08.紅の公女
「証拠、ですか」
「うむ、ポイズンスパイクリザードを1人で倒したとなれば相当の腕前。そんな方がこの街のギルドに所属してくれるというのは願ってもないこと」
うむむ、あのトカゲの死骸を引きずってこればいいのだろうか。
首を捻る僕の肩をポンと叩くとアリアスは頷いた。
「なぁに、簡単っスよ。魔石出してください。おい、マイク。鑑定器あるだろ?出してくれ」
「ん?おお、わかった」
僕は魔石を取り出すとアリアスに渡す。
すると周囲から驚きの声があがった。
「でかいな…」
「ああ、あれなら確かに…」
マイクを待っている間にネスが耳打ちしてくる。
「鑑定器は魔石の情報を教えてくれます。魔素の含有量、純度、そしてどんな魔物から採取されたものなのか」
「それは便利ですね」
「はい。魔石の価格を決定する際にも使われています。おや、マイクが戻ってきましたな」
マイクはガラスの板のようなものを手にしていた。
それをアリアスが持つ魔石にかざす。
するとガラス板に文字が浮かび上がってくる。
種別:紅魔石
含有魔素量:10,800
純度:87%
採取対象:ポイズンスパイクリザード
総合ランク:B
「どうやら間違いないみたいだね」
フラーレアが頷く。
この鑑定器ってどんな仕組みになってるんだろう。
「まさか本当にこんな近くにポイズンスパイクリザードが来ていたとは」
「言ったろ、これで俺たちの言うこと信じてくれるよな?」
「いや、しかし…」
アリアスとマイクが話を続けていると、フラーレアが僕の前に立つ。
「さて、後はサクラ殿がお一人で奴を倒したかどうかの証明、だね」
「え、それはどうやって」
「なぁに、簡単だよ。私と軽く手合わせしていただければいい」
「手合わせ、ですか」
「そう、軽くだよ。心配しなくていい。それに私が認めれば通行することは問題ないはずだ」
フラーレアが視線を向けると、慌ててマイク達が頷いた。
しかしそれを聞いてミーファが僕とフラーレアの間に割って入る。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!フラーレアさんが相手だなんていくらなんでも」
「大丈夫だよ、ミーファ。軽く腕をみせてもらうだけだ」
「でもでも!」
どうやらミーファは僕の心配をしてくれているらしい。
できれば僕も痛い思いはしたくない。がんばってミーファさん。
「ミーファ、フラーレアさんに任せよう」
「アリアス、でもいくらサクラさんでもフラーレアさんが相手じゃ」
「フラーレアさんなら命に関わるような試し方はしないだろ。それにな、俺は二人の手合わせが見てみたい」
うわぁぁ、アリアスさん、なんでミーファさんを止めちゃうかな。
痛いの嫌だし、怪我させられて傷が自然に治るのとかあまり見られたくないんだけど。
「ではサクラ殿、いざ」
フラーレアが剣を抜いた。
鍔と樋に炎を模したような飾りのついたロングソード。
剣身は白く輝き、剣自体が何か力を放出しているように感じる。
もう、剣だけでも強キャラ感が半端無い。
「あの、ほんとにお手柔らかにお願いします」
仕方なく僕も刀を抜く。
しかしフラーレアさんはなんであんなに嬉しそうなんだろう。
微笑みを浮かべて、軽くステップを踏むようにして僕の左側に回り込んでいく。
それに対して彼女を正面に置きながら少し距離をとる。
得物のリーチは僕の方が長い。
あまり懐に入られると危ない。
仕掛けるべきか、待つべきか━━━。
と、フラーレアが動いた。
鋭く片手で突きを放ってくる。
━━━速い。
体を開いてそれをかわす。
が、フラーレアは体を回転させると、横凪の一撃で追い打ってきた。
上体を反らしてそれもかわす。
更にもう一回転、角度を変えて頭上からの一撃。
これもかわす。
フラーレアの攻撃は途切れることがない。
流れるような攻撃を回避し続ける。
これが軽く腕をみるだけですか?
「す、すげえ」
アリアスの唸るような声が聞こえる。
あー、野次馬の人だかりも増えてきたなぁ。
ちょっと受け流して、一度仕切り直しした方がいいのかな。
「ハッ!」
気合いの入った振り下ろしがくる。
それを初めて刀で受け流してフラーレアの体勢を崩す。
いや、崩しきれない。
流された力に逆らわずに体を捻ると、瞬時に僕に向き直って剣を構える。
「やるな」
「もういいでしょうか?」
「いや、もう少し付き合ってくれ。楽しくて仕方がない」
フラーレアの笑みに凄みが増す。
勘弁して欲しい。怪我をするのも怪我をさせるのも嫌だ。
フラーレアが斜め上段に構える。
「次の一連の動きで見極める。少し強めにいくから、上手く捌いてみせてくれ」
言うと彼女のロングソードが炎を纏う。
魔剣!?
危険を感じて後ろに跳ぶ。
「いくぞ!」
声と同時に振り下ろされる剣身から炎の斬撃が放たれた。
遠距離攻撃とか反則じゃないの?
避けられないと覚ると渾身の力で【夜桜】を振り抜き、炎をかき消す。
しかし、その動作の間に距離を詰めたフラーレアが目の前に迫っている。
下から斬り上げられる攻撃を横から刀身を当てるように流し、回転を加えて捻り、剣を手離させようとする。
しかしフラーレアも上手く握りを持ち直して、逆に僕の手首に捻りを加えてくる。
その攻防を繰り返し、お互いを突き放してからの一閃。
「ええいっ!」
「ふッ!」
フラーレアの剣は僕の脳天に、僕の突きはフラーレアの喉に。
お互いの命を奪うそれは、しかしそれを成す前にピタリと動きを止めた。
「合格ですか?」
「ああ、素晴らしい腕だ、サクラ殿」
直後に周囲から歓声があがる。
「うおお、すげえーっ!紅の公女さまと互角だぜ!」
「フラーレア様と渡り合える奴なんてそうはいないぞ!」
感嘆の声の中、納刀するとアリアス達が駆け寄ってきた。
ミーファが抱きついてくるのを受け止める。
「すごいですサクラさん!白金のフラーレアさんと互角だなんて!」
「俺は信じてたっスよ、絶対大丈夫だって!」
そうか、フラーレアさんは白金なのか。
多分、彼女は全ての力を出してないのだろうな。僕にもまだ余裕があったから。
でもいい経験になった。特に魔力を飛ばす攻撃。
剣の力を解放したものなのか、それとも自分の魔力を込めた奥義なのか。
この世界の仕組みは分からないけど、身を持って体験できたのは大きい。
そんなことを考えていると、フラーレアさんが近づいてきて右手を差し出してきた。
「君のような男に出会えて嬉しい。よければまた手合わせしてくれ」
その手を握り返して僕は答える。
「できれば遠慮したいですけど。フラーレアさんには勝てないと思います」
「何を言っている。君はまだまだ力を隠しているだろうに」
「いえ、僕はまだ初心者なので」
「ははは、謙遜は過ぎると嫌みだぞ?だが手合わせが嫌なら次は肩を並べて高難度のクエストをするのもいいな。ああ、私のことはフレイと呼んでくれ」
「分かりました。その機会があればよろしくお願いします、フレイさん」
彼女はもう一度強く僕の手を握り、ポンと肩を叩くとマイク達の所へ歩いて行った。
そして皆に聞こえるように高らかに告げる。
「サクラ・ルナティード、彼の力は皆の前に示された!そしてそれをもって彼の身分をエーデルハイド伯爵が第一公女、フラーレア・エーデルハイドが保証する!誰か異議を唱えるものはあるか!」
それに対して不服のないことを守衛達は礼の構えをとって応える。
これでようやく僕は中継都市ラースに足を踏み入れることができるようになったのだった。