001:ロビン・ラックと魔法学校-1-
「さてロビン。今日は大切なお客さんが来る日だ」
「はい、トードルさん」
リビング? 或いはダイニング?
いいや違う。
「だからお前は……分かるね?」
今二人が話をしている場所は階段下の物入れ前。
ではなぜ此処なのか。
それはこの物置きこそが彼、ロビンの自室だからに他ならない。
「ここで大人しくしています」
そう答えたロビン少年の言葉に、叔父であるドトールからの返事は無かった。代わりに出たのは荒い鼻息一つ。トードルは強い音を立てて物入れの扉を閉めると、踵を返しリビングへと戻って行った。
今日はトードルの一人娘、ケイティの12歳を祝う誕生パーティー。沢山の人が家に集まり賑やかに過ごす素敵な日、の筈なのに。彼、ロビン少年は押し入れの中で一人本を読んで過ごしていた。
何故こんな事になるかというのはとても単純な話で、ロビンはトードルの本当の息子ではなく【養子】という関係だからだ。ロビンの両親は既に他界しており、そのタイミングで血縁者の中でも多くの資産持っていたトードル・マルディナスが、残されたロビンを引き取る事となっただけなのだ。またロビンの母はトードルの姉でもあったが、トードルは変わり者だった姉が大嫌いだったと言う事も彼の不遇の理由の一つかもしれない。
当然両親を失い路頭に迷ったロビンの引き取り時の経緯も、すんなりと引き取られた筈もなく、親戚中の押し付け合いの末に世間面の良かった裕福なトードルがこれを断れなかっただけに過ぎなかった。親戚関係は極めて希薄、近所の人たちまで含めてもロビンの現状を知る者は居ないと言っても差し支えは無いだろう。それにロビンは正式にトードルの養子となっている訳でもない。理由は【こいつに遺産を相続なんてさせてたまるか】という物だった。
ドタドタと騒がしく右へ左へと人が移動するのを足音で感じながら、何度目になるかわからない既読の本を再読するロビン。もう殆ど覚えてしまっていたのだが、ロビンの私物量の関係上、他にやる事もなかったのだ。この時彼が読んでいた本は架空の物語。そこに登場する主人公が沢山の努力と色々な偶然を重ねて、ヒーローへと成長していく英雄譚。そんな物語の主人公の在り様にロビンは憧れていたのだ。
さて。
「オイ」
やがて楽しいパーティーも解散となり家に静けさが戻ると、このタイミングを以って漸くロビンの居る押し入れの扉がノックされる。ドンドンドンと頭の中まで響く重低音、それはノックと言うにはあまりにも荒々しい音だった。
「何でしょうか?」
「片付けだ、さっさと済ませろ」
「分かりました」
腰が痛くなりそうだったので、この呼出しはロビンにとってそれほど苦痛ではなかったが、連れて行かれた部屋は実に凄惨な物だった。おやつは足元に散らかり、スナックの袋はゴミ箱の周辺に散乱し、飲み物は溢れて、机は愚か椅子までもを汚していた。そんな部屋を目の前にロビンが思ったのは「良い匂いがする」だった。彼は今この場にあるゴミの様な物でさえも、滅多に口にする事がなかったのだ。
「あらロビン、これも捨てておきなさい」
「はい」
彼に向かって投げられたそれは、食べ終わったフルーツの残りカスだった。投げたのはケイティ。ロビンと彼女は同い年の筈なのだけれども、彼らが対等な会話をする事はなかった。
ボロ切れの様な服を着て、せっせと片付けを進めるロビンを見て「お手伝いさんですかね」と言う人は居たとしても、「息子さんがおられたのですね」と言う人は少ないだろう。それくらい彼の扱いはひどい物だった。
そうやって大量のゴミを処理する為、二度三度に分けてゴミ袋を家の外にある大きなゴミ箱へと運んでいると、ロビンはある事に気がついた。
「ロビン・ラック宛の……手紙?」
そのゴミ袋の下部に自分宛の手紙が混入していたのだ。それはロビン宛の物ではあったが、届いたのはマルディナス家のポスト。受け取ったのはトードルなので、彼はそれをすぐさま処分していた。これは今日に限った話ではなく、いつもの光景だ。しかし、ゴミ袋の奥深くに捨てた筈の手紙に、まさかロビンが気付くとは思っていなかったのだろう。普段の彼ならば、その紙を焚き火と一緒に燃やしていたかもしれない。しかし今日は愛娘ケイティの誕生日、パーティーに浮かれていたのか少し油断をしてしまっていた様だった。
ロビンは素早くゴミ袋の封を解くと、中から手紙だけを取り出し、少し汚れてしまった手で再度ゴミ袋に封をした。手紙はすでに色々なゴミで汚れてしまっていたが、幸いにも水没しておらず、手紙としての機能は残していそうな風貌だった。
(俺宛に手紙なんて初めてだ!)
ロビンは内心浮かれていた。それ故に送り主の名を確認する事もなく慌ててポケットへと押し込むと、何食わぬ顔で続きの片付けを再開した。それから彼が上機嫌で掃除していたのは言うまでもないだろう。トードルは少し不可解な気持ちになったのだけれども、それを追求しようとはしなかった。彼は部屋が綺麗になれば何でも良かったのだ。
皿を洗い、ゴミを片付け、テーブル、椅子、床を拭いて、さぁこれで全部かと彼が終わりを宣言しようとした時。
「アナタの分のジュースとおやつ、残しておいたのを忘れていたわ」
そう言って、彼の頭からジュースがかけられた。そしてもう中にカスしか入っていないおかしの袋を彼のポケットへと押し込み「アナタがゴミ箱の様ね」と笑い捨てるとケイティは自室へと移動した。彼女にとって、飲み掛けのジュースを処分するのに丁度良いゴミ箱を見つけたに過ぎない話だった。
「何を遊んでおるか、サッサと片付けろ!」
「はい、トードルさん」
ジュースで再び汚れたその部屋を見たトードルに、ロビンは頭を叩かれ、それでもきびきびとした行動をしない彼に痺れを切らしたトードルは彼を蹴り飛ばした。そして足元のジュースを引き摺る様に転んだ彼をみて「お前が雑巾みたいだな」とまるで親子の様に言葉を続けた。まるでもなにも正に親子なのだから「ケイティは貴方にそっくりだね」と言う言葉がお似合いなのだが、それを言うとトードルが喜ぶだけなのを知っていたロビンは口を噤むしかなかった。
改めて床を掃除するロビンは、そのまま顔も軽く洗い、服のジュースも軽く洗って、洗濯物の山へと置いておいた。どうせ洗濯も彼の仕事だ、一枚増えたとて誰も文句は言わないだろう。
だけれども、今日のロビンは少し違っていた。そう彼のポケットには手紙が入っているのだ。ジュースを被り、蹴り飛ばされて、本来ならば失意のどん底という状況で。彼はというとポケットの手紙の事だけを考え、心配していた。幸いと言うべきか、手紙は水没しておらず無事だった。




