偽装の努力
鈍い音が鳴り響き、扉が開いていった。時間にして閉じ込められていたのは10分程度だったものの、真遊にとってはそれ以上に感じられるものだった。
「大丈夫かぁ?」
そう言いながら入ってきたのは九段下であり、真遊の顔を見るなり下卑た笑みを浮かべるものの龍十の顔を見てサッとそれを引き締める。
「閉じ込められたって聞いたが、お前らか・・・どうせこの中でよろしくヤってたんだろう?」
引き締めた顔を再度緩めてニヤニヤしながら真遊に近づいてくる。怯えたようにする真遊をかばうようにして前に立った龍十の前で九段下は歩みを止めて睨むように2人を見据えた。
「今の言葉は教師のものとは思えません、撤回願います」
「撤回?現に密室で2人きりだろう?噂の2人が揃って・・・なら、そう思われても仕方がないなぁ」
「閉じ込められてすぐに応援を要請したんですけどね。よろしくするなら、そうしてからゆっくりと応援を要請しますよ。運び始めた時間は数学の吉祥寺先生が知っています。授業が終わってすぐでしたからね。今の時間を逆算しても、そういう時間はないですよ」
「お前が早漏だったら、どうだ?」
「あ?」
ここで空気が一変した。九段下を連れて来た1年生の女子生徒も凍るほどの殺気が龍十から出ている。九段下も大きく唾を飲み込み、龍十の気迫に押されている。
「行こう」
龍十にそう声をかけられ、真遊は龍十に手を引かれて教室を出て行く。そんな2人を忌々しく見ていた九段下を振り返った龍十は冷たい視線を浴びせた。
「教師が噂に振り回されたら、終わりですよ」
「舞浜のはともかく、お前のは真実だろうが?」
「なら、舞浜のは撤回しろ」
教師に言うべき言葉ではないものの、その怒気は年上の九段下すら怯えさせるほどの強さを持っていた。
「ああ、それは撤回しよう」
思わずそう言い、心の中で舌打ちをした。自分が生徒に怯えている、それを肯定したくなかったからだ。だからか、なるだけ平静を装う九段下だったが、次の言葉で絶句してしまう。
「ならいいです。自分の彼女をバカにされたままじゃ、ムカつくんで」
龍十は軽く頭を下げてその場を去り、真遊がそれに続いた。1年生の女子は呆然としつつもそそくさとその場を離れ、九段下は意識を失ったかのようにその場に立ち尽くすしかなかった。
「彼女?あいつらが・・・付き合っている?」
*
教室にはまだまばらに人がいたものの、戻ってきた2人に興味を示す者はいなかった。梨理香たちもおらず、どこかホッとした顔をする真遊が帰り支度を整えるのを待つ龍十はぼんやりと外の景色を眺めていた。そこから見える校庭では部活の準備が進められている。
「あ、えと・・・お待たせ」
「ああ」
真遊の声に反応した龍十が先に教室を出て、そのすぐ後に真遊が続いた。会話もないまま階段を下りて靴を履き替えた2人が並んで歩く。無表情な龍十に比べて、真遊はどこかそわそわした感じだ。そのまま駅へと向かう道を歩いていく。周囲に下校中の生徒が多いものの、2人に注目する者は少なかった。
「あのさ・・・」
声をかけたがいいが、龍十は前を向いたままだった。気まずいと思う真遊は龍十の提案に乗ったことを少し後悔し始めていた。
*
「俺と恋人同士になることだ」
突然の言葉に唖然としてしまった。毒を持って毒を制すが何故こうなるのか、噂を流した犯人を追いつめるのに恋人同士になってどうすると思う。結局はこいつも他の男子と同じだとしか思えない真遊が数歩下がるのを見た龍十は小さなため息をついた。
「恋人といっても偽装だ」
「ぎそう?」
「要するに恋人の振りをする。お前の相手は学校中から敬遠されている俺だ、解決した後でどうとでもなる。それに俺とお前が付き合うなんてことは犯人にとっては完全に想定外だろうしな」
「でも・・・」
「お前を孤立させ、男性不信にさせたいと前提するなら、これほど相手にとって誤算は無い」
「まぁ、確かに」
自分でもこうして驚いているのだ、周囲にとってはかなりの衝撃だろう。他人との接触を一切断っている龍十と恋人同士になる。それは噂を牽制できる要素といえよう。
「学校では俺とだけ話し、一緒に帰る。それだけで効果はあるはず」
「んー、それだけでいいのかな?」
「何故だ?」
「休日とか、デートとか・・・・いいのかな?」
「そこまでする必要は無い。相手がお前を監視しているなら、疑心暗鬼に駆られれば偽装の期間は短くなる」
「どうして?」
ここでため息をついた龍十にムッとしつつ、真遊は説明を受けた。学校では仲がいい2人が休日は会っていない。つまり犯人にすれば罠かもしれないと何かしらの動きを見せるはず、龍十はそう言った。確かにそうだと思う。付き合っていると見せかけている、そう思うのなら確実に動きを見せるだろう。どういう理由でそうしているかが気になるからだ。
「時々、俺の家に来て2時間ほど過ごせばいいさ」
「・・・・でも、それって・・・」
噂云々ではなく、偽装とはいえ付き合っている2人が一緒に一つ屋根の下で過ごすとなればいろいろあって然りだと思う。
「心配するな。俺はそういうの、興味ない」
「え?もしかして・・・台場君って・・・・・その」
「ゲイだ」
「・・・・・・それはそれで、なんかイヤ」
「我侭なんだよ」
ここで真遊は初めて龍十が笑うところを見た。苦笑だったが、緊張が解けた気がする。
「とにかく、詳しい話は今晩電話で話す。学校でいろいろ話して誰かに聞かれちゃやっかいだ」
「わかった」
その後2人は携帯の番号とメールアドレスを交換しあった。まだ完全に龍十を信じたわけではないが、それでも現状を打破できるのであれば提案に乗るしかない。
「心配するな、半年も掛からずに全部終わるさ」
どこか自信に満ちた言葉に真遊が表情を曇らせる。全てが勘だと言っていたはずなのに、その自信はどこから来るのか。
「なんだよ?」
表情に出ていた真遊にそう言う龍十だが、真遊は苦笑し、それから右手を差し出した。
「とにかく、よろしく、彼氏さん」
「ああ、よろしく、彼女」
ガッチリ握手をした瞬間、扉がガタガタいう音にそちらを見るのだった。
*
結局会話もないまま駅まで歩き、同じ電車に乗る。そこでも会話はなく、気まずい時間を過ごすことになった真遊はこれでいいのかと何度も自問自答していた。かといって打開策はなく、今は龍十を信じるしかなかった。そうして2駅手前で龍十が降りて行き、真遊もまた帰宅した。そうして夕食を終えて入浴後、龍十からメールがやって来た。すぐに折り返して電話が掛かってきて、いよいよ今後のことに関しての戦略を練る形となった。
「で、明日からどうすればいいの?」
『普段通りでいい。ただし、席が隣なんだ、世間話でもしてりゃいい』
「それが自信ないんだけど」
『何故?』
「君と会話ができそうにない」
『努力しよう。だからそっちも努力しろ』
「わかった」
偽装とはいえ恋人同士の会話に努力がいるというのもどうかと思う。こんなことで本当に犯人を欺けるのかと心配になってしまった。
「お昼休みはどうするの?」
『・・・・お前は弁当か?』
「うん」
『俺はパンだから買う必要がある・・・どこかで待ち合わせて一緒に食おう』
「わかった。じゃぁ、中庭かな」
『人目につく分、いいかもしれないな』
アピールするにはもってこいだと思うが、会話もないまま黙々と食べている自分たちしか想像できず、不安がより大きくなった。偽装がバレれば犯人の思う壺であり、また孤立の日々なのだ。そこで真遊はふと考えた。今、自分は何を思ったのか。信用仕切れていないとはいえ、龍十という味方が出来たことを喜んでいる。
『どうした?』
思わず黙り込んだせいか、電話の向こうの龍十が少し心配そうに声をかける。
「あ、だ、大丈夫・・・・・と、ところでさ、お互いになんて呼び合えばいい?」
思わず動揺して変なことを口走ってしまった自分が恥ずかしい。呼び方などどうでもいいのにと思う。
『名字でいいんじゃないのか?』
あまりに龍十らしい言葉にガックリとうなだれる真遊だが、自分もどうでもいいと思っていたことは内緒だ。
「さすがにそれじゃおかしいでしょ?」
『じゃぁ、好きに呼べばいい』
「台場君って名前は龍十・・・だったよね?」
『ああ』
「じゃぁ~・・・・龍くん、とか」
『それでいい』
「龍ちゃんとか?」
『いいぞ』
「ダーリンとか?」
『ああ』
「ゲイくんとか?」
『・・・・・・・・・・・それはイヤだ』
龍十の反応の素っ気無さに嫌味っぽくそう言ったものの、予想通りの反応に真遊は笑った。こうして電話とはいえ会話をしながら笑ったことなどいつ以来だろうか。電話の向こうの龍十が疲れた様子を見せる中、一通り笑った真遊は目に溜まった涙を指でぬぐった。
「じゃぁ龍ちゃんにするね」
『・・・わかった』
あえてそれを選んだとはいえ、何でもいいと言いながらどこか不服そうな龍十に対して笑みがこぼれる。
「私のことは真遊でいいよ」
『お前、マユって名前だったのか?』
「・・・・彼氏失格だよね、それ」
『そうか?』
「そうだよ」
クスクスと笑う真遊につられてか、龍十もかすかに微笑んだのが分かる。それがどこか嬉しく思う真遊だが、それには気づいていない。
「じゃぁ、呼び方はそれでいいよね。でも、休日の件はいろいろ考えないと」
『会う必要はないと思うが?』
「でもさすがにずっと会わないのは、ねぇ」
『そしたら俺は1人暮らしだ、ウチにくればいい』
「あー、うん・・・・そうだね」
『言ったろ?俺は女に興味ない』
「うん・・・」
それが嘘だろうが本当だろうが、真遊的に問題はなかった。本当であれば気持ち悪いが身の安全は保障できる。嘘だった場合は、それが龍十の優しさだと思えばいいのだ。
『なんだよ?』
「1人暮らしなんだねって思って」
『人殺しだからな、俺は』
その言葉に黙るしかない。そして真遊は決意を固めた。偽装恋人であっても相手のことは理解していたいと思う。同盟を組むのだ、信頼関係はあっていいはずなのだから。何故人を殺したのか、何故1人でいることにこだわっているのか、何故今回の提案をしてきたのかを知りたい。そういうことが出来て初めて相手を信用できるのだから。
「今週末、台場くんの家に行くから」
『いきなりかよ』
「信憑性の問題だよ」
『わかった』
その後は明日以降のことを話し合って電話は終わる。結構な長電話をしてしまったが、浮き足立っている自分がどこか可笑しい。友達を失ったせいか、こういう電話も楽しいと思えていた。龍十の意図が本当に自分を助けるためかどうかはまだわからない。噂を流した犯人が学校内部の人間だと断定していいのかもわからない。まず、龍十を信用していいかもわからない。けれど、前に進める気はしていた。偽装恋愛が上手くいくかどうかはわからないが、今はそうするしかないのだから。
「このまま高校生活が終わるのを待つのは、悔しいもんね」
自分にそう言い聞かせ、真遊はベッドに転がった。昨日までのモヤモヤもなく、どこか明日が楽しみだ。これこそ前進だったが、それには気がつかない真遊であった。
*
九神志高校に至るルートで最も多い交通手段は電車である。沿線沿いに住宅地やマンションが多いこともあり、また高校の最寄り駅には大きなショッピングモールもあってのことだ。勿論バスもあるが、それを利用している者は少なく、そういった場所に住んでいる者たちはより近くて新しい学校である袋池高校に通うことが多かった。真遊と龍十もまた電車通学となっている。だからか、同じ電車に乗るとそう決めていたこともあって、真遊は取り決めた車両に乗った。2駅後が自宅である龍十の方が後から乗り、帰りは先に下りる。たった2駅とはいえ1人だけの時間が持てることは真遊にとっても気が楽なのだった。そうしていると龍十が乗ってくる駅に到着した。2駅は意外と早い、そう思う。扉の前に立っていた真遊に気づき、ドアが開くと同時に龍十が乗ってきた。
「おはよう」
「ああ」
いつもの学校での挨拶が電車の中になっただけだ。これで恋人同士といえるのか疑問に思うものの、ここではそれを口にできない。いろいろ教育が必要だと思うものの、偽装だけにそれを口にしていいか迷ってしまった。
「何考えてる?」
見透かしたようにそう言う龍十に愛想笑いを返す真遊。鼻でため息をつく龍十がふと周囲を見れば、同じ学年の女子生徒がこちらを見つつヒソヒソと話をしている様子が見えた。
「効果が出るのも、意外と早いかもな」
ヒソヒソ話をする女子に背を向けてそう呟く龍十の言葉に真遊もまた頷く。噂の2人がこうしているだけでも目立つのだろう。そのまま駅に到着し、並んで歩く。それだけで周囲の話題となり、学校に着いてもそれは変わらない。だから、真遊はより一層その話題を大きくする行動に出た。
「龍ちゃん、お昼、一緒に買いに行こうか?」
自然な風にそう言うが、どこかぎこちなかったかもしれないと思う。しかし、周囲にしてみれば龍十を龍ちゃんと呼んだ真遊に驚き、それどころではないようだ。
「先に中庭に行ってればいい。すぐに追いかける」
その言葉を聞いて空気がさらに変わる。遠巻きながら自分たちを見ている連中の顔には明らかな動揺が見て取れていた。出だしは上々、そう思える。そうして午前の休み時間も2人だけで他愛ない話をする。それだけで周囲はざわつき、無性にそれが可笑しい真遊は笑いを堪えるのに必死だった。おそらく、寡黙でクールな世捨て人のような龍十のせいだろうと思う。これが他の男子であれば噂によって出来たいかがわしい恋人同士に見られていたのだろう。そう考えると龍十という彼氏はいろいろと影響を及ぼすと考えられた。周囲でこうならば、犯人にとっては大きな想定外に他ならないはずだ。
「へぇ・・・噂を持つ者同士がくっついたんだ?」
背後から聞こえる嫌味な声は振り返らずとも分かる。梨理香だ。
「あ、うん・・・付き合うことになったんだ」
「まぁ、あんたの色仕掛けに引っ掛かったんでしょうけどね」
薄ら笑いを浮かべて目を細める梨理香だったが、自分に向かって突き刺さる冷たく鋭い視線を受けてその笑みをかき消した。
「俺が告白した、文句あるのか?」
有無を言わせぬ迫力がそこにある。頬の傷のせいか、それとも人を殺したという負のオーラのせいか。
「文句ないし・・・まぁ、変な病気持ってるかもしんないから、気をつけて。検査はまめにね」
「頭にウジが湧いてるお前よりかはましだよ」
その言葉に教室が凍りついた。
「何?何て言ったの?」
殺気に満ちた目を龍十に向ける梨理香。それを受け止める龍十。真遊は何も言えず、小鳥たち梨理香の取り巻きもそこに入れずにただ突っ立っていることしか出来ないでいた。
「耳まで悪いのか?性格だけにしとけ」
「はぁ?こんなイカれたビッチの彼氏のくせに!」
「それはお前だろ?」
「はぁっ!?」
「上野正樹」
誰の名前か知らないが、龍十がぼそりとその名を口にする。その名前は真遊と梨理香にしか聞こえず、離れた場所にいる小鳥たちには聞こえていないようだ。
「・・・・・な、なに?」
明らかな動揺が梨理香から出ている。
「上野正樹によろしくな。あと、五反田洋にも」
「・・・・・・・・・・い、意味わかんないし」
「恋愛禁止上等、だな」
そう言う龍十の目が笑わず、口元だけが笑う。梨理香は動揺がありありながらも龍十を睨みつけ、何も言わずに足早にそこから離れた。明らかに顔色がよくない梨理香を心配する取り巻きに愛想を振りまけるのはさすが現役アイドルだと思う龍十はいつもの通りに窓の外に顔を向けた。
「何だったの、今の名前って?」
「さぁな」
「自分の彼女に隠し事?」
その真遊の言葉に苦笑が漏れるが、表情は見えない。
「切り札だからな・・・まぁ、そのうちな」
そう言い、真遊に顔を向けた龍十にしては珍しく雰囲気が柔らかい。渋々ながら納得し、真遊は席に着いた。その時、心配そうな顔をした小鳥と目が合う。だが小鳥はすぐに目を逸らし、自分の席に着いてしまった。いつかは小鳥ともまた友達に戻れる、今はそう信じている真遊はもう前に進むだけだと覚悟を決めるのだった。
*
風が通る中庭は木陰に行けば涼しい状態にあった。9月上旬はまだ真夏だったが、ここはまだ涼しいといえる。外であっても場所次第でこんなに変わるものだと思う真遊は母親の作ってくれた弁当をひざの上に広げていた。そうしていると龍十が袋をぶらさげてやって来るのが見えた。自然と手を振っている自分に気づき、付き合っているという自覚が芽生えてきた。元彼とはこうしたお昼を過ごしたことはない。向こうは向こう、こっちはこっちで分かれて食べていたからだ。そう考えれば、恋人同士らしい関係は最初の一ヶ月程度だったと思う。体の関係を持ってからはそればかりを求められ、それが嫌で逃げていたのを理由に浮気をされて終わりを迎えた苦い経験しか残らなかった。本当に大好きだったから全てを捧げたというのに、そう思い出した真遊の横に無言で座る龍十は袋からパンを取り出し、飲み物を脇に置いた。
「どうした?」
少々暗い雰囲気は出ていたと思うものの、それに気がついた龍十に少し驚く。なんでもないと首を横に振った真遊にそうかとだけ言うと黙々とパンを食べ始めた。
「注目されてるね」
あちこちから来る視線を浴びつつ、真遊もまた弁当を口にした。
「慣れろ」
ぶっきらぼうなしゃべり方にも慣れたが、どうにもこの命令口調がしっくり来ない。
「そういう時は『慣れてくれ』とか言うの」
「・・・努力しよう」
「努力が必要なんだ?」
「お前が初めての彼女だからな」
「ああ、そうだね」
嘘か本当かゲイだと言った言葉を思い出し、苦笑を漏らす。そんな真遊を横目で見つつも黙ったままパンを食べていった。そんな龍十の横顔を見れば、頬を走る傷跡が見えた。
「その傷・・・」
「気にするな」
有無を言わせぬ一言だった。触れられたくないのか、それとも本気の言葉か。
「努力するわ」
その返しに苦笑するしかない龍十に対し、真遊はクスクスと笑った。学校で笑うことをしなくなって久しい真遊の笑みが窓を通してとはいえ遠目からも見えている。自分がその原因の一旦となっているという自覚を持つ小鳥はため息をつき、そして梨理香に呼ばれてそっちに向かった。元々、噂など気にしていなかった。けれど、噂を利用して人気者の真遊を陥れるチャンスと睨んだらしい梨理香によって仲を引き裂かれていた。地元のアイドルという立場上、梨理香の校内での影響力はかなり大きい。真遊のように無視されたくないとの心で従ったが、ずっと後悔をしている状態にあった。親友だったのに裏切った。それがずっと小鳥の心に大きな影を落としている。笑わなくなった真遊、愛想笑いばかりが増える自分。自己嫌悪と打算の狭間でずっと揺らいできた小鳥にとって、真遊に笑顔が戻ったことは素直に嬉しく思っていた。
「クソ・・・・なんで台場なんかと」
爪を噛むときはヒステリーの前触れだと知っている梨理香の取り巻きにとって、ここは機嫌を直してもらうより他に無い。でないと自分たちもとばっちりを喰らうからだ。しかし何故、梨理香がこうまで龍十を恐れるのかが理解できない。確かに人を殺したという噂に加えてあの冷徹な態度とくれば女子のほとんどは警戒心と恐怖心を持っている。男子にしてもいつも刺々しい龍十を敬遠するのもわかるが、恐怖という意味では女子ほど持っていないだろう。梨理香はドカッと席につき、ずっと爪を噛んでいた。取り巻きも自分の席に戻る中、同じように移動していた小鳥だけが梨理香に呼び止められた。
「小鳥さぁ、あの女と親友だったよね?」
不意にそう言われて動揺するが、どうにか平静を装う。
「あー、うん・・・・あんな子だって知らなかったから」
嘘を言う度に心が痛むが、自分も無視されたくはないという気持ちと変な噂を立てられたくないという意識がそれをかき消していく。小鳥にすれば真遊が噂通りの人物だとは微塵も思っていない。噂も出鱈目だとわかっている。それでもその噂に乗っかって真遊を無視して苛める梨理香には逆らえないのだ。アイドルであるというカリスマ性がそうさせている、そう思っていた。
「あいつらマジで付き合ってるのか、調べてみてよ」
「私が?」
「あいつ孤立してっからさぁ、ひょいひょい寄って行ったら喜んでいろいろ話してくれるよ」
「でも・・・」
「心配ないって」
「・・・・・・・うん」
そう言うしかなく頷いた自分に満足そうな顔をする梨理香に背を向けた小鳥は窓際に寄って中庭にいる真遊の方へと視線を向けた。楽しそうにしている真遊を見て胸がますます痛む。親友だったのに、そう思うが後の祭りだ。自分は親友よりも保身を選んだのだから。
「真遊・・・」
呟きがそよ風に舞ったのか、ふと顔を上げた龍十と目が合う。そのため、あわてて自分の席に戻った小鳥はどうやって真遊に接近するかを考えるので必死だった。