買い物と老爺
借りていた部屋を無人登録してフライジェットに乗りこむ。親や親戚とは死別していた俺には、挨拶するような関わりの深い人はいなかった。積み忘れのないことを確認し、ゆっくり発進する。夜の王国の眺めは汚い国の欲望を忘れさせてくれるほど美しかった。今は軽蔑していても、今までお世話になった人達もいる。感謝を込めて小さくありがとうと呟く。しだいに見慣れた景色が夜の街の光の一部となっていった。最終的には生き残りのメリスと向こうに残ったリリアの家族の安否確認の為リリアの出身地である北アメリカへ行くのだが、王国の追っ手が来るかもしれないし、それなりの時間を有する旅になることは覚悟しなければならない。だからとりあえず武器や食べ物を買い揃えるため王国の北西にある商業大国、シーナまで行くことになった。ここから最もシーナに近道となる長野へ向かうことになったのだが、未だ都市部から出てもいないというのに、前方に散光式警光灯が見えた。王国治安部隊、この国で唯一逮捕権を持っている組織。お尋ね者となった今の俺たちがあいつらに見つかれば、間違いなく逮捕されて処刑かブタ箱行きは免れないだろう。隣で身を隠しているリリアに聞く。
「どうにかしてあいつらを簡単に突破できないか?できれば目立つから都心内での交戦は避けたいんだけど。」
「はいはい、お任せあれ。」
彼女はまるで魔法を撃つかのようにこっちに手をパッと伸ばしてきた。少しビクッとなったがおどけて笑っている彼女を見て俺もクスッとなった。そして作戦を聞き、ついニヤリとしてしまった。
道を塞ぐように止まっている治安部隊の四機のフライジェットへ近づくと、案の定止められた。
「ちょっと待て、今日の昼頃に反逆事件があって王国軍の新境地開拓隊の者が怪我を負った。犯人は若い男一名とメリスの女一名だそうだ。少し調べさせ…」
「そんなこと知ってるに決まってるだろ。お前の目は節穴か?やったのは俺たちだよ!」
素早くフライトモードに切り替えて全速力で空へ飛び立つと同時に、リリアが治安部隊に向かって手を伸ばし、白い光球を発射した。球は部隊に直撃して大量の煙が奴らを覆う。苦しそうに咳き込む声を聞き、やってこないのを見てほっと安心したのも束の間、待機していたらしい王国軍の別のフライジェットが左右から飛び出してきた。
「クソッ、振り切るしかないな。俺は逃げることに専念するから応戦は頼んだぞ!」
「勿論!行くわよ‼︎」
急降下、奴らの攻撃をうまくかわしながらビルの隙間を飛ぶ。右へ左へ奴らを翻弄しつつリリアがビームやら火球やらで攻撃し、時折飛んでくる銃弾をミラーで確認しながらかわす。なんて楽しいんだろう。命を落とすかもしれないような危険なことをしているとわかっていながらも興奮を抑えられない。六機来たのを二機撃墜し、一機をビルに激突させ自滅させた。残り三機と言う時に高層ビルが立ち並ぶ都心を出てしまった。要するに長野地区まで来てしまったということだ。しまった、遮蔽物を失った。焦る俺にリリアが話しかけてきた。
「もう都心出たし派手なやつかましてやってもいいよね?」
俺が返事をする前にリリアの手根部で合わせた両手が激しく光り出しそして、今までのものとは比べ物にならないサイズの光波が発射された。それは空中で分散し、何十本もの光の槍となって追尾弾のように全てが三機のフライジェットに命中した。ミラーで木っ端微塵になる敵機を見ながら仲間を心強く思いつつも、メリスが恐ろしいというのは意外と本当かもなと一瞬思う。爆発をバックに青く長い髪を揺らしながらウインクするリリアは何かを吹っ切れたような表情をしている。そこにあったのはとても眩しいものだった。
そこからは夜の闇に紛れて軍に見つからないようにホバーモードの低速で移動した。早朝二時頃、ロシアを少し跨いでシーナに着いた。そういえば余談になるけどさっき長野地区、富山地区、石川地区を通ったのだが、長野地区は北と中央の民族が対抗心を燃やしているらしい。だからあそこは北と中央を中心としてどんどん発展している。数年の間に王国都心級まで発展すると言われているが、俺は個人的に自然豊かなところだからそれをもっと大切にしてほしいと願っている。すまない、話を戻そう。シーナはとても驚くようなところだった。最も栄えているのが、東京王国の西にあるコレアという国からさらに黄湖を渡った所にあるペキンという都市だと聞いたのでまずはそこに行った。黄湖は旧西暦時代は黄海と言われていた海らしいが、今はオーストラリアに南側を塞がれて大きな湖になっている所だ。そしてその黄湖の西にあるペキンは大規模な商業都市で、朝八時ごろに着いたのだが、その時には既に人でごった返していた。青果店、雑貨屋、武器屋…さまざまな種類の店が所狭しと並んでいる。取り敢えず持てるだけの食べ物と手榴弾などの携帯武器や追尾式ロケットランチャーなど特殊武器を買った。それからエレキライフル用のバッテリーもいくつか購入した。必要なことを済ませた俺はリリアに話しかける。
「なあ、ここからどうする?すぐにこの国を出るのかそれとも今日はどこかで一泊…、あ、いや、当然部屋は別だぞ?うん。」
間違いなく好感度ダダ下がりの俺の言葉にリリアが答えようと口を開きかけた時、後ろから肩を叩かれた。王国軍が来たのかと肝を冷やし、慌てて銃を構えながら振り向くとそこにいたのはあの軍服野郎どもではなく、見知らぬ老爺だった。俺が何か困っているのかと尋ねると彼は笑いながら答えた。
「お主、わしの店で珍しい武器を買う気はないか?お主にならあの武器も扱えるかもしれん。」
なんだよ押し売りかよ、王国にもこんな迷惑なやついたな。断りの言葉を告げる前にまた彼が口を開くのだが、ここで語った内容は驚く他ないものだった。
「今、結構だ、と断る気じゃったろ。ではわしのことを信用してもらうために一つ心を読ませてもらおう。お主らは東京王国から来たのじゃろう?しかもその理由は王国への反逆が原因の逃亡。」
「な、なぜ…。」
リリアはそれだけ言って開いた口が塞がらないという感じだった。リリアは何か言えただけいい方だと思う。俺は言葉すら出なかった。初めはスパイかとも思ったがいくら現代の文明といえどリリアは尻尾を隠しているし、こんな短時間のうちに俺たちを特定できるほどの詳細な情報は伝えられない筈だ。狐につままれたような顔の俺たちを見た老人は更にニヤニヤして追い討ちをかけて来た。
「お主はさっきその女子に宿泊の話をしていた時、多少なりともムフフなことを期待しておったじゃろ?それに女子も女子でちょっと想像して、悪くないかなぁとか思っちゃったじゃろ?のぉ?のぉ?そうじゃろ?そこで二人の気持ちは同じというわけじゃな。どうじゃ、ここで一つ共同作業を…」
「わかった、わかったから!武器でもなんでも買うから!もうやめてくれぇぇぇえ‼︎」
ちなみにこの後俺とリリアがちょっと気まずくなったのは火を見るより明らかだろう。
爺さんの店は他の店が多く立ち並ぶ大通りではなく、そこから少し奥に入った路地のような所にあった。しかもそれは店というより屋台という方が正しいものだった。その屋台はひな壇みたいな壇の上に武器を置いて売るというスタイルの店らしい。まあ確かに売っているものは珍しいけどこれといってめぼしい物はないかな。
「リリア、なんか欲しいものある?…あ。」
「ううん、特にないけど、どうしたの?」
その時俺の目になぜ止まるのかわからないものが止まった。柄だけの剣だ。手に取ると柄だけとあって予想通り軽かった。老人はにっこり笑って話しかけて来た。
「やはりな。わしの見込みは正しかった。それはなあ…おっと、どうやら喋っている暇はなさそうじゃな。丁度いい、それを持って表へ出てみい。」
何を言っているのかよくわからないが爺さんには弱みを握られているから従わざるを得ない。取り敢えず言われた通り大通りへ出た。おい、爺さん、ガラクタ買わせようとした後は裏切りかよ。大通りに出てすぐに見えたのはあの軍服だった。量産型王国の犬は俺達を見て叫んだ。
「いたぞ、あいつらだ!撃ち殺せ!」
俺はもちろん爺さんに叫ぶ。
「おいあんた!よくも…」
「お主はギャーギャーうるさいのう。丁度いい、その剣をつこうてみい。お主のことだ、それをまだロクでもないガラクタだとか思っとるんじゃろ。わしの言う通りにしてみなされ。奴らと戦う時は思い切りやって構わんぞ、この街のやつは面白いことが好きだからのう。」
「あのー!お二人さん、そろそろ手伝ってもらえませんかね‼︎」
俺が爺さんと言い合っている間にリリアはもう戦闘を開始していた。クソッ、こうなりゃヤケクソだ!爺さんが言うには体から剣に力を流すイメージ、だっけ?流す流す流す流す…。お?おおおぉぉぉおお‼︎
今のは俺の感嘆の心の声。なんとあの柄から白く光り輝くレイピアのような細身の刃が現れたのだ。
「かっけぇ!これであいつらを切ればいいんだな?」
「そんな必要はないぞ、それを敵の方に向かって振って見なされ。」
振るって、こうかな?右から斜めに思い切り振り下ろした。奴らと俺との距離は四メートルはあったのだが、ビシュウッ‼︎というような音がして三日月型の白い光が偵察隊三人の肢体を真っ二つに割り、同時に
「ギャアァァア‼︎」
という叫び。残ったのは灰だけだった。
「おぉ〜〜〜〜‼︎」
民衆の称賛の声だ。一番驚いているのは俺自身だと思う。唖然としてそこに固まっていた。爺さんが近寄って来て言った。
「のお?ガラクタなんぞではなかろう?こいつはある程度の精神の強さがなければ扱うことのできない代物なんじゃ。剣と使い手の相性が合えば合うほど強い力を発揮する。わしはお主の真っ直ぐな目を見てあるいは、と思ったんじゃ。」
ニッコリと満足そうな笑顔をたたえて見られると少々気恥ずかしくなる。目を落とし、光を失い少し熱を持った柄を見つめる。
「ありがとう。爺さん、これから大切に使わせてもらうよ。」
彼はは押し売り商人なんかではなく、古の老師か何かだったんだと思えた。
「おおそうじゃ、言い忘れておったんじゃがなぁ、基礎体力のトレーニングをやらずに、自分のエネルギーを消耗するそれを使うと今のお主のようになってしまうぞ。」
「今の俺?なんのことだ?」
指先で軽く突かれた。俺はそのまま膝から崩れ、気絶したらしい。
前言撤回、やっぱりただの押し売り商人だったかもという気がする。
「爺さん…、先に言えや。」