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魔王城のお隣さん家

作者: 小麦粉と片栗粉と

よろしくお願いします。

 

 誰もが恐れる魔族の王、魔王。魔王はこの世界において人間に恐怖を与える畏怖の対象である。今まで何万の兵が来ようと、勇者が来ようと敗北したことは一度もない。魔王はその地位に君臨し続けている。

 いつか人間を滅ぼし、魔族だけの世界を作るために。



「スティー、今、おしめ換えますからね~」


「バブバブブバア~」


 スティーという赤子をよしよしと撫でてその母親の女性はおしめを慣れた手つきで換えていく。汚れたおしめをとり、新しいものに着け換えようと手を伸ばす。


「あ、あれ? スティー?」


 そこにスティーの姿はない。


「返事して! お願い! スティー!」


 母親の言葉に返事は返ってこない。よく見れば母親の目は閉じられていてどこも見えてはいない。彼女は生まれつき目に障害を持っていた。物音を聞き漏らさないように耳を傾けると、裏口の方からギギッと扉の軋む音が微かに聞こえてきた。慌てて向かってみるが時すでに遅し、扉は完全に開いていた。


「ど、どこに行ったのかしら。どうしましょう!」


 母親は自分の目が見えないことを惨めに思い、今すぐにでもスティーを探しに行きたい気持ちを抑え、代わりにお隣さん家へ歩いていった。


 大きな窓にかけられた赤いカーテンと髑髏の中に蝋燭を置いた不気味なランプ。床に敷かれた赤いカーペットには血と思しき黒いシミ。壁にかかったさまざまな国宝レベルの武器やアイテムの数々。その中央に堂々とその存在感を示す玉座。ここは『魔王の間』と呼ばれる場所である。


「ふむ、最近は面白いことが何も無いな。我は暇に飽きたぞ」


 三メートルはあるであろう巨大な玉座に座る魔族。血の様な深紅の目に鋭い牙と角。どんな者だろうと寄せ付けない圧倒的な威圧。彼こそがこの世界の魔王である。


「魔王様、それでは人間の国を滅ぼすのは如何でしょう。人間を滅ぼし、征服するのはあなた様しかおりませぬ」


 その隣で黒いフードをすっぽりと頭までかぶった男がいた。その隙間から微かに覗くのは黒い羽根。


「そうか。では、久々に近くの国にでも出向くとしよう。もちろんその地は我が貰う。ルシファー、各部族の長に伝令しておけ」


「御方の仰せのままに」


 ルシファーが頭を垂れたちょうどその時、厳粛な『魔王の間』の空気が乱れた。


「ブァ~ブゥ~!」


「「っ!?」」


 声のしたほうを見るとそこには幼い人間の赤子が一人。

 刹那、『魔王の間』の大きな扉が盛大な音とともに開き、魔王の部下たちが息を切らせて入ってきた。


「何事だ!」


 部下の中でも立派な鎧を着た三つ目のリーダー格の男が魔王の前に跪いた。


「突然のご無礼をお許しください。人間の赤子にどこからか侵入され、今現在総員で捕獲に当たっていますが…」


「何をしている! 人間の、しかも赤子の侵入など! 赤子ならそこにいる、すぐに捕まえろ!」


 赤子は魔王たちの会話にきゃっきゃとにっこり笑って嬉しそうに手をたたく。


「そ、そんなところにっ! 総員、捕獲に当たれ! 殺してもかまわん!」


 三つ目の男は部下に命令し、赤子を掴み掛かる。しかし、赤子はくるんと一回転しその手を避けると、はいはいで床を歩きだした。


「ひるむな! 敵はたかが赤子! しかも人間のだ!」


 部下は続いて何度も掴み掛かるが赤子は笑いながら飛んだり跳ねたり。ついには玉座の上にまで……


「なっ!? いままでどんな者が来ても決して触れることすら出来なかった玉座に……」


 ルシファーが怒りをあらわにする。身体から漏れ出す魔力があたりの温度を下げる。


「魔王様。ここは私、ルシファーが捕まえてご覧に見せましょう」


「うむ。お前ならば簡単だろう。すぐに終わらせろ」


「仰せのままに」


 ルシファーがフードを脱ぎ捨てると現れたのは漆黒に染まった翼。赤く染まった瞳で冷たく赤子を睨みつける。

 両手に魔力を集中し、闇の魔法を発動させる。


「くたばるがいい、人間の赤子ぉぉおお!」


 こわ~い形相で魔法を放つ。掠れただけで死にいたるデッドライト。幾本もの黒い光が筋を出してミサイルのように飛ぶ。赤子に直撃するかと思いきや、赤子はステンとこけて玉座から落ち、その軌道から逸れてしまった。デッドライトは玉座を傷つけただけだった。


「な、何という屈辱!」


 と、赤子はずんずんとルシファーの元へ寄ってくる。きらきらした無垢な瞳でこちらを見ている。


「バブ~」


「こっちへ来るな!」


 そんな言葉が通じるはずもなく赤子はずんずん近づいて―――

 ルシファーの羽をむずと掴んだ。嬉しそうにきゃっきゃとはしゃぐ赤子に対し、ルシファーは身体の力が抜け、膝をついてしまった。なんとか赤子を両手で捕まえるも羽を放してくれる様子はない。


「くそう。私の弱点を……ですが、捕獲には成功しました」


 ルシファーはこの赤子を捕まえることにどっと疲れを感じた。


「バブバブバア~」


 捕まったというのに赤子は未だに元気にはしゃいでいる。


「ところで、何故この赤子は服を着ていないんでしょう?」


 三つ目の隊長がふと疑問を漏らした。


「確かに……人間は赤子にも服を着せるはず……」


 ちょろろろろ……


 そんな水音が小さく聞こえた。ルシファーは無表情で宙を眺めている。その赤子はお漏らしをしていた。当然、赤子を抱いていたルシファーは……言うまでもない。

 ルシファーはこの現状にうーんと唸って気絶した。


「ルシファー様!」


「ルシファーっ!?」


 + + +


 魔王城の入口から一人の来客があった。長い枝を左右に動かし、何もないかを確認しながら扉の前に立つ。

 コンコン

 と扉をノックすると間もなくギギッと重く扉が開いた。


「こコに何ノ用でスか」


 扉から出てきた手足が細長い男が静かにそう言った。

 少し片言の言葉だったが、彼女は歓迎されていない事を察した。


「実は、私の息子がどこかへ行ってしまって……まだ小さい赤ちゃんなんですけど」


 彼女が事情を話すと、その男は慌てだした。


「っ! す、少シお待ちくダさい」


 そう言ってぱたりと扉を閉める。それからほんの数分でまた扉が開いた。


「こコに迷い込ンでおリまシた! ドうぞお持チ帰りクだサい! 次からハ厳重ニお願イいたしマス! お願いイたシますヨ!! オ迎えゴ苦労様でス!」


 なんだか今度は凄く歓迎された。

 彼女の元へ帰ってきた赤子、スティーは元気にきゃっきゃと笑っていた。


「あらやだ。おしめしてくれたんですか! すいません、ご迷惑をかけてしまって」


「ハイ、本当ニ大騒……いえいエ、そンなコトは! でハ!」


 その男は慌てて扉を閉めた。



 人里離れた山奥の魔族や魔獣が徘徊する地域。そのさらに向こうに魔王城は薄気味悪く建っている。一体何万という人がここで命を落としたのだろうか。巨大な煉瓦の塀で囲われた洋風の城は人々に死を突き付けてきた。ツタやら苔やらが手のように壁に這い、蜘蛛の巣がそこらかしこに張っている。決して掃除していないわけではない。

 そんな魔王城のすぐ隣。そこには小さな家がぽつんと寂しく建っていた。いや、小屋といった方が正しいかもしれない。歪んで隙間の開いたドアに何度も修理されたと思われる屋根。おまけに壁は一部、木が腐りかけていた。横にそびえ立つ魔王城とは比べる事すらできないみすぼらしい家だ。

 そこに住むのはどんな変わった人物かと思えば、目の不自由な三十代の女性とまだ生後半月の息子のたった二人暮らしであった。魔物達はわざわざこんな所に家を建て、生活しているその二人を奇異なものを見るように眺めて襲うような事はしなかった。襲う事よりも好奇心の方が勝ったのである。

 何より、暇を持て余す魔王が心底気に入ってしまわれたのだった。


「はっはっはっは! 昨日はよい宴だった。久々に楽しめたぞ」


 スティーが魔王城に侵入して一日が経った。


「そ、それは嬉しい限りです……」


 ルシファーは昨日の事がまだ根に残っているようで話す声に元気がない。


「お前がそんなに落ち込むのは珍しいな。元気を出せ」


「……は、はい」


「だちぇ! バブ~」


「ほら、赤子も元気を出せと言って……む?」


「バブ?」


 落ち込むルシファーのすぐ横にちゃっかりとあの赤子が……。

 またおしめを穿かずにちょこんと座っていた。


「ふ、ふふふ、また来たか、この赤子がぁああっ! 今度こそぶっ殺してやる!」


 魔王の御前だという事を忘れ、ルシファーが怒りをあらわにする。

 魔王はまるで何かの出し物を見ているように手を叩く。


「はっはっは、これは愉快だ」


 バターン!

『魔王の間』の扉が勢いよく開き、部下たちが入ってくる。


「魔王様! あの赤子がまた侵入してきました! 捜索中ですが……」


「構わん! 我は今、忙しいのだ。見るのにな」


 魔王城に奇妙な赤子と共に愉快な日常がやってきた。まさか、この赤子、スティーが青年になって独り立ちするまで毎日こんな惨事になるとはこの時はまだ誰も想像すらしていなかったのだった。



読んでくださった読者の皆様、ありがとうございます。

m(_ _)m

最近投稿していなかったのですが、とある友人の影響を受けて、短編で投稿しました。

駄文ではありますが、楽しんでいただけたなら幸いです。

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