⑮媛鉄松山(大街道)駅「荒れる3人」
⑮松山(大街道)駅
「ねぇ 美波なんかあったの?」
台所で朝ごはんを作っている綾奈に話しかけた.
「知らないけどなんか今日は冷たい」
なんで美波は冷たくなっているのか
「なんか訳を聞いたけど定かじゃないし.」
「そっか. どうしたんだろうな…」
美味しそう. 朝ごはんからこんなに美味しそうなものが作れるなんて
でも美波について2人とも納得のいかない状況だ.
とりあえずご飯を食べて出発の準備をした.
ご飯は美味しかった. やっぱり綾奈の料理は最高!
しかし美波は何も言わず下を向いて食べ続ける.
準備のときも下を向いて暗い感じでしかもぼーっとしている.
「さて,西宮に行きましょう!」
「おぉーっ」
綾奈の一声で僕は盛り上がったのに美波だけ何も言わない
まるで人が変わったかのようだ.
そんな美波に2人とも少しいらだちながらも家を出る.
綾奈が何度も鍵を閉めたことを確認して古町駅へと向かった.
大街道へは市内電車で1本. 一人160円.
市内電車は綾奈の家で聞く以上の轟音で電停に滑り込んできた.
オレンジ一色の車両に乗り込んで
3人で楽しく話そうとするけど美波がどうしても暗いので
そういう雰囲気になれない.
しかも人が多い車内. 仮に美波が怒ってうるさくしても困るので
静かに大街道まで轟音を出す車両にゆられた.
大街道は松山城も近く観光客も多い.
スクランブル交差点をわたって媛鉄の乗り場へと向かった.
いろんな人が楽しそうに松山を堪能している中
松山出身の僕たち3人は重苦しい状況で夏の大街道を歩いた.
※
美波が暗い. そんな美波に綾は今,非常にむかついている.
切符の買い方がわからないから美波に聞いたら
「なんでそんなのもわからないの?」
と言われて,少し頭に血が上った.
松山の市内電車は降りるときに運賃箱にお金を入れるし
郊外電車はICカードをタッチするだけなので切符の買い方なんてわかりやしない.
言い返そうとした綾を止めて,
「僕がまとめて買うから」
と桜川が言って,綾に”任せて”とサインを送った.
…あれ? 美波は?
見回すとトイレに入っていく後姿が見えた.
一言ぐらいかけていってよ.
「あれ,美波は?」
「トイレ」
桜川はそう聞いた後に切符を見せてくれた.
5700円の出費は痛いでしょ…
あれ,西宮への1900円切符じゃない!?
帰って来た美波と綾に桜川は切符を渡して3人で改札に向かった.
そういえば… 切符渡して大丈夫だったのかな?
切符を見ればすぐに西宮までじゃないことは美波ならすぐに分かってしまうはず.
ヒヤッとしたけど美波は下を向いたまま機械的に改札を通って
切符の確認もせずすぐにポケットにしまった.
あぶなかったーと,桜川をみると全く気付いていない様子でホームに向かっていた.
大丈夫かな? 任せとけとかいったけど…
普通電車の来るホームに並ぶと
「快速特急じゃないの?」
美波が小さな声で文句を言って
綾の頭は病気みたいに熱くなって顔にそのまま出そうになったけど
桜川に止められた
「まだ我慢して. 媛鉄でも松山市内は込み合っているから.」
たしかに媛鉄も川内までは客がそれなりに乗っている.
家族旅行でいった東京の電車には負けているけれど.
ホームに入ってきた電車は1両編成で立つ人も
ちらほら見られるぐらいの混み具合だった. 席は埋まっている
綾たちは運転席のすぐ後ろのスペースを陣取った.
美波は下を向いてついてきた. 何を考えているのかさっぱりわからない.
桜川が試しに美波に聞いてみた
「ねぇどこで乗り換えるんだっけ?」
「徳島. そんなこともわからないで乗ってるの?」
うわぁ,感じ悪ぅ~
綾は殴りたくなるほど頭が熱くなったが
桜川は我慢しろと,目で訴えてきた
まだ松山駅を出発していない1両編成の電車は
さらに混んできて媛鉄だとは思えないほどいっぱいになった.
これじゃ我慢も何も殴ったら誰かに通報される.
でも今は辛抱しないと.
桜川の作戦を成功させないといけないから.
あのとき桜川が見せたのは350円切符だった.
瞬間まったく意味がわからなかったが桜川の説明ですぐ納得した.
350円区間で降りられる駅. そう桜三里駅だ.
その駅は長いトンネルの入り口近くにある無人駅で
桜三里の次は小松としばらく駅がない.
普通以外はすべて通過するため,この電車が行ったら誰も邪魔は入らない.
桜川はその駅で美波を元に戻そうとしているのだ.
西宮までのながい時間をこんな状況で過ごしたくない.
桜川の優しく,強い決意のこもった350円切符だ.
運転席の後ろに立ったのは降り口が前だから.
扉が開いたら有無を言わさずすばやく美波をつれておりるため.
ほぼ満員の1両編成の電車は地下の松山駅をゆっくりと出た.
しばらく電車にゆられていると地上に出る.
そして駅に着くたびに人が減っていく.
住宅街の中を走る媛鉄は伊予鉄よりも安いので
よくつかわれるのかな?
川内駅を出て他の客は片手で数えられるほどになった.
『次は桜三里,桜三里です.』
車掌のいない電車. その自動放送の声で
綾と桜川は目を合わせてうなずいた.
桜川がそっと美波の手を握った.
美波は一瞬びっくりしたように桜川を見上げたけど
昨夜のこともあってか何も言わず手を握り返していた.
そして再びアナウンス
『まもなく,桜三里,桜三里. 桜三里の次は小松に止まります.』
そして扉が開いたとたん.
桜川が美波を屋根のないホームにひっぱり出した.
扉が閉まった媛鉄はトンネルに消えていった.
次の電車は1時間後. それまでにいけるだろうか.