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05.刃物の使い方

 薄暗いドーム状の部屋の中で、金属と金属がぶつかり合う音が響く。

 いや、ぶつかるというより引いたり擦れたりする音。

 巨大な影と細くしなやかな影が延々と交差し続ける。

 巨大な影は圧倒的な暴力を叩きつけるのをしなやかな影が流し、いなした瞬間反撃を行う。

 その度に金属が擦れ、火花が散る。

 どれだけ長い間それが繰り返されたのか、両者は黙々と戦い続け、お互いに全く表情はない。

 いや、片方は骸骨なんだけど。

 ここに閉じ込められて以来、トレイシーと戦い続け、時間の感覚は全くない。

 1回の戦闘で立っていられる時間は長くなったけど、勝つことはおろか骨を断てたことも無い。

 しかし、誰かに教えられずとも、命を削り続ければ武器の使い方も習得できるものだなと正直驚く。多分トレイシーの一撃は何十トンもの圧力がかかっていると思うのだけど、それを素人の僕が受け流しているのだから。

 ここまでで大分強度が増してきた【夜桜】だけど、トレイシーの剣をまともに受ければ折れる。

 刃物とナントカは使いようなんだ。

 骨を断つのは無理だけど、ミスリルのメッキには結構傷が目立つようになってきている。

 大上段からの振り下ろしをなんとか捌くと、大腿骨に斬りかかる。

 するとトレイシーはわざと脚を前に出してきた。


 ━━━しまった!打点をずらされた!


 嫌な手応えがして、僕は態勢を崩してしまう。

 それを見逃さずトレイシーはラウンドシールドで僕をかちあげ、宙にういた体にすかさず追撃。

 腰を輪切りにされてしまった。


「大丈夫ですか、お兄さま」

「ああ、大丈夫…ではないですが、大丈夫です」


 僕は両腕を使ってひょこひょこと下半身の落ちた場所に向かい、傷口を合わせドッキングさせた。

 痛いのだけど治れば痛みは消えるのだから、さっさとくっつけるようにしてる。


「また負けてしまいましたよ、トレイシー。結構いい線いったと思ったんですけど」


 僕はトレイシーのドヤ顔を見上げて話しかける。

 そう、最近は骨だけのトレイシーに表情があるように見えてきたのだ。


「シャルもごめん。僕はまだまだ弱すぎだね。早く合格になりたいんだけど、僕に付き合って退屈でしょう」

「いいえ、お兄さまは頑張っていらっしゃいます。トレイシーは強いのです。まともに正面から斬りあって勝てる人族は少ないでしょう。それを長くて3時間、戦い続けることができるようになったのは素晴らしいことなのです」

「時間といえば、修行はじめてどのくらい経ったのかな」

「374日目になります」


 1年以上もこうしていれば骸骨の表情も分かるようになるし、擬似妹をシャルと愛称で呼ぶようにもなるか。

 不思議なことに、修行している間は食事も睡眠も必要ではなかった。

 空間の補正によるものらしく、外に出れば新陳代謝が開始され、食事も睡眠も必要になるという。

 ぶっ通しで戦い続けて頭がおかしくならないのは狂気無効のおかげかな。

 嬉しくないけど。


「シャル、僕って何かしら成長しているの?」

「はい。お兄さまは度重なる戦闘により【高速無限再生】を、その再生時に武器に塗られた弱毒と周囲の雑菌を取り込むことで【毒耐性】【麻痺耐性】を、ご自分の容姿を認識されたこととかわいい妹とのコミュニケーションにより【魅了】を取得なさいました。種族としての成長により、【眷属召還】【眷属使役】が条件を満たすことにより取得可能に。あと少しの経験で【剣聖の卵】が孵化可能に。なお、通常であれば取得可能だった【不屈】や【痛覚無効】は呪いによりキャンセルされました。このような状況です」


 かわいい妹云々はつっこまないぞー。

 でも待って、大事なスキルがキャンセルって。


「シャル。その【不屈】とか【痛覚無効】ってさ、僕にはすごーく有益なスキルだと思うんだけど」

「お兄さまがそのように思われるのは痛いほどわかります」

「呪いって、神様から?」

「はい」

「なんで?」

「お兄さまがそれを取得されると、我が主がつまらなくなるからだと思います」

「つまら、ない…か」


 死にたい。

 死ねないから考えても仕方ないけど、死にたい。

 肩を落としてどんよりしていると後ろから小突かれた。

 振り替えるとトレイシーが見下ろしている。

 その顔は『はよ』と言っていた。

 僕は苦笑を浮かべてトレイシーの盾を拳で軽く叩くと、距離をとり、【夜桜】を構える。


「わかりましたよ」






 そして僕たちの削りあう交錯が始まった。

 正直避けたり流したりすることに不安はない。それだけならばトレイシーの攻撃を食らわない自信はある。

 ただ、勝てない。倒せない。

 いつまでたっても有効打が与えられないのだ。

 戦う度に【夜桜】の斬れ味が上がっていくのが分かる。真正面から受けなければ刃こぼれすることも無くなっている。

 あとは使い手の、僕の技量が足りないんだ。

 対象に触れる刃の位置、角度、力。そして体の捌き。

 朧気に掴んだそれを、暴風のようなトレイシーの攻撃の合間にある僅かな瞬間に繰り出す。

 トレイシーの最上段からの一撃を流し、大腿骨へ斬りつける。

 トレイシーは標的となった脚を僕に接近させることで最適な接点をずらそうとする。

 先程と同じ状況。


「みえた」


 僕は腕の力を抜いて刀身を優しく大腿骨にふわりと触れさせる。

 そして身体をトレイシーの股の下に沈めた。

 刀を肩に担ぐようにしてから一気に走り抜ける。

 刃先が滑るように骨を撫でてゆく。


「シィィィィーッ!」


 鋭い吐息とともに刀を引ききり、身体を反転させ、同様の攻撃をトレイシーの反対の脚へ繰り出す。

 振り返るとトレイシーと目があった。(目、無いけど)

 彼女は笑っているような気がした。(笑えないけど)

 両脚の大腿骨には線が走り、その上下がゆっくりとずれていき、そしてジャイアントスケルトンは崩れ落ちる。


「やりましたわ!お兄さまっ!」


 シャルロッテが僕に抱きついてきた。

 脚を斬られ、尻餅をついたトレイシーは拳を突き出して親指をたててきた。

 グッジョブ、と。


 ━━━やばい、なにこの達成感。


 遠く彼方に忘れてきたものを思い出したような気がする。

 多分、生きてるって感覚だ。


「お兄さまは【剣聖の卵】孵化させ、称号【剣匠】を獲得されました。これでお兄さまは精進をお続けになることで【剣聖】に至ることを約束されたのです」

「剣匠…」

「ここ、チュートリアルでの成果はこれで充分だと思います」

「それじゃあ」


 シャルロッテは体を傾けて笑顔で下から僕を見上げながら言う。


「ご卒業おめでとうございます、お兄さまっ」


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