間話 ラディック・デマイズの憂鬱
「こんな初歩的な事、今更やらなくても」
地面に転がる石ころを蹴り飛ばすラディック。彼は学校から西にある集落から学校に来ており、普段は寮に、休日は地元に帰るという少し変わった状況で学校に通っていた。しかしながらその生活は楽しいという訳でもなく、はっきり言って彼はこの状況に不満を持っていた。理由は明白、二人いた兄がどちらも学校に通わなかったからだ。
だが兄が不勉強であった為に学校を拒絶した訳ではない。単純に必要がなかったのだ。彼らは学校に通う必要もなく、ただ強かった。そしてその理由はラディックの兄弟だけに限った話ではなかった。彼らデマイズの一族には固有の能力があるからだ。
【デマイズの魔眼】
そう聞いて知らぬ者は殆ど居ないだろう。いや、戦場に疎い者は知らない事もあるかもしれない。だが戦いの場に赴く事のある者でこの名を知らぬという事は、いつ死んでもおかしくないという事と同義であるといっても過言ではなかった。それ程頭抜けた能力を誇る物であった。この魔眼の能力を度外視するならば、ラディックの戦闘力は当時の兄たちと比べてそこまで見劣りする物ではなかった。が、やはりそれ一つが絶大な差となり、扱いに違いが生じてしまっていた。
「サジの奴はどうしたんだ?」
「あいつはクラスの用事でグラウンドの方に行ってると思うぞ」
「しょーがない、行ってやるか」
どこからともなくクラスメイトの王子様の声が聞こえてくる。視線を向けると、どうやらグラウンドを目指している様子。
「ハァ……だりぃ」
七大貴族に加えて王家の血族まで、面倒この上ないクラスに当てられてしまい、この状況が兎に角嫌で嫌で仕方なかった。そんな高貴な面々に粗相でもしようものなら家族からの更なるバッシングは免れない。デマイズ一族の大人達の圧は中々に凄いモノがあり、彼は酷く怯えていた。それ故に色々な事に気を遣って過ごしていたのだ。
因みに彼らの一族に年齢による成人は存在しない。成人しているかどうか、大人と認められるかどうかは魔眼を開眼しているかどうかという一点によって判断される。
つまり仮に年齢が五十を越えようとも、魔眼を開眼していない者は未成年として扱われ、年齢によっては嘲笑の対象であった。
そしてこの少年、ラディック・デマイズも、そんな嘲笑の対象となっていた者の一人だ。彼の家は特に優秀で、年齢が10を超える頃には皆が皆魔眼を習得していた。そこにきて彼である。
「ったく、開眼開眼って。目は元々見えてるっつの。これ以上何が見えるってんだよ」
再び蹴り飛ばされる石ころ。彼は意味が分からなかった。目は見えているのに、これがどう変わろうとも大した変化はないだろうと思っていた。それに戦うにしても彼は既にある程度のレベルには達している。だからこそ納得出来なかった。恐らく、クラスの中でもアルヴィスに匹敵する戦闘が出来るのは彼とミア・ホワイトニュートくらいのものだろう。確かに彼は既に強いのだ。
それでも、デマイズの一族は彼に【落第】の判子を押し、業を煮やした家族は彼を学校へと送り込む事にしたのだ。本人が望んでいなかったにも関わらず。全ては、兄が優秀過ぎたが為に起こった悲劇だった。
するとそこに通りかかったのは我らがロビン少年。彼は帰り支度を済ませており、いつでも帰宅できる見た目をしていた。だがその割には真っ直ぐに帰らず、何かをキョロキョロと探している様に思える雰囲気をしていた。
「あー! えっとクラスの……ラディック!」
「呼び捨てかよ」
「ラディックさん!」
「あー悪い悪い、そういう意味じゃねーよ。好きに呼んでくれ面倒くさい。っつか何だよ急に」
他者に敬称を強要する様な発想はなかったが、これといった関わりもなかった。故に少し驚いた、そんな所だったのだろう。それはロビンに問題があるのではなく、彼が日頃から陰に徹して過ごしていた所に寄る物だった。極力関わり合いは避けたい、面倒事は御免なのだ。
「アルヴィス見なかった?」
「アルヴィスってお前、殿下も呼び捨てかよ。ヤベーだろそりゃ」
「何がヤバイの?」
本気でキョトンとしており、ヤバ味のカケラも感じられない返事だった。それは「こいつは本気で言ってるな」とすぐに理解出来た程に。それ故に、これ以上この件に関して言及するのは止めにしたラディックであった。そしてついでに自身の見知った情報を教えてやる事に。
「いや、何でも。殿下ならお仲間と向こうに行ってたぞ」
「あっち? オッケーありがとラディ!」
「いやお前それ……」
まるで言い逃げでもしているかの様にすぐにグラウンドを目指して走り始めたロビン。突然のニックネーム。そしてラディックは先程の自身の発言を思い出していた。
『あー悪い悪い、そういう意味じゃねーよ。好きに呼んでくれ面倒くさい』
「だからっていきなりラディになるかよ。好きに呼べって言わなきゃ良かった……」
事の責任は全て自身の発言にあった。
後悔先に立たずとは正にこの事と言えるだろう。