ヒルコ
非常に短い短編ですが、読んで頂けたら幸いです┏〇ぺこ
「また失敗か……」
「そのようね……」
男は、ガラスの向こうに浮かぶ物体を見つめて、ひとつ大きな嘆息を漏らした。
「失敗は仕方ないわ でも、データは取れた 無駄では無いわ」
女は踵を返し、何かの機材の方へと歩いていく。
「そうだな……彼はその命と共に、貴重なデータを残してくれた」
「ええ 私たちには、そのデータを無駄にせず、ひとつ残らず未来に繋げる義務があるのよ」
女が、機材の何らかのスイッチを操作する。
ジ……ジジッ……。
「実験失敗 テストタイプ Hillco 保存室に移送して頂戴」
「了解しました ロミ博士」
――ブッ。
通信が切れる。
「冷凍保存するのか?ロミ」
男は、少し意外そうな顔をしていた。
「ええ、何が必要になるかは分からないしね……それに……」
ロミはそこで一旦言葉を切って、男の方へと振り返った。
「あの子は……Hillcoは、私たちの細胞から産まれた子だからね……ロギ」
「君にしては、随分と感傷的な理由だな」
「自分でもそう思うわ」
そう言いロミは、自嘲めいた笑みを浮かべた。
「だが、そういう君も悪くはない」
「あら」
ロミは、少し驚いたような顔で、ロギを見る。
「確かにあれは、私たちの子供のようなものだ 子供の幸せを願わない親はいないさ」
先程のロミと同じような笑みを、今度はロギが浮かべる。
「そうね……」
そう言い、ガラスの向こうを見つめるロミの瞳は、少し悲しげに、しかし、その奥に確かな決意を湛えていた。
ピロン!ピロン!
「ん……うん……?」
耳元で煩く鳴り続ける音に、ロミは目を覚ました。
「……どうしたの?」
枕元の光るパネルを指で叩くと、ロミは仰向けに寝転び、声をかけた。
「申し訳ありません!ロミ博士」
スピーカーの向こうから聞こえてくる声は、寝起きのロミの頭に、不快に響いた。
「そんな言葉はいいから 何があったのか報告なさい」
「そ……それが……手違いで、例のテストタイプを外界に放出してしまったようでして……」
「なんですって!?」
報告を聞き、ロミは飛び起きた。
「やあ 来たかい ロミ」
「ええ」
ロミが着いた時、ロギは、巨大なスクリーンの前に立っていた。
「下のものが、間違って破棄してしまったようだね」
「随分、落ち着いているのね」
「ん……?ああ」
妙な落ち着きを見せるロギに、ロミは、微かに苛立ちを感じていた。
「こんな事を言うと、君は笑うかもしれないが……」
ロギは、そこで一度言葉を切り、再び視線をスクリーンの方へと戻した。
「もしかしたらあの子自身が、選んだ事なんじゃないか……と、そう、少し思ってね」
「Hillcoが自分で選んだ……?」
「ああ」
Hillcoには、意思など無い。それはロギも分かっているはずだった。それを示すような数値は、何もなかったのだから。
「この景色を見ていたら そんな気がしてきたんだよ」
ロギの視線を、目で追う。その視線の先に見えるスクリーンには、どこまでも続く、揺れる大海原が映し出されていた。
「あの子は、きっと、この広い世界に飛び出したいと思っていたんじゃないかってね ふとそう思ったのさ」
「随分と勝手な解釈ね」
ロミは、短くそう言い放った。
「自分でもそう思うさ」
「でも」
Hillcoに意思はない。それこそ、私たちの勝手な解釈なのかもしれない。私たちもまだ、魂の定義など見つけてはいないのだから。
「感傷的な、勝手な解釈なのかもしれないけれど 私もそう思う事にしたわ」
ロギは一度、ロミの顔を見つめ、再び、青く広がる大海原へと視線をもどした。
そのまましばし、ふたりは、我が子の旅立った世界を眺め続けていた。水平線のその向こうへと。
入浴中に思いつき、そのまま仕上げただけの、この後のストーリーも何も無い、序章のみって感じの作品ですが……読んで下さった方、ありがとうございましたっ。日本神話好きとして、こういう日本神話に題材を得た物を、また書いてみたいなぁ~。