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⑥【 再出発 】

翌朝。


あの後、フラウは何事も無く目覚めたらしい。

栗色の髪を寝癖だらけにしたリリスに告げられ、私は安堵で胸を撫で下ろした。


「――――起きたと思えば、シャーリーは!? って暴れるもんだからさあ。

 それにしても妹ちゃんは君以上の照れ屋さんだね。

 添い寝してただけであそこまで取り乱すだなんて――ふあ…… 眠た……」


眠そうに目を何度も擦りながら、リリスはやれやれと首を振った。

意識が戻るやフラウは暴れるに暴れたらしく、宥めるのに大分難儀したと言う。

状況も分からずに目覚めたんだと思えば妥当ではあるけれど……。


「もう警戒しちゃって全く話を聞いてくれないから、

 シャーリーちゃんに説得して貰おうかなとも思ったんだけれどね〜。

 ま、無理に起こしちゃうのも可哀想だなってさ……」


広々としたダイニングへと連れられ、金髪をボサボサにしたフラウを見つける。


「ほい、フラウちゃんお待たせ〜。大好きなお姉ちゃんが来たよ〜」


少女は膝を抱えた状態でちょこんと木椅子に体育座りをしており、

金髪をぼさぼさに立たせて、警戒するように周囲をせわしなく見回していた。


「フラウ、おはよう」


「――――シャーリー!! はあ、良かった……」


私が呼びかけるとフラウは飛び上がり、

顔をパアッと輝かせてお腹に勢い良く飛びついてきた。

よしよしとその頭を撫でながら、リリスと顔を見合わせて苦笑を浮かべる。


「姉妹愛が睦まじいようで何よりだよ。

 ほらね、フラウちゃん。リリスお姉さんは嘘を吐いてなかったでしょ〜?」


うりうりと少女の白い頬をつつきながらリリスは言う。

一転してしおしおとした表情に変わり、フラウはぺこりと頭を下げた。


「ほ、本当にすみませんでした……。

 恩人を相手に、僕はとんでもないことを言ってしまったみたいで……」


「うん、良いよっ!」


リリスは腰に手を当てて、あっはっは~と快濶に笑った。

この人は本当に人の出来た――エルフだなあ、と私は感心する。

そりゃフラウもされるがままに髪を撫で回されるわけだ。


暴れていたにも関わらず、リリスからの事情説明はきちんと記憶にあるらしく、

フラウは私と目を合わせてこくんと頷く。

身体の方は何ともありませんよ、と言うかのように。


「じゃ、朝御飯作っちゃうからちょっとだけ待っててよ。

 ……君達さ、そんなに先を急ぐような行商旅でもないんでしょう?

 少しぐらいはゆっくりしていったって、罰は当たらないんじゃないかな?」


彼女の言葉に私達は揃って頷いた。

ありがたくリリスの厚意に甘えさせてもらうことにする。

ここまでお世話になってしまうと、いまさら遠慮することが逆に不躾のようだ。


リリスは寝癖だらけの栗色の髪を揺らして満足気に頷くと、

るんるんと鼻歌を歌いながらキッチンへと立つ。


「さてと〜」


ゆるい掛け声を一つ挟み、リリスは何やらぼそぼそと唱え始めた。

不思議に思ってその様子を眺めていると――何の前触れも無くバチンという音が激しく響き、リリスを中心として青白い閃光が放たれる。


「――――えっ!?」


突如として大きなフライパンが出現した――リリスの手の中に。

彼女はそれを調理台の上へと設置すると、再度ぼそぼそと何かを唱え始める。

リリスの口が動きを止めると同時に、またもや一瞬の輝きと破裂音を伴って、今度は火がフライパンの下に轟々と燃え盛り始めた。


「ふんふんふ〜ん♪」


驚愕の光景が、今まさに私の目の前で進行していた……。

口をアワアワさせながらアレ、アレ! と必死な仕草を見せると、

フラウは別段驚く様子もなく、眼鏡を持ち上げて淡々と語り出した。


「どうやら掛け値無しに"魔法"のようです。

 魔力を対価に精霊とやらを呼び出して、その力を貸してもらうのだとか。

 この世界では魔法がああして日常生活にも溶け込んでいるのですね」


飲み込み、早いなあ……。

しばらく唖然として見ていたが、重要な事をはっと思い出してフラウに尋ねる。


「魔法と言えば――フラウは私を救ってくれた時、魔法を使っていたんでしょ?」


可愛らしい仕草で頬を掻くと、フラウは釈然としない口調で言う。


「状況から推測するとそういう事になるようですが……。

 リリスさんによると、精霊は契約を結ばなければ決して使役できない、と。

 そんな怪しい存在と契約した記憶は僕にはありませんしね……。

 十中八九、あのよく分からない石に関係があるのでしょう」


そう言って、リリスの魔法尽くしの調理風景を興味深そうに眺めるフラフ。

眼鏡の奥の空色の瞳は、玩具を与えられた子供のように輝いていた。


-------------------------------------------------------------


その後、私達二人は山盛りの料理をたらふくご馳走になった。

どれもこれも信じられない程に美味しかったので、一体どういう料理なのかとリリスに尋ねてみると、一切聞き覚えのない素材名や料理名ばかりが返ってきた。


私とフラウは顔を見合わせて苦笑する他無かった。


『んじゃ、私はフラウちゃんとお風呂に行ってくるから!』


『えっ!? ちょっ、ちょっと待って下さいっ!!』


と、リリスは魔法で用意した食器を重ねて魔法で一瞬で片付けてしまうと、

フラウをおんぶして元気よく消えてしまった。

背負われた少女の助けを求めるような絶望の瞳は忘れられない。南無……。


-------------------------------------------------------------


「――――アナムスガルドへは、このままダナウ街道を半日も進めば到着するよ。

 いくら私がこの周辺を監視しているからとは言っても、

 街道を迂回して森を進むような山賊達まで排除することは出来ない。

 安全とは到底言えない道程になるから、山賊と魔物には注意するようにね」


リリスの言葉通り、私達の馬車はちゃんと繋がれたままになっていた。

家の前でその荷台にせっせと荷物を積み込みながら彼女は助言を与えてくれる。


"魔物"。


魔法という非現実極まりない超常現象を既に目にしてしまった今では、流石に飛び上がる程の驚きは無いが、やはり出会わないに越したことは無いのだろう。


「送っていってあげると言いたいところだけれど、私にも任務があるからね。

 道中の君達の身は、やっぱり君達自身の力で護るしかない……。

 そこで君達にはこれを預けておこうと思う。丸腰は流石にマズいでしょ?」


私の腕の長さ程はある剣鞘をぽいと軽く放られ、慌ててキャッチする。

本物の剣とは思えないぐらいに、それは驚くほどに軽量だった。

柄を引き抜いてみると、冷然とした銀色の両刃が鋭い輝きを放っている。

そのまま腰のベルトに差し込んでみると、元から在ったかのように剣鞘は馴染む。


フラウはといえば、ゲームや絵本の中で見たことのあるような、

樹木を削り出して作られた己の背丈ほどの長杖を両手で握らされていた。

白樹の長杖の先端には赤々とした宝石らしきものが嵌められており、

強烈な太陽の光に照らされてギラギラと妖しげな煌きを反射している。


「うん、二人とも中々サマになってるよ。

 その精霊剣の名は"ヤ・ミレア"。その導杖の名は"ヤ・アルタハレ"。

 顔見知りのドワーフが造ってくれた一品だから、決して悪いモノじゃないよ」


「ありがとうございます。何から何まですみません」


私達が揃って深々と頭を下げると、「いいって」とリリスは照れ臭そうに笑った。

そして思い出したように懐を漁り、元は羊皮紙と思しき小さな紙片を取り出す。


「危ない危ない、忘れるところだった――はい、これも渡しておくよ」


「えっと……。これは何ですか?」


紙片には、リリス・カーマインという署名と血判がぽつんと残されていた。

不思議そうに私達が眺めていると、彼女は困ったような笑みを浮かべる。


「も~、やっぱり君達さ――オライオンの出身だなんて大嘘でしょ〜?

 それはね、私がアナムスガルドへの通行を許可しましたってことだよ!」


唐突に事実を見抜かれ、私とフラウはげっと顔を見合わせる。

慌てて取り繕おうとするが、彼女はどうやら全てお見通しらしい。

観念して全ての事情を打ち明けることにした。


「いつからバレていたんでしょうか……?」


「あっはっはっはっ! そりゃ最初からに決まってるじゃん!

 商会ギルドの証明書も持っていない商人なんて、王都には絶対に入れないよ?

 もしも本物の行商人なんだとしたら、私が検問を仕掛けた段階で証明書を見せてこないのは明らかにヘンな事なんだよ。証明書さえ見せてくれれば検問の必要は無くなるからね。行商旅の帰りですっていうのは真っ赤な大嘘ってわけ!」


 にやにやとした笑顔で語るリリスに対し、落胆してがっくりと肩を落とす私。

 上手いこと場を凌いだと思っていたが、完全に泳がされていたという訳だ……。


「それに君達の馬車の荷台に積まれているクリスタルもね。

 あんな高濃度のクリスタル――どうやっても売れ残るわけがないんだよ。

 普通の魔導師なら喉から手が出るぐらいに欲しがるような品なんだからさ」


リリスが言うクリスタルとは、間違いなくあの乳白色の石の事だろう。

その殆どが山賊達に奪われてしまったのだが、そんなに有用な品だったのか……。


「私が嘘を吐いているのを分かっていたのに、泊めてくれたんですか?」


そうだ。ならばリリスは私が嘘八百を並べ立てているのを分かっていて、

私達に害は無いと村人達に説明し、家へと招き入れてくれたということになる。


「可愛い娘さん達と一夜を共に過ごしたいってのもあったけどね。

 ……ま、君達には何だか大変な事情を感じたんだよ。詮索はしないけれどさ」


リリスは快濶に笑い、村人達に気付かれる前に早く出発した方がいい、と促す。


私達はぺこぺこと何度も感謝で頭を下げながら、彼女の誘導の元、

がたんごとんという揺れが少し懐かしく感じる馬車を村の外れまで移動させた。


「シャーリーちゃん、ちょっといいかな」


「はい?」


リリスが私の肩を組むと、耳元に囁くようにして言う。

そんな様子を見て、フラウが空色の瞳を不思議そうにこちらへと向けるが、

何やらリリスに握らされた間食をパクパクと齧っているようで寄っては来ない。


「妹ちゃんには、あまり魔法を使わせない方が良い」


リリスは今までにないほどの真剣な表情を浮かべて語った。


「精霊の概念すら理解しないまま治癒魔法を発動させてしまうだなんて、

 あの子は間違いなく天賦の魔法の才を持っているだろう。

 ……でもね、魔力の消費量ってのは高次元な魔法ほど倍々に跳ね上がるんだ。

 今回は運良くあの程度の軽い疲労状態で済んだけれど、

 次に唱えた魔法で彼女が魔力切れに陥った時もそうなるとは決して限らない」


魔力を使い切ると、魔法は力の供給源として術者の生命力を消費してしまう。

それは昨晩リリスから聞いた事で、フラウが強い眠気を訴え続けた原因だ。


「だから少なくとも――自らの魔力の限界消費量を把握できるようになるまでは、姉たる君が妹ちゃんの身をしっかりと護るんだよ」


「――――分かりました。これからは私がフラウを護ります」


リリスの言葉に力強く頷き、私は腰に下げられた剣鞘を無意識に見下ろす。

私は戦わなければならない。フラウの為にも、己の為にも。


「よし、流石はお姉ちゃん! その言葉さえ聞ければ私も安心だっ!」


リリスは勢い良く背中を叩くと、私を軽々と持ち上げて馬車へひょいと乗せた。

やっぱり、とんでもない力持ちだなあ……。


「シャーリーちゃん、フラウちゃん、本当に気を付けるんだよ。

 もしも身に危険を感じたら、いつでも私のところへ帰っておいで」


最後に私達二人を抱き締めてから、リリスはゆっくりと馬車から降りた。


操馬席に座った私は手綱を力強く引き、馬車を再び発進させる。

頼むぞ、黒馬号(仮)。どうか、私達をアナムスガルドへと運んでおくれ。


「――――本当にありがとうございました! リリスさん!

 アナムスガルドでの旅が一段落したら、また必ず会いに来ます!!」


「……うん、待ってるよっ!」


ぶんぶんと大きく手を振って、私達は栗色の髪のエルフに別れを告げた。


背後のタストの村の姿が少しずつ小さくなってゆく。

遠く離れ――その姿が完全に見えなくなってしまうまでの間、リリスはその手を振り続けていた。

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