お嬢様に送るハッピーエンドの作り方。
⚠︎残酷描写があります。苦手な方はお気をつけください。
また、綺麗なハッピーエンドで大丈夫、という方は今作を読むことをお勧めできません。
結局、弱い者は奪われて行く立場だ。
それを燃え盛る村と動かなくなった両親を見つめて俺は齢八歳でそう思った。
ごくごく普通に生きていただけで、毎日畑を耕し獲物を狩るため山を駆けていただけだった。それなのに、小さな幸せはすぐに散った。夜、皆が寝静まった頃。盗賊が村に攻め込んできた。いつもなら村の若くて強い男達が追い返してくれるのに昨日城下町へと出掛けたばかりでタイミングが悪かったとしか言いようがない。
「行ってこいと言ったのは村長だっけ……いや、村のみんなが言ったよな…。」
老人と子供、女しかいない平和ボケした村は一瞬にして蹂躙された。
子供は奴隷として連れていかれ、女達は盗賊達の遊びに使われた。酷いとしか言いようのないこの惨状に助けは誰も来てくれなかった。
……目の前で母さんが殺された俺は涙も出ずにただただ目を見開くことしかできなかった。
それから一年。俺は奴隷として重い首輪を着けて日々、醜くて汚い貴族の男に浅ましい欲望をぶつけられたり、化粧を塗りたくった貴婦人には夫の浮気の鬱憤晴らしにと殴られ、食べるものは毎日豚の餌と同じもの。身に付けるものは最低限の布切れ。眠る場所は子供が三十人ほど集まった小さな、貴族にとっては一部屋。そんな生活を送っていた。
世界は灰色に見えた。そうすれば何も感じずに済んだ。
見せしめにと隣で飯を抜かれ餓死した毎日顔を合わせた俺より幼い子供も、鞭で殴られ体中痣だらけの女も、少し前は笑ってよく話す人だった男にも何も。遊びで命がぽんぽんと飛んでいくこの世界にも。
少し見目が良かった俺はよく指名を受けた。
誰でも同じだった。1週間も一ヶ月も大して変わらない。
ただ殴られ、男女関わらず欲望で穢された。
もう一年程経てば疲れ切っていた。
奴隷は高い。だから大抵は短期間の貸し出しとなる。貴族も奴隷を使う分には世評に関わらないようだが買うとなると流石に世間の目を気にするらしい。
だからこそ俺は目を見開いたのだ。
幼い少女が札束を置き、俺を指差した瞬間。
「なあ、正気か?」
「……………。」
少女は何も喋ろうとしなかったそれが不気味で仕方なかった。
*****
と思っていた時期が俺にもあったな、と感慨深く思う。
あの時。屋敷に着いた俺は何をされるのかと少女をちらりと盗み見た。
長い金色の髪に整った顔、奴隷を好みそうにはなかった。ああ、奴隷仲間は大丈夫だろうか。俺がいないなった後に指名されるのは誰だろうか。次に穢されるのは。
「ねえ、お前。名前はあるの?」
「……ない。」
本当は覚えていたが言う気はなかった。あれは俺の家族や村の人間だけが知っていればいい。綺麗な思い出は閉じ込めておきたかった。
「じゃあ、そうね。セレストはどうかしら。」
適当に頷くと少女はにこりと笑ってみせたあと何か侍女に命令しているようだった。
「とりあえず、その醜い姿をきちんと変えてからまたいらっしゃって?」
そう言うと俺は何人かの侍女に連れられて小さな部屋に押し込められた。抵抗してもいいことはない、それをわかっていたから、期待しても何もないとわかっていたから何も言わない。
すると服を引っ張り剥がされ大きな浴槽の中に入れられた。あんな幼い少女相手に流石に夜の営みは親が許さないだろうと目をパチクリしている間に動きやすい、穴も汚れのない服に着替えさせられた。そして次に連れられたのは大きな照明が輝く広間。
数々の料理が並んでいるテーブルを前に少女が座っていた。床に座ろうとした途端、ピシリと煌びやかな扇で机を叩かれた。どうやら椅子に座れということらしい。
恐る恐る座って見せると「召し上がれ」と少女の口が動いた。
スプーンを使ってスープを一口飲み干すと腹の中に火が灯ったように温かくなる。もう一口、もう一口と今まで食べたことのないような美味い料理を口に入れる。
具のカケラも残らないほど綺麗に食器が空いた。
「どうかしら? それ、私が作ったの。だから、他の者に食べさせる訳にはいかないの。毒味役ね。」
だからもっと食べて頂戴。私もそんな料理、食べたいと思わないし。
ころころと少女は笑ってみせた。
「これを、お嬢様が………。」
「ええ、そうよ。」
「………美味しい、と思います。」
それから俺は飢えることがなくなった。
むしろ、毎日もういらないと思うほどの料理を口に入れさせられた。たまにお嬢様が作ってくれる料理が俺にとっては何よりもうまいと感じた。骨が浮き出ていた体は正常へと戻り、背は伸びていく。
俺に与えられた部屋は今まで三十人程で使っていたくらいの部屋でふかふかとしたベッドもあればきちんとした机もあった。
読み書きが出来ないといけないからと家庭教師をお嬢様はこんな俺に付けてくれた。俺が文字を読めるようになるとお嬢様は手紙を送ってくださり、書けるようになると手紙を要求した。書けるようになって少ししか経っていなかったから酷く不器用な歪な文字だったのにお嬢様はにこにこと嬉しそうに読んでいた。
半年も経てば剣も、弓も全て覚えた。
何よりもお嬢様の役に立ちたかったから旦那様に習ってみるかと聞かれた時はすぐに頷いた。手と足の皮がずるむけ、勉強も怠らずし続け、泥のようにベッドで眠るような毎日。それでも幸せだった。奴隷の頃とは比べようのない程に幸せだった。
鍛錬で出来た怪我はお嬢様が治療してくれた。恐縮して自分でやると言っても聞かなかった。
「お前の怪我は私を守るために出来たものよ。それを私が治せるようにならないと困るでしょう。」
お嬢様は俺を物のように言う。でも扱いは何よりも優しく、慈愛に満ちていた。自分でも絆されるのが早過ぎると思ったが半年と少し経った頃にはお嬢様が何よりも大切になっていた。最初は信じれなかった。いつ、あの生活に逆戻りするのかわからなかった。でも、俺に温もりを、今は何の価値もない俺に優しさを与えてくれた人だったのだ。
心の中には少し、残した奴隷仲間が残っていた。元気だろうか、いや、きっと、もう。
元とはいえ奴隷を連れて歩くのは否応にも目立つ。それでも胸を張って道を歩くお嬢様は何よりも美しい。そんなお嬢様は次第に周囲を取り込んでいく。
そんなある日だった。
王城からの帰り、馬車が盗賊に襲われた。
村での出来事がフラッシュバックし、手が震える。護衛たちは殺され俺とお嬢様だけになる。お嬢様を守れるのは俺だけだ。盗賊の汚い手がお嬢様の髪を掴んだ。美しい髪がぶちぶちと悲鳴をあげ、
そこに立っていたのは俺だけだった。
血に濡れた地面と己の姿を見て、笑いが零れた。
お嬢様を抱き抱えるとその目が俺を映した。お嬢様の目に映った俺の姿は醜い。復讐の混じったこの感情は汚い。
「鍛錬の、成果が出たわね……。よくやったわ、セレスト。」
俺の髪を撫でる手は震えていた。お嬢様だって、怖かったのだ。盗賊に襲われることなど多々あることではない。それでも平静を装っている。なんと美しい人だろうか。
お嬢様、俺は、私は、貴女を守りたい。
家の屋敷までの長い道のりをひたすら歩いた。この長い間、心を占めていた村を襲った盗賊への復讐などもうどうでもよかった。愛おしいお嬢様の一生そばに。それが俺の願いとなった。
屋敷についてお嬢様付きの召使いが現れると俺はその場に倒れこんだ。そこからは意識がない。目を覚ますと血に塗れた大金が机にと置いてあった。見舞いにと来てくださった際に問いかけると
「ああ、それ盗賊が持っていたらしいわ。汚いし、貴方にあげる。好きに使いなさい。」
なんでもないことのように置かれている大金は小さな家一つほどなら買える程度のものだ。
俺はそれで生きていた奴隷仲間を買って身なりを整えさせ、お嬢様への恩を教え込んだ。お嬢様がどれほど素晴らしい人なのか伝えると感銘を受けたように泣き出した。
「俺がお前らを買った訳ではない。お嬢様がお前たちを買ったんだ。」
実際にお嬢様と会わせたことも一度だけあった。なんども会わせてくれと煩いのでお嬢様に頼み込んでそうした。身なりを整えたとはいえ、まだボサボサとした髪のそれらを見てお嬢様は一人一人御自分で髪を整えてやっていた。それらは嬉しそうに泣きながら、髪を整えられていく。しかし、お嬢様の優しさにこれ以上触れてそばにいたいなどと言われたら困る。
だから、一度会わせてからはさっさと様々な国へと送り出した。それでもそれらの心の中にはお嬢様がしっかり刻まれたようだ。いつか、もし、お嬢様が危険に侵されそうになった時のためにそれらはその国で高い地位を少しずつ獲得していった。
たまに届く手紙にお嬢様は顔を綻ばせていた。
そして丁寧に返信を書くのだ。
二年経った頃、俺の首輪が外れた。
……なんだかお嬢様のモノだという示しがなくなったようで寂しい。この首輪は主人に危害を加えようとすると激しい電流が流れるというものだ。する気が毛頭ないので一生つけていてもよかったのだが。
「……首輪をつけていたいって変ね。育て方を間違えた……?」
するとお嬢様はチョーカーを送ってくださった。
赤と黒のチョーカー。お嬢様のモノである印。
お嬢様のためにならなんでも身につけた。
複雑なマナーも、楽器も、ダンスだって全て。様々な本を読み知識を深める。夜会に着いていき、貴族の名前も覚えた。その頃だったか、お嬢様に婚約者が出来たのは。第二王子だった。……簡単には覆らなさそうだ。
第二王子はお嬢様をてきとうに扱った。贈り物もせず、話をしようとせず、努力し学を身につけたお嬢様を羨む浅ましい男だった。第二王子から放たれる罵詈雑言にその首を落としてしまおうかと考えたこともある。それをやんわりと止めるのはいつもお嬢様だった。
「あんな人間を殺したらセレストの手が汚れるわ。」
……お嬢様は寛大だ。
それから時間が経ち、お嬢様が学園へと入学されると俺も学園へと入学した。貴族と庶民が同席するこの学園でもひたすらにお嬢様のために学んだ。
お嬢様を悪く言った人間は全て殺さずに、始末した。ほんの少し、その家を突くだけで悪事がぼろぼろと出てくるのだから。殺すとお嬢様が悲しむ。
お嬢様は旦那様と奥様に愛されていないと思っているが俺は知っている。
旦那様と奥様が夜中に話していることを。
「ああ、今日もメリルと話せませんでしたわ。」
「小さい頃、放っておいてしまったツケだな……昔から大人びた子だったから……ああ、あの時の私を殴りたい。」
「私も、母親失格ですわ……物だけ与えて……。」
「「はあ…………。」」
俺も最初は驚いた。なんせこの二人、顔に出づらいのだ。実際、この会話を聞かなければ俺もお嬢様は両親に愛されていない人だと勘違いしていたことだろう。だからと言って、俺からお嬢様に言ったとしても絶対信じてはくれないだろう。お嬢様はかなり頑固だから。どうしたものか。
さて、学園生活二年目になると頭のゆるい女生徒がうろつくようになった。第二王子や宰相の息子、騎士団長の息子もそれに陥落されたようだった。
「セレスト様、お辛かったですよね………。メリル様に酷いことをされたんでしょう? あなたは、あなたらしく生きてていいんです! 恐がらなくていいんですよ、私がいっしょにいますから……。」
纏わりついてくる女の発する言葉はどれも頓珍漢で聞く意味もない言葉ばかりだった。だが、この女に何かすれば第二王子たちが黙っていない。それは面倒だとその時は思ったのだ。今思えばこの時に殺しておけばよかった。
学園にお嬢様が女を虐めているという噂が流れた。
お嬢様がそんなことをするわけがない。そもそも、お嬢様は第二王子を愛していない。カケラも愛情を感じていないだろう。しかし、ここ最近お嬢様の表情が翳ることが多い。
少し、気になる。近い国にいる元奴隷仲間に念のため連絡を取っておこう。
嫌な勘というものは当たるもので連絡を取って半年後のことだ。
沈んだ面持ちの旦那様にお嬢様を呼んできてくれと頼まれ呼びに行く。
いつもは俺がついてくるのに何も言わないお嬢様がそれを良しとしないことに一抹の不安を覚える。
そして戻ってきたお嬢様の言葉に俺は硬直することになる。
「セレスト。」
「はい。」
「今日で貴方を解雇とします。今まで感謝しています。荷物をまとめ次第出て行きなさい。」
「………お嬢様。」
「早くしなさい。」
「嫌です、嫌です! 何か粗相をしましたか。申し訳ありません。どうか、それだけは。」
「この屋敷から出ていきなさい。出ていくまでが貴方の仕事です。」
唐突過ぎる宣告に思考が追いつかない。
俺にとってお嬢様に捨てられるということは何よりも、命を失うことよりも辛い。
何故だ? このタイミングで。
荷物をまとめて屋敷を出て行くその瞬間まで、呆気ない終わりに納得が出来ない。
そして、視界の端に映った兵士の姿を見て思いついた。
奥歯を噛み締めて屋敷から離れる。
すぐさま、適当に宿を取り各国に散らばった元奴隷仲間に集結を呼びかける。伝書鳩を飛ばして着くまで三日、帰ってくるまで三日。そして集まるまで1週間と言ったところか。2週間のタイムロスは痛い。
あそこにいた兵士達は、罪人を送るためにいる兵士だ。腕の飾りが特殊で牢の模様が刻まれている。
大方、第二王子とあの女が何かしたのだろう。
その晩に、王城に忍び込みそこそこの地位の役人を誘拐する。
尋問すると案外あっさりと吐いてくれた。無理矢理第二王子にやらされていたらしい。
「も、もともとっ陛下とレストン伯爵の案だったという噂だっ。それを聞いた第二王子がメリル様も殺してしまおうと……ひいいっ殺さないでくれ!」
「レストン伯爵……?……ああ、第二王子のお気に入りの娘の父親か。娘も娘なら父親も父親か……いや、蛙の子は蛙といったほうが正しいのか。」
「そ、そうだ。だから、ロジー公爵家に国税の不正利用、他国との貿易の赤字の責任。メリル様に、フィリーナ様殺害未遂の容疑がかけられている。 ……こ、これで俺が知っているのは全てだだから殺さな、ぐっ」
旦那様の貿易交渉の腕はかなりなものだ。そんな旦那様が失敗をするとは思えない。この場合責任ではなく、誰かが失敗した責任を負わされたといったほうが正しいな。殺害未遂とはよく言ったものだ。この世には嬲り殺されても文句も言えない人間もいると言うのに。
「……あ、ああ。すまない、っともう死んでいるか。悪く思わないでくれ、俺もこうしていることがバレたら不味いんだ。」
剣の先から滴り落ちる血を拭って宿へと戻る。返り血のついた服は脱いで捨てた。
この国が貿易を行なった国を調べて、その国にいる奴らに伝書鳩を飛ばす。これで、貿易の問題は大丈夫だろう。あとは、奴らが上手く旦那様の容疑を晴らし、その上でこの王家に責任をなすりつけてくれる。そのくらい出来なければ他国でのし上がれはしない。
伝書鳩とともに、手紙が届いてから三日後には近くの国にいる奴らが段々と集まってきた。
国税の不正利用について手分けして探すと面白い。王族の他にレストン家や、その他の貴族達も関わっていた。
「この国は腐っているな。」
誰かがそう言った。全くもって同意である。
「そうだ、メリル様に国をプレゼントしましょうよ。そして、私たちは召使いとして働くの、なんて素敵!」
「国をプレゼント?」
「ええ、王族に代わって新しい国をつくるの。」
それを聞くと嬉しそうに集まってきた奴らはそれぞれ行動を始めた。
召使いとして働くと言った部分には同意しないが、お嬢様に国をあげるのはいい考えかもしれない。
お嬢様が治める国はきっと素晴らしい。
「お前らが召使いとなるのは認めない。」
「けち臭いなあ。そうだ、セレストはメリル様に求婚すればいいじゃないか! お前だったらメリル様を任せられる。下手な男に捕まるよりはよっぽどいい。」
「そうだ、お前が王となりメリル様を助けてやればいい、………セレスト?」
「駄目だ。メリル様と結婚した時のことを考えて赤くなってやがる。」
……うるさい。
それはひとまず置いておいて急がなければならない。お嬢様の処刑はあと2週間と少し。一ヶ月もの間お嬢様に会えないのは大変嘆かわしいことだが王城の中にある牢屋は監視がされている。もし、行動を起こすならば処刑されるその瞬間であろう。
それから一週間後には他国で貿易の細々とした書類を偽装した奴らも集まってきた。偽装に案外手こずったと溜息を吐いていた。だが、もう偽装の証拠はどこにも残さず突かれても痛くないそうだ。こいつらもお嬢様の召使いになりたいと煩いので一発蹴りを入れておいた。
国税不正利用も上手く検挙出来そうだ。詰めが甘い。きっと、金の力で偽装したのであろう。ケラケラと笑う奴らは愉快そうにゆっくりゆっくり貴族と王族の首を気付かないように締めていく。
ああ、早くお嬢様に会いたい。きっと、扱いは酷いものだろう。
腹立たしい。お嬢様へと危害を与えるなど。
全てが終わったのは一日前だった。眠る暇もなく、ひたすらにお嬢様のことを考え続けた。しかし、お嬢様が死ぬことと、俺や奴らの体調を比べれば圧倒的にお嬢様が勝つ。お嬢様が死ぬだなんて考えたくもない。もしも、そうなるならばその時は俺も共に。
当日は、剣や弓を習得した奴らと俺が王城へと乗り込み、忍んで行動することが得意な奴らはその他の貴族を捉える。
だが、俺の目に映っているものはなんだ?
なんとか兵士を蹴散らし処刑場まで上がってきた時。
お嬢様は叫んでいた。ボロボロの身体で、美しい髪はくすんでいた。それなのに、旦那様と奥様を庇おうと言葉を発するその姿のなんと気高く美しいことか。
それに対し、そんなお嬢様を嘲笑う貴族らの表情の浅ましく醜いこと。
俺の頰には涙が伝っていた。これは何の感情だ? お嬢様を手酷く扱った人間への怒りか、お嬢様への感動か、無事にいてくれたことへの感謝か。
処刑しようとしている兵士を斬り捨てきつく目を閉じたお嬢様を抱きしめる。ああ、温かい。
生きている、お嬢様は生きているのだ。
少しでも遅れればお嬢様はあの世行きであっただろう。
だが、もうここまでくればこちらのものだ。
後ろでは奴らが喜んで見ていた貴族を拘束している。
そして、
「不正をしたのはロジー家ではない! 王家がしていたのだ! 証拠は持ってきた! 処刑は中止する!」
これで民はこちらに付くであろう。
物語のような話を好む民は扱いやすい。意識を失ったお嬢様の身体をきつく抱きしめて処刑場から暖かいベッドへと運ぶ。
それから一週間後、お嬢様は目を覚ました。この一週間、奴らが自害しようとするのを止めるのに大変だった。「メリル様が死ぬなら……」と……まあ、今考えてみると止めなくともよかったか? 結局、お嬢様に奴らがお仕えすることになってしまった。
目覚めたお嬢様は俺を見つけて大層驚いていた。
「第二王子や王族らは平民へと堕ちました。その他の貴族らは牢へと。色々と不正をしていたようですから、この際に一掃してしまおうと。……ああ、こいつらですか? さあ、誰でしょうね。」
「ああ、そうなの。それはそうと……とても後ろの方、怒っているように見えるのだけど。」
「気にしないでください。」
渋々、お嬢様に手紙のやり取りをしていた奴らだと伝えるととても嬉しそうに奴らと話し始めた。奴らの髪はお嬢様が切った時と変わらない。背丈が変わろうと、顔が変わろうと髪型だけは皆、その時と同じだ。
何故かお嬢様は俺がお嬢様を恨んでいると勘違いしているらしい。
何とも格好のつかないプロポーズではあったがお嬢様は頰を林檎のように赤らめていた。ああ、どれだけこの人は可愛いのだろうか。……………俺は幸せだ。
これは俺が、俺達が、お嬢様に送るハッピーエンド。
「やめてくれ! 俺は王族だぞ! おいっがっ」
男がすっかりやつれた様子の元第二王子の肩に剣を突き刺した。
苦しげな呻き声が路地裏に響く。そして、男の顔を隠していた布が取られる。その瞬間、第二王子は大きく目を開けた。
「お、前はメリルの…………!? っ俺の罰は平民になることであっただろう! なぜっ」
元第二王子は悲痛な声で男に訴えかけてみせたが男の表情は変わらない。昔から知っているその顔が恐ろしくて仕方がない。こんな男であっただろうか。美しいが冷たい顔をしているのは知っていた。メリルと共にいる時には笑っているのも。
しかし、今はその顔は淡々とした感情が読み取れないなんとも不気味な顔だ。
「なぜ?」
男は元第二王子の右肩から刃を抜くと、左肩に突き刺す。
抉るように剣を回すと、元第二王子の額には脂汗が浮かんだ。血が路地裏に鮮やかに飛び散る。
「お嬢様を傷付けた貴方を、殺すことに理由が必要ですか?」
人気のない路地裏に肉の抉れる音と、呻き声が響く。
「あの、女のどこがいいんだ! ぐっ」
男は元第二王子と同じ目線までしゃがみ込むとその金色の髪を掴んだ。男の手から金の糸がはらはらと地面に落ちる。
「貴方がお嬢様にもし、少しでも思いやりを持っていたならば。」
その手は剣を左肩から抜き取り元第二王子の胸元へと刃先を突き付ける。
「こんなに、酷い殺し方はしなかった。首を斬って、あの世にいかせてやるつもりだった。」
男は酷く歪んだ笑みを元第二王子に見せつけた。そして、ゆっくりとゆっくりとその刃を胸へと突き刺していく。
「……貴方のことを、お父様もお母様も、愛しいあの、女もあの世で待っていますよ。」
その目が大きく開かれたのを見届けて一気に剣を背中まで刺し、抜き取るとどさりと音がした。
「終わったか?」
「ああ、そっちは。」
「安心しろ、全て始末した。」
「流石だな。」
現れた大柄な男と共に返り血で汚れた男は路地裏から去っていく。
その顔は先程までの恐ろしい顔とは一変して、愛しい人に会うことを待ち望んでいる緩んだ顔であった。
ねえ、お嬢様。俺が貴女に少しでも危害を与えるものは全て始末します。貴女が安心して生きられるように。それが、貴女がくれた温もりの対価。俺を救ってくれた貴女へ最上級のハッピーエンドを。例え、それが貴女以外が不幸せになる未来だとしても。長年続いた国が滅んだとしても。貴女さえ、幸せであれば俺も幸せです。
『これは私が、お嬢様 に 送るハッピーエンド。』
*****
賢王セレストは元奴隷から生まれた王だった。
セレストは生涯一人の女性、メリル王妃を愛し続けたといわれる。彼の政治は国民を豊かにし、多くの支持を得ていたという。
王妃メリルの周囲には優秀な人材が集まっていたという。彼女はそれらの人間に深く愛され、そして彼女も信頼をしていたと残されている。
ただ、それ以前の王に関しては他国にも一切の資料が残されておらず、遡ることが依然として難しいとされる。セレストが何をして王となったかも残されておらず、全ては闇の中である。
結局、セレストは正義のヒーローではありませんでした。
メリル視点は表向きのハッピーエンドとして、セレスト視点は自分の性癖をがっつり書こう! と思ったらこんな文字数になってしまいました……。お付き合いしてくださった方々、ありがとうございました。
簡単な説明
セレスト→→→→→→→←メリル
メリル視点……なんか従者いじめたら命が助かったー! やったぜ! 両親とも仲良くなれたし、セレストに感謝!
セレスト視点……お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様。
この話の中に何回お嬢様って出てくるんでしょうね。