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04.属性

「トレイシーちゃん、休憩にいたしましょう」


 シャルロッテの声が聞こえる。

 僕は、僕の首は硬く冷たい床に転がっている。

 …痛い。首が痛い。尋常じゃなく痛い。いや、首だけじゃない。

 トレイシーの足元に潰された自分の体が見えるのに、何故か全身の痛みを感じる。


「か…かひぁ…」


 声帯が潰れ、肺もないので喋ることができないようだ。


「ここでサクラ様の能力について少しご説明いたします」


 シャルロッテの声が部屋に波のように広がってゆく。


「まず、不死。そして無限再生。サクラ様の種族名はヴァンパイアになります。それに伴い本来ならば行使できる能力、四大元素使役・眷属使役・魅了などのスキルが付与されるのですが、サクラ様はまだ糞雑魚なので使用できません」

「耐性として気絶無効と狂気無効。ヴァンパイアは無効・半減・軽減等、多岐にわたる耐性を得ますが、サクラ様は糞雑魚ですので取得に至っておりません。が、我が主より特別に2つのみ付与されております」

「クラスについては現在剣士が設定されておりますが、別に【剣聖の卵】【勇者の卵】【魔王の卵】が約束された可能性として我が主より与えられております」

「装備について。剣は【冥刀・夜桜】防具は【黒吹雪一式】。持ち主の能力に合わせて力を増し、しかも自己修復機能を持つ伝説級装備です。しかし糞雑魚のサクラ様には、まさに宝の持ち腐れと申せましょう」


 痛いのに気絶することも発狂することもできず、死ぬこともできない。

 これのどこが褒美だというのだろう。

 するとウサギ神の声が頭の中に響いてきた。


「ククク…、まさしく褒美である。疑う余地はない。このような世界で他の英雄達は愉快に過ごしておったぞ」

 ━━僕は英雄じゃない。

「英雄と同位と余が認めた。ならば英雄であろう」

 ━━死ねないのは、僕にとって地獄でしかないです。

「それは知らぬな。よいか小僧。いかなる宗教においても自殺は大罪なのだ。英雄達は新しい世界を与えられ、しがらみのない新しい人生を謳歌し、そして死を迎えて輪廻転生していった。貴様は与えられた褒美の地で罰を受け続けるがよいわ」

 ━━いやだ、たすけてください。

「却下だ。余はもう関わらぬ。しかし貴様が自ら罰を克服するなら邪魔はせぬし、そのヒントも与えてやった。では、達者でな」






 頭の中でウサギ神と話しているうちに、僕の体はその上半身を起こそうとし始めていた。

 崩れ果てた肉体は、まるで逆再生をするかのように形を取り戻してゆく。

 肉を突き破って出ていた骨は内側から引っ張られるように中へ埋没し、ベキゴキと嫌な音をたてて収納された。

 ぶちまけられた色鮮やかなピンクの内臓は所在なげに震えていたが、まるで住みかを思い出したかのように、我先にと腹の裂け目へ逃げ込む。

 流れ出た血や、細かい肉片も体の中に吸い込まれていった。

 肉片が跳び跳ねながら本体へ向かうのは、まるで何かの蟲のようだ。

 やがて生まれたての草食獣のように立ち上がった僕の体は、母を求めるかのように両手を差し出し歩きだした。

 よろめきながら僕のところまで来ると、髪の毛を掴んで持ち上げ、接続する。

 首の切断面同士がブチャリと嫌な音をたてた。


「修復できてしまえば痛みはないはずですが」


 シャルロッテの言うとおり、繋がってしまえばもう痛みは感じない。

 しかし、悪夢だ。地獄だ。

 自殺の罰。僕の地獄は、あの日始まった地獄はまだ続いている。永遠に終わらないんだ。

 のろのろと刀を拾う。たしかに折れた刀身は元通り修復されている。


「痛いのはいやだな」


 今までウサギ神やシャルロッテが教えてくれた知識から考えてみると、おそらくこの世界はRPGゲームのような世界観なのだろう。

 痛いのが嫌なら強くなるしかない。強くなるためには経験値を貯めるしかない。経験値を貯めるには魔物に勝つしかない。

 僕はこの場にいる唯一の魔物、トレイシーを見上げる。


「こういうのを本当のムリゲーっていうんだろうな」


 普通に考えて勝てるわけがない。

 これは僕が永遠にトレイシーに殺され続けるゲームなんだ。


「さて、再開いたしましょう」

「いやです。痛いのいやです」

「痛くても頑張ってくださいませ」

「でも死んだら経験値貯まらないじゃないですか。無駄に痛いだけで1つも前に進めないとか、罰ゲームにしてもひどすぎます」


 それを聞いてシャルロッテは不思議そうに首を傾げる。


「サクラ様、死なないですよ」

「ぐぬぬ、そうだけどそうじゃないんですよ。死んでないけど1回ゲームオーバーになっているようなものでしょう?」

「これから向かう世界では、基本的に死んだらおしまいです。ある条件が満たされれば蘇生も可能ですが、その際には膨大ななにかしらの代償を支払わなければなりません。しかしサクラ様は生き続ける。経験し続けるのです。いわばサクラ様は凶悪なチーターなのですよ」


 胸を張って彼女は話を続ける。


「いまトレイシーに叩き潰されたことでサクラ様が1成長したとします。そうすると【夜桜】も1、【黒吹雪】も1成長します。サクラ様の戦闘力は1回で3成長するのです。そして貴方も武具たちも、限界まで破壊されて復活すると格段に成長するという祝福が与えられているのですよ」


 そんなどこぞの星の戦闘民族のような設定が。

 でも、3の経験が9になろうが10,000積んでもトレイシーには全然勝てる気がしないんですけど。


「シャルロッテさん、なんとか不死を解除してもらえません?」

「無理です。我が主の成された奇跡を打ち消すなど、私ごときにできようはずもございません。ですが、私の造形した美の結晶が無下に破壊されるのも心が痛みますので、1つ属性を付与してさしあげましょう」


 シャルロッテは僕に歩み寄ると祈るように胸の前で手を握り合わせ、下から見上げてきた。

 何故か瞳が潤んでいる。


「頑張ってください、【お兄さま】」

「え」

「今日よりわたくしはシャルロッテ・ルナティード。これによりサクラ様には兄属性、わたくしには妹属性が付与されたのです。妹に対する甘くて危険な感情により、お兄さまには邪魔する全てのものを打ち砕く力が与えられたはずです。さあ、わたくしのために頑張ってください【お・兄・さ・ま】」

「属性…って、そっちかーい…」


 僕が再びトレイシーにくしゃくしゃにされたのは言うまでもない。

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