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あなたがどこにいても  作者: 林 雅
3/8

3話

 俺の歩く音とジリジリと電灯から鳴る音だけが長く、何物にも阻まれない廊下に響いていた。階段を降り、昇降口近くに来ると、この世界には他の人も存在するという事が実感できた。


「ファイトー!もう少し!」

「出来るよー!」


 甲高い女子バレーボール部の声、シューズがキュッと床と擦れる音、ボールが体育館の床に叩きつけられる音が微かにも聞こえる。

 

 相変わらず雨は降っており、傘を持っていない俺の制服に染み込んでいた。足元からは歩くたびに水が飛び散る音がした。太陽も月も俺の足元を照らしてはおらず、人工の光だけが歩くべき場所を示してる。

 朝よりも冷え込んでるな…。雨も降ってるし、風邪ひいちゃうかもなー。

 今朝に比べると風はあまり強くはなかったが、気温は太陽が沈みかけているせいなのか肌が凍るのではないかと思うほどまで低く感じる。

 

 自転車置き場には俺のを含めて自転車が数台残っていたが、ほとんどの自転車はその場からなくなっていた。

 ホラー映画なら絶対奥からなんか出てくるわ。ゆっくりと、点滅するライトに当たってってそんなことあるわけないか。

 そんな妄想とともに俺は自転車のカギを開け、助走をつけてサドルにまたがった。

 

 学校の前の大きな交差点までは短い距離だが街頭はない。それ故に自転車のライトがいつも以上に眩しく見える。周りの光景は何も見えず、本当に同じ道を通っているのかと疑いたくなるほど何も見えない。

 ただ俺は遠くから聞こえる車の走る音と、俺の行く手を邪魔してくる冷たい向かい風だけ絵を感じながら自転車を進めた。


 すると、俺は車の良く通る大通りに出る。そこからまっすぐ進めばいい。帰るのなんてそれだけの事で何の心配もない。


 家に着くといつも通り、家の駐車場には車はなく、親がまだ帰ってきていないことが分かる。また、結の家にも電気がついている様子はなかった。


「まさか、倒れてるとかないよな?」


 俺は自転車を降りると小走りで結の家のインターホンの前へと立っていた。

 何で緊張するんだよ…。確認するだけだ。


 ピーンポーン。……。

 俺はインターホンのボタンを押したが、誰も反応することはなかった。

 もう一回押してみるか?いや、大丈夫か。きっと、誰かと出かけているのだろう…。

 俺はそう自分に言い聞かせながら、ボタンを押そうとしている指をそっと下げた。


 その後、俺は家のドアを開け、ひんやりと冷え込んだ家の中へと入った。

 誰も「おかえり」なんて事言ってはくれなく、それ故に俺も「ただいま」とは言わなくなっていた。

 だけど、勘違いはしないで欲しい。俺は親には感謝しているし、仕事で遅くなるのもしょうがないと理解はしている。ただ、人間らしさ、人と接する時間が段々と薄れていることに俺は何か焦っているのかもしれない。

 

 俺は学校の荷物を二階にある自分の部屋へと置いてくると、血が止まっているのではないかと思うほど冷え切った体を温めるためにお風呂に湯を入れた。

 お湯が入るまでの十五分、俺は今日起こったことを頭の中で整理していた。

 結が学校に来ていなかったこと。

 結は一昨日の月曜日にに誰かと何かがあり、昨日も休んでいたという事。

 俺は月曜日と火曜日の記憶がなく、月曜日だと思っていた今日は水曜日だった事。

 四時間の昼寝に対して誰も何も言わなかったこと。

 そして、中学三年生の徹と俺を見たこと…。


 今日起きたことを整理してみると、今日という日がいかに異常だったかが分かる。普通、こんなことは普通の人間には起きはしない。アニメやマンガだけの話だ…。


 夢中になっていた俺はお風呂の準備が出来たという音に一瞬気づかなかった。意識はしていなかったが、体は相当冷たい。俺は濡れた靴下を脱ぎ、風呂へと直行した。


 この季節にとって湯気が立ち込める風呂場は天国と呼ぶにふさわしいと俺は思う。体と頭を先に洗い、湯船につかれば乾燥していた体もじんわりと和らいでいくのが感じられる。外は寒いが、今の俺は暖かい場所にいるという優越感もこの気持ちよさに繋がっているのだろう。


 奇妙な一日は自分が思っていた以上に体を疲れさせていたみたいだった。四時間の昼寝をしたのにもかかわらず、俺の体はまだけだるさを残していた。


 「ふぅ~。今日は変な一日だったけど、何とか乗り切ったな~」


 無意識に気持ちよさとともに心の奥からため息が出る。


 ふと俺は徹との会話が頭をよぎった。


「な~輝希、昨日テレビで見たんだけどさ、宇宙には数えきれないほどの星があるらしいぜ。ロマンあるよな~」

「たしかにな。地球上に住んでる人間の数よりも何十倍も多いってのは驚きだよな」

「えっ!輝希知ってたのかよ~。せっかく自慢できると思ったのに」


 徹はいつも俺に雑学を教えようとしていたが、どの雑学も俺はある程度知っていたから徹は毎回悔しそうな顔をする。

 それを見て、俺は自然と笑顔になっていた。


「はぁ~」


 俺は深いため息をもう一回つくとパシッと音を立てるとともに両手で頬を叩いた。

 のぼせるといけないし、そろそろ湯から出るかな。


 俺は湯から出るとまた教室であったような立ちくらみに襲われた。今回のは前回の立ちくらみより悪いらしく、浴槽に手を付けて一分間ほど屈んでようやくしっかりと立てるようになれた。

 一体何だっていうんだ。悪魔が何か伝えたがってんのか…。


 お風呂から出た後は何も体に異常はなかった。立ちくらみもしないし、記憶も飛んではいない。残像も見えないし、いたって普通の生活に戻っていた。


 夜ご飯を食べた後、俺は宿題をやろうと自分の部屋へ戻る。そして、教科書を取り出し、机の上に積む…。

 ……。やばい。寝てたから宿題何なのか全くわからない…。午前の授業も全く話を聞いてなかったし。俺としたことが何やってるんだよ。

 そんなことに頭を抱えている俺の目に茶色い木の枠の写真立てに入った一枚の写真が入ってくる。二人の男女、結と俺が中学三年生の卒業式の時、桜舞う暖かい日に撮った写真だった。結は笑顔でカメラを見ているが、俺は結の顔とは反対方向に顔が傾いている。この写真はあまり好きではない。自分の結に対する気持ち、そして俺がとっている行動は全く違うものだからだ。そんな自分の決意のなさ、弱さ、優柔不断なところを見せつけてくるこの写真は好きではなかった。


 俺は写真立てをそっと伏せ、席を立った。きっと、寝ている俺を起こさないくらいの教師だ。宿題なんて気にもしないだろう…。

 

 気づくと携帯の時計は八時三十七分と表示していた。いつもなら母さんはもう帰ってきているはず…。だが、この家にいるのは俺一人だった。

 時はゆっくりと、だが確実に針を進めるが、俺の親は帰ってくる気配はなかった。失踪…。そんな事さえも考えさせるような頭に俺は今日の不思議な出来事のせいでなっていた。テレビで喋っている司会者の声も、外の雨の音も俺の耳には届かなくなっていた。

 大丈夫。何も問題はない。すぐに帰ってくる。心配するな。

 激しく胸打つ鼓動を止めるために俺は左胸に手を置き、自分に言い聞かせた。

 次第に俺は正気を取り戻していた。流れ出た少量の汗を袖で拭く。


「大丈夫、大丈夫、落ち着け…」


 バラエティ番組の出演者達の声が聞こえるようになり、俺は正気に戻っていることを実感した。まるで、誰かに首を絞められたかのように感じた俺の体は自然とベッドのある二階へと向かわせた。


 俺は倒れこむかのようにベッドに横たわる。掛け布団を体の乗せると、ベットのやわらかい感触と布団のふわふわとした優しい感触が俺を包み込む。俺にはもう何かを考える余地はなかった。目を瞑り、自分の静かな息に耳を集中させる。誰かに決められたかのように俺は同じように何回も同じタイミングで息を吸って吐く…。


 

 その日の天気は真っ黒で空には何も見えなかった。風は感じるが、暑いとか寒いとかは感じなかった。見えるのは俺の自転車と横で一緒に自転車に乗っている結だけだ。俺の横では車が走っている音が聞こえる

 そうか、今俺は学校から帰る途中なんだ。結、そうなんだよな?


「今日のテスト難しかったよね~。あの先生絶対私たちの事嫌いだよ」

「そんなことないって。実際、金曜日にどこまでが範囲か言ってたし」

「えっ!私そんなの聞いてないんだけど!」

「そりゃあ、授業中に頭をリズミカルに揺らしてた人には分からなんわな」

「えへへ~。見てたか…。でも、しょうがなくない?朝の五時十五分に起きて、六時に集合だよ?頭おかしいって」

「確かにそれはキツイな」


 なんだ、俺ってこんなに流暢に結と喋れんじゃねーか。俺は今まで何を迷ってたんだ…。


「なぁ結、俺前から言いたかったんだけど…」


 俺が結に何かを言いかけようとしたとき、結は二十メートルほど先にある交差点を指さしていた。


「ねえ、輝希…。あれって確か」


 車が通っていて何も見えない。俺たちはゆっくりと交差点へと近づいていく。

 そして、一台の赤い車が通った後に見えた反対側には徹が立っていた。口に手を合て、何かを叫んでいる。


「……!……!」


 徹、もっと大きな声で叫んでくれ。車の音が大きくて聞こえないよ。


「…れ!と…れ!」


 俺は左耳を徹の方へと傾けると、自然と右側を走っていた結が見えた。交差点はすぐそこだというのに止まる気配はない。結はこっちをそっと見て何かを言った。

 結はそのまま交差点へと突っ込む勢いだった。そして、大きなトラックがクラクションとともに近づいてくる。

 ここで助けなくて、どうするんだよ。いつまでも弱気でいるんじゃねぇ!

 そう心の中で喝を入れられた気分だった。

 

 俺は自分の自転車を必死に漕ぎ、結の自転車の荷台をつかみ、自転車の勢いを止めた。

 だが、交差点は目の前。俺は止まれずに道路へと飛び出す…。


 「やばい!死ぬ!」


 トラックの白く大きな光が目の前を照らすと、俺は暖かくひんやりと冷たいものに包まれている感触を得た。

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