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3:他人の目

 ばつの悪そうな顔をして、中村が俺の教室にやってきたのは試合の翌日だった。

 俺の席の前にやってくると、「悪かったよ」と言う。


「はあ」


 何とも曖昧な声が出る。

 そんなにあっさり謝られるとは思っていなかった。そもそも何を悪かったと思っているんだろうか。そう疑問を抱いたところで中村の言い訳が入った。


「ちょっと雰囲気変えようとしたんだ。まさか竹内がそんなに怒ると思ってなくて」


 幼稚園児時代の俺のように何を謝っているのか分からない、なんてことはないようだ。しかし「ごめん」の一言も無しに胸の怒りは収まるわけではない。何か一言返してやろうとしたところで――。


 ――ふっと白石の顔が思い浮かんだ。


「いや、別に。俺もいきなり怒鳴ったし」


 かろうじてそう囗にする。謝罪の言葉までは言えなかったけど。

 中村は安堵したようで、緩く息を吐き、肩の力を抜いた。


「いや、よかった、よかった。あと半年で卒業なのに喧嘩して縁切れたら笑えねーべ」


 縁と呼べるほどのものがあったっけ。首を傾げた俺だったが、まあ深くは考えないことにした。中村相手にそんなことをやっているとこっちの身が持たない。適当に流すのがコツだ。


「で、あのさ」


 まるでこっちが本題だと言わんばかりに中村が机を挟んで身を乗り出してくる。早く終わんねえかな、と思っていたので、俺は思わず眉に皺を寄せた。


「んだよ」

「やっぱ竹内と白石って付き合ってるんだろ。でさ、なのに山本の奴がさ――」

「おい、ちょっと待て」


 聞き流せない言葉があったような。俺は慌てて中村の声を遮った。


「その嘘はどこの情報だ?」

「へ? 違うのか」

「違うに決まってんだろ!」


 体温がぐっと上がった気がして恥ずかしくなる。あれーと中村が小首を傾げた。ふざけんな、と叫びたいところをぐっと堪えて言葉を紡いだ。


「で、どこからの情報だ?」

「どこってそりゃあ、お前がそう言ってたんだべ」

「言ってねえよ」


 断じて言っていない。事実無根だ。


「いいや、言ったね。山本と話してたとき」

「山本と?」


 山本というのは一つ下の後輩の山本篤志(あつし)のことだった。しゅっとした顔と野球部らしい丸刈り頭。丸い目が合わさってなかなか愛嬌があると思う。俺と同じサードのポジションであり、そして控えの選手だ。なかなかうまい。小学生の頃から地域の野球チームに入っていて、技術はもちろん筋力も体力もある。同い年だったら俺は大会に出れていなかったかもしれない。


「……そんな話なんてしたっけか」

「してた、してた、してました。あんなキリッと『このポジションは譲れない』って言ってたじゃん」

「はあ。それは野球のポジションだろ」


 そのセリフは覚えていた。今年の春だったか、ともかくそれぐらいの時期に『竹内先輩の場所はいい位置っすよね』と言われたのだ。三塁手はいいところだし、同じポジションである後輩からの言葉だ。ポジションを奪ってやる、と宣戦布告されたのかと内心、焦りと高揚を感じていた。

 俺がそう言うと、中村は呆れて坊主頭を搔いた。


「あのなー。あれって『白石先輩の隣にいつもいてうらやましいです』って意味なんだぞ」

「はあ!?」


 何がどうなったらそう解釈できるのか。俺は眉間に皺を寄せる。不機嫌になった俺を中村は気にせず話を続けた。よくも囗が回るものだ。


「あんな潔く言われたらすげーって感じだべ。だから諦めるしかないよなって話してたのにさ、山本の奴が白石も引退するから告ってくるって」

「は?」

「だーかーら、告白! アイラビュー! 白石って綺麗系だしモテてたじゃん。でもいつも断ってたからやっぱ付き合ってんだなって思ってたんだよ」

「誰と?」

「お前と」


 囗をあんぐりと開け、愕然とするしかない。

 帰る方向が同じだから電車に一緒に乗ったりするけれど、それだけで恋愛のどうのこうのと言われたら堪らない。これが思春期の思考回路というものか。


「とりあえず付き合ってない。家が近くで小中も一緒だっただけだ」

「へー怪しー」

「うっせえぞ」


 なかなか立ち去らない中村にイライラとして、俺は次の授業の仕度を始めた。さっさとどっかに行けという意思表示だ。が、中村にそんなものが通用するはずもない。


「なあ」

「なんだよ、まだなんかあるのか」


 素っ気なく言葉を返す。すると中村はとんでもないことを言い出した。


「それってさ、オレが告っても問題ないってことだべ?」

「はあ!?」



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