018:ロビン・ラックと神級の修行-4-
「ううー30秒までは来たんだけどなぁ」
「伸び悩みですか?」
「うん、タイムが縮まらなくてさ」
「一度同行しましょう」
「ありがとうニクス先生!」
幾度かの往復の後、ロビンは自身の修行の行き詰まりを解消すべく、ニクスに助けを求めていた。
「行くよ? フッハッ……」
「ふむ、成る程」
ロビンの動きを自身の目を以って確認し、そして同時に魔力の流れも追う。彼の目には色々な事が見えていた。
「どうかな?」
「まず型の継ぎ目で次を意識して少し位置にブレが見えます。2の型と6の型と7の型は特に意識する様に。そこを正確にする事が意外と近道です」
「なるほど」
「そしてこちらの方が特に問題なのですが、魔力を型の度に考え直している様に見受けられますが、感覚的には一定で行く意識をしてみて下さい。極論、10の型を以て一つの型の様に捉え直してみては如何でしょう?」
「……むぅ」
それを聞いたロビンは少し顎に手を置いて考えた。
「2、6、7の型って事は、姿勢がダメなのか。軸だね。それを整えるから、こうなって、この型から、こうか」
ブツブツと言葉を吐きながら確認するロビンを見守るニクス。寧ろ試す様な、そんな視線にすら思える表情で。
「これを10の型で1つの型。なら魔力はこの感じで、ほっ!」
スッと、型をこなしたロビン。
「どう?」
「お見事、まさか一度で5秒まで短縮してくるとは思いませんでしたよ?」
「えへへ、ニクス先生の教え方が上手いんだよー!」
内心、驚愕していた。確かに問題点は指摘した。しかしながら、30秒が5秒に縮まるには早過ぎる。この25秒は他のどの時間の短縮より難易度の高い、最後の25秒だ。それを僅か1度のチャレンジで。
この時ニクス自身は気付いていなかったが、彼はかなりの興奮を伴った笑いを隠し切れずにいた。
興奮冷めやらぬのはロビンもまた同じだった。
「さて、では次なる試練です」
「よーし、何でも来い!」
「魔獣との実戦を行います」
「えぇ……嘘だよね?」
「嘘ではありません」
だがその興奮の熱が継続するとは限らなかった。そんなロビンはお構い無しに魔獣との実戦に必要な魔法を構築すべく、魔力を練り始めたニクス。
「暗き闇の抱擁、我願いに応え虚無に秘めし大いなる力を顕現せよ」
ニクスが詠唱を終えると魔力の渦が目の前に展開された。そしてその中から。
「彷徨える眷属の召喚」
真っ黒な影と煙を伴った一匹の獣が召喚された。この時使われた魔法は闇属性中級魔法、眷属召喚であった。
「程度の低い魔獣ではありますが、今のアナタにはまだ恐ろしく写る筈です」
「そりゃ……怖いよ」
「恐怖の理由は何だと思いますか?」
恐怖、理由? さて考えた事もなかった。ロビン少年は言われて考えた、何故魔獣が怖いのか。
「死にたく……ないからかな」
「それもある意味では正解でしょう。しかし本質ではありません」
「勝てないからかな?」
「それも違います」
ロビン少年は考えた、何故怖いのか。恐怖を覚える事の理由など考える余裕があった事など無かったのだ。何故なら恐怖が目の前にあるからに他ならない。初めて直面した疑問だった。
「こ、コイツの事が、分からないから」
「正解です、やりますね」
正解へ導くつもりはあっても、まさかその前に自力で答えを出すとは思っていなかったので少し笑みが溢れるニクス。
「恐怖の根っこは基本的に無知です。例え目の前に絶対に敵わない相手がいたとしても、行動パターンを知っており、回避が可能な事を理解できていたのであれば、危険こそあれど恐怖ではない筈です」
「……確かに」
ロビンはこの時、トードルの事を思い出していた。自身の養父に当たる存在だ。彼から散々酷い扱いを受けていたが、恐怖があったかと言えばそれは違った。これをやったら怒られる、あれをやったら怒られる。痛みへの恐怖はあったが、それは痛みに対してだ。トードル自体が怖かったかどうかでいうと、そうでも無かった。むしろ理由もなく怒るケイティの方が怖かった。
「敵と相対した場合、どの様に動けば生存率が上がるのか。或いはどう立ち回れば制圧出来るのか。はたまた隙を付けば撃破出来るのか。全ては、どれだけ経験があるかです」
「……経験、俺、経験なんてさ」
「今から積めば良い」
「え?」
「無いのであれば、今から積みなさい」
「……はい!」
ニクスの言葉に、やや涙が瞳に溜まっていたロビンだったが、その涙が流れる事は無かった。彼はもう、目の前の魔獣への対処に頭を切り替えていたからだ。
「暗き闇の抱擁、混沌の宵闇を喰らいし真なる闇よ、我願いに応え虚無に秘めし大いなる力を顕現せよ」
そんな彼の隣で、次なる試練を生成するニクス。彼が今紡いだ魔法は闇の上級魔法。
「彷徨える眷属の召喚陣」
彷徨える眷属の召喚陣、それは一度設置してしまえば召喚主の魔力の続く限り、低級魔獣召喚を継続する闇属性の上級召喚魔法だった。
「武器は必要ですか?」
「あっても使えないよ!」
「違いありません」
反射的に本能で返事するロビンに、然りと返事をするニクス。彼は安心して扉を通り抜け、ロビンの帰りを待つ事にしたのであった。そして4分後に現れる彼を迎える為に。
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それから、また幾度の苦難を乗り越えて。
「ニクス先生」
「おや、どうしましたロビン」
「怖いと思える場面が、無くなりました」
「よろしい、では最後の仕上げといきましょう」
「はい!」
ロビン少年の顔つきは、修行を始める前からは考えられない雰囲気へと変貌しており、肉体には確かに筋肉が宿っていた。そしてそれは見せかけの筋肉ではなく、戦う為に必要な、魔力を行使する上で必要な、美しい筋肉であった。その身体に、決意に満ちた瞳を携えて。
「と、その前に」
「……?」
ニクスは徐に懐に手を突っ込むと、1本の棒を取り出した。スティック状のそれはまだ魔力を帯びておらず、まさに木の棒と称する他ない。
「それは、俺の魔杖?」
「ええ、その通りです。もう分かりますね?」
「……はい!」
ロビンは魔杖を受け取った。そしてそれと同時に自身の魔力を展開する。さて、今展開した魔力は身体から無理やり捻り出されたのか? 否、それは今までの荒々しい気張りでは無い。まるで自然と身体から放たれる様に、魔力は身体から滲み出た後綺麗に周囲に維持されている。自然体の魔力は行き先を求め、ロビンへ主導権が還元される。そしてロビンは、その魔力たちを魔杖へと注ぎ込んだ。
「イメージしなさい、今のアナタに必要な物を。助けて欲しい部分を、魔杖に頼りなさい」
ニクスに促され、気持ちを乗せた魔力を魔杖へと注ぎ込む。次々と魔力を吸収する魔杖はやがて薄く輝きを帯び始め、そして遂に光が満ちる。
「やれやれ、いつ見ても実に忌々しい、綺麗な光です事」
そんなニクスの皮肉を受けつつ、それは姿を現した。
「それがアナタに足り無い物、そうですね?」
「はい」
「俺もそれが良いと思います。良い物を作りましたね」
「ありがとう……ありがとうニクス先生!」
ロビンの手に収まっていた物。むしろロビンの両腕に備わった物。それはガントレットであった。薄暗く鈍い黒の光を放つ、明るいロビンには少し似合わない黒いガントレット。白銀の輝きに漆黒の装飾。これはそう、きっと。
「やれやれ、さてはアナタ。魔杖の生成時に俺の事をイメージに含めましたね?」
「あ、分かった? だってニクス先生、俺の持ってない物何でも持ってるんだもん!」
ロビン自身に剣を使った経験はなく、弓も、槍も、斧も、およそ武器と呼べる物は持ったとて扱え無い。剣を扱え無いというのは弓を射らずに弓本体で叩いている様な事になりかねない。
だが今の彼には。
「それに、今ならちょっとくらいはやれるよ? まだまだだけどね!」
ニクスに鍛えられた身体があった、その身体ならば、他数多ある武器よりも信じられる。だから彼は自身の信じるニクスを信じる道を選んだのだ。
「ガントレットの基本は【盾】です。魔杖で生成されたガントレットならば、魔力の続く限りアナタの攻防を支えてくれる事でしょう」
「ありがと!」
「それで【銘】は考えているのですか?」
「あ」
その一言で、何も考えていなかった事は明白だった。
「えっと……手、とか。あ! パンチ!」
「ハァ、真面目に言ってます?」
「真面目だよ!?」
「なら仕方ないですね、俺が決めましょう」
「え? ニクスが?」
「……【烈破】、この銘を贈ります」
「わぁ! 烈破! よろしくね烈破!」
嬉しそうにガントレットを撫でるロビン。その様子はいつまでも見ていられる程の暖かさを放っていたが、ニクスは一呼吸置くと空気を改めた。
「さて、それでは。何となく分かっていたとは思いますが、最後の相手は俺です」
「オッス!」
そして、最後の地獄が始まった。