誘拐 アトリ視点
今日一話目です。
目を開けたら、とても暗かった。閉じても明けても暗かった。見えるのは、永遠に続くような闇のみ。
怖いっ・・・・。
「朱鷺っ!!」
いつもなら、名前を呼べば来てくれるのに。
どうして来てくれないの?朱鷺。
朱鷺、怖いよ。どこにいるの?朱鷺っ、朱鷺!!
「おっ。やっと起きたんだね。はぁ、はぁ、」
朱鷺じゃない野太い声が聞こえた。なぜか鼻息が荒く、気持ち悪い。
朱鷺の声は、少し低くて耳に残るような感じで、落ち着くのになぜかこの男の声には虫唾が走る。
「だ、れ?」
「僕のことはご主人様って呼んでね、アトリちゃん。あの執事のことは忘れるんだよ。僕とずっとここにいるんだよ。」
「えっ?でも帰らないと……。」
「何言ってるの?ここがアトリちゃんと帰ってくるところだよ。大丈夫。気持ちいいことしかないよ」
頭の良い俺は、この言葉で瞬時に察した。誘拐されたんだと。
目的は何なのだろうか。このおじさんは、何をしたいんだ。
俺は、どうすればいい?
その時、頭の中で朱鷺の声が聞こえた。
『主。もし攫われた場合の対処法を言うので覚えていてくださいね。いいですか?』
朱鷺に出会って少しだけ経った時、朱鷺がそんなことをいっていたのを思い出した。
その為、朱鷺が近くに時がいるような気がして、少し落ち着いた。
やっぱりすごいな朱鷺は。未来予知をしているみたいで。
『まず、今の状況を確認してください。手や足など拘束がしてあったり、目隠しをされていたり、とにかく自分の状況を理解することが大事です。』
目隠しはされてる。手は、鎖か……。足は大丈夫だな。
よし。確認したぞ、朱鷺。
『確認が出来たら、どうやって誘拐されたかを思い出してください。何か、薬を飲まされたり、注射器を刺されたりしていませんか?』
分かった朱鷺。
確か、朱鷺にあげるものがあって、そこで目をつむってって言ってそれで……。
後ろから、鼻をつままれて何かを飲まされたんだ。そしたら、眠くなって、ここに連れてこられたんだと思う。
『それの確認できたら、あまり相手を刺激しないようにしてください、そしたら
私が絶対に助けに参りますから。』
朱鷺。待ってるから、待ってるから……。
「どうしたの?アトリちゃん、急に黙って。どこか具合でも悪いの?」
「大丈夫、です。」
「よかった。ねぇ、アトリちゃん。僕のことご主人様って呼んでみて」
いや。無理無理無理無理!!そういうおじさんも気持ち悪いけど、何より「ご主人様」っていう俺のほうがきしょいよ!!
俺も同じような呼び方を朱鷺にされているけど、朱鷺は好んでそう呼んでくれている。
実は俺みたいに嫌だったり……。しないよな?
それより!ご主人様呼びの件だ。どうするどうするどうする!!!言いたくないに決まっているだろう。
『あまり相手を刺激しないように―――――』
ウッ……。でも、朱鷺が言ってたし。
やっと、自分の中の葛藤に終止符が付いた。
よし、逝ってしまおう。あっ間違えた…言ってしまおう。
この際、プライドなんて捨てるんだ!!
「ご、ご主人様?」
し、しまったー!最後に疑問符をつけてしまった。
何てことしているんだ自分!!キモさが増しただろう!!
「・・・・・・」
「あ、あの?」
やっぱり、駄目だったのか……。下から、俺をさらったおじさんを見た。
つまりアトリは必然的に上目遣いになっているのだ。
アトリは性的におじさんの理性を刺激してしまった。
上目使い+首傾げ+拘束されている手。
アトリのすべてに、おじさんは興奮していた。
「っアトリちゃん!!いいよ、いいねっ……。可愛いよっ」
息を荒げながら、俺に近づいてきた。
目隠しをされているため、おじさんが何をしたいのか全くわからないのが決め手となり、アトリの恐怖は最高潮に達した。
「え、あ…なに?」
声が震えているのがいやでもわかる。
するとおじさんは、俺の着ていた服を持つとビリビリに破いた。
空気にさらされる肌。今はまだ春先のため肌寒い。
アトリは、本能によって軽く身震いしたが、寒いなどとは思えなかった。
なぜなら、余りの驚きに、固まってしまっているからだ。
そんな俺のことを見ながら、肌を撫でてきた。
きめ細かくも色白い、触らなくてもわかるすべすべの肌。
触ると、びくびくと揺れる体。
これもまた、おじさんを興奮させた。
脇腹を撫でられゾワリと、全身に鳥肌が立った。
「ぃや、だ。やめろ!!」
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!!朱鷺早く来てっ。
朱鷺!朱鷺!
心の中で、朱鷺のことをずっと呼んでいた。
「……き……朱鷺!!!」
その時、音が聞こえた。それも、かなりの爆音。
また何か、おじさんがしたのかと思い身構えていると何かが倒れる音。
何なんだ!いったい何が起きている…?
アトリは、目隠しがされているため何もわからなかった。
すると、何かが被せられた。
その時に鼻孔をかすめる匂い。
「あ……朱鷺?」
「はい、主。遅くなってしまい申し訳ありませんでした。」
声、匂い、口調、今わかるすべてが俺の知っている朱鷺だった。
「朱鷺っ!!」
俺は、声のしたほうへ飛びついた。
思っていた通り、朱鷺はそこにいた。
「朱鷺、朱鷺っ」
あぁ。さっきから、「朱鷺」としか言ってないような気がする。
「主。少しじっとしていてくださいね。目隠しと、鎖を切りますから。」
「ん。」
黙って俺はされるがままになっていた。
目にくっついていた圧迫感と腕の重みがなくなり、目を開けると少し頬が赤くなっている朱鷺がいた。
それが、妙に色っぽかった。
徐々に自分の頬も赤く染まっていくことがわかり、顔を隠すように朱鷺抱き着き、顔をうずめた。
「?どうしましたか?主」
朱鷺の、心臓の音が聞こえた。
でもそれはどこか、早いリズムだった。
あぁ。そういうことか……。
朱鷺は、急いできてくれたんだ。だから、顔が赤くて、心拍数が早かったんだ。
日頃、俺のペースに何事も合わせてくれるため、余り急いでいたり、焦ってたりしているところを見たことがない。たった3歳しか変わらないのに。
いつも、悔しさを感じていた。
でも、そんな朱鷺が急いでくれた。俺のために。
うわぁ。なんか、すっごい嬉しい……。
そんな気持ちを伝えるために、腕にぐっと力をこめた。
「う、わっ。ちょ、主、苦しいです」
「わざとそうしているんだ」
「なんですかそれ。」
そのつぶやきには答えないでおいた。
でも、さすがに朱鷺でも苦しかったようで少しだけ腕の力を緩めた。
「うっ……。」
朱鷺じゃない声が聞こえた。
もちろん俺でもない。消去法で出される答えは、おじさんだった。
「ちっ。もう起きたのか」
んん!?今のは、朱鷺だよな?
敬語、てか舌打ち!?ありえないありえないっ!
今まだ敬語じゃないところ聞いたことないんだけど?
だから、敬語は癖なのかと思っていたけど違うのか?
いろいろな疑問が浮かぶ。これは本人に聞くしか……。
「なぁ、朱」
「おまえ、アトリちゃんの執事だな!?」
俺の言葉を遮った、おじさん。
「そうですが、何か?あと、貴方のような方が、主の名前を呼ぶだけで主がひどく穢れます。貴方が息をするだけで空気が穢れ、その空気に触れた主がまた穢れます。貴方の声が主に聞こえるだけで主の耳が穢れます。貴方が、主の目に映るだけで主の目が穢れます。貴方の存在はもはや主にとっての害虫でしかありません。いや、それでは害虫に失礼ですね。」
ま、まさかの毒舌。もはやそれ、遠回し死ねって言ってるようなものじゃないか。
「な、なんだとぉっ!!」
おじさんは、ナイフを持って朱鷺に突進してきた。
危ない!!
「朱鷺っ!」
朱鷺にはよける気配はない。
どうするつもりなの?
おじさんが、目前に迫った。
もう駄目だ、と思い目をぎゅっとつむった。
何も音がしないため目を開けると、
床に滴る赤い液体。それが真っ先に目に入ってきた。
それの出どころは、朱鷺の手だった。
「あ、や……。」
朱鷺は、ナイフを素手でつかんでいた。
俺は、赤いそれを見たとき、手が、体が震えた。
それは、おじさんの同じ様だったようで、ナイフから手を放して座り込んでいた。
「う、うわぁぁぁっぁぁ―――――っ」
おじさんは、腰が抜けておりただひたすらに騒いでいた。
「黙りなさい。五月蠅いですよ」
ピタッとやむおじさんの奇声。
す、すげぇ……。
「なんの覚悟もないのに人にナイフを向けるとは、愚か者ですね。いったいあなたは何をしたかったのですか?……はぁ、まぁどうでもいいですけどね。ただし、金糸雀家を敵に回したこと、後悔してくださいね?」
おじさんがその問いに答えることはなかった。
「金、糸雀?あっ…そんな、こ、と……。」
金糸雀家、それは一般人でも知っているような家名だ。
それほどまでに、金糸雀家の世界への影響力は絶大。
その家を敵に回した、ということは、社会的な死を意味するといっても過言ではないだろう。
それを、このおじさんはわかってしまったのだろう。
死んだような眼をしているおじさん。
ちょうどその時、警察がすでに壊れているドアから入ってきた。
「警察よ!」
おじさんはそれでも反応をしない。
「この人ね?誘拐犯は」
「はい。もう抵抗しないと思うので、早くその人を連れて行ってください。主が穢れるので。」
朱鷺にしては冷たい声に、蔑んだ目。
「朱鷺?」
「はい。どうしましたか?主。」
朱鷺の顔はいつも通りに戻った。
ほっとした。
「ううん。なんでもない」
「左様ですか」
その様子を、目を見開きながら見る警察官たち。
「えーと、被害にあったアトリ君というのは……。」
「はい。私の主です。」
では、と、警察官の人が何か言おうとした時、それを遮るように朱鷺が言った。
「失礼ながら、今日は自宅に帰らせていただきます。メイドたちや、主のご両親も
主の帰りを待っておられます故。なにより、主の心のケアも必要です。事情聴取は今日じゃなくてもいいでしょう?」
「あっはい」
「では。その害虫は頼みました。失礼します」
最後まで毒舌……。
そこから、俺たちの姿が見えなくなったころ警察官の一人がつぶやいた。
「害虫?」
長かった。ふぅ……。