003:ロビン・ラックと魔法学校-3-
「イエス」
YESの部分に触れながら、ロビンは声を出してはっきりと意思を表示した。紙に対してこの対応、これが正しいかと言えば、普通は間違いだろう。だが彼には確信があった。そうすればこの意思が届きそうな、そんな期待の篭った確信が。
「っ!?」
瞬間、彼の足元に光の穴があいた。そして、声を発する間もなく彼は光の中へと飲み込まれてしまった。押し入れの床に突然穴があき、そこに落とされたと言い換えても良いだろう。未来の自分が見たら指を刺して笑いそうな、滑稽な顔をして落下して行ったロビンであった。
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落下した筈なのにも関わらず、特に痛みは感じなかった。その事を不思議に思いつつ光の眩しさに慣れてきた頃、背中側から声が聞こえてきた。
「ロビン・ラックくんだね?」
「はい」
【はい】と即答する訓練に事欠かない生活をしてきた彼にとって、最初のやりとりは実に簡単な物だった。受け入れられない現実は一旦置いて、はいと答える。生きる上でとても大切な事だったのだ。
周りを見渡すと沢山の書類の前に一人の老人が座っているのが確認できた。老齢は見てとれるが、それにしても佇まいが凄みを帯びており、お爺さんというには余りにも凛とした老人がそこに座っていた。
「すまないね。君を威嚇するつもりはないんじゃが、こちらも既にこの歳じゃ。気合いを入れねば腰も伸びんよ。儂は唯の受付じゃ、ここの卒業生のな」
「卒業生?」
「老後も安心の素晴らしい学校じゃろ?」
老人の学校賛美などなくとも、彼は既に学校入学に賛同している。訳の分からないやり取りだった。
「じじいのジョークじゃ。少しは笑わんか」
「ははは」
「今のは笑う所ではない」
コホンと一つ咳払いをし、老人は佇まいを改めた。
「お主は魔法学校、セブンスへの入学に賛同した。相違無いな?」
「はい」
「今後一年間、家族諸々と会う事は出来ぬ、理解出来とるな?」
「はい」
その発言は彼にとって初耳の内容であったが、会えなくて困る家族は持っていなかったので、これまた言い澱む事はなかった。その後、先刻の手紙の内容をなぞる様に確認が執り行われ、その全てに「はい」と答え続けたロビン。そして。
「それでは、これを以ってロビン・ラックは我が校【セブンス魔法学校】の生徒と認める」
その発言と同時に大きな判子を書類へと打ち付けると、今しがた判を押されたばかりの紙をロビンへと差し出した。そこには【入学許可証】と記されており、自身の入学が滞りなく遂行された事を証明していた。
未だ夢心地のロビン少年は入学許可証を手に持ちながら、その場に立ち尽す外無かった。故に与えられた紙を惚けながら見ていたのだが、そんなロビンに受付のお爺さんが何かを言い放った。その言葉の意味を理解するには時間が足りなかった様で、ロビンは再び驚く事となる。
「では行って参れ」
「はい」
どこに? そんな彼の疑問はすぐに解決する。足元に穴があいたからだ。つくづく、落とし穴が好きな学校である。この姿を未来の自分が見たのなら、きっとここが二番目の笑い所となるだろう。ロビン少年は驚愕の形相で、再び光の穴へと飲み込まれて行ったのだった。
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ロビンが落ちた先は部屋の様だった。部屋の間取りは2LDK。キッチン付きのリビングダイニングが一人で使うには広過ぎるサイズを誇り、そことは別に二部屋追加で存在していた。時計を見るに現在時刻は夜の11時45分。窓はあるが、外は真っ暗で何も見えない。
ーコンコンー
「どなたか居ますか?」
声を出したのは他ならぬロビン・ラックその人だ。それぞれの部屋の扉を開ける度にノックをし、中に人がいないか恐る恐る確認したのだが、そこには誰もいなかった。当然と言えば当然の事である。何故ならここは彼の自室なのだから。
部屋の中にはスイッチがあり、ロビンが最初に落ちて来た時のリビングダイニングだけが明かりのついた状態だった。念の為各部屋の確認に周ったが当然誰も居らず、しかしてノックをして軽く見て周るだけでは不安は拭えず。思い切って明かりの消えた部屋にも全て明かりを付けて見る事にした。
そして光を得た部屋の内容を見て彼は驚愕した。今彼の視界に広がっているのは憧れ続けた勉強机、そして本棚、それにベッド。どれだけ憧れても手に入らなかった憧れの家具。視界にある全ての物に心奪われたロビンだが、取り分け勉強机の上には簡単な手紙が置かれており、隣には鍵と思しき物が置かれていたので、まずはそこを確認する事にした。訝しみつつ手紙を手に取り、目を通す。そこにはこう書かれていた。
【6025室 使用者名 ロビン・ラック】
「これが僕の……部屋?」
漸く、状況を理解したロビン。途端、彼の目は輝きに満ちた。憧れ続けた自室、それに勉強机、本棚に、ベッドまで。夢に見た全てが突然自分の物だと言う。俄に信じられない思いだった。
感動の最中、もう一枚隣に置かれていた手紙にも気が付いたロビンはそれを手に取り、やはり目を通した。そこにはー
「入学式は4月1日です……え、明日?」
入学を期限ギリギリに行った彼にとって、急な行事の予定が書かれていたのだ。心の準備もまともに出来ないまま、更なるイベントが待ち受けてたが、ロビンはひとまずふかふかベッドに寝転がってみた。膨れ上がる欲望に我慢出来なかったのだ。そしてその余りの気持ち良さに。
「ふぇぇぇ、最高だ……何これ気持ちぃぃ……」
思わずすぐ眠りに落ちてしまったのだった。時刻は間も無く0時になろうと言う時。ベッドなどという高級品に縁が無かった彼であれば、これは仕方がないと言えば仕方の無い話であった。ーそして翌朝。
「……はっ!? しまった! 今何時!?」
当然の帰結である。