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恋カモ  作者: 夏みかん
第2章 カモフラージュからの恋
10/12

告白の行方

事情聴取を終え、知らせを聞いて急遽単身赴任先から戻った父親も合流した真遊は警察署を出た。真遊の現状を知らなかった母親は泣いていたが、龍十には感謝しているという言葉を聞いて真遊は微笑むだけだった。父親は少し憮然としていたが、そんな父親を見て苦笑していた母親が何かに気づいて真遊に合図を送れば、寒そうにしながら龍十が出てくるのが見えた。


「こんにちは。真遊を助けてくれてありがとう」


既にかなり面識のある母親にそう言われ、龍十は軽く頭を下げた。正直に言えば体にダメージは残っているためにまだ本来の調子は取り戻せていない。そんな龍十の前に父親が立つ。


「礼はきちんと言わせてもらいたい、ありがとう」

「いえ・・・一緒にいたから、だから当然ですし、そういう約束だったので」

「約束?」


訝しがる父親を見てあわてて真遊が駆け寄るものの、時既に遅しだった。


「自分たちがお付き合いしてるっていうのは犯人に対するカモフラージュ、偽装です。そう見せていただけです。実際は解決するための同志、みたいな関係でした」


全てが終わり、もうカップルを装う必要もなくなった。それは真遊にとって悲しく、そして受け入れなければならない事実でもあった。かといってそれをすんなりとは受け入れられない。真遊は純粋に、本気で龍十に恋をしているのだから。


「そうだったのか・・・しかし何故そんなことを?」


そこで龍十は簡単ながら説明をした。根拠のない噂によって騒ぐ周囲が煩わしかったことや、苦しんでいる真遊を見て同情的になってしまったことなどを。父親は全てを聞き、それから改めてお礼を言った。理由はどうあれ、娘を救うために尽力してくれたその行動は正当に評価できるからだ。その後、両親が気を利かせたことで2人きりになる。


「これで全て元通りになるだろう。学校側も動くしな」

「うん」

「渋谷の方も任せてくれ」

「切り札、使うんだ?」

「もう使ったよ」


そう言って優しく微笑む龍十に胸がキュンとなる。


「俺の役目はこれで終わりだ。あとはお前の仕事だから」

「うん。ちゃんと友達を見極める」

「そうしろ」


無表情にぶっきらぼうの言い方だが、そこに優しさを感じられた。真遊は目に涙をため、龍十に抱きついた。さすがに面食らう龍十が動揺をありありと見せる中、真遊は背中に回した手に力を込めた。


「ありがとう」

「ああ」


そうとしか言わず、抱きしめ返すこともしない。一線を引く龍十を龍十らしいと思う真遊はそっと龍十から離れた。そして小さく微笑む。


「じゃぁ、また来週ね」

「ああ」


そう言い、真遊は両親の方へと走った。もう噂によって傷つくこともなく、友達も戻ってくるだろう。これからは強くなりたい。言いたいことをちゃんと言い、しっかり行動して気持ちをぶつけたい。もう、弱い自分はいらないと決めた。だから、真遊はちゃんと自分の気持ちを龍十に伝える決意をした。この気持ちを、好きな感情をまっすぐに龍十にぶつける、そういう風に。



週が明けた。それも怒涛の週になるだろう。既に多くの生徒が目黒の逮捕を知り、真遊に対する噂の根源が彼にあったと驚いていた。そんな今日は朝から臨時の全校集会が行われるのだ。


「おはよっ!」

「おはよう」


こうして小鳥と駅で待ち合わせをするなどいつ以来だろうか。土日でいろいろ話をし、真相を知った小鳥は驚きながらも喜んでくれていた。そして真遊の恋心を知っているためか、協力するとも申し出てくれたのだ。それが償いになるとは思っていない。償いはこれから年月をかけてしていくつもりだ。真遊の信頼を完全に取り戻し、今度は自分が真遊の支えとなるために。


「で、台場君とは話したの?」

「土曜日に少ししただけで、してない。実家に行ってたみたいだし・・・いろいろあったんだと思う」


推測しかできないものの、昨日は電話に出ることもなかったしラインの返事も随分経ってから一度だけ返ってきた状態だったことからしてそう思ったのだ。やがて電車が来て、それに乗り込む。真遊を見た何人かの生徒たちがヒソヒソと話をするのが見えたが、それが以前とは違う内容になっていることは分かっている。


「で、偽装恋人君は乗ってくるのかな?」

「多分、ないよ」


達観したようにそう言うものの、小鳥にはそれが強がりだと分かっていた。偽装カップルは解消され、龍十がもう真遊と一緒に登校する理由もなくなった。だとすれば、また以前のように早い時間に登校しているのだと思う。そしてそれは的中していた。結局、真遊の予想通り龍十の姿は駅になく、登校した際にはもう席に座っていた。話しかけることも出来ず困った顔をするしかない真遊をなだめつつ、全校集会へと向かった小鳥は臆病になっている真遊をどう炊きつけるかを考えていた。自分の想いは伝えたい、でも怖い。振られることが、ではなく、友達関係すら失うことが怖いのだ。それほどまでに龍十に依存している真遊の心を知りつつ、難しい問題にしかめっ面をする小鳥。だがこればかりは真遊が頑張るしかないと思う。そんなことを考えていると全校集会が始まった。目黒のことが校長から告げられ、無視によるイジメや根拠のない噂による男子のふしだらな行動も咎められた。一方で公式に真遊に謝罪し、学校側もこの問題に真正面から取り組むことを宣言するのだった。そうして教室へと戻る。今日はほとんどの授業でテストの返却しか行われず、昼からは緊急の保護者会が実施されるとあって午前中で終わることになっていた。


「しかし、驚いたよな・・・」

「まぁ、でも俺は怪しいと思ってたけどさ」

「嘘つけ!お前舞浜との金稼ぐためにバイト探してたくせに」


わいわいと騒ぐ男子をさげすむ目を向けていた小鳥だが、遠巻きに自分たちを見ている梨理香の取り巻きを見て肩をすくめる。梨理香は今日は休みのようで姿は無い。龍十は職員室に呼ばれているようで姿はなかった。


「渋谷、やっぱ休んだな」


どこかで男子の声がする。そっちに顔を向けた真遊に対し、小鳥はニヤニヤした顔を出さないよう我慢するのが精一杯だった。


「そりゃ出て来れないだろ」

「あー、あれ?ありゃ最悪だよな」

「結局、舞浜にあれこれ嫌味言ってたのもあれのカモフラージュだろ?」


そう言って笑っている。意味が分からない顔をする真遊の手を引いた小鳥は怯えた顔をしてみせる梨理香の取り巻きたちの前に立った。


「私は真遊に謝って許してもらった。あんたたちはどうするの?梨理香はあんなだし、噂は全部出鱈目だったし、決めるのはみんなだよ?」


噂が立つまでは真遊と友達関係だった者もいたための行動だったが、真遊にとっては驚きだ。小鳥がこうまで積極的になったことが、だ。


「でも渋谷さん、いいの?」


何も知らないのか、真遊のその言葉に小鳥が今日一番の驚いた顔を見せた。


「あんた、台場君から聞いてないの?」


小声で耳元に寄せた口がそう動く。そう言われても何も聞いていないし、昨日は一通のラインしか返って来ていない。しかも実家でいろいろあって疲れたという内容だけだ。真遊が眉毛を寄せるのを見た小鳥はこれはいい機会だと腕組みをしつつ取り巻き連中を見やった。


「梨理香は二股浮気してた。恋愛禁止のアイドルが、1日にダブルヘッダーで男2人と逢引してたのを写真に撮られてネットに流れてる。その男たちもネットでいろいろ書き込んでてんやわんやなんだから!大手事務所の移籍話も流れるだろうし、ユニットもクビじゃないかって言われてる。しかも他にも男がいたとか噂されてるし、これから大変だと思うよ」


周囲に聞こえるようにそう言えば、男子のほうでもその話題で持ちきりになった。今や若者の主流はインターネットからの情報取得であり、特に同級生アイドルのスキャンダルには敏感に反応する。真遊の時とは違った明確な情報源があるため、真遊に関する噂のことは梨理香のそれによってすぐに上書きされるだろう。


「私は・・・・・・出来たら友達に戻りたい」


取り巻きの1人がおどおどしつつそう言い、真遊を見つめる。真遊にすれば本当の友達を見極めると約束したこともあって、とりあえず謝ってきた子とは元の関係を築こうと決めていた。勿論、その子がどういう子かちゃんと見極めるために。そうして何人かの女子生徒とは友達関係に戻り、心からの謝罪を受けた。お昼で授業も終わるとあって今日は早々と1日が終わる中、小鳥がそっと真遊に耳打ちをした。


「台場君を誘って帰りな。ちゃんと気持ちを伝えなきゃダメだよ?鉄は熱いうちに打て!時間を置くと、あいつの中の気持ちも完全に冷めちゃうから」

「か、彼の気持ちはずっと冷めたままだし」

「偽装恋人だったときの気持ちが残ってるうちにってこと!あと、梨理香に関するネタをタレこんだのも彼だだから。ネットで煽ったのは私だけど」

「ど、どういうこと?」


目黒の襲撃前、龍十は梨理香が所属している事務所に彼女が恋愛しているとタレこんだのだ。地元のネット新聞を載せている会社にもそれを連絡して写真を撮らせ、ネットにそのニュースが出たところで小鳥を使って大型掲示板にてネタを煽ったのだった。真遊がされたことをそのままし返した、ただそれだけで向こうには証拠があるために反論などできるはずもない。龍十の策士ぶりに唖然としつつ、帰り支度を始めた龍十を見て小鳥は真遊を急かした。あわてた真遊もすぐに支度を整え、早足で龍十の席に向かった。


「龍ちゃん、帰ろう!」


いつもと同じように、それでいていつもにはない大きめの声でそう言われ、龍十は小鳥が噴出すほど面食らった顔をしていた。


「あ、と・・・」

「何してんの?ほら!」

「あ、ああ」


周囲の目もあってここで拒否するのは得策ではないと判断した龍十が素直に従う中、真遊は目で小鳥にお礼を言い、小鳥も目でそれを受ける。それを見た龍十にじとっと睨まれた小鳥はグッと右手の親指を突き出して龍十を呆れさせた。仕方なくいつも通り2人で昇降口に行って靴を履き替える。下校する人たちが自分たちに注目するのにも慣れているせいか、先週までとは違った意味の視線すら無視して歩き出した。そうしていると不意にいつもとは違うコースに龍十が向かう。真遊もそれに従って歩けば、いつしかマンションの建ち並ぶ中庭のような公園の中に入っていた。そこは誰もおらず、それを確認してから龍十が真遊の方へと体を向けた。


「どういうつもりだ?」


帰りを誘ったことだろうと思うが、あえて真遊は意味がわからないといった風に首を傾げて見せた。


「なんで誘った?」

「なんでって、ずっとそうだったから」

「偽の恋人関係は解消した。もう一緒に帰る必要もない」

「でも正式に別れたってみんな知らないし、急にそうなったら不自然じゃん」

「素直に経緯を説明すればいい」

「んー、それもなんか考えもんだよ」

「ならお前が振った、俺が振られた、それでいい」

「振りたくないし」


そこで龍十は大きなため息をついたが、真遊の次の一言でそのため息は途中で止まる。


「だって、好きだから。最初は偽装だったけど、私は本気で好きになった」


まっすぐに照れずにそう言う真遊を見れば、その真剣さがはっきりと伝わってくる。


「偽装で終れるわけないじゃん。だってあんなに優しくされたし、一生懸命になってくれたし、助けてくれた」

「約束したからだ」

「でも、私は好きになった!」

「だから責任を取れと?けど付き合えない、それが俺の答えだ」

「その回答も予想通り。だから、龍ちゃんが折れるまで何度だって告白するから!明日も、明後日も、来週も、来月も、来年も、10年後も、20年後も、ずっと!」


自然と目に涙が溜まる。本心だからか、感情が高ぶってしまったのだろう。有明の時は告白された側だが、人生で初めて告白をし、人生で初めて本気の恋をしていると思えた。有明との思い出は悪いことの方が多い。そのせいか、今ではもう龍十と過ごした数ヶ月の方が思い出に残っていた。龍十は小さなため息をついて頭を掻く。自分は他人と馴れ合わずに生きていくと決めている。恋人などいらない、その決意に変化は無い。


「何度でも振る、それでもか?」


頷く真遊に再度ため息が出る。こうなることは予想できていた。だから小鳥の件でそれを回避しようとしたし、必要以上の馴れ合いは止めようとも思っていた。だが、非情になりきれなかったのと、やはり真遊のファンだったという心理が影響していた。その結果がこれだ。自分の情けなさを痛感しつつも、真遊の告白を受ける選択肢だけは選びたくなかった。


「俺はお前とは付き合わない。他の誰とも」

「じゃぁ、恩返しはさせて」


龍十の返事は予想通りだ。だからここからも計画通りにするのみ。昨日1日で考え抜いた計画だ。小鳥のせいでまさか翌日に実行する羽目になろうとは思いもしなかったが。


「恩返し?」

「そう。本当にお世話になったから・・・だから・・・」

「わかった。交際が恩返しでないなら、な」


釘を刺すその言葉も想定内だ。


「土日、どちらでもいいからデートしよ?」

「・・・・・・どこが恩返しだ?お前の自己満足だろう?」

「それで私が納得するなら、いいじゃん!」

「わけわからん」

「それに、もう辞めたとはいえ元大ファンだったアイドルとデート出来るんだよ?これって最高でしょ?」


その言葉に初めて大きく動揺する龍十が見られた。それは貴重であり、また真遊が見たかった龍十の姿だ。顔を赤くして苦い顔をする龍十は左手で口元を覆うようにしてその動揺を隠そうと努めた。


「神田のヤツめ・・・」

「美由紀さんに初めて会った時に聞いてたんだよね・・・私の切り札、どうよ?」


ドヤ顔する真遊すらまともに見られない龍十は悩みに悩んだ末デートを了承した。満足げに頷く真遊を睨むものの、もうそこに迫力はない。


「けど土日は実家に行くから無理だぞ。あ、あと、これは逃げてるんじゃない、本当のことだから」


念を押す龍十に苦笑が漏れるが、嘘だとは思っていない。


「そうなんだ?んー・・・・・・・・・あ、じゃ、月曜日は?」

「放課後か?」

「日曜日が祝日だもん、月曜日は振り替え休日!あ、クリスマスイブだ」

「お前、確信犯だろ!」

「土日って言ったのに用事あるって言ったのはそっちじゃん!たまたまイブだだけで気にしないで行こうよ。プレゼントもディナーもなし。ただ普通の休日デートするだけ。晩御飯はうどんでもハンバーガーでもいい」

「・・・・ま、いいけど、どうするんだ?映画とか?」


デートの経験などない龍十にとってどうしていいかさっぱりわからない。完全に主導権を真遊に握られていることすら忘れてひたすら動揺と戦い続けている。


「2時間も画面見ているだけならいっぱい話したいよ。んー・・・・学校近くのショッピングモールでいいよ」

「いいけどさ、それってデートなのか?」

「え?クリスマスイブだからもっとシャレたデートを期待してる?」


悪戯な笑みを浮かべる真遊から視線を逸らし、首を横に振るのが精一杯だ。


「なら決まり!時間は10時に駅にしよっか。またラインするよ。それと学校の行き帰りは今まで通りね」

「今週だけだからな!」

「行きは小鳥もいるけど、優しくしてあげて」

「断る!」


その言葉にも笑える真遊はそのまま龍十と腕を組んで駅へと向かう。抵抗する気力も失せたのか、龍十は周囲の視線を浴びつつも詰めの甘かった自分を呪うことしかできないのだった。

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