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06.世界は光に満ちて

 ━━━眩しい。


 久しく感じていなかった光量に、手を翳しながら薄く目蓋を開く。

 確かシャルからチュートリアルの終了を告げられて、そう、徐々に意識が薄れていったのを覚えてる。

 それで外の世界に跳ばされたのか。

 僕は仰向けに寝転がっていて、そのまま上を観察する。

 巨大な木々が豊かな葉を繁らせ、その隙間から降り注ぐ日の光が僕を起こしてくれたらしい。


 ━━━ん?日の光?


 うわああああ!やばいやばいやばい、日光って僕、ヴァンパイアじゃん!

 死ぬ、いや死ねない。どうせ全身大火傷になっても死ねないとかいうやつだ!

 慌てて周囲を見渡し、日光を遮れる陰を探して飛び込む。

 低木の陰に身を潜めたけれど、こんな昼間で完全に光から逃げれるところなんて無い。

 僕は全身をピッチリしたレザースーツを着ているから、露出しているのは頭部と指くらいだ。そこを何かで覆えば…。

 て、あれ?

 顔も指も痛みを感じないぞ。

 指を見てみると別に爛れても煙を噴いてもいない。

 恐る恐る日射しの強いところに指先を差し伸べてみても変化はない。


「なんで?吸血鬼の最大の弱点て日の光じゃ…」


 もしかしてヴァンパイアじゃないのか。

 もしかして…死ねる?

【夜桜】を少し抜いて指先を少し傷つけてみた。

 血が流れだす傷口をじっと見つめる。

 ………傷が塞がっていくが……………遅い。

 日中は、能力が低下している?

 うーん、何日かここで過ごしてみないと解らないか。シャルがいたら教えてくれるんだろうけど。

 そう考えたら急に自分が独りぼっちであることに気づいた。

 ここ1年強、ずっとシャルが一緒だった。トレイシーも。

 しかし、今からは誰も知った人間がいない。

 あの事件があったときから自殺するまでも自分が孤独だと思っていたけど、少なくともあの世界を知っていたし、僕に対して好意は無くても世界は僕を知ってはいた。

 完全に繋がりのない世界に独り。

 足が、腕が、背筋が、腹筋が、身体中がガクガク震えだす。


 ━━━こわい。


 誰も何も知らない、生きる術も知らない。それがこんなに怖いことだなんて。

 膝から崩れ落ちそうになる。

 すると突然遠くから獣か何かが吠えるような音が、そして人の怒号と悲鳴が聞こえてきた。

 耳を澄ますと方向と距離が何となく分かる。

 1kmほど先となぜか知覚できた。

 人が何物かと戦っている。

 2人、いや3人?

 最後に知覚した1人から血の臭いがする。

 怖いけど、近くにこの世界の人間がいる。

 僕は走り出していた。






「くそっ、なんでこんな場所にこんなバケモノがいるんだよっ」


 ロングソードとスモールシールドを装備した金髪の男が叫ぶ。


「アリアス、私は治療に回ります!時間を稼げますか!?」


 モーニングスターを握った黒髪を短く刈り上げた神官風の男が金髪・アリアスに話しかける。

 その足元には女性が倒れていた。


「無理無理無理!無理だけどなんとかするしかねぇよな!」


 アリアスは目の前の敵の注意を逸らそうと攻撃を仕掛けながら回り込もうとする。


「ネス、早いとこ頼むぜ。そうはもたねぇ」


 ネスと呼ばれた神官風は女性を抱き抱えると少し後退し、距離をとって回復呪文の詠唱を始める。


「しっかりしてくださいミーファ、いま治療します。大いなる主の慈悲よ…!」


 アリアスの相手、それは巨大なトカゲだった。

 大きさを例えようとすると4トントラックか、それに同じくらいのながさの尻尾がついている。

 頑丈そうな鱗に頭や背中、脇腹、そして尻尾に凶悪な刺が並んでいる。


「ポイズンスパイクリザード!こいつBランクモンスターだろ!?」


 アリアスは上手く回り込んでロングソードを叩き込むが、鱗の鎧に軽く弾かれてしまった。

 治療を受け、立ち上がったミーファとネスが戦線に復帰するが、とても勝てるとは思えない。

 トカゲの尻尾がアリアスに襲いかかり、擦っただけでアリアスが吹っ飛ばされた。


「こりゃあ駄目だ。ネス!ミーファ!俺が時間稼ぐからなんとかして逃げろ」

「そんなことできるわけないじゃない!」


 ミーファから炎の矢が飛び、トカゲの顔にぶち当たるが、トカゲは煩そうに頭を降っただけだった。






 ━━━どうしよう。


 僕がいっても勝てないだろうけど、このままだとあの人たち殺されてしまう。

 アリアスって人が囮になろうとしてる。

 そうか、僕が囮になってあの人を逃がせばいい。僕は死なないし。

 丁度いま、トカゲは僕に背を向けている。

 後ろ足に斬りつければ少しはダメージ与えられるかも。

 刀を抜き放ち、気合いを入れる。


 ━━━頼むよ【夜桜】


 トカゲの左後ろ足との距離が最短になった瞬間、姿勢を低くしながら一気に走り出す。

 トレイシーに見舞った一撃を再現するべく【夜桜】を肩に担ぎ、接点から滑るように流した。






『ギャアアアアアアッ!』


 トカゲが悲鳴をあげる。


「な、なんだ!?」


 驚くネスの目の前に巨大なトカゲの足がドサリと落ちてくる。

 痛みにのたうち回り、血を撒き散らすポイズンスパイクリザードから身を退けながら辺りを見渡す。

 すると、少し離れたところで刀から血を振り払って佇む黒衣の人が立っていた。

 その顔をみてネスは思わずぼうっとしてしまった。

 あまりの美しさに。

 命の危険も、足を切断されたトカゲへの驚きも霞んでしまうほどの美しさ。

 近くではアリアスもミーファもポカンと口を開けている。

 次の瞬間、黒衣はかき消え、そしてトカゲがまた悲鳴をあげた。

 尻尾が切断されたのだ。






 ━━━勝てる!


 トカゲの尻尾を斬りとばし、僕は確信した。

 トレイシーの方が全然強い。3~5倍は強い。

 アリアスさん達は距離をとれてるようだし大丈夫。

 でももう少し離れて欲しい、というか、なんで口を開けて突っ立ってるんだろう。

 怒り狂ったトカゲが3本の足で踏ん張り、僕に向き直る。

 威圧するかに体を震わせると、その喉がボコリと膨張した。


「ポイズンブレス!?気をつけて!」


 ミーファが叫ぶのが聞こえた。

 刹那、毒々しい紫色の霧が僕に向かって吐き出される。

 しかし、もうその場所には僕はもういなかった。

 ミーファの声と同時に前足の間に潜り込むとトカゲの喉を切り裂き、その背中に駆け上がると、首を後ろから2回斬りつけて切断したのだ。






「す、すげぇ」


 感嘆の声をあげると3人が駆け寄ってきた。


「俺、アリアス・ホークっていいます。助けていただき、ありがとうございました!」

「私はネス・クリエ。まさに鬼神の技。さぞかし高名な剣士殿とお見受けいたします。我らの危機をお救いくださり、ありがとうございました」

「あたしはミーファ…、ミーファ・エピルです。あ、ありがとうございます」


 ああ、多分いい人たちだ。

 見ず知らずの僕にきちんと『ありがとう』と言える人たち。


「僕はサクラ・ルナティード。まだまだ未熟者ですが」


 ひとりひとり目を合わせて頭を下げる。

 すると、みんな顔を真っ赤にして目を伏せてしまった。

 どうしたの?


「な、何言ってんスか、サクラさん。多分黄金(ゴールド)、いやもしかして白金(プラチナ)ッスか?」

「ごーるど?ぷらちな?」

「ギルドランクッスよ。あれ、もしかして冒険者じゃなくて貴族付の剣士様ッスか?」


 えーっと、ギルド。そうか冒険者ギルドってとこに所属して名前を登録しろとシャルが言っていた気する。


「いえ、僕は」

「あ、あのっ」


 ミーファさんと同時に話しかけてしまった。


「ミーファさんからどうぞ?」


 笑顔で話しかけると、ミーファさんの顔が爆発した。


「あ、その、ごめんなさい。さ、サクラさんは男のひと、ですか?」


 なるほど、この顔か。


「はい。僕は男です」

「そんな…、こんな綺麗な男のひとがみえるだなんて…」

「こんな言い方して失礼かもしんないスけど、サクラさん恐ろしく別嬪さんスよね」


 うーん、なんて返せばいいのかわからない。

 こんな手放しで誉められた経験なんてないからなぁ。

 勢い込んで話しかけてくる二人に困っていると、ネスさんが止めてくれた。


「お前たち、いい加減にしないか。すいません2人とも子どもで」

「なに言ってんの、ネスだってあたしたちと同い年じゃん!」

「中身が子どもと言ったのだ。ささ、サクラ殿、リザードの魔石を剥ぎ取ってしまってください」

「ませき?」

「はい。我らはこの戦いでなんの役にも立っていませんので、どうぞ」


 ませきって何。はぎとる?

 困っていると、アリアスさんがロングソードをトカゲの腹に突き立てた。


「かってぇな。サクラさん、俺が剥ぎ取るッスよ」


 開いた傷口に今度はナイフを潜り込ませてゴリゴリやっている。

 すると中から大きな赤い石がズルリと出てきた。


「やっぱでけぇ。ミーファ、精霊つかって魔石綺麗にしてくれるか」

「あいよー」


 ミーファさんが何か唱えると小さな妖精みたいのが現れて、空中に水の塊が出現した。

 アリアスさんはそれに石を突っ込むと、こびりついた血を濯いで、バックから取り出した布を使って拭きあげる。


「はい、サクラさん」


 うーん、わからん。どうしたらいいんだ?

 魔石とやらをどうしたらいいのだろう。

 受けとる?受け取ったその後は?


「ど、どうしたんスかサクラさん。なんか俺、失礼なことしちまいましたか?」


 黙って難しい顔をしていたのだろうか、他の二人もオドオドと心配そうに見つめてくる。


「いや、あのですね」


 よし、決めた。この手でいこう。


「どうやら僕、記憶喪失になってしまったみたいで」


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