09.冒険者ギルドにて
ラースは大きな街なのだと思う。
前世で日本でもそこそこの都市にいたので比べることはできないが、城壁の大きさや、通りの商店の数、そして活気が街の力を感じさせる。
商人達は大きな声で客を呼び、客は笑顔で商品に目を輝かせる。
こども達は元気に走り回り、そんな彼等を巡回の兵士達が優しい眼差しで見守っていた。
恐らく、ここを治めるエーデルハイド伯爵は良い統治者なんだと思う。
━━━そしてその娘がフレアさん、か。
数少ない白金である腕利きの冒険者で、伯爵家のお姫様、さらに美人。
すごい人だねえ、とミーファに話したら、
「サクラさんはお姫様じゃないですけど、強くて、しかもフラーレアさんより美人じゃないですか」
と言われた。そりゃどうも。
ここを拠点にするつもりだから、いつまでも隠しておけないだろうと顔を隠すのは止めている。
案の定、その美人な顔とやらで人目を引き付けてしまっているけど、僕もそれに慣れなきゃならない。
今、僕はアリアス達に連れられてギルド会館に向かっているところ。
まずギルドに登録してから宿を紹介してもらうことにしている。
「さあ、ついたっスよ。ここが俺等の拠点、ギルド会館っス」
なんというか、予想外に立派な建物だった。
僕の頭の中では、ギルドは『なんとかの酒場』みたいなイメージになっていたのだ。
平屋や二階建ての建物が多い中で、ここは5階建てのビルみたいになっている。
中に入ってみると、確かにカウンターのある酒場の部分もあるのだけれど、きれいな絨毯が敷かれてとても清潔だった。
「奥に受付が2つありますが、左側がギルド登録受付と更新の窓口、右側が依頼の受付と報酬支払い、あと魔石の買取もしてくれます。まずサクラ殿の登録をしましょう。」
ネスが丁寧に説明してくれる。
「アリアス達は俺たちの達成報告と、ポイズンスパイクリザードの素材回収依頼をしてきてくれ。私はサクラ殿の手続きを手伝ってくるから」
「あいよ」
「素材回収もしてくれるんですか?」
「はい。魔石は冒険者が100%、素材に関しては依頼の物を除く80%がギルドの取り分になります」
「後の20%は?」
「それは私たちのものですよ。自分の装備等に使いたい素材は優先的に貰えます。まぁ、今回のトカゲのように大型なものだけですが。あと、その場で食糧にする場合もこれに含まれませんね」
目指す登録受付カウンターには、多分ギルドの制服であろう揃いの服に身を包んだ女性が3人並んでなっていた。
内2人は接客中だったので、ネスは残りの1人に声をかける。
「こんにちは、ケイさん」
「こんにちは、ネスさん!本日はどのようなご用件です?」
「あー、私の用件ではないのだけれど、新規で冒険者登録を希望してる方をお連れしたんだ」
「かしこまりました!後ろにみえるお連れ様で…」
ケイと呼ばれた女性は僕の顔をみるなり固まってしまった。
うーん、いちいちこうなると、ある意味呪いだよね。
「ケイさん、もしもし、ケイさん?」
「ふわぁ、すごくきれい…」
しばらく声をかけていたネスだが、やれやれと頭を振ると少し強めにカウンターを叩いた。
「ひゃっ?」
「大丈夫ですかケイさん?」
「あ、はい。その、ご、ごめんなさい」
「ああ、良かった。レジストの魔法を使わなければならないかと思いましたよ」
「あう。そ、それで新規ご登録でしたね」
「頼めるかな?」
「はい、もちろんです!」
まだ少し顔が赤いけど、ケイはしっかりとした声で返事をする。
自分の頬をペチペチと叩いてから咳払いを一つして、営業スマイルを構築、有名百貨店の店員さんのようなお辞儀をしながら、
「ようこそ、中継都市ラースを管轄する冒険者ギルドへ。私どもはあなた様のご登録を心より歓迎いたします」
と、淀みなく述べた。
うん、プロフェッショナルだ。気持ちがいい。
「失礼ですが、サクラ・ルナティード様でいらっしゃいますか?」
「え?あ、はい。サクラですが」
僕とネスが驚いた顔をすると、
「サクラ様のご来訪はフラーレア・エーデルハイド様より伺っておりました。見たことのないような美人が冒険者になりたいと訪ねてくるから、よろしく頼むと」
いつの間に。
確かにあの場所を離れたのは僕らの方が後だったけど、そんなブラブラ道草を食ってた訳じゃないのに。
「想像以上でしたので、取り乱してしまい失礼致しました」
「あ、こちらこそすいません」
「ふふ、サクラ様が謝られることではないです」
「いや、はい。すいません」
すいませんを連発してしまったので、しまったという顔をすると、ネスとケイに笑われた。
「それではケイさん、サクラ殿の登録の件、お願いできるかな?」
「はい、その件なのですが、サクラ様がおみえになったらギルドマスターの部屋までお連れするよう申しつかっております」
「ギルマスの所へ?」
「はい、ネス様たちもご一緒に、と」
アリアス達が用事を終えて合流すると、ケイに案内されてギルドマスターの待つ部屋に向かう。
扉の前に立つとノックをしてからケイは中につかって話しかけた。
「失礼します。サクラ・ルナティード様をお連れしました」
「入ってもらえ」
返事を確認してケイが扉を開け、中に促す。
大きなデスクと応接セットが置かれており、そのソファーには2人腰をかけている。
うち1人は知った顔だ。
まあ、そうなるだろうと予想はしていたのだけれど。
「遅かったな、サクラ」
もう呼び捨てか。嫌じゃないけど。
「フレアさんが早いんですよ」
そう応えてソファーの近くまで進み、もう1人に向かって礼をしながら、
「はじめまして。サクラ・ルナティードです」
と、挨拶をした。フレアの向に座る男は細面に銀縁の眼鏡をかけ、黒髪をオールバックに固めている。
ダークグレーのスリーピースを身につけているが、胸元ははだけていた。
眼鏡の下の目は切れ長で鋭い。
彼がギルマスだろうか。
「ああ、大まかな話はフレアから聞いた。掛けたまえ」
にこりともせずに顎で空いているソファーを指し示す。
僕は目礼するとフレアの隣に座り、アリアス達もそれぞれ腰を降ろす。
「さて、今回は近隣に現れたポイズンスパイクリザードの討伐、ご苦労だった。街道を往き来する人々に被害が出なかったのは君らのおかげだ。ギルドを代表して、私、キリエ・ラインが礼を言う」
「キリエはここのギルドマスターで、私のチーム【煌めく風】のリーダーでもある」
フレアが補足してくれた。
また勝手に想像していたのと違って、まず若い。35~6歳といったところだろうか。
ギルマスは昔は凄腕で、引退した冒険者みたいなイメージを持っていたのだけれど。
「サクラ君、今回採取した魔石を見せてくるかな」
僕が差し出したのを受けとると、キリエは光に透かして魔石を観察した。
「ふん、間違いなさそうだな。こちらはギルドで買い取らせて貰っていいか?」
「はい。お願いします」
「わかった。ケイ、これを窓口で換金して、サクラ君が帰る際に渡せるようにしてくれるか」
「かしこまりました」
「頼む。では下がっていい」
「はい。失礼します」
ケイは魔石を受け取ると一礼して部屋を後にした。
キリエは懐から銀色のケースを取り出すと煙草を一本引き出し、それに火を点ける。
ゆっくり煙を吐き出してから、身を少し乗り出して話を始める。
「それで、だ。君が冒険者になる件だが、問題はない。戦闘力はフレアが保証しているし、人柄的にも大丈夫だろう」
「そうなんですか?」
「ああ、私はフレアの観察眼を信用しているからな」
キリエはそこで話を切り、煙草を灰皿に押し付ける。
フレアが嫌そうな顔をして煙を手で追い払う。
「ただ、な。我々は君を黄金の待遇で迎えようと考えていてな」
それを聞いてアリアス達が感嘆の声をあげた。
「すげえ」
「でもでも、サクラさんなら当然の待遇かもね!」
すると、沸き立つ彼等をキリエが手で制した。
「ただし、条件がある。1つテストを受けてくれ」
「テスト、ですか」
「ああ、先程言ったように戦闘力は問題ない。が、黄金の冒険者ともなればそれだけでは務まらんのだ。チームワーク、判断力なども秀でていなければならない」
「はい、分かります」
「そこで君にはチームを組んで、ある依頼をこなして欲しい」
「依頼…どのようなものなんでしょうか」
キリエは頷くと傍らから地図を取り出してテーブルに拡げる。
「ここがラース。この街道を山脈に向かって北上すると城塞都市に至る。その道沿いにレーベという小さな町があるんだが、そこで住民が行方不明になる事件が多発していてな」
「多発、ですか」
「ここ2週間で10名。そして町から離れた場所にある洞窟に最近ゴブリンが住み着いているらしいのだ」
「それを討伐するのが依頼でしょうか」
「可能なら、な。ゴブリンどもが事件に関わりがあるのか調査し、それの報告。討伐するかどうかは君の判断に任せる。ゴブリンとはいえ、数が多ければ脅威だ。無理しすぎる必要はない」
それを聞いて、フレアが僕の肩に手を回してきた。
「よし、安心しろ。私が一緒に行ってやる。約束したし」
しかし、キリエが眼鏡の位置を直しながら却下した。
「フレア、お前はダメだ」
「何故だ。私とサクラがいればゴブリンが100匹いようが敵じゃないぞ」
「だからダメなんだ。私の話を聞いていたのか?こちらが知りたいのは単なる戦闘力ではなく判断力だ。お前が行ったらゴブリン蹴散らして終わりだろう」
「イヤだ。私はサクラと遊びたい!」
「遊び…たい…だと?」
ビキッと音がしてキリエのこめかみに青筋が浮いた。
いや、音が聞こえたような気がした、だけど。
「全く勝手なことを…。今回はサクラ君のトライアルであり、彼の行く末を多少なりとも決定づける大切なものだ。遊びなどでは断じてない!」
「しかし、レーベの事件に関わっているかもしれないのだろう?ここはギルドの中核を担う私を関わらせたほうが対外的にもよかろう」
「当然関わりが確認できればそうだ。しかしあくまでも今回はその前段階。そこまでであれば彼で対応可能と判断した」
「だがな、もし状況が緊急を要するものだとしたらどうだ?私が同行すれば不測の事態にも対応できるのだぞ!」
2人は全く譲らない。
仕方ないな、したくないけど口を挟むか。
「あのー、すいません」
「なんだ!」
うわー、怖いなこの人。
「もしよろしければ、フレアさんに同行いただけないでしょうか」
これを聞いてフレアの顔がパッと輝き、キリエの眼光がギラリと輝く。
「君も状況が分かっていないのかね」
「いえ、あくまでフレアさんは審査員として同行していただき、判断も戦闘も僕と他のメンバーで行います。ですが、ご存知かと思いますが僕は記憶を失っていて、万が一間違った判断でチームを危険にさらしてしまった場合にストッパーは必要だと思います」
キリエは腕を組み、口元に手を当てながら聞いてくれている。
「そして、フレアさんが先程言った通り、緊急を要することになった時も僕たちならば相当な事態に対処できる自信はあります」
「いいだろ、キリエ。私はサクラの要請があるまで絶対に手出ししない。それにこのレーベの事件、少し嫌な予感がするんだ」
キリエは僕とフレアを交互に睨み付けると、やがて煙草に火を点け、煙と共に吐き出すように答えをだした。
「分かった。レーベまでは歩いて2日弱だ。野宿を一回挟まねばならんだろう。それに必要な準備にかかる金はギルドから出す。今日は宿で一晩休んで明日は準備。明後日には出発してくれ。できるな?」
「大丈夫だと思います」
「よし、では話は以上だ。行っていい」
「はい。それでは失礼します」
僕は一礼して扉に向かう。
フレアとキリエの言い合いに固まっていたアリアス達もあとに続く。
「じゃあ報告を楽しみにしててくれ、ギルマス殿」
フレアがニヤリと笑いながらヒラヒラと手を振る。
そしてまたキリエのこめかみにビキリと青筋が。
━━━もう勘弁してくれ。
うんざりして僕は足早に階段を降りるのだった。