作なしで突然ゼルドリスに肉薄する。
「クッ、早えぇ!?」
「これにもギリギリ反応するのか」
横薙ぎに払われたアルヴィスの剣を薄皮一枚で躱すゼルドリス、だが回避後の体制が悪く立て直しを図るべく大槍を右下から振り上げる。その槍を。
「っ馬鹿な!?」
「それじゃ遅いな」
更にその下から蹴り上げる事で起動をずらされた上に、体制が完全に崩される。その右脇腹にアルヴィスの左の蹴りが突き刺さった。吹き飛ばされるゼルドリス、手を地面に突きつつ何とか勢いを殺して、顔を上げた時には。
「テメッ」
「良い反応だ、ムカつく程に!」
目の前に迫るアルヴィスが既に剣を振っており、間一髪の所で槍を挟み込み、受ける形を構築する。受けてさえしまえば大槍を吹き飛ばす程の力は剣にはない。鍔迫り合いから弾き飛ばし、何とか距離を確保するゼルドリス。
「尋常じゃねぇな」
「そりゃどうも、悪いが時間もかけてられないんでね」
「クソがッ!」
真正面から突っ込むアルヴィスは突然地面を蹴り空中に飛び上がる。
「ミスったな!」
追撃を仕掛けようとするゼルドリスだが、まさかの急転直下。アルヴィスは空中で何かを蹴り、突然真上から迫り来る。
「バッ!」
「くっ!?」
ゼルドリスは咄嗟に半身をずらし、同時に先程まで自身が居た場所に回し蹴りを繰り出すも爆風が巻き起こり、落下してくる筈のアルヴィスは着地のタイミングを僅かに遅らせ回避する。更にその上で。
「グハッ!?」
身体を回転させ、勢いそのままに顔面に強烈な蹴りをお見舞いするアルヴィス。吹き飛ばされるゼルドリスだが、地面に一瞬手を触れて空中で体制を整えて勢いは殺さずに再び距離を取った。
「スピードが段違いだな……」
「お前は異常にタフだな」
「うるせぇ!! ならこれならどうだ!!」
何をするのかとアルヴィスが身構えるのと同時に地面を蹴り大きく後退するゼルドリス。想定外の行動に一瞬身体が硬直し反応が遅れる。その隙に退がりながら魔力を構築していき更に詠唱をも乗せる事で、その攻撃はアルヴィスが想像したよりも遥かに強力な雰囲気を醸し出していく。
「【強く吹き抜ける風の調べ、絶え間無く尖れし渓谷の牙、我願いに応え蒼穹に秘めし大いなる力を顕現せよ】」
紡がれし詠唱から発動するは上級魔法。
「岩をも穿つ突風の一刃!!!」
大きく後ろに引かれた大槍を渾身の力で振り抜くと同刻、ゼルドリスの眼前に広がる全てを薙倒し、全てを破壊し突き抜けた高速の突風。
だがそれさえも。
「当たらなきゃ意味ねーよ」
今のアルヴィスの脅威にはなり得なかった。
「チッ、アレを躱すかァ?」
「悪いな」
先程の状況から一転、猛りも従う嵐の狂順を発動したアルヴィスに対して防戦一方のゼルドリス。だが実の所、アルヴィスも攻めあぐねていた。
(何とか制圧したい所だが、余りにも手強い。……無理か)
出来ればゼルドリスを殺す事なく捕まえたかったのだ。だが敵もまた強者。そんな隙を与える事などなく、このまま続けばアルヴィスの魔力が先に絶える事は必定。故に。
(斬るしかない)
決意する。
殺す事を。
剣に今まで以上の殺気を込めて。
「クッソ早えぇンだよ!!」
「付き合ってやれるのはここまでだ」
斬り捨てる。
その瞬間。
何かが、ゼルドリスとアルヴィスの間に割って入った。黒い影の様な。そう、それは見知った気配。
「グハッ!?」
「なっ!? さ、サジ!!??」
ガードはしていた様だが袈裟斬りにされた傷はどう考えても深く、致命傷を予感させるのには十分な手応えをアルヴィスは感じる。
そして。
「漸く隙を見せやがったな?」
自分の大切な者を自らの手で斬り捨てる。その信じられない状況に発生する僅かな隙を、ゼルドリスが見逃す筈もなかった。




