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あなたがどこにいても  作者: 林 雅
2/8

2話

いつも結とくぐる校門を1人で自転車を引きながら歩く。登校の時、俺たちはあまり話さないが、俺は結の姿が見えないことに異様な違和感に襲われていた。


 何故だろう?こんな感覚は普通じゃない。今までで味わった事のない感覚だ。

 いつもいるはずの結の姿が見えないのがこんなにも変だとは思ったのはこれが初めてだった。


 しかし、校門をくぐり、グラウンドを見ると違和感の原因が少し分かった気がした。グラウンドには多くの部活が朝練の片づけをしていたが、陸上部の姿は見えなかったからだ。サッカー部、野球部にソフトボール部。その三つの部活しかグラウンドを使っていなかったのだ。


 俺はとっさに自転車置き場に向かい、自転車に鍵をかけると同時にポケットに入っている冷え切った携帯を手に取りだし日付を確認した。1月17日水曜日。そう携帯には表示してあった。


 え?どういうこと?今日って月曜日なんじゃないの?

 携帯を見た瞬間、自転車をこいで温まった体が鳥肌とともに冷え切っていくのを感じられた。

 マジでどうなってるんだよ…。俺の単なる思い違いか?

 問題は思い違いだけではなかった。もし今日が水曜日なら俺には月曜日と火曜日の記憶がないことになる。この二日間俺はどこで、何をやったかさえも覚えていない。分からない。ただ何もわからないまま時間だけが過ぎていった。


 すると、奥の方から1人のクラスメイトがやってきた。名前は山本留美(やまもとるみ)。名前は知っているが、俺は彼女とは一度も話したことはない。仕方ない…。勇気を出して聞いてみるか…。


「山本さん! ちょっと聞きたい事があるんだけど…」


 結と違うクラスメイトと話すのはいつぶりだろうか。俺は大きな声で山本留美に話しかけた。ただ知りたかった。俺がこの二日間学校にいたのかどうかを…。


「……」


 山本留美は俺の呼び止めには答えなかった。ただ俺の後ろの自転車を見て、歩いていくだけだった。

 そりゃあ、そうか。一度も話したこともないし、いつも黙ってるだけだもんな…。

 俺が彼女にもう一度声をかけることはなかった。また無視されるのではないか…。そんな恐怖にも似た気持ちと自己嫌悪の感情が混ざり合い、俺の体を硬直させていた。

 

 また、山本留美が呼び止めに応じなかったのは俺が他の生徒に聞くことさえも止めた。同じクラスの山本留美が無視したのに、他の生徒が答えてくれるはずはない。そんな言い訳を作り、俺は他の生徒に頼ることもやめた。

 

 自転車置き場を出て、俺はもう一度グラウンドを見たが陸上部の姿はやはりなかった。

 不思議だけど、落ち着くしかない。落ち着け…。

 俺はそう混乱する頭の中で呟きながら、震える足を昇降口へと向かわせた。八時三十分から授業が始まるというのに、昇降口は騒々しく、多くの生徒が靴を履き替えていた。周りの生徒は普通に過ごしている。俺を不思議そうに見ることはない。


 普通の日々。何も変わったことはないのだと他の生徒はそう俺に語りかけているかのように生徒たちは何気ない朝を迎えている様子だった。

 俺がただぼけているだけなのか?

 一晩のうちに二日間の記憶が無くなるなんてありえるのか?

 いや、待てよ。結がいる。俺の話をいつでも聞いてくれる結が教室にいる。


 俺は一つの希望を頼りに一目散に靴を履き替え、三階にある自分の教室へと向かった。

 このくそったれで気持ちが悪い状況を早くどうにかしたい。

 

 俺は教室の前に着くと息を整えてから中へ入った。窓側の一つ横の席。俺の最後列の三列前が結の席だ…。

 何でいないんだよ…。

 席には結の姿は見えなかった。他の席を見回すが、結はどこにも見当たらない。

 ただ運が悪かっただけ…。ただそれだけの事だ…。


 クラスメイトがテレビや漫画、ゲームの話をしている中、俺は口を開かずにゆっくりと自分の席へと向かった。

 今日は酷い朝だ。記憶は飛んでるし、頼れる人は一人もいない。クラスメイトには無視されるし。

 席に着くと俺は深いため息をつきながら窓の外を見る。教室の中には俺と結を含めて三十一人の生徒がいるが、俺の席は周りに高い壁があるかのように周りとは隔離されていた。

 誰も相手をしなければ、気にすることもない。


 相変わらず空は雲で覆われており、この教室の光がいつもより明るいと思えるほどに暗かった。


 八時三十分、学校の耳障りなチャイムが鳴る。先生のカツカツと歩く音が廊下に響いていると思うと、ドアを開き、やる気のなさそうな50代後半の男の先生が入ってくる。

 この先生が入ってくると、教室はチャイムが鳴る前の騒々しさを失っていた。誰も喋らないが、みんなの視線はいつも下を向いており、先生の信頼性の低さを表していた。


 この先生は訳も分からないところで大きな声で怒鳴るのに、欠席を確認するときには一言も声を発しない。ただ周りを見て、名簿に印をつけるだけ。

 だが、今日は違った。


「村山さんは今日も休みなのか」


 ん?「今日も」ってどういうことだ?

 結は昨日、それとも月曜日も休んでたってことか?


 「それじゃあ、授業始めるぞ」


 クラスメイトは先生が発した結に対しての言葉に何も反応をすることはなかった。ただ単に考えるだけ。それが今、俺が結にできるたった一つの事だった。


 授業が始まると、進学校だからなのか教室は静寂を保ち、先生の低い声と雨が降り始めた音だけが響き渡っていた。

 教室には暖房はついてはいたが、冬の心にしみる寒さは消えておらず、授業の最中、何かしんみりと寂しい雰囲気が漂っていた。

 普段とは何も変わらないはずだ…。

 そうであってほしいと俺は今朝起きた不思議な出来事から思うようになっていた。


 結局、俺は授業には集中することが出来ず、ゆっくりと時間をかけて強くなってくる風と雨を窓に反射する俺とともに眺めていた。

 授業中の沈黙が夢だったかのように教室は若い、生き生きとした騒々しさを取り戻していた。

 その中で、俺の隣の席の女子が周りにはあまり聞こえないような声で結について話をしだした。


「結ちゃん、大丈夫かな?」

「昨日も学校来てなかったもんね…」

「やっぱり、月曜日の事で休んでるのかな」


 月曜の事?何で俺が記憶ないときに大事そうなことが起きてるんだよ…。


「ん~、そう考えるのが普通だよね」

「だよね…。二人とも…」

「ね~、ここの問題どうやってるか知ってる?次の英語の授業の宿題やるの忘れちゃっててさ」


 何か言いかけたところで、他の女子生徒が話に割り込み二人の結の話は終わった。

 だが、結が誰かと月曜日に何かがあったのは確かだと俺は確信した。もう少し話が聞けてれば…。


  俺はその後の授業も一時間目と同じように 先生の話に耳を傾けることはなかった。結の誰も座ってない、何も置かれていない席と暗く、雨が滴る 外を俺は繰り返し見ていた。


 おかしなことに昼休憩になっても俺のお腹はすいてはいなかった。食べようと思えば食べられる。だが、昼ご飯を持ってきていない俺はすでに疲れ切った体で昼ご飯を買いに行こうとは考えなかった。ただ腕を枕のようにし、目を閉じて、少しでも心を落ち着かせよう。閉じたまぶたは微かな光も通すことなく、一日中耳に残る様なクラスメイトの話し声は段々と意識とともに遠のいていった。


 「ん~」


 俺が目を覚ますと教室には誰もいなかった。俺は夢の中にいるのか。それともただ寝ぼけているのか。そんな事さえも俺には理解できなかった。


「四時十分…え?」


 黒板の上を見ると時計の針は四時十分を指しており、下校の時間はとっくに過ぎていた。

 外は太陽が落ち始めるのと厚い雲のおかげで夜のように暗くなっていた。幸い雨はやんでいるようだったが、どの部活の姿もグラウンドが濡れているせいか見えなかった。


 ということよりも、何で誰も起こしてくれない?

 俺のいびきがうるさくて近づけなかったとか?そんなわけあるか。

 まず、先生は何してたんだよ。気にしないか?普通は…。

 四時間って正月でもこんなに長く昼寝はしないぞ…。


 自分に呆れながらも、俺は机に入れてあった教科書とノートをカバンに入れて席を立った。

 

「うっ」


 少しの立ちくらみに俺は左手を机に置き、呼吸を整えた。

 何でこんなに疲れてんだよ…。一体俺はこの二日間何をしてたんだ…。

 俺は誰もいなくなった教室をふと見まわす。誰もいない、静かで明かりのない教室を。

 なんとなくだった。ただ、なんとなく。


 すると、俺の席から一番離れた席、最前列で一番廊下側の席に楽しく話す俺の姿を見た。話している相手はとおる。中学三年生の頃に交通事故にあって死んだ、今年の春にこの高校に一緒に来るはずだった俺の結以外の唯一の友達。正確に言うと見たのではなく感じたというべきだろうか。だが、確かにそこには二人の残像があった。


 二人は中学校の制服を着て笑顔で話していた。声は全く聞こえないが、俺は何を話しているのかはだいたい想像が出来た。中学三年生の頃、結とクラスが別になり友達が一人もいなかった俺に徹は笑顔でいつも話しかけてくれた。何も反応をしなくても、徹は話し続け、いつかは俺も笑顔になっていた。


 小学校以来、結以外の人と仲良くなれたのは徹だけだった。しかし、中学校最後の冬に不慮の事故が徹を襲った。雪の降る寒い日の夜にトラックが車道についていた氷に滑り、コンビニから帰ってくる途中だった徹に衝突。必死の治療も意味はなく、この世に帰ってくることはなかった。

 不運の事故。悲しいけれど、どうすることもできない。徹に起こった不幸は誰の責任でもなかった…。だが、俺はそうは思わなかった。何故徹だったのか。何故こんな俺に話しかけてくれた徹だったのか。一週間もの間、俺は部屋に引きこもり、苦渋を飲んだことを俺は今でも覚えている。


 何故俺が中学校の時の徹と俺を見ているのかは分からなかった。

 今の暗い俺が徹と会う前に似ていたから?

 俺も明るくならないといけないからなのか?


 そんなことを考えていると、俺と徹の姿は見えなくなっていた。

 俺は残像が座っていた席に足を運び、そっと机に触れた。


「なんでこんなことを思い出させるんだよ」


 何気ない一瞬だったが、この一瞬を俺は何時間も経っているかのように感じられた。

 今日は不思議な事が起こる。気をつけて帰らないと。


 そう心に言い聞かせ、俺は闇の中で電灯が淡く光る廊下に出た。


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