011:ロビン・ラックと魔杖の生成-1-
翌日、9時から授業が始まるという事でその前に教室に入っていれば問題ないというスケジュール。だった筈なのだが。ロビンに限っては違った様で。
「よし、8時に職員室。大丈夫だね」
与えられたデバイスを使う事で時間を確認し、ついでに連絡の内容もおさらいしておく。そしてデバイスの画面を暗転させると、少しニヤニヤしたのちにポケットに入れた。こういった普通の人らしいアイテムは人生初の使用、嬉しくない筈がなかった。
「緊張感のない奴だな、呼び出された職員室の前でニヤつく生徒など見た事ないぞ。さぁ入れ」
丁度現れたジャミールに背中を押されつつ、ニヤケ面のロビンは職員室の中へと入った。他の教員から特に何を言われる事もなく「おはようございます」とだけ声をかけられ、その横を通り過ぎた。
そして職員室奥に存在する小さな会議室にて、ロビンとジャミールは二人きりとなった。そして、呼び出しの理由でもある要件を語り始める。
「さて、あの一件だが。不問となった」
「ふもん? えっとつまり……」
「問題なく、普通に授業をして良い事になっている」
「良かった、ありがとうございます」
ホッと、安堵の表情を見せるロビン。
そんな彼を見ながら、僅かに眉間に皺を寄せたジャミールが、心中の懸念を口にする。
「一応確認なんだが、使い魔として制御は出来ているな?」
「多分? 帰ったら部屋にいてビックリしたくらいですかね」
「部屋に?」
普通に問題である。
使い魔が自身の意志で出現と待機をコントロール出来るなど、彼は前例を知らなかった。
「待機が完全には機能していないという事か? ……では今も自室に彼を残してきているのか?」
「いや、何処かに消えました」
「消えただと?」
やはり出入りは自由な様だった。
念の為、その消えたという曖昧な表現を追及する。
「何処かに行った、ではなく消えたんだな?」
「多分、待機してる感じだと思います。よく分からないけど自分の中にニクス先生が居るのは分かるので」
自身の中に使い魔が居る感覚は皆が何となく理解している共通の認識。故に、それは一定信用出来ると考えて問題なさそうであった。今は待機してくれている、その上でー
「ニクス、先生と言うのは?」
「俺、何にも分からないから。先生に色々質問してるんだ! ……です!」
コミュニケーションは良好、と見て良さそうだった。ならば、一先ずは問題ない、というのがジャミールの結論であり、教員会議での結論でもあった。
「……成る程、彼はニクスというのか。自由に出入り出来るとしたら問題がない訳ではないが、まぁ良いだろう。参考になった、お前も教室へ向かえロビン・ラック。俺もすぐ行く」
「分かりました」
ジャミールは少しだけニクスという名前について思考を巡らせたが、何も思い当たる記憶がなく、これ以上は不毛と判断し、一旦保留としたのだった。
そして解放されたロビンは職員室を出ると、周りを見てキョロキョロ。途端に進むべき方向が分からなくなってしまっていた。
この学校は魔法使いらしい雰囲気の造りになっているので、見分けるのにはコツが必要だった。だがこれは一年通っている先輩でさえも未だ間違える程に複雑な造りをしており、果たしてロビンは無事に教室に辿り着けるのか、となりそうなのだが。実は彼にはこれがあったのだ。
「このカードによると、こっちか!」
なんと彼は昨日配布された己が教室を示すカードを捨てずに所持していたのだ。というより、嬉しすぎて捨てられなかったのだ。いざ道具として利用し始めると、普通という状況に弱い彼にとって、こういったサポートアイテムの存在はとても有難かった。
そして間も無く、彼は無事に教室へと辿り着いたのだった。
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「不問になったんですね、彼」
「マリアンナ先生ですか、では俺は忙しいのでこれで」
「お待ち下さい」
肩を掴まれ、嫌そうにするジャミール。マリアンナは教員仲間の一人であり、ジャミールの同期の先生でもあり。
「何故その様な結果に?」
変な所で真面目な性格をしていた。故に二人は険悪な関係……とはならず、何気に馬が合うので仲の良い関係を築いていた。しかしながら、ジャミールは彼女がやや苦手だった。
「いや、今忙しいから。見りゃ分かんだろ、離せ」
「離しません、なんならどこかに座りますか?」
ピッチリとタイトに決められた服装は、スタイル抜群のマリアンナがすると途轍もない破壊力を伴うのだ、主に胸。そしてピッチリと履かれたスカートは膝上10センチ。黒のタイツを履いているので下着が見えるなどという事はまずないが、強調されたヒップが問題だった。つまり尻が凄い。
「離せ、そして離れろ。俺に近付くな」
「あら、酷い言い草ね。私昨日は別の場所に居たから全然話を聞けてないんですけど?」
「俺に言うな、諦めろ」
「諦めません!」
長いフワリとした髪は毛先のみややウェーブしており、唇は今にもプルンと音がしそうな瑞々しさを誇っていた。そして皆の憧れ、先生メガネである。
「ええぃ! 何が聞きたいんだ! さっさと言え!」
「最初からそう言えばいいのに」
何気に気の合うコンビであった。
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「せんせー、なんで遅れたんですか?」
「煩い、次に息をしたら殺す」
「いやそれ死が確定しているんですけど」
9時を少し過ぎた頃、ジャミールが教室へとやってきた。昨日に引き続きレクリエーションが残っている為、今日は元々あった予定から大きく変わり、変則的な1日となっていた。
「お前ら学校案内はもう読んだか? 学食は今日から始まる。飯はそこで食え。後はそうだな、魔杖の生成は今日の午後だ。各自イメージしておく様に。では午前の授業を始める」
ロビンにとって初めての授業は魔法基礎学であった。魔法学校では通常課程の授業は一切しておらず、魔力、魔法、魔法陣に特化した授業が特徴であった。故に最初はその魔法を基礎から見つめ直す所から始まるという、ロビンにとっては願ったり叶ったりな授業だった。
「その前にひとつだけお前らに言っておく事がある」
そう前置きをしたジャミールは教壇に両手をつき、生徒全体を睨む様な形で話を続けた。
「全員知っての通り、このクラスには王族と七大貴族の御息女が居る。だがそいつらは神様って訳じゃない。飯も食えばクソもする。俺に言わせりゃ全員可愛いヒヨコ共だ。ここを出た場所では知らんが、ここでは気にするな。以上」
ジャミールのその言葉にウンウンと頷いていたのは言うまでもなくアルヴィスで、そして鼻息一つであしらったのがミリアリアだった。また反応を示さなかった者も一人。
閑話休題。
彼は改めて教科書を手に取ると、特に開く訳でもなく、黒板へと半身を向け、チョークをその手に持った。そして徐に口を開く。
「魔力というのは皆がそれぞれ所持して産まれてきており、その多寡によって優劣が決まる。そしてある程度魔力に優れていた者は自身の得意な属性に気が付き、そこから魔力との付き合いが始まると言っても過言ではない。では属性とは何があるか、これをエトセル・メイヤード」
「はい、属性は火水土風の四大属性に、光闇の陰陽属性、それに無属性を加えた7属性があります」
「そうだ」
ここまでのやり取りを黒板へと書き出す。
そして再び半身を生徒へと向けたジャミール。
「俺たちはその中から自身と相性の良い属性を見つけ出し、それを中心に能力を鍛えていく。属性は先日調べた通りだが、因みに複数の色が出た者はいるか?」
この質問に反応したクラスメイトは一人もいなかった。
「まだ居ないか。これから魔法を鍛えていけば複数の属性を使いこなす事も可能だ。皆励む様に」
「先生」
「ミリアリア・ファイアフェネックだな、何だ?」
「補足です。人族には闇属性が使えません。故に鍛えるべきは6属性の中からとなります」
「その通りだ。その代わり魔族には光属性が使えず、また無属性も使えない。そこが我々人族の強みだ。補足ご苦労」
「いえ」
これくらい当然の事、そう言わんばかりに優雅に席に座ったミリアリア。こんな基礎的な話の何が面白いのか、そんな教室の空気の中、一人だけキラキラと輝いて「すごーい」とか「そうなんだー」とか呟いていた者が居た事は言うまでもないだろう。