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らんたん

作者: Stairs

 

 近所の公園で一服するのが日課だった。平日の昼休み、子連れの母親同士が談笑している風景に煙を重ねながら、頭の中を空にして目に飛び込んでくる情報を受け流していく。


 それが日常……と言いたい所ではあるが、僕の日常を形容するには少し言葉が足りない。女の子だ。この時間にこの場所に来ると、決まって女の子がやってくる。


 その女の子の母親らしき人物は未だ見たことが無く、女の子が帰る所も見たことが無い。正確な名前も分からない。僕が知っているのは、彼女が自身の事をらんたんと自称している事だけだ。彼女は小さな体に、満面の笑みを浮かべて僕の下に駆け寄り、「わぁし、らんたんっていうの」と少々舌足らずな声で言う。彼女から聞いた言葉はそれだけ。


 何度会っても「わぁし、らんたんっていうの」とだけしか発さない。話しかけても「わぁし、らんたんっていうの」。何も言わなくても「わぁし、らんたんっていうの」。その繰り返し。


 恐らく障害か何かだろうと、そう思っていたら、遠くで「らんたん」が友人であろう子供たちとサッカーボールを追いかけていた。足は速くないようで、ボールに全く追いつけていない。どんどん遠くなる背中を見ていても、らんたんは楽しそうだった。


 そんな光景を見ていると、障害だろうがなんだろうが、ああして友達と遊べているんだし、いいか、となって。らんたんから目を離した。


「わぁし、らんたんっていうの」


 彼女はらんたん。本名は知らない。何を聞いても「わぁし、らんたんっていうの」、それだけしか僕は聞いた事がない。恐らく発達障害か何かだろう。しかし、手を振ればちゃんと手を振り返してくれるし、微笑みを向ければ彼女も笑ってそれに応えてくれる。


 それに、僕が公園で一服していると、毎回小さな足で僕のすぐ近くに駆け寄り、「わぁし、らんたんっていうの」と満面の笑みを浮かべてくれる。それでいいじゃないか。悪い事なんて何もない。現に今、「らんたん」は子供たちと一緒にサッカーをして走り回っている。ボールに中々触れずにいるが、それでも楽しそうに笑顔を振りまいている。障害云々を考えた自分が阿呆らしい。ああして友達も出来て、遊べるんだから、いいか、となって。らんたんから目を離した。


「わぁし、らんたんっていうの」


 そう言って笑う彼女の名前を僕はまだ知らない。知っているのは、彼女が自身の事を「らんたん」と呼んでいる事だけだ。何処に住んでいるのやら、親は一体何処にいるのやら。何一つとして分からない。


 僕が昼休みに公園にいると、彼女は僕にすぐ気が付いて、駆け寄ってくる。そして、僕の顔に自分の顔を近付けて、「わぁし、らんたんっていうの」、そう言う。それしか言わないので、ある日僕はお母さんどうしたの?と尋ねた。帰ってきた答えは「わぁし、らんたんっていうの」。他にも質問したが、それだけ。障害だろう。だが、だからなんだというのだ。現に今、彼女は友達とサッカーをして遊んでいる。ボールを蹴りながら、一生懸命に走っているではないか。障害があるからといって偏見を持っていたのは自分だった。


 僕は自分が恥ずかしくなった。恥ずかしさを紛らわすように、僕は彼女から目を離した。


「わぁし、らんたんっていうの」


 平日の昼休み。公園に行くと決まって一人の女の子が僕の膝に乗ってくる。彼女は僕の顔を見つめながら、「わぁし、らんたんっていうの」と笑う。彼女の口から出るのは「わぁし、らんたんっていうの」という言葉だけ。だから僕が知っているのは、彼女はらんたんであるということだ。


 彼女は精一杯頑張っている。丁度今、一人でサッカーをしているところだ。ほら、ゴールにボールが入った。一点。こうして友達と遊べているんだし、やはり障害なんて関係ないのだ。僕は己を恥じた。彼女はどうしても同じ事しか言わない。恐らく障害なのだろう。お母さんはどうしたの?お母さんはサッカーをしている。らんたんはお母さんとサッカーをしている。僕は笑ってらんたんから目を離した。


「わぁし、らんたんっていうの」


 昼休み。僕は公園に行く。するとらんたんが僕になる。僕は彼女に笑いながら「わぁし、らんたんっていうの」。それしか言えない。サッカーはできます。恥ずかしいのだろう。ここは公園。友達と遊んでいる。お母さんはどこにいるの。サッカーをして遊んでいる。ボールがお母さんを追いかける。ゴールは速くないらしい。らんたんはおいつけない。らんたんは僕から目を離した。


「わぁし、らんたんっていうの」


 らんたん。




「わぁし、らんたんっていうの」




 近所の公園に僕はいる。僕は楽しそうに走る女の子を見つめながら、呟いた。



 わぁし、らんたんっていうの。


ここまで読んで頂き、ありがとうございます。もしも感想等ありましたら、お願いします。

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