帰り道
二日ぶりです。すいません、
アトリと朱鷺は、連れ立って自宅へと帰った。
あんなに明るかった空は、紅色に染まりアトリと朱鷺の背後には細長い黒い影が地面に映っていた。
「朱鷺。手、ほんとに大丈夫なのか?」
この質問は、今回のを含めて5回目だった。
「えぇ。大丈夫ですよ。」
「でも、血が……。」
「もう止まっています」
朱鷺の掌からは、血こそもう出ていなかったものの、固まった血が赤黒く残っていた。
見ているだけで、痛々しい。
だからこそ、アトリは心配せずにはいられなかった。
「……、どうして避けなかったんだ。朱鷺なら余裕で避けられただろう?」
「そうですね。」
「じゃあ、どうしてっ」
アトリが、ガバッと顔を上げ朱鷺の顔を見て問いた。
その顔は今にも泣きそうだった。
主のめったに見せない表情に、いつも笑顔を常時している朱鷺が驚きを隠せないでいた。
でも、それは一瞬のこと。
朱鷺は、ほおを緩めた。
何時もの笑顔ではない。安心させるような、緩い笑顔。
「主。私は、主を守りたかったから、主を失いたくなかったから、避けなかったんです。」
「俺の、為……?」
「はい。」
アトリは、深く考えすぎる癖がある。
それが災いとなり、最悪の結論に至っていた。
俺がいなければ、朱鷺はケガをしなかった、と。
「朱鷺。俺が、俺なんかが主でいいのか?」
呟き、とも受け取れるような小さな声だったが朱鷺には聞こえていた。
言ってしまってから、アトリはっとした。
だがもう遅い。
「主。それの言葉は私に対する侮辱と取りますが……?」
先ほどとは打って変わって怒気の含まれた低い声。
アトリは聞きなれない声に過剰に反応してしまった。
「あ…申し訳ございま……」
「朱鷺。俺は、主としておまえを選んだが、お前は優秀すぎる。俺にはもったいないぐらいだ。だから、不安になる。朱鷺は俺が主でよかったのかって。朱鷺は自ら望んで俺の執事になったわけじゃないから。」
うつむきながらアトリは今まで思っていたことを吐き出した。
言い切ったことですっきりしたが、朱鷺がどんな反応をするかびくびくしていた。
「はぁ……。主。よく聞いてくださいね」
朱鷺が、語り掛けるように言ったが後に続く言葉が怖くて顔があげられなかった。
朱鷺がふと足を止めた。
アトリもつられて足を止め、何事かと振り返った。
すると目の前には、跪いた朱鷺。
そのまま何かの儀式のように、話し始めた。
「私、暁朱鷺は主、金糸雀アトリ様に一生の忠誠を誓う。」
その様子はとても神聖だった。
周りは、住宅街で本来ならムードのかけらもないが、そこだけ空気が違った。
二人だけの空間。そんな感じがした。
アトリは、数秒たってようやく言葉の意味を理解した。
「え……、じゃあ…」
「はい。これで私は主の一生の執事です。これは、金糸雀家と暁家の間のみに行われる、契約の儀、というものです。執事がまず誓い、主に答えを言っていただくまでが契約の儀なのですが、答えていただけますでしょうか?」
にこりと朱鷺が笑い、伏せていた顔を上げた。
アトリも同じように笑い、答えた。
「その誓い、偽りなきよう頼むぞ。俺も暁朱鷺の一生の主であることを誓う。」
そして、アトリと朱鷺は目を合わせ同時に言った。
「「契約成立。」」
この時、アトリと朱鷺は正式な主従関係となった。
契約のほかにアトリはまた別のことを自分自身に誓っていた。
―――ただ、守られる主じゃない。自分の身は自分で守り、朱鷺のことも助けられるぐらい強くなる―――と。
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