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恋カモ  作者: 夏みかん
第1章 カモフラージュの恋
4/12

信頼への一歩

真遊にとって今週は楽しいものとなっていた。学校に行くのが楽しいと思うなどいつ以来のことなのか。龍十と偽装恋人を演じつつ、それを楽しんでいる自分がいる。何より人と話が出来るということが本当に楽しいのだ。ぶっきらぼうで愛想のない龍十だが、真遊の質問にはちゃんと返事を返し、また夜はメールや電話もこまめにしてくれている。何故こうまでしてくれるのかは明後日の土曜日に聞くとして今日も電話を終えた。他愛のない話に加えて今後の計画も話して今日も1日が終わった。充実感が心を埋め、壊れかけていた心が修復されていくのを感じる。すべての友達を失い、いわれのない噂に傷ついてきたのが嘘のようだ。龍十という特殊な人物が彼氏であるせいか、周囲から何かを言われることもなかった。噂を持つ者同士がくっついた、その程度にしか思っていないのだろう。ベッドに転がり、目を閉じる。偽装という部分を楽しんでいることもあってか、ここ最近の真遊はよく眠れるようにもなっていた。だからか、すぐ朝が来る。今日も暑そうな日差しを受けつつ着替えを済ませて朝食を取り、登校の準備に入った。時間が来て家を出れば、既に暑い。今日も水泳の授業があるが、好奇な目で見られることにも慣れており、龍十との関係が始まってからは龍十という存在が歯止めになってその視線も減りつつあった。ただ、梨理香の鋭い目つきが気になるところではあるが。だからといって行動を起こすことは無い。こちらもやはり龍十の存在が歯止めになっているらしい。駅の改札をくぐりつついつもの場所に立つ。少し電車が遅れているらしく、列に並んだ真遊が携帯を取り出した時だった。


「お、おはよう」


不意にそう声を掛けられて驚いた真遊があわてて振り返れば、そこにいたのは小鳥だった。


「おはよう」


挨拶をする真遊は内心動揺しつつも普段通りを装う。そして龍十の推測が正しいことに驚いてもいた。


「ご、ゴメンね・・・今まで、その・・・無視してて」

「ううん、気にしてないから」


本当は気にしているのだが、それは顔に出さない。全ては打ち合わせ通りなのだ。


「台場君と付き合いはじめたんだね?」


以前の小鳥はもっと砕けた話し方をしていたはずだが、今はよそよそしい。それも仕方がないと思いながらも、意図的に接触してきたとはっきりと分かる口調だった。


「うん。彼、いい人みたいだし。あの噂からこっち、彼しか親しくしてくれなかったから」


ズキンと心が痛んだのは真遊か、小鳥か。


「そうなんだ・・・」

「うん。ああいう感じの人だけど、すごく優しいから」

「そっか、よかったね」

「うん」


お互いを牽制しあう言葉に疲れが出てくる。そうしていると電車が来たが、小鳥は急にそわそわしだして真遊から視線を逸らし始めた。やはり龍十の睨んだ通りかと肩を落とす真遊だが、それを出さないように気を付けて小鳥に笑顔を見せた。


「どうしたの?トイレ?」

「あ、うん。ゴメンね・・・急にお腹が痛くなって。また、ね」

「うん、また」


その『また』がいつになるのか分からない。そそくさと立ち去る小鳥を悲しい目で見つめつつ、真遊は小さなため息をついてから開いた扉を確認して車両に乗り込んだ。そうして暗い顔をしたまま2駅を過ごせば、いつものように龍十が乗ってくる。その暗めの顔を見て何かに気づいたのか、龍十は扉の方に体を向けて周囲から表情を読み取れないようにしてみせた。


「その顔からして、接触してきたか?」


その言葉に俯き、小さく頷くように顔を動かした。龍十は扉のガラス越しに周囲を目だけで見やるが、知った顔はそこにはない。


「多摩か?」

「うん・・・彼氏できたのか聞いてきたよ」

「で、受け答えは出来たか?」

「うん。想定通りだったから」

「そうか」


そう、全ては龍十の想定通りだった。真遊と龍十が本当に付き合っているかを必ず確認してくる、そう睨んでのことだ。特に梨理香は必ず行動を起こすと踏んでいたこともあって、事前に打ち合わせは済ませておいたのだった。だが真遊にとっては辛いことでしかない。親友だった人物が敵対する人物の要請で自分に探りを入れるために話しかけてきたのだ。結局は親友だった真遊よりも梨理香を選んだことになる。


「全部終われば、今度は渋谷が痛い立場になるさ」


その言葉にゆっくりと顔を上げるものの、龍十は外を見たままだった。


「切り札があるからな」

「切り札?」

「あいつを破滅に追いやれる切り札が、な」


決して真遊の方を見なかったものの、ガラス越しに目が合った。本当にそんなものがあるのかと思う真遊はふと数日前に梨理香を牽制したあの言葉を思い出した。


「あの時口にした名前?」

「かもな」


それ以上何も言わず、龍十はガラス越しの視線を外した。教えてくれてもいいのにと思うが、まだお互いにお互いを完全に信用してはいないのだ。そもそもそれは切り札なのだから、そういう関係では明かされないのだろう。


「まぁ、そしたら、期待しておくから」

「ああ」


それ以降、電車内での会話はなかった。いや、その日はあまり会話もなく、昼食時にも黙り込むことが多かった。それでも一緒にいるだけで周囲への牽制にはなるだろう。


「明日、お昼からそっちに行くね?」

「来るのか?」

「まずいの?」

「全然」

「聞きたいこと、あるし」

「今言えばいい」

「言えない内容」

「わかった」


とても恋人同士のする会話でも口調でもない。偽装恋人なって初めてギクシャクした状態だったが、真遊は今朝の小鳥のことがあるせいか、そこまで気が回らない状態にあるのだった。



「で、付き合ってるって?」

「うん。自然な感じだったし、本当だと思う」


おどおどしているのは梨理香の雰囲気が刺々しいからか。小鳥は今朝の報告を昼食を取りつつ行っていた。昨日の昼休みに梨理香から噂の2人が本当に付き合っているかを調査するよう命じられた末の行動だった。それが今朝の駅での接触だ。


「そう。ま、いいわ・・・」


何か言いたそうだったものの納得したのか、梨理香は食べ終えた弁当箱をカバンの中にしまい始めた。


「でも、なんで台場なんだろ?」

「そこなんだよね」

「噂通りなら金持ち狙うとかしそうなのに」


取り巻きがそう話をするが、小鳥はどこか上の空だ。真遊に対する罪悪感がより一層大きくなった気がしているせいだろう。


「どうでもいいわ・・・それに、どっちみち長く続くとは思えない。噂通りなら、あの女は援交中毒だし」


吐き捨てるようにそう言う梨理香に賛同する取り巻きとは違い、小鳥は無表情のままで弁当箱を持って自席に戻った。ゆっくりした動きでカバンの中に弁当箱をしまいながら、何故自分はこうまで意気地が無いのかと情けなく感じていた。真遊は頑張っている。噂を否定し続け、そして優しい彼氏まで出来たというのに。そう、小鳥もまた龍十との恋人関係は偽装なのではないかと疑っていた。だが、真遊が口にした龍十が優しいと言った言葉、そこに込められた感情は偽物なんかではなかった。自分も無視されたくない、その一心から友達を裏切った。だからか、この半年間、一度も学校生活が楽しいとは思えていなかった。


「サイテーだ」


誰に言うでもなくそう呟いた小鳥は無表情のまま梨理香たちのいる方へと歩き出すのだった。



教えられた住所は携帯で検索済みであり、目印となるコンビニや大きな駐車場もすぐにわかった。小さな2階建てのハイツ、そこが龍十の家だった。白い壁は汚れているようでグレーに近い状態だ。ミシミシ鳴るやわそうな階段を上がり、これまた崩れ落ちそうな感じの廊下を行けば、一番奥に龍十の部屋がある。真遊はそのドアの前に立って大きく息を吸い込んだ。こうして男性のいる部屋に入ることなど久しぶりのことであり、当時は大好きだった元彼の部屋だったということもあって緊張は隠せない。しかも、その彼氏の部屋でしたことといえば性行為しかなかったのだから。そんな想いを抱きつつインターホンを押した。龍十を信頼しなくては現状の打破はできない、そういう気持ちが押させたのだろうか。身の危険も確かに感じるものの、今は龍十がゲイだという言葉を信じる以外にないのだから。緊張を隠せずにいる真遊の目の前のドアが開く。そこから顔を出したのはいつもと変わらぬ様子の龍十だった。部屋着なのか、Tシャツに短パンといったラフな格好である。


「本当に来るとは思わなかった」

「行くってメールもしたでしょ?」

「引き返すと思った」

「・・・・行くと言ったら行きますっ!」


べーっとしつつそう言う真遊に苦笑し、龍十は真遊を中に招き入れた。玄関も整理され、2DKの部屋も綺麗に掃除されている。物自体が少ないせいだろうか、意外と広く見えた。


「そこでよければ座ってろ」


龍十が指を差したのはリビングとして使用している洋間だった。小さなテーブルに座布団が置いてあり、他には本棚2つとノートパソコンが置いている簡素な机以外はこれといって何も無い。チラッと見た隣の和室にはタンスと衣装ケースがあるぐらいで、とても男の1人暮らしの部屋には見ない清潔ぶりだ。


「あ、ケーキ買ってきたんだ」

「・・・気を使うことはないのに」


クーラーの温度設定を調整しつつそう言った龍十がキッチンへと移動した。


「綺麗にしてるんだね」

「別に、普通だろ」


そう言いながら飲み物を用意していく。手際がいいようで、アイスコーヒーとアイスティーを持って真遊の真向かいに腰掛けた。


「暑い寒いは自己申告だ」

「ちょうどいいよ」


その言葉に反応せず、アイスティーとシロップ、ミルクを真遊に差し出した。お礼を言い、シロップだけをかけてかき混ぜる。龍十もまたアイスコーヒーにシロップを入れていた。


「台場君って、中学は大塚だよね?」

「ああ」


龍十の噂は入学当時からなので、どこの中学出身かは知れ渡っている。


「だったら実家はすぐ近所でしょ?そこからでも充分通えるのに、なんで1人暮らし?」


以前にも訊ねた質問だったが答えをはぐらかされたこともあって、疑問に思ったことをすぐに口走ったのは緊張が解けたせいか。さっきまでの緊張が何故かなくなっていることに気づかない真遊だったが、龍十はまず一口コーヒーを飲んでから今の質問の答えを口にした。


「母親と仲が悪くてな・・・俺の、噂の事件からしばらくはいろいろ気を使ってくれてたが、やっぱ世間体を気にした。近所からの陰口も多いし、良くない噂も立つ。だからか、精神を病んでしまったんだ。親父がお袋を隔離するより、俺を隔離する方を選んでこうなってる。家賃も全部親父が払ってるけど、バイトして負担は減らしてる」


真遊との信頼関係を築くためか、龍十は正直にそう話した。結局、私生活でも学校でも噂によって悪い目にあっている龍十に比べ、自分はまだましだと思う。学校での自分を、何も知らないとはいえ両親は優しいからだ。


「でも・・・どうして人を?」


思わずそう聞いたが、ズケズケと入りすぎたと後悔する。


「あ、いい・・・・ゴメンなさい」


すぐに謝った真遊を見つつ、龍十の口元に苦笑が浮かんだ。


「お互いの信頼度が完全に一致したら、その時は話す」

「あ、うん、そうだね」


どうやら今の言葉からして龍十もまだ完全に自分を信じてはいないとわかった。真遊もそれは同じだけに文句は無いし寂しくも感じない。逆に今日、その信頼関係をより前に進めるために来たのだと再確認できる。


「じゃぁ、本題に入るね?」

「ああ」

「なんで私を助けようとしたの?」


根本的理由を聞いていなかった。ただ現状の打破を狙って提案に乗ったものの、その意図はわかっていない。龍十が自分を好いているとも思えず、また自分のせいで迷惑を被っているわけでもない。なのに何故救いの手を差し伸べてきたのだろうか。ずっと気になっていた疑問をぶつけることで完全なる信頼へ向けての第一歩を踏み出そう、それが真遊の意図であった。


「根も葉もない噂でバカみたいに騒ぎ、挙句に無視をするような空間にいたくなかっただけだ。それに言ったはずだ。何もしないで相手を精神的に追いつめようとしている何者かの意図を感じるってな」

「そういうのが許せない?」

「虫唾が走る」


心底嫌っている、そうわかる口調だった。そこで真遊はふと思い出した。自分を見てウゼェと言ったあの時の龍十を。あれは自分にではなく、教室にいた自分以外の者に向けての言葉ではなかったのかと。


「根拠のない噂で人1人をいたぶるような連中とはつるみたくもないしつるむ気も無い。ま、何もないならないで、それはそれでいい。他人とは係わり合いたくないしな」

「なのに、私を?」

「噂を否定せず、うじうじしてるだけなら動く気はなかったさ。ただ、お前は全力で否定し、渋谷たちにもなんとか理解してもらおうと動いていた・・・当初はな」


噂が広まり始めた頃、確かにそういう動きは見せた。誤解を解こうと奮闘したが、それも無駄に終わっている。なにより入学当初から自分を敵視している梨理香にとってこれほど好都合な噂はなかったのだから。元アイドルとはいえ自分よりも人気があった真遊を妬んでいた梨理香はここぞとばかりに噂を大きくした張本人でもある。


「でも、そうなると犯人の意図はなんなんだろう・・・?」

「さぁな、それは捕まえてみりゃわかるだろうさ」

「出来るかな?」

「そのための同盟だろ?」


かなり自信がありそうな発言だが、第二の疑問がそこだった。何故噂を流した犯人というべき存在を認めているのか、そしてそれが学校に潜んでいるという根拠はどこにあるのだろう。


「でもさ、犯人ってホントにいるのかな?しかも生徒か先生なんでしょ?」

「勘だがね。けど、噂が流れて短期間で広がっている。裏で何かをしないと不可能なほどの速度でな。しかも、お前が学校で孤立するようにけしかけた節がある。これは耳に挟んだ程度のことだが・・・」


そう前置きし、龍十は口を開いた。噂が流れてきた頃、梨理香とその取り巻きがしていた会話を偶然聞いたものだ。誰かが梨理香に対し、噂で真遊を追いつめるよう進言した者がいるらしい。匿名の電話だったそうだが、梨理香にすれば目の上のたんこぶである真遊を陥れるチャンスなのだ。これに乗っかり、噂の信憑性をでっちあげての無視が始まったのだという。


「匿名の電話?」

「そういう匿名の電話だったと俺が聞いたのはお前と手を組む数日前だ。当初はタレコミがあったって聞いただけだったしな。だからそこに意図的な悪意を感じるんだ。それもあって、お前に手を貸すことにした」

「でも誰だろ?私に恨みを持つ人、とか?」

「あるいは好意を持っている者か」


その言葉にストローに伸ばしかけた手が止まる。好意を持つ者がそういったいかがわしい噂を流すものだろうか。そう言えば龍十は当初からそういった犯人の意思を口にしていた。これもまたどこからか仕入れた情報でもあるのかと勘ぐってしまう。


「好意って・・・私は何度か無理矢理されそうになったんだよ?普通は好意を抱いている人がそういうこともあるような噂を流す?」

「言ったろ?普通でない性癖の変態かもしれないってな」

「でもなぁ・・・」

「お前を精神的、肉体的にも疲弊させ、その状態で手に入れる。その方が懐柔しやすいってこともある」

「そうかもしれないけど、そこまでされたら普通は警戒するよね?」

「現にお前は俺と手を組んだ。しかもある程度俺を信じてのこのこと家まで来ている」


その言葉に思わず身構える。もしかして、噂を流した張本人が龍十だったのではと思ったからだ。だが龍十は優雅にコーヒーを飲み、真遊が買ってきたケーキにぱくついた。自分を手に入れようとしている変態には見えないのが事実だ。心が弱っていたのもあるが、それでもまだ自分は人を見る目があったと信じたい。


「弱ってたお前に救いの手を差し伸べれば、ある程度こういう仲にまで発展できるという実例だ」

「かも、ね」

「安心しろ、俺は犯人じゃない。証明する手はないが、犯人を捕まえてそれを実証する」

「ゲイだし?」

「それが嘘だと思わないのか?」

「・・・・・・・・なるほど」

「納得するな、警戒しろ。俺以外の誰かの視線、息遣い、それらを常に感じるんだ」

「そんなの・・・無理だし」


不貞腐れたように頬を膨らませ、アイスティーを口にした。それを見た龍十が苦笑しながらケーキを平らげる。


「とにかく、こうして恋人の振りをし、俺を頼るんだ。そうすりゃ、痺れを切らせて敵も動く、渋谷のように」


そう言われた真遊は悲しげな顔をして昨日のことを思い出した。久しぶりに会話した小鳥のことを。自分と龍十との関係を聞き、それでいてすぐに去っていった。探りを入れに来たと言わんばかりの態度だが、龍十の予言がなければ少しは小鳥に気を許したかもしれないし、昔のような関係に戻れるかもと期待もしただろう。


「誰もがみんな俺たちの関係に疑心暗鬼になっているだろうからな。ああして動くうちは犯人じゃない」

「じゃぁ、いつ?」

「今頃計算が狂って焦っているだろう。ここまで策を弄するヤツだ・・・なら、動くのはもう少し先だろうし、まだ自分では動かないはずだ」

「じゃ、誰が動くの?」

「さぁ、な。金を積んででもお前と関係したい誰かか、あるいは・・・」

「あるいは?」

「女子生徒を使うか」

「女子?」

「あくまで予想だ。断定できたら連絡する」


そう言い、龍十はコーヒーをすべて飲んだ。真遊もケーキを突きつつ、いろいろ考えを巡らすが何も浮かんでこなかった。今はただ相手が動くのを待つだけだ。そんな真遊をじっと見つめていた龍十が静かに口を開く。


「本音を語れる友達もいないのか?」

「え?」


不意にそう言われた真遊の顔が上がる。じっと自分を見つめているその瞳に吸い込まれそうになるのを堪えつつ、動揺したせいでフォークを落としてしまった。


「いない」

「中学の時の友達もか?」


首を振る。それが肯定か否定かもわからない。ただ青ざめたその顔からして相談できる友達はいないのだろう、それだけは理解できた。


「みんな、離れていった・・・中学時代の友達も、みんな・・・」


その言葉を聞いた龍十は黙り込んでじっとテーブルの上を見つめた。同じ学校ならともかく、何故他校の友達まで彼女を無視するのか。これは犯人に関する大きな手掛かりになりそうだと思う。


「他校の友達も噂のことを?」

「援交してるところを見たとか、実際にそういう関係になったとか・・・いろいろ」

「だからって、それを鵜呑みに?」

「わかんないよっ!」


悲壮な叫びに龍十は考えを巡らせた。そうまで多方面に影響を促せる存在、あるいは、そういったネットワークを駆使できる人間の仕業か。学校では梨理香を炊きつければ女子に関しては絶対的な影響を及ぼせる。そういう感じで他校の真遊の友達関係の頂点に立つ人間を炊きつければ可能ということにもなろう。ならば、真遊の友好関係を知り、それを利用できるほどの情報能力を持った人物が犯人だ。しかもそこには歪んだ愛情が見えている。もしこれが女性ならば、もっとやりようがあったはずだ。こうまで回りくどく動く必要があったのは彼女を精神的に疲弊させることが目的だと断言できる。ならば、この偽装恋人関係を続けることが犯人に対する最高の対抗策である。思わずニヤリと微笑む龍十を見つめる涙目の真遊に対し、龍十は珍しく優しい笑みを浮かべて見せた。


「2、3ヶ月で尻尾を出しそうだ」

「え?」

「だから、俺との関係もそのぐらいで終わる・・・そうなれば、本当の友達は戻ってくるだろうさ」

「本当の友達?」

「本音を言える友達は必要だ。けど、それを仕分けるのはお前の仕事だけどな」


不意に浮かんだ小鳥の顔。彼女と元の関係に戻れるのだろうか。


「必ず俺が解決してやる。だから、お前も頑張れ」


その言葉に温かいものが心を埋めていく。半年で枯れ果てた、崩れていた心が修復されていく、そんな感じがしていた。


「うん」


微笑む笑顔が可愛いと思うが、それを口にも表情に出さない。龍十の心の中にあるのはただ彼女を救いたい、それだけだった。



「台場君ってさ、なんのバイトしてるの?」


テーブルの上には空になったコップとケーキが乗っていたお皿が置いてあるだけだ。今後のことを少し話したぐらいで、後は沈黙が多くなっていた。それは龍十が何かを考え込む時間が多くなったことが原因だが、真遊はそういう龍十を見るのがどこか好きになっていた。まっすぐにテーブルの一角を見据えるその目が。だがそういう時間も突然終わる。龍十の考えがまとまれば、どういう考えかを聞きたくなるのが普通だろう。だが真遊はそれをしなかった。確信のあることしか口にしない龍十を知っていたからだ。たった一週間とはいえ、偽装とはいえ彼氏なのだ、少しは理解ができている。その熟考時間が終わったのを見計らってその質問であった。


「バイトは、レンタルDVDの店。駅前にあったろ?」

「うん。週何回?」

「3回。火曜、水曜、金曜」

「何時から?」

「6時から10時まで」

「そうなんだ」


こういう質問に素直に答える龍十を可愛いと思ってしまう。


「今度バイト中の台場君を見に行こうっと」


嬉々としてそう言う真遊にうんざりした顔をしてみせる。こういう顔をするのが珍しいせいか、真遊は新鮮な気持ちになっていた。


「来るなよ」

「なんで?私、彼女だしさ」

「家から遠いだろ?」

「2駅じゃん。それに定期あるし」

「理由が無い」

「彼氏の働く姿は見たいしね」


いつもと形勢が逆転している。困った顔をする龍十が新鮮すぎてどんどん口から言葉が溢れていった。


「それとも、本命がいるから来て欲しくないとか?」

「そうじゃない」

「イケメンがいるとか?」

「いない」

「ゲイの好きな男性を知りたいし」

「・・・・・余計なお世話だ」


その言葉にクスクスと笑う真遊。いい雰囲気だと思うし、なにより心が近づいた、そう思えた瞬間だった。

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