悪魔の力で極悪無双 その結末
性悪男とポンコツ悪魔の第九話です。
今日も元気に悪いことしよー、と跋人の寝室に入ったリリル。そこで彼女が目にしたものは……。
急展開の第九話、お楽しみください。
「ねー跋人ー」
「何だ」
「色んな悪いことー、してきたねー」
「そうだな」
「あたしー、唯を買った時のおじさんの慌てっぷりが一番楽しかったー」
「そうか」
「……ねー、跋人」
「何だ」
「……死んじゃうのー……?」
ごぼりと跋人の口から血が溢れた。
「あぁ」
「跋人様! 今救急車を呼びました! 今少しご辛抱ください!」
寝室に飛び込んできた唯に、跋人は力なく手を振る。
「……無駄な事をするな唯。……いや、死亡確認をする必要があるから無駄にはならないか……」
「……跋人ー……、どうしてー……?」
「……私の身体は進行性の癌に冒されている。……あのヤブ医者め……。何が余命三ヶ月だ……」
「! 病院に行かれたのは、まさか……!」
ククク、と含み笑いを漏らす跋人。
「……唯の見舞いは良い隠れ蓑になった。……そうでなければ、このうるさいポンコツを引き剥がすのには苦労しただろうからな……」
「それであの時……。 ! 母の意識が戻ったのも!?」
「……奇跡の回復、と検査を繰り返され、未だ退院がかなわなかったのは誤算だったがな……」
「跋人様……!」
涙を追うように膝から崩れる唯。
「あ! そーだ! 唯のお母さんにしたみたいに跋人を治せばいいんだー!」
「そ、そうですね! リリルさん! お願いします!」
「ふっ……」
「よーし! いっくよー!」
リリルは手をかざす。しかし力が流れる手応えが無い。
「えっ!? あれー!? うー! もう一回ー!」
更に力を込めて手をかざすが、跋人には何の変化もない。咳と共に血を吐く。
「な、何でー!? 何でー!?」
「愚かなリリルよ。お前の力は『お前が悪事と認識した事』にしか使えない」
「そ、そうだったー! どうしよー! ってこの声はー!?」
空間が暗く歪み、やがて人の形を取る。いや、角を生やし、浅黒い肌、煌めく牙、三対の羽根を持つそれを、人とは呼ばない。
「ま、魔王様ー!?」
「……これは、とんだ大物が、お越しだな……。生憎と……、もてなしの用意はないが……、ゆっくりしていってくれ……」
「この期にあってその胆力、見事」
跋人を見下ろす魔王に、リリルが縋り付く。
「魔王様ー! 跋人を助けてあげてー! 凄い人間なのー! 思いもつかない悪いことをぱぱぱぱーってやっちゃって」
「馬鹿か貴様は。まんまと騙されおって。こいつは悪魔の力を悪用して……、と言うのはおかしいが、人に善行を施していたのだぞ」
「……え……?」
目が点になるリリル。
「孤児院への寄付、闇金融と暴力団の解体と更正、借金の棒引き、警察への協力、身体を壊しかけていたそこの女の救出にその母親の回復、他にも数え上げれば切りがない」
「は、跋人ー!? そーなの!?」
「……嘘をつき、騙す事は悪だ……。悪魔の王が、それをしないとでも……?」
「えっ!? ウソついてるのは魔王様ー!?」
大きく溜息を吐く魔王。
「人間の言葉には『馬鹿な子ほど可愛い』というのがあるそうだが、実際身近に居ると堪ったものではないぞ」
「……ククク、同情する……」
「えー!? あれー!? どういうことー!?」
混乱するリリルに、跋人は弱々しい、だがいつもの悪い笑みを向ける。
「……病気で先がないと知った私は、悪魔の力で人生の精算をしようと考えた……。捨てられた私を育て、振天堂家に推薦してくれた孤児院への礼……、そして義両親が事故で死んでからずっと支えてくれた唯への恩返し……、そして思い出の残るこの屋敷の引き取り手……」
重い荷物を下ろしたように、ふう、と息を吐く跋人。
「……すまないが唯、この屋敷は任せる……。数年経ったら処分しても構わない……。手続きは全て済んでいる……」
「跋人様……、そんな……!」
唯は何かを言おうとするが、言いたい事が多過ぎて喉でつかえてしまう。
「……それと、リリル……」
「!」
「……お前には私の魂を渡す……。そうすれば……、魔界での……、面目も……、立つ、だろう……」
「……何で!? 何で急に名前呼ぶの!? いつもみたいにポンコツって呼んでよ! こんな最後の別れみたいなの、あたし、……跋人?」
……すぅ……。
「……は、はつ、ひと……?」
「跋人、様……?」
息が、絶えた。
「……やだ、やだ、やだよぅ……。はつひと……、おきて……。め、あけて……? いつも、みたいに、ポンコツって、……よんでよ……」
涙を溢れさせて立ち尽くすリリルの目の前に、白い光が浮かび上がった。
「……驚いた。これ程早く肉体から魂が離れるとは。この男、完全に死を受け入れていたのだな」
「はつひと……」
「その魂を受け取れリリルよ。それで今回の仕事は終わりだ」
「たましい……」
魔王の言葉に、呆然とその光に手を伸ばすリリル。
「はつひと……」
光に触れた途端、リリルの脳内に跋人との思い出が逆流する。
『馬鹿な事を言っていないでさっさと行けポンコツ』
『さかるなポンコツ。とっとと寝ろ』
『ポンコツには興味すらない』
『捨てられたくなければ自分の有用性を常にアピールしろポンコツ』
『お前が悪魔として未熟なだけだこのポンコツ世界ランク百二十八位が』
『分かったらさっさとやれポンコツ中のポンコツが』
『悪魔ならこれ位瞬時に理解しろベンジョコウロギ』
(ろくな思い出がないなー……)
苦笑いが浮かぶような、温かくて懐かしい思い出。また泣き出しそうになるリリルの脳に、最初の出会いが蘇る。
『そう言いたいのはこちらの方だ。高位の悪魔を喚んだつもりが、掟にも逆らえない低級だったんだからな』
「!」
リリルの心臓が跳ねる。胸の中の何かに火が点く。
『悪魔とは神の秩序に逆らい、自由を求め神の元を離れたと聞く。だが自由を求めた先でも掟と言う秩序に縛られているなら、神の元を追い出されただけの雑魚だ。違うか?』
「そーだ……。あたしは……!」
リリルは魂を握り、跋人の身体へと押し戻そうとする。
「愚かなリリルよ。何をしている」
「跋人を生き返らせる!」
「無駄だ」
「やってみなくちゃわからない! 跋人は悪いことにしか使えないはずのあたしの力を使って良いことをしたんだ! だから!」
ばぢっ。
「にゃっ!?」
突如白い光が跋人を包み、リリルは弾き飛ばされる。手に持った跋人の魂は魔王の足元に転がった。
「リリル……」
「女神、様……?」
天からの光に照らさら、絶世の美女がそこに経っていた。
「彼の者は『摂理の壁』で包みました。死んだ者は蘇らない、その摂理を覆す事は許されません」
「そん、な……」
「はっ、来るとは思ったがやはりな」
跋人の魂を拾い上げ、笑う魔王の声が威厳を帯びる。
「さてリリルよ。悪魔の掟を守らんとする俺と、摂理を守らんとする女神。魔王と女神を前にして、まだその男を生き返らせるなどと妄言を吐くか?」
「……ぅぁ……」
絶望よりも高い壁が、リリルの前に立ちはだかった……。
読了ありがとうございました。
書いていて、跋人が息を引き取るシーンとその前後は辛いものがありました。リアルに泣くくらい。
あと一話で完結となります。『重い』『コメディーを返せ』『見損なったぞほのぼの大臣』色々なご意見はあるかと思いますが、どうか最後まで読んで、その後感想にてお話をお聞かせください。
最終話の更新はこの後すぐ!