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あなたがどこにいても  作者: 林 雅
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1話

 家にいるはずの俺は何故か冬の痛々しい寒さを感じるとともにゆっくりと目を覚ました。足先には温もりは感じられず、手先も血液が回っているいないのではないかと疑いたくなる程に冷たく感じる。不思議な事にいつもはついているはずの暖房は消してあり、掛け布団は何故か自分の体の下に綺麗に敷いてあった。

 

 カーテンからは微かな光しか差し込んでおらず、外の天気がどんなものか容易に分かる。部屋は薄暗く、目を閉じて布団に包まれば意識することなく二度寝ができそうだった。


「ん~、寒い…。何で暖房ついてないんだよ」


 そう呟きながら、俺は横になり背を丸くした。


 今日は日曜日…じゃなくて月曜日か…。学校行きたくないな…。

 気が付くとすでに高校生活が始まって半年以上が過ぎていた。映画やドラマで起きるような壮大な出来事は俺の身には起きるはずもなく、俺は平凡な日々を淡々と過ごしていた。

 そして年明けとともに高校生活最初の冬休みが終わってしまい、俺はいつしか憂鬱な気分で朝を迎えるようになっていた。


 しかし、行かないわけにはいかない。今では正義感なのか義務感なのかもよく分からない感情が俺の体を動かす原動力になっている。

 そんな感情とともに俺は目をこすりながら枕の横に置いてある携帯を手に取り時間を確認した。


「七時か…いつも通りだな」


 こう長い間も同じ時間に起きていると体が時間を覚えているのだろうか…。同じ気分、同じ時間、同じ行動。俺の朝はすでにプログラムされたロボットのように何も考えることなく事を進めていた。


 ベッドから出て、七時十分までに歯を磨き、顔を洗い、制服を着る。この時まだ頭は完全には覚めてはいない。

 七時二十分には簡単な朝食をとりながら、携帯をいじる。時にはゲームをしたり、時には何気なくニュースサイトを徘徊する。


 親は二人とも仕事に行っていて、この時間にはもう誰も家にはいない。だからこの二十分間、俺は誰とも話さないし、誰の話も聞かない。

 静けさの中でコーヒーメーカーがお湯を沸かしている音だけが部屋に響き渡る。今俺が大きな声で叫んだら、近所の人が驚いて怒鳴ってくるんじゃないかというほど静かなだ。

 多くの人は1人静かでいると長生きできないと言う時があるが、俺はこの静けさが健康に悪いとは一度も思ったことはないし、学校で教室が騒がしい分、一日の始まりが1人で過ごせることに満足していた。


 七時二十五分、隣に住んでいる幼馴染の(ゆい)がインターホンを鳴らしに来る。


輝希(こうき)ー!朝だよ!起きて!」


 そこまで叫ぶならインターホンいらないだろ、と毎日ツッコミたくなるし、この時間には起きているどころか玄関の前で待っていることが多い。


ここまでの行動は目をつぶっていても出来る自信があるのだが……来ない。携帯を見ると時間は七時三十三分と表示されていた。今まででも遅くて七時半だったから、ここまで遅いのはありえない…。まあ、こんなこともあるか。


 俺は学校指定の黒色のジャケットを着ながら外へ出た。

 ドアを開けると冷たい風が家の中に一気に入ってきて、外へ出てみると何故ニュースで今年の1月の寒さが驚異的だと言っていたのかが理解できた。


「マジでこんなに寒いのかよ…。冬をあまくみてたらダメだな…」


 毎年このセリフを言い続けている気がするが、17年生きていても1月の中旬が死ぬほど寒くなることを俺は毎日忘れてしまう。


「ハァー」


 息を吐いてみたが意外にも白い息が出るほど寒くはないようだった。

 思っているほど寒くはないのだろうか?いや、きっとこの肌に突き刺さる鋭い槍のような風のせいで寒く感じているのだろう。

 また、地元の中学生のカップルがマフラーと手袋をつけているにも関わらず、密着して歩いていることもこの寒さを物語っていた。


 空をふと見上げると、灰色の果てしなく続く雲が空を覆っていた。どこにも切れ目がなく、逆に分厚い雲からも光を届けてくれる太陽に感心したくなるほどとてつもなく大きな雲だった。


 俺はそんなことを思っていると同時に自然と両手をジャケットのポケットに入れ、玄関前の数段の階段を下りていた。

 周りを見回しても結の姿は見えないし、結の部屋の電気も消えているように見えた。


「あ、そうか…。今日月曜日だから結は陸上部の朝練か…」

 

 俺は出したくもない手をポケットから出し、自転車のドライアイスのように冷たくなっていたハンドルを握った。そして、冷たさを感じないためにも素早くサドルに座り、自転車をこぎ始めた。


 多くの生徒が電車で通学する中、高校までの距離はそこまで遠くない俺と結は自転車で登校をしているのだが、もう自転車には何度も殺されそうになっている…。夏の下校は暑さで死にそうになるし、冬の登校は寒さで死にそうになるし。まったく電車で登校できる奴らが羨ましいくて仕方がない。


 前までは学校で「あの結と一緒に登校できるなんていいよな~。俺も幼馴染と自転車が欲しいぜ」なんてクラスメイトが言ってきたはいたが、俺の無反応さにいつしか何も言わなくなった。

 それどころか、今では結に「何であんなやつと一緒に登校できるわけ?幼馴染ってホントに面倒くさいね~」と結に対して言うやつもいる。


 実際に結と何度かこの話をした。

「何でこんな俺といつも登校するのか?」

「幼馴染だからって一緒に登校する必要はない」

「このままだとクラスの奴らに結も変人扱いされ始める」


 そんな話をするといつも結は何か言いたそうな顔で俺の方を見てくる。だが、その後にはいつも目を逸らし、「別にいいじゃん」と話を終わらせてしまう。


 別によくはないのだ。また中学校の時にあったような事は起こさせたくない。いや、起こさせはしない。

 だが、俺の頭には結の意見を尊重するべきなのか、自分が結と離れるべきなのかの二つの選択しかなかった。そして、そんな事を考え続けてもう半年が経っており、自分の優柔不断な性格にイライラする。


 結は中学生の頃から友達も多く、運動もでき、勉強もできているという漫画に出てきそうなやつだ。明るく、元気、それであって嘘はつかない。そんな結は多くの男子生徒だけではなく女子生徒からも注目の的になっていた。


 それに対して俺は影ともいえる存在だった。親に言われるがままだった俺は部活には入ったがほとんどは塾に行くという理由で部活動には参加はしなかった。学校でも今と同じように喋ることはあまりなく、塾のための課題をやっているだけの生活を送っていた。

 そのおかげか俺は友達が中学校ではあまりできたことはない。小学校の時によく遊んでいた友達とも意思疎通が通わなくなり、話すことも少なくなった。勉強をさせられていたことが全ての原因とは言わないが、遊ぶ時間や部活動の時間を勉強のために使っていたのはたしかだ。


 そんな結と俺が幼馴染であり、一緒に時間を過ごす時間が多かったのは周りの生徒にとっては不思議でたまらなかっただろう。「なんであいつが…」や「結ってなんか変だよね」という声が聞こえ始めるまではそう長くはかからなかった。次第にそんな声が毎日のように聞こえるようになり、俺は結といることが結にとっては悪影響になっていることを感じ始めた。


 それは声だけではなく行動にも表れていた。暴力や悪口を言っていたわけではないが、結は徐々に友達を失っていた。結はいつでも俺の前では笑顔でいたが、それは心の底から笑ってはいなかったことは何も言わなくても感じられた。結にとって友達を失う事は本気で笑えなくなってしまう程悲しく、痛いものなのだ。


「俺が結を苦しめているのではないだろうか?」

「俺のせいで結は友達を失ってしまうのではないだろうか?」


 そんな自問自答を繰り返す日々は中学校最後の年になるまで続いた。

 どんな強運かは知らないが、結と俺は中学校で二年連続同じクラスだった。


「また一緒のクラスになるといいね」


 結は三年生最初の始業式の日に俺にそう言った。俺はこれに対して何とも言えなかったことを覚えている。怖かったのだ。ただ俺と一緒にいるだけで結が悲しむことが。むしろ、その時俺は心の中では同じクラスにならないで欲しいと思っていたかもしれない。


 結の願いとは裏腹に俺たちは違うクラスになった。新しいクラスになっても俺は相変わらず喋らず、暗いイメージを保っていた。

 だが、結は違った。元々人気だった結は俺と離れたことで、自らの輝きを取り戻し、結のクラスの中心となっていた。


 そうして輝きは大きな光を持つようになり、影はより黒くなっていったのを鮮明に感じたことを俺は覚えている。距離は時が進むにつれて遠くなっていったが、両方の濃さは濃くなっていく一方だった。


 そして、今の俺はその頃と同じような感覚に襲われている。中学の時はたまたま違うクラスになれたからよかったが、奇跡的に同じ高校で同じクラスになってしまったからには、また中学の時のような事が起きることが簡単に予想できる。

 

 高校に入学し、結とまた一緒に登校するようになり、俺はまた自問自答を無意識ながらもしていた。心の奥に残っている恐怖は一年ではなくなってはおらず、俺にこれから起こりうる出来事を防げと語りかけているようだった。


 そんな事を考えながら自転車を走らせていると、いつの間にかに向かい風となって吹き荒れる冷たい風が何故だか気持ちよく感じられる。熱くなった頭をクールダウンさせるには丁度よかったみたいだ。

 そして、この自転車通学の最後にして最大の交差点に着く。この交差点は多くの車が通勤ラッシュで通るため、かなりの時間を待たなくてはならなく、俺と同じ制服を着た高校生が両手に息をかけたりして待っていた。きっと俺の高校にこの交差点に関するアンケートをとれば最悪の交差点だという話が瞬く間に集まるだろう…。


 歩行者用の信号が青になったところで、そこにたまっていた高校生たちはまるで先頭に指揮官がいる軍隊のように一斉に動き出す。後ろから見れば滑稽だが、前の人からしたら酷い圧迫感だろう。


 その交差点を渡った先を右に曲がり、少し進むと俺の学校が見えてくる。白く、何の変哲もない、他の高校と何にも変わらないような高校が見える。

 そして、その大きな校舎は影を生み、俺たちから光を奪っていることを俺は冷えた心で感じていた。


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