理想の未来へ
「うーん・・・・・・・うーん・・・・・・」
不気味な唸り声が部屋に響いている。それ以外の音といえばノートの上を走るシャーペンの音ぐらいか。軽快にノートに書き込みをしていく龍十とは違い、真遊は頭を抱えるようして唸り声を上げているだけだった。
「もう一度さっきの式にそれを当てはめてみろって」
「うう・・・それがよくわかんないんだよ」
「しょーがねぇな」
もそもそと真遊の隣に移動し、龍十がわかりやすく説明をしていった。ふんふんと頷く真遊はすぐにそれを理解し、さっきの問題を解けばすんなりと回答にたどり着けた。毎度毎度上手な教え方に感心してしまうと同時に何故こんなにも学力の差が出来てしまうのかが疑問になった。常に成績優秀な龍十だが、さほど勉強しているようには思えない。なのにいつも成績は学年で3位以内をキープしているのだ。対する真遊は真ん中やや後ろよりという状況である。
「龍ちゃんさ、教え方上手いから教師になれば?」
「ヤだよ、人付き合い嫌いだし、生徒はすぐに裏切るからな」
「そんなこと言ったらどの職種でもそうじゃん」
「教師はない、それは断言する。それよりお前だよ・・・俺と同じ大学行くにはちょっとなぁ」
その言葉に膨れっ面になるものの、それは無理だと諦めてはいた。かといって就職する気にはなれずにとりあえず将来のことを考える時間が欲しいと進学を目指しているのだ。
「今のままじゃ3流大学しかないし、落ちたら専門学校とかしかない・・・就職はもう無理だし、俺は大学のレベルを落とさないぞ」
そう言ってジュースの入ったコップに手をかけようとした龍十に襲い掛かるようにした真遊によって背中から床に倒れこんだ。馬乗りになった真遊が小さく微笑んでいるのが見える。
「そん時は、龍ちゃんの奥さんになって面倒見てあげる」
「養えるようになるまでは無理だ」
「じゃぁ、子供作れば有無を言わさず・・・・」
そう言って芝居がかって涎を拭う仕草をしてみせた。
「真面目にしろ」
「はぁい」
ため息混じりの龍十とは違い、素直にそう言った真遊は元の位置に座ると難しい顔をしながら教科書を睨みつけるのだった。それを見た龍十が再度ため息をついて自分の席に戻った時だった。
「とりあえず、さっきの言葉はプロポーズ予告ってことでいいよね?」
「はぁ?」
「養えるようになったら、ちゃんとムードを出し、しっかり演出してプロポーズしてよね?」
その言葉に呆れつつ、笑顔の真遊に向かって苦笑を返すのだった。
棚の上に置かれた写真立てには2つの写真が飾られている。1つはついこの間撮ったデートの際の写真だ。微笑む真遊の背後から手を回した龍十が笑っているもの。そしてもう1つは、ずっと押入れの奥で眠っていた写真。アイドル時代の真遊が行なった握手会兼撮影会の際の写真だった。緊張した顔をした頬に傷のない龍十と、にっこり微笑んだアイドルの制服を着た真遊が寄り添っている写真。真遊によって無理矢理掘り起こされたその写真を強引に飾られていたものの、小鳥が来ようが父親が来ようがそれを隠すことはしていない。これは2人の出会いの写真なのだから。
今から数年後、その写真の横に並ぶ3つ目は白いウェディングドレスを身に纏った真遊と、緊張した表情を浮かべた右頬に傷のある龍十が寄り添いつつも幸せな2人の写真だろう。それを想像し、真遊は幸せな気持ちになるのだった。
噂が導いた縁。
片や偽りの噂に傷ついていた。
片や真実の噂を受け入れていた。
交わるはずのなかった2人の恋、それは偽りの恋人関係から始まった恋だった。