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恋カモ  作者: 夏みかん
第2章 カモフラージュからの恋
8/12

読みあう策略

今日もまた梨理香たちの無視は続き、男子からいやらしい目で見られてもいる。龍十との偽装恋人関係になってからそういう事が気にならないでいた真遊だったものの、それでも多少は気にしている自分を自覚していた。けれど、龍十に恋をしていると自覚した時からそれはもうなくなっていた。周囲の目などどうでもいい、自分を理解してくれている人が1人いれば。好きな人が心の支えになってくれているということがどんなに幸せなことかを噛み締めつつ、今日も1日を過ごした。けれど、好きになったらなったで別の問題が浮上してしまう。それは龍十のこと。自分に助け舟を出してくれたのはかつて自分の大ファンだったということが前提にあり、そして全てにおいて達観の域にいる龍十とは違って噂が原因で精神的に壊れかけていたのを黙って見ていられなかったのだと推測できる。嘘をついてまで助けてくれている龍十には感謝してもしきれない。だからこそ、今度は自分が龍十の支えになってあげたいと思うものの、それが一番不可能に近いことも自覚していた。つまり、どんなに自分が龍十を好きでいても、相手はそうではないということだ。確かに龍十は真遊の大ファンだった。しかしそれはあの事件までのことだと思う。周囲の誤解、煽りを受けて心に傷を負い、そして母親からの仕打ちで人間不信にまで陥っている。たとえ向こうに恋心が芽生えていたとしても、決してそれを明かすことはないだろうし真遊が告白をしたところでフラれるのは必至である。誰かによって傷つくなら1人でいたい、それが今の龍十の全てなのだから。事態が落ち着きつつある中、真遊の一番の悩みはそこにシフトしていた。学校ではいつも一緒にいる。休日もデートらしいデートは皆無とはいえ、家で2人きりだ。普通なら偽装であってもそのまま真遊のように本物に移行しそうなものだが、相手はあの龍十なのだ。右頬と背中の傷以上に心のそれは大きく深い。そう考えてため息をつき、席替えで離れてしまった龍十の方へと顔を向けた時だった。珍しく龍十が真遊を見ていたためにそちらへ向かった。たったそれだけで自然と顔がほころんでしまう。


「何ニヤついてる?」

「構ってほしいって子犬のような目をしてたから」

「子犬?」

「チワワみたいな」

「ありえないな」

「そう?」

「・・・・ああ」


こういう会話が出来ることが幸せだ。けれど龍十はそうでもないらしい。このギャップが悩みの種とはいえ、それは犯人を捕まえて全てが解決してから考えればいいのだ。


「で、なに?」

「今日は一緒に帰れない」

「でもバイトの日じゃないでしょ?」

「ちょっと、用が出来てな」

「そっか」


以前、バイトの時間が早まった際には先に龍十だけが帰ることもあった。だが、今日はそうではない。用と聞いて何故か浮気かと思う自分が恥ずかしい。付き合ってもいないし、何より龍十にそんな気持ちはない。何の用かは気になったものの、もしかしたら実家絡みなのかなと思う真遊にその理由を聞く勇気はなかった。そのまま他愛のない話をする。偽装恋人になってもうすぐ3ヶ月になろうかというのに、犯人の動きはなかった。それはそれでいいと思う真遊とは違い、龍十は確実に犯人を心理的に追いつめられていると確信していた。巧妙で狡猾な犯人が次の一手を打てないでいる、そう考えていたのだ。今の状況下において他人を使う手はもう限られてくる。だから龍十は先手を打つことに決めていた。これが成功すれば犯人との直接対決の時は近くなるだろう。真遊よりも先に学校を出る龍十は昨日から考えていた通りの行動を起こす。そんなことは知らない真遊は1人で帰り支度をし、昇降口に下りたところで人にぶつかってしまった。何となく寂しさを感じてぼーっとしていたせいだろう。


「あ、ごめんなさい」

「あ・・・こ、こちらこそ、ゴメン」


そう言って謝るのは同じ中学だった同級生の男子である目黒克己だった。中学時代から小柄でおどおどした感じだった目黒だが、背は多少伸びたもののおどおどした態度は変わらない。けれどその態度は女子に対するもののみであり、男子とはわいわい騒ぐタイプの人間だった。女子が苦手なのかなと思う真遊だったが、それも無理がないと思う。今目の前にいるのは真遊なのだ。売春婦の噂を持ち、あの龍十と付き合っている女というだけでこうもなろう。


「じゃ、じゃあ」


そう言ってあわてて靴を履く目黒を見て、真遊はあることを思い出して声をかけた。


「目黒君の家に、電話あった?私の噂のことでさ・・・」

「え?」


明らかに動揺したその様子からして電話はあったようだ。有明も梨理香も全ては電話から始まっている。やはり同じ中学だった人物の犯行であるのは間違いないと思う。そして龍十が言った条件にこの目黒も当てはまる。同じ中学であり、同じ高校の男子。


「目黒君・・・・あなた・・・じゃないよね?」

「え?え?」


さっさと立ち去ろうとしていた目黒が体をビクつかせるが、真遊の方を見やる余裕はないようでおどおどしたまま固まってしまった。


「噂流したのって、あなた?」

「な、なんで俺が・・・・俺じゃないよ・・・・マジで」


怯えすぎなのが怪しいと思うが、元々女子に対して気弱な目黒にすれば係わり合いたくないのかもしれない。


「ホントに?」


食い下がって様子を見るが、目黒は逆切れをすることもなくただ首を横に振るだけだった。


「確かに電話はあった。でも、君を、その、誘うってか、そんな勇気はないよ・・・他の多くの男子もお、同じだと、思う」


その言葉、声色に信ぴょう性を感じ、真遊は苦笑を漏らした。


「そっか、ゴメンね・・・・なんか精神的に不安定でさ・・・本当にゴメン」

「あ、うん・・・気持ちはその・・・わかるから・・・・じゃ」


ぎこちない笑みを残し、目黒は足早にその場を去っていった。その様子を見てため息をつく真遊はとりあえず同じ中学出身の男子全てに声をかけてみようかと思っていた。かといって独断で動くことはしない。動く時は必ず相談するように強く龍十から言われていたからだ。龍十は自由に動けるが、真遊が自由に動くことは制限されている。特に相手が男子となれば噂のこともあって真遊の身に危険が伴う可能性が高いからだった。しかし、まず1人が消えたことは大きいといえる。自分で成果を得たことがどこか嬉しい真遊は久しぶりに寄り道をしてから帰るのだった。



今日の梨理香は仕事の都合で授業が終わるや否やすぐに下校していた。だからか、珍しく1人で帰り支度をしている真遊を見つつ、小鳥はそそくさと帰り支度をして教室を後にした。梨理香が不在とはいえ他の女子がいる中でやはり声を掛けづらい。心が悲鳴を上げているにも関わらず何もしようともしない自分を卑怯だと思う。だからか、とぼとぼと歩いて電車に乗り、どこにも寄り道せずに家の前まで来るまで背後からつけていた人物に気づかなかった。ふと何気なしに振り返れば、そこに立っていたのは龍十であった。思わず体をビクつかせるが、静かに近づいてくる龍十から逃げる様子は見せない。


「少し話がしたい」

「は、話?」

「舞浜のこと、でな」


その名前にハッとなる。真遊の彼氏である龍十の突然の訪問に動揺しつつも、小鳥は誰もいない家に龍十を上げた。近所に同じ高校の女子は住んでおらず、警戒はしたものの問題はないはずだ。部屋に龍十を通し、お茶を用意する小鳥は何の話かと思いつつも真遊に関する罪悪感もあって龍十と対峙する覚悟を決めた。そもそも、自分も真遊に対する決着をつけたかったからこそのこの行動だと思っている。でなければ、人を殺したと噂される龍十を誰もいない家に上げたりはしなかっただろう。いや、そんな警戒心すら失っているほど心が壊れていたのかもしれない。丸い小さなガラスのテーブルにお茶を置く小鳥だが、龍十はじっとテーブルを見据えていたようだ。女の子の部屋をむやみやたらと見ていないことに感心しつつ、これも真遊の入れ知恵かと詮索してしまった。


「あのさ、話ってなに?」

「渋谷が舞浜を無視し始めたきっかけが匿名の電話によるものだということは知っている」


唐突ながらその言葉に驚きを隠せない。梨理香がこの話をした際は放課後の遅い時間だった上に、自分たち以外誰もいない教室だったはずだ。


「その匿名の電話について知っていることを話してくれ」

「な、なんであんたなんかに・・・」

「舞浜を救うためだ」

「私、関係ないし」

「本当にそうか?」

「そうだよ」


そう言った小鳥の中の動揺を見逃さない。じっと小鳥を睨むようにしていた龍十の目を見れず、小鳥は視線を外しつつ少し震えていた。


「俺たちは付き合っていない。偽装恋人の関係にある」

「え?」


今、龍十は何と言ったのか。偽装恋人であり付き合っていないとはどういうことなのか。そういう疑問を顔に出した小鳥を見て、龍十はゆっくりと口を開いた。


「噂を流した人物の裏をかくため、そういう関係を築いた。現に効果は出つつあるが、おそらく、犯人の最後の切り札になるのがお前だろう。だから、お前にはこちらの切り札になってもらう」


その全ての言葉に動揺するしかない小鳥に対し、龍十は噂に関する疑問点、真遊との偽装恋愛関係に至った経緯を事細かく話していった。その驚くべき内容に戸惑い、小鳥の脳はもうパンク寸前である。


「つ、つまり・・・噂に対するカモフラージュで付き合ってるのね?」

「そうだ」

「でも、なんで・・・・その、台場君が?」

「見ていて胸糞悪かったからだ。男子の好奇の目も、お前ら女子の無視も」


その言葉に視線を泳がせた。そう言われては言葉もない。自分のしている行為がどれだけ最低なことかを自覚しているだけに、今の龍十の言葉は小鳥に胸を抉り取っていった。


「だから助けることにした。だからお前にも手助けを要求しに来た」

「な、なんで私が・・・・出来ることなんてないよ」

「いや、ある。というか、これから出来るんだ」

「どういうことなの?」

「元彼の扇動に失敗した犯人は次にお前を使うはずだ。今の舞浜を精神的に追いつめることが可能なのはお前を使うことだけだからな」


そう言った龍十が一旦間を置くようにお茶を飲んだ。衝撃の数々に喉がカラカラの小鳥もお茶を一気に飲み干し、いろいろ考えを巡らせる。これまで裏切り続けた真遊を救えるのなら、それはそれで行動すべきではないかと思う。だが、梨理香に知られて自分も無視されるのは嫌だ。小鳥もまたこの数ヶ月間でかなり神経をやられてしまっているのだ。


「舞浜は全てが解決すれば、またお前と元の親友同士に戻れると信じている」


その言葉に顔を上げた。真遊はまだ自分を友達と思ってくれているのか。


「甘っちょろい考えだと反吐が出る」


追い討ちを掛ける龍十の言葉に小鳥は苦い顔をしてみせた。その通りだと思う。今更全てが解決したとして、どの面を下げて今日からまた親友ねと言えるのだろう。小鳥は太ももの上に置いた拳をギュッと握った。出来れば自分も戻りたい。でも、自分にはもうその資格はないのだから。保身のために親友を裏切れる汚い女なのだ、今回のようなことが起こればまた同じことをするだろう。


「けどな、あいつは信じてる。だから、俺はあいつの気持ちを汲み取って今日ここへ来た」

「どういうこと?」

「カモフラージュとはいえ、俺はあいつの彼氏だってことだ」


ますます意味が分からない答えに言葉も出ない。ただ、偽装とはいえ彼氏として真遊を大事にしているということだけは理解できた。それは元彼であり、本当の恋人だった有明よりも強く感じられる。


「・・・ホントの彼氏みたい」

「ただのケアだ」


素っ気無い言い方に苦笑が漏れた。苦笑とはいえ、こうやって本音で笑うのは随分と久しぶりのことだ。いつもは愛想笑いしかしていない。だからか、小鳥の中で覚悟が決まった。


「で、どうすればいいの?」


その小鳥の気持ちの乗った言葉を聞き、龍十の口元に笑みが浮かんだ。


「あいつと完全に絶交してくれ」



その日、小鳥は1人だけ梨理香に呼び出された。放課後の誰もいない屋上は寒い。それはそうだ、今は12月なのだから。だからこそ話の場にここを選んだのだろう、そう小鳥は分析していた。比較的風の当たらない場所に移動し、そこで2人は並んで立った。陽が落ちるのが早いせいか、もう周囲は薄暗い。西の空の稜線だけがオレンジに輝き、そのすぐ上は藍色に変化していた。それも徐々に濃くなった真上の空には冷たい光を発する星がかすかに瞬いている。


「話って?」


いつになく落ち着いた様子の小鳥を疑問に思いながら、梨理香は醜悪な笑みを口元に浮かべて見せる。ご当地アイドルとはいえ、大手事務所から移籍の話すら持ち上がるほどの人気を持つ梨理香とは思えない笑みに内心身震いしつつ、小鳥は努めて平静を装っていた。


「最近、真遊のヤツ、順調そうじゃん?」

「うん。彼氏できてからは、特にね」


実に自然にそう言えた自分を褒めてあげたい。その証拠に梨理香の笑みがますます醜悪さを増している。


「だからさ、あんた、あいつと仲直りしなよ」

「え?なんで?イヤだよ」


これも本当に嫌そうにそう言う。全ては龍十の指示通りに。そう、これは龍十の予想が的中した結果でしかない。梨理香の提案も全て予想通りすぎて、小鳥は龍十の凄さを痛感しているぐらいだ。


「まぁまぁ、嘘の仲直りだよ。んで一週間ほどして嘘でしたって暴露すんの。罵ってあげればよりいいんじゃない?そうすりゃ、あの調子に乗ったバカも落ち込むよ。自殺するかもね」

「面白そう!」


本当は吐き気がしている。あの日、龍十と話し合っていなければ自分はどんな反応をしたのだろう。いや、どっちみち梨理香に逆らえずに言う通りにしただろう。けれど今は違う。そう、これは作戦なのだ。裏の裏をかく、そういう作戦。


「でも梨理香すごいね!そんな手を考え付くなんて」


いつもより饒舌な小鳥に気が付かず、得意げな梨理香がケラケラと笑った。


「また匿名で電話があったんだよね。こうすればいいよって・・・あの人が・・・」


その言葉を口にする梨理香の目が虚ろになった一瞬を小鳥は見逃さなかった。だから次の手を打つ。龍十の獅子通りに。


「そっかぁ。でも電話の相手、信用できるの?」


龍十と打ち合わせをした真の狙いに直面したせいか、小鳥の中で緊張が走る。だが梨理香は得意げな顔をしたままニヤニヤと笑うだけだった。


「なんか凄い説得力あんだよね。聞いているだけで納得できるってか。それにあの人が言うことを聞くことが未来につながるから。アイドルとして、さらに一歩進むために」

「へぇ、凄いね!」

「彼は凄いよ。だから、頼むよ」

「わかった。早速明日実行してみるね」

「頼むわ」


そう言い、2人は笑いあった。梨理香は本気で、小鳥は芝居で。



ドキドキが止まらないうちにいそいそと下校し、人気のない場所ではなく人気の多いショッピングモールのゲームセンターから龍十に電話をかけた。これも龍十の指示である。人気のない場所で電話をすれば、犯人を含めた誰かに目撃されたり内容を聞かれる恐れがある。しかしこういううるさい場所では相手から近づいてこない限りは大丈夫であろうと言われていたのだ。逆に自分に近づいて来た人物さえ警戒すればいいし、そいつが知った顔であれば特定もしやすくなる。


「予想通り、来たよ」

『実行は?』

「明日」

『よし、上手くやれ』

「フォローの件、お願いね?」

『それはまかしておけ』

「うん、任せた」


そうとだけ言って電話を切った。後の詳細はメールで十分だろう。ただ、何も知らない真遊の反応を想像して心が痛む。いくら龍十がフォローするとはいえ、果たして真遊の心はこれに耐えられるのだろうか。それでももうやるしかないと決めた小鳥は次の日の朝に真遊と接触をした。梨理香が怖くて無視していたことを詫び、良心の呵責から梨理香と決別したと告げて友達に戻りたいと、本当の涙を流してそう言ったのだ。意外とあっさり承諾した真遊を訝しがりつつも、上辺だけの和解は成立していた。梨理香も取り巻き立ちに通達済みなのか、真遊同様小鳥も無視し始めるものの。時々目で合図を送りあいながらの無視である。ただしお昼は真遊が龍十と食べることを優先したために教室から出て行き、それを確認してから小鳥は梨理香たちに合流して真遊をバカにしあった。ただし小鳥がバカにしているのは梨理香の方だ。こうもあっさり龍十の策に嵌ったのだから。真遊と本当の親友に戻れる日も近い、そう信じて自分の役割をこなす小鳥は少なからず心を軽くしているのだった。

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