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媛西電車  作者: Hankyu3058
16/29

⑯桜三里駅「だって好きなんやけん!」

⑯桜三里駅

誰もいないホーム. 通過する電車からは気付づかれにくい山の駅.

次の普通電車まで1時間. 誰にも気兼ねすることはない.

「なんで? 乗り換えは徳島って言ったよね.」

美波が怒ったように言った.

「そんなことわかってる. わざとここで降りたんよ!」

綾奈がブチ切れた.

桜川の手を振り解いて美波は頭を抱えてしゃがみこんだ.

なにかぶつぶつ言っている.

綾奈は美波につかみかかりそのままホームに押し倒した.

まるで床ドンな綾奈の姿勢にびっくりした美波は何も言えず目を見開いていた.

「美波. なんでこうなっているかわかっている?」

美波は何も答えようとせずただ黙っていた

僕は駅名表にもたれかかって成り行きを見守ることにした.

「今日の美波おかしいよっ!」

「切符の買い方聞いても怒るし,電車に対しても文句言うし」

「態度悪すぎっ!」

綾奈は一方的に美波を責める.

美波は全く答えようとしない.

綾奈はさらに言いたい放題まくしたてた.

「桜川もなんか言ってやって」

綾奈が呼吸を荒くしたままいった.

困った.

この状況で僕まで美波を責めたら……

でも今,美波を元に戻さないと…… 戻したい!

「こんな美波,美波じゃない. こんな美波は大嫌い.」

ぎゅっと目をつぶって声を振り絞った.

美波がすごい顔になって急に立ち上がり僕をホームから突き落とした.

「痛っ.」

金属のレール. 木のまくらぎ. そして砂利.

痛いものがそろう線路内に僕は転落した.

「桜川っ!!」

綾奈が再びブチ切れる

「なにしてんの美波っ!!」

僕はレールにぶつけた頭を押さえながらホームにはい上がった.

下が砂利でまぁよかった. 関西行けばすべてコンクリ

そのときアナウンスが鳴り響き急行電車が通過していった. 危ないところだった.

「いい加減にしなよ!! 桜川,死ぬとこだったじゃん!」

綾奈が今度は美波の胸ぐらをつかむ

綾奈がこんなに武闘派だったとは知らなかった…

「美波思ってることをちゃんと言って! 言わんとわからんのよ!」

「いえん. 怖いからいえん」

美波はようやく口を開いたが僕にはよく聞き取れない.

「伝えんかったらなにもかわらんよ? こんな空気で西宮に行きたくないんよ…」

僕がそういったとたん美波の目からぼたぼたと涙が落ちた.

「桜川が, 桜川が」

美波はそういって泣きじゃくった.



「美波.なんか僕悪いことした? したんなら教えて」

「全くしていない. だから怒っとる」

「じゃあなんで? わけわかんないよ.」

「桜川が原因なら綾まで巻きこまんといて.」

「何もしてないのに勝手に起こられて線路に突き落とされるわけ? なんで?」

「嫌いって言われたから」

桜川はすぐにいいかえした.

「今の意味不明に怒る美波が嫌いなんだよ!!」

とうとう美波は声を出して泣きだした.

桜川が続ける.

「いつものやさしい美波のことは好き.だからこんな美波は見たくないの!」

桜川まで涙目になっている. 美波の泣き声が小さくなった.

「優しかった美波に戻ってほしい. それが僕の今の願い.」

綾はようやく美波から手を離した.

そのとたん美波は力が抜けたみたいにホームに倒れこんだ.

綾は美波から離れ駅名板にもたれかかった.

美波の涙止まることなく,ホームをぬらしていた.

「美波? どうしたら元の美波に戻ってくれる?」

「あの刺さった言葉が抜けたら.」

刺さった言葉?

意味のわからないことを美波は言い出した.

「僕,なにか突き刺すような悪いこといった? 記憶ないんだけど…」

「桜川,覚えてないんだ…」

「ごめん. 美波. ごめん. あの,僕…」

桜川が動揺している. 

「綾奈もいわれたはず. 何も思わなかったの?」

「へ?」

ホームの色が美波の顔の周りだけ変わっているのを見ながら考える.

困った. そんなことあったっけ.何も覚えていない.

「美波. お願い. 教えて? 僕が何を言ったか」

涙が乾いてホームの色が戻った頃ようやく美波が言った

「桜川が起きたときに… おはようって言った」

2人とも呆然とした. そんな朝の挨拶.

誰もいちいち意識しないよ. しかもそれそんな胸に刺さるような悪い言葉か?

まったく理解できない.

美波は話を続けた.

「だって,中学生の桜川はほよよ~んとしてて,最初は背も一番低くて,女子力も男子力もなくて,じゃんけんで負けて一番汚そうなトランペット当てて…」

うん,うん,確かにそう.そんな感じだった!

「ちょっ,僕いいとこ無し? 綾奈,笑いすぎ!」

「それに桜川は綾奈の想い人だったし」

待て,いつの話だ.

「だから美波は桜川に惹かれちゃいけないのに,なのに,あのおはようの一言で世界がひっくり返っちゃって,なんかわけわからなくなって…」

それであの態度?これってまさかの告白?やっぱり全然わからない.

桜川はというと,理解不能を通り越して魂抜かれたみたいになってる.

こら!桜川!行け!行ってこい! 桜川の背中を押してやる.

桜川はぎこちない足取りで美波のそばに行ってしゃがんだ.

「美波,ごめん,全然気がつかずに…ひどいこと言ってしもうた」

ってか,桜川無理無理.そんなの誰も気付かないって…

桜川は優しく美波の頭をなでた.

美波の涙が再びホームを濡らす.

「僕,美波のこと好きなんだ.って言ってもはっきり意識したんはついこの間やけど.だから美波が元気になってくれるなら何でもするし,おはようが駄目だったなら,もう言わないようにするし…」

「ちょっと!桜川!あんた何言ってんの?まじで?全然わかってない??」

「え? な,なんかまた僕間違えた?」

美波はというと,涙も引っ込んだみたい.

これは駄目だ~,アホ同士!

「美波ちゃんは桜川のことが一瞬で好きになったんよ! 例のおはようの一言で!2人は両想いなんよ!」

桜川がまた魂抜けた.

仕方ない.二人のところに行って,半強制的に手を繋がせる.

「ほら,これですっかり元どおり.」

『まもなく普通鳴門行きが到着いたします. 危険ですので…』

「あ,電車もちょうどいいタイミングで来た!」

桜川が美波を抱き起こし,立ち上がらせ,背中の汚れをはたいて,髪をなでて直した.

そして突然,美波の両手をとって

「美,美波. 僕と付き合ってくれませんか…?」

と. 電車が入ってくる直前にそれ?

「うん… いいよ.」

美波がまた泣き出した.

やれやれ,わけわからん二人だけど,これにて一件落着っ!

桜川,草食系じゃなくなったなぁ~

ゴルフ場と森に囲まれた桜三里駅が日差しに包まれた.

アナウンスがなり終わって普通電車が滑り込んできた.

一部色が変わったホームに別れを告げる.

美波と桜川の背中が少し黒くなってるけど,私たち3人の心は真っ白だ.

ありがとう. 桜三里.

ボックスシートに座って,何事もなかったかのように笑い,

しゃべりながら私たち3人は電車にゆられて桜の待つ小松へ向かった.

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