朝っぱらから極悪無双
性悪男とポンコツ悪魔の第五話です。
今回の無双の被害者は、ポンコツこと悪魔リリルです。普段以上のイジられっぷりをどうぞお楽しみください。
「おっはよー!」
リリルは跋人の寝室の扉を勢いよく開いた。
「あっさだよー! さー今日も元気に悪いことしよー!」
「……うるさいぞポンコツ」
「……あれ?」
予想に反して跋人のリアクションが薄い。
「どしたのー? 調子悪いー?」
「黙れ。悪魔が人間の心配などするな」
「あー、まー、そうなんだけどさー。跋人が元気ないと悪いことできないからさー」
「いいから出て行け。朝食は冷蔵庫の中の物を適当に食え」
「……はーい」
冷蔵庫からパンとベーコンを取り出し、かじりながら文句をこぼすリリル。
「全く跋人ときたらー、こーんな美少女リリルちゃんが起こしに行ってあげてるんだからー、ちょっとくらい喜んだりドギマギしても良いのにー」
ぶちぶち言いながら、更にパンを一かじり。
「前に召喚した男なんかー、願い事なんかそっちのけでー『リリル様に一生いていただくにはどうすればいいですか!?』とか言い出しちゃってー、いやー参ったなーあの時はー」
誇らしげに胸を反らしていたリリルの顔が、不意に真顔に戻る。
「……最終的に『今ここで死ねば、魂は永遠にリリル様のものですよね!?』とか言い始めてー、気持ち悪くて逃げたら他の悪魔に魂横取りされたけどー……。あー思い出したらなおさらムカついて来たー」
怒りに任せて、パンを口に放り込む。
「あたしのエロかわ勝負服にも『無駄な露出』とか言っちゃってさー。センスが無いのよねー。性欲が無いのかも知れないけどー。もしかして男にしか興味がないとかー? それとも子どもにしか興奮しないとかかなー?」
だんだんと調子が出て来たのか、ベーコンをかじって飲み込むと、声が大きくなるリリル。
「大体跋人は悪魔に対する敬意が無いのよねー。基本命令か悪口でー、あれじゃ顔は良くても女の子にはモテないよねー。付き合うところまではいってもー、『そんな人とは思わなかったわ! さよなら!』とか言われてさー」
「ほう」
「!?」
背後から聞こえた冷たい声に、リリルの身体がびくんと跳ねる。
「……は、跋人、さーん? い、いつからそこにいたのかなー、なんてー……」
「さて、いつからだと思う?」
首をぎぎぃっと回したリリルの目に映る、跋人の微笑み。リリルはとてつもない恐怖が身から込み上げるのを感じた。
「何を怯える? 私にお前を傷つけたり殺したりする力が無いのは分かっているだろう?」
「あー、いやー、それはそうなんですけどー、はははー……」
跋人は悪魔祓いの手段を持っている訳ではない。リリルも契約者を傷つける事は出来ない。立場は対等なはずだが、跋人への恐怖はそういうところにはないのだ。
「さて、朝食を摂るか」
「えっ」
何事もなかったかの様に、パンをトースターに入れ、フライパンでベーコンエッグを作る跋人。凄まじい精神攻撃が来ると身構えていたリリルは、何が何だか分からない。
「いただきます」
食事を始める跋人に声もかけられない。怒っているのか、許されてるのか、そもそも気にしていないのか、何も分からないから何も出来ない。リリルは身の置き所がなく、もじもじするばかりだ。
「ごちそうさま」
「あ、あのー……」
食べ終わりを見計らって、何とか声をかける。
「何だ」
「えっとー、そのー、こ、コーヒー入れるー?」
「要らん。自分で入れる」
「……はい……」
コーヒーを入れ、無表情にすする跋人。
「……あの、さー」
「何だ」
「さ、さっきのはさー、そのー、ちょっと調子に乗っちゃってさー」
「そうか」
「悪口を言うつもりじゃなくてー、日頃の不満が口から出たって言うかー、悪気があった訳じゃ」
「言い訳で誤魔化すか。流石は悪魔だな」
「う」
容赦のない言葉に言葉を失うリリル。跋人がコーヒーをすする音だけが室内を満たす。
「……ご、ごめんなさい」
「何がだ」
「そのー、悪口言っちゃった事ー……」
「謝れば許して貰えると思っているのか。傲慢だな」
「ぴっ」
踏み出そうとするその足元を、正確に射抜かれる恐怖。弁明も謝罪も出来ず、完全に追い詰められたリリルは、
「うぐ……、ひっく……」
ぽろぽろと涙をこぼした。
「ごべんなざい……、ごべんなざい……!」
泣きじゃくりながら謝罪を続けるリリル。それを見ながら跋人はコーヒーカップを傾ける。
「なんでも、ずるがら、ゆるじで……!」
「そう。その気分だ」
「……ふぇ?」
涙で揺らめく視界の先で、跋人がいつもの悪い笑みを浮かべていた。
「借金の督促がなくなり、返済も出来ず、何をすれば許されるのか分からないその恐怖。あの闇金を潰した意味が分かったか?」
「……え、今の、全部、演技……?」
「当たり前だ」
再びリリルの目から涙が溢れる。
「良がっだー! 嫌われだらどうじようがど思っだー!」
「だからお前はポンコツなんだ。私に嫌われたところで、よそに行けば幾らでも契約出来るだろうに」
「だっで、跋人、すごいんだもん! あだじが思いもづがない悪いこと簡単にやっぢゃうんだもん! あだじの契約者は跋人がいいのぉー!」
号泣するリリルに、跋人は溜息を吐いた。
「私とて、折角思い通りに使える駒を手に入れたんだ。そうそう手放す気はない」
「駒……?」
「あぁそうだ。駒を使える内に捨てる馬鹿は居ない。捨てられたくなければ自分の有用性を常にアピールしろポンコツ」
「ゔんっ!」
リリルは涙でぐしゃぐしゃの笑顔を浮かべた。
「だが何の罰もないと言うのもつまらないな」
「え」
涙の笑顔が凍りつく。
「この映画をラストまでじっくり観ろ。悪魔に取り憑かれた男を題材にした映画だ。それで今回の件は許してやる」
「そ、それだけでいいのー!? ありがとー! 跋人やさしー!」
「ククク……」
上映十五分で、リリルは跋人の含み笑いの意味を理解した。
「は、跋人ー……。これあと何分ー……?」
「残り一時間半だ。楽しめ」
「いやー! 許してー!」
読了ありがとうございました。
最後の映画は何でしょうね? 悪魔に取り憑かれた男……、うっ、頭が……。
次はいよいよ悪い男の必修科目! 『飲む打つ買う』のうちの一つです!
知らない方のためにお教えすると、血糖値を抑える薬を飲み、インスリン注射を打ち、運動器具を買う、の糖尿病患者の日課の三つです! 嘘です!
さて次はどんな悪事に手を染めるのか、お楽しみください!