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⑤【 アンラッキー・スケベ 】

村の最端に位置するリリスの家は、一人暮らしにしてはかなり大きく、

少女二人を泊められるスペースは十二分にありそうだった。


久々に感じる屋根の下で、私はようやく肩の荷が下りたような気がした。


「とりあえず、妹ちゃんはここに寝かせておこうか。

 この眠りの深度は、間違いなく魔力切れの兆候だよ。

 結構な無理をしたんだろうなあ……。はい、よいしょっと」


腕に抱っこしていたフラウをベッドへと横たえながら、リリスは言う。


「魔力切れ、ですか?」


私が不思議に思って尋ねると、リリスはフラウの頬を優しく撫でながら頷いた。


「魔力が枯渇している状態のまま魔法を使用してしまうとね、

 魔法術式は、不足分の魔力をその人間の生命力で補おうとするんだよ。

 ……それによって生じるのが寿命の減退や、急激な肉体の老化だったりする。

 大魔導師達はともかくとして、魔法使いや魔導師にはよくあることなの。

 君達みたいな子供のヒューマンは、特に身体の魔力保有量が少ないからね」


説明を終えると、リリスはフラウの髪留めや服をテキパキと外してゆく。

何をしているんですか!? と私がその手を止めさせようとすると、

寝やすいようにしてあげなきゃダメでしょ、と至極真っ当な意見を述べてきた。


私はリリスの指示に従い、預かったタオルをボウルのお湯に浸しつつ、

フラウの白い肌をせっせと拭いてゆく。傍から見ると、さぞや妖しい光景に映ることだろう。


「――――んぅ……」


フラウの健やかな顔を見下ろしながら、私は罪悪感に苛まれる。

瀕死の私を救った凄まじい治癒能力は、やはり魔法によるものだったのか。


今まではあの乳白色の石が発生させた奇跡だとばかり考えていたが、

リリスの弁によると、あの場ではフラウの力が確かに関与していたらしい。

私が放ったハッタリの通り、少女は本当に魔法を使用していたということだ。

私の命を救うために、その身を磨り減らして。


「あー、ごめんごめん……! 余計な心配をさせちゃったかな?

 生命力を消費させてしまうと言ってもね、さっきの例は重症中の重症だから。

 今ぐらいの消耗なら、ちゃんと睡眠さえ取れば何も問題ないよ!

 そんな不安気な顔をしなくても全然大丈夫だよ。ほら、よしよーしっ!」


リリスは私を胸の中に力強く抱き締めて、ぐしゃぐしゃと頭を撫で回す。

いや、本当は私の方が全くもって年上の筈なんだけれど……。

こうされていると、何故か安心してしまう自分がいた。


「よしっと、フラウちゃんはこのままゆっくり眠らせてあげようね。

 それじゃあ、()()はお風呂に行こうか!

 シャーリーちゃんも、そのままじゃ綺麗な髪が台無しだよ?」


すんごい土埃だらけだし、とリリスは私の白髪を指で梳きながら言う。

予想外の展開に唖然とする私は、引き摺られるようにして部屋を後にした。


「――――あ、あの~」


マズい。この流れは、非常にマズいぞ!

リリスにズルズルと引っ張られながら、私は身体中に厭な汗を掻いていた。


「お風呂、ですか……?」


「フラウちゃんとも一緒に入りたかったけど、あの状態じゃ溺れちゃうからね。

 ふふ、リリスお姉さんと二人で浸かろうねえ~」


愉快そうに、そして妖しげにけらけらと笑う栗色髪のエルフ。


その三白眼の瞳は、先程から私の胸元や腰周りをじいっと凝視している。

リリスが底抜けの善人であるのは先程までのやり取りで重々承知なのだが、

何故だろう。私は、すごく身の危険を感じているぞ…………!

健全な男子ならば合法なラッキースケベと考えるべきシーンだろうが、私のような年配者からしたら年若い女性とお風呂を共にするなど、ただの罪悪感しか沸いてこない。


「いえ、あのっ、私、お風呂は入らなくても――――!」


「年頃の女の子が一日でもお風呂に入らないなんて、私が許しませ〜ん。

 フラウちゃんも後で一緒に入るし〜」


いやいやと駄々をこねる様に身体を振り乱して魔の手から逃れようとするが、

リリスは恐ろしく力が強く、拘束は全くもって外れようとしない。

もしかして私があんまりにも弱すぎるのだろうか……?


「じゃ、じゃあ、リリスさんから先に入って下さい……!

 私は二番目で結構ですからっ!」


バンザイ状態で引き摺られたまま私はリリスへと必死に進言するが、

彼女は聞く耳を持たぬまま、満面の笑みでズンズンと家の中を進んでゆく。

断頭台に連れて行かれる死刑囚のような気持ちだった。


「――――もー、さっきからなーに照れてんのさ?

 泣き顔を見させてもらったような仲じゃんか?」


抵抗虚しく、とうとう石造りの浴場まで引き摺り込まれてしまった。

へらへらと笑いながら、リリスは私のほっぺを指でツンツンとつつく。


この世界には、タオルで身体を隠すという習慣はどうやら無いらしい。


――――リリスは、引き締まった女性の肢体を惜し気もなく露にしていた。

私は彼女のあられもない姿を見ないように敢えて背を向けるのだが、

リリスは何故か正面へ正面へと回り込んでくるので、無益な攻防がひたすら続く。


「ねえ、シャーリーちゃん。疲れてるんなら私が脱がせてあげてもいいよ?」


長耳をピコピコと上機嫌に上下させながら、リリスは平気な顔で言う。

もしやとは思っていたのだが、この人、本当に……。

いや、やめよう。恩人に対してこの考えは野暮になってしまう。


「あんまり見ないで下さいね……」


私はどうにかリリスの裸に視線を合わせないようにしながら、

土埃で酷く汚れた黒い革服のボタンを一個一個外してゆく。


「あっはっはっはっ! はいはいっと〜」


すまない、白髪の少女よ。本当にすまない。

戦いはしたけれど、私にはどうしようもできなかった……。


「うう、ごめんなさい、ごめんなさい……」


罪悪感に苛まれ、誰ともなしに謝罪の言葉を述べながら、更に服を脱いでゆく。

身に覚えのない衣服をキャストオフしてゆくのは何とも不思議な感じだ……。


絹糸のような触感の赤いシャツを脱ぎ、

下に着用していた白のインナーシャツを脱ぎ、

ベージュのハーフパンツまで脱ぎ捨てると、

とうとう上下を合わせて私は下着一枚の格好へと変わり、

それに伴って少女の信じられないぐらいに白い肌が露になった。


「あっ」


見ないでと頼んでおいたにも関わらず、リリスは私のことを凝視していた。

目が合うと慌てたように視線を逸らしピューピューと白々しい口笛を吹く。


「はあ……」


この際はもう気にしていてもしょうがないか……。

下着を潔く脱ぎ捨てて、リリスの用意してくれた着物籠へと放り込んだ。


「――――う~ん。さっきはヒューマンにしか見えないって言ったけれど、 

 君達姉妹は、まるでエルフみたいに肌の色が白いよね。

 シャーリーちゃんに至っては髪まで真っ白だしさ。

 その紫色の瞳もヒューマンでは絶対にありえない色だし……」


心地良い温度の湯船に浸かりながら、リリスは不思議そうに呟く。

私はと言えば、リリスとの距離を測りながら、

万が一にでも肌が触れ合わないようにと細心の注意を払っていた。


「あー、そうだ、その右腕のことなんだけれど……」


幾分か心苦しそうに尋ねるリリスに私は頷いて、

白濁色の湯船の中から右腕を持ち上げて、矢で負った傷口を見遣る。


痛々しい傷痕こそは残っているけれど、

出血はほとんど止まっているようだし、痛みについても全く問題ない。

フラウが魔法で治癒してくれる前の酷い状態と比べたら月とスッポンである。


「道中で山賊と遭遇した時に弓で射られてしまったんです。

 瀕死の状態だった私をフラウがどうにかして治してくれました」


矢傷の事情を簡単に説明すると、

リリスは仰天したような表情で私を見る。


「――――あの子が、瀕死の傷を治したの?

 治癒魔法の使用は大魔導師でも手こずるような難易度なんだよ?

 それをフラウちゃんはあの年で……?」


信じられないという様子でぶつぶつと呟いてから、リリスはぽつりと謝った。


「とにかく、ごめんね。国土の治安維持が責務の身としては本当に責任を感じるよ。

 ここ最近のオライオンの情勢はとことん最悪だからね……」


何かあったんですか? と私が素朴な疑問を口にすると、

リリスは目を丸くしながら不思議そうな顔で言う。


「いやいや、何って……。ヨクト様が姿をくらましちゃったじゃん。

 さっき君が冗談にしたベルスタット家の第十四代当主様だよ?」


「――――っ!」


ヨクト。その名を耳にした瞬間、刺すような頭痛が私を襲った。

思わずこめかみを押さえて呻くと、リリスが心配そうな表情で寄ってくる。


「あれ、大丈夫? のぼせちゃったようならもう上がろうか?」


「……すみません、もう収まりましたから。続けて下さい」


リリスは私を支えるようにしながら、オライオンの事情を説明してくれた。


「ヨクト様は、アルトラム最強の大魔導師っていう触れ込みで、

 オライオンから諸外国への絶対的な抑止力になってくれていたんだよ。

 で、そんな武力の象徴を失った事が周囲の敵対国へバレてしまってからは、

 オライオン国境線での小競り合いが常に絶えなくなってねえ〜……」


そう言いながら大きく背伸びをしたせいで、形の良い胸が丸出しになる。

あわあわと目を逸らすと、本当にヘンな子だね、と彼女はおかしそうに笑った。


「――――ま、そういう色々な経緯もあってさ。

 兵士や騎士がみーんな前線に駆り出されちゃって国内の治安は悪化するわ、

 国力低下の影響で職を失った人々の犯罪行為は横行するわ、

 帝国との争いで、エルフとヒューマンの間の確執は更に溝を深めるわ……」


やれやれと首を振ると、その指先を私の鼻頭にぽんと置く。

図らずしも寄り目状態になる私を見て、リリスはおかしそうに吹き出した。


「特に、君達の行こうとしているアナムスガルドなんて最悪だよ?

 ヨクト様を失ったベルスタッド家が完全に弱体化したもんだから、

 その後釜狙いの貴族達が血眼で権力争いをしている真っ最中だからね。

 私みたいな神殿騎士もこうやって取り締まりに励んでるってのにさあ……」


しかも一人だから大変のなんのって。

リリスは気持ち良さそうに湯船に浮かびながらぶつぶつとぼやく。


「リリスさんはこの村の警護を一人で行っているんですか……!?」


「人手不足だからっつって、お上の命令で私だけがここに送られちゃってさあ。

 しかもタスト村の人達にはエルフってだけですっごく嫌われてるし~」


山賊との遭遇時を思い出して思わず尋ねると、驚くほどけろっとした表情でリリスは答える。


「山賊が複数名で村を襲ってくるようなことだってあるでしょう?

 危険ですよ、こんなところを女性一人で警護するなんて……」


私が懸念を口にすると、リリスは複雑そうな表情を浮かべて苦笑した。


「あー、そっかそっか、なるほどね。心配してくれてるのね。

 ――――ふふん、いいかね、シャーリーちゃんっ!

 王陛下の守護を司る神殿騎士はオライオンにたったの十名しかいないのだよ。

 そしてその誉れ高き一人こそが、このリリス・カーメリアなのさッ!」


湯船から勢い良く立ち上がり、素っ裸の姿でリリスは自慢げに己を指差した。

色々な部分が丸見えになり、私はキャーッと目を手の平で塞く。


「山賊如きにゃ百人掛かりでも負けやしないね!」


「で、でも、王様の守護を任されるような偉い騎士が、

 どうして村の警護なんかに配属されているんですか……?」


顔を真っ赤にしながら尋ねると、リリスはしょんぼりとした様子で湯船に戻る。


「ダ、ダナウ街道はアナムスガルドへの重要経路だしね……!

 神殿騎士がいれば村民も安心でしょってのもあるし!

 まあ、ぶっちゃけ、ちょっと自由奔放にやり過ぎた罰っていうか……」


「そ、そうなんですか! お、お仕事に熱心で何よりですねっ!」


「まあねっ! ははははっ! はあ~あ……」


どうやら、痛いところを突いてしまったようだった。


「――――ああ、傷付いたな~……。どこかの誰かに、癒してほしいなあ~……」


お互い無言で湯船に浸かっていると、思い付いた様にリリスが口にする。

ハテナ顔で彼女の顔を見遣ると――その瞳は何やら妖しい色を映していた。

猛烈な身の危険を感じ、愛想笑いを浮かべつつ距離を取ろうとする。


リリスは前傾姿勢を取ったまま、私との間をじわじわと確かに詰めてきた。


目が怖い……。


「ご、ごめんなさい……」


とうとう浴槽の端にまで追い詰められ、震える声で必死に謝る。


「やっほうっ!」


完全に聞く耳持たずの暴走状態に陥ったリリスは、

五指をいやらしく準備運動させると、私に向かって飛び掛ってきた!


「ちょ、ちょっと待って、本気なんですかっ――――!?」


あなた確か、誉れ高き神殿騎士の一人とやらじゃなかったでしたっけ……。


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『――――シャーリーちゃんはこの部屋を自由に使ってね。

 妹ちゃんの具合は私がしっかりと見ておくから、心配しなくて良いよ。

 今日はもうゆっくりとお休み。じゃあね』


お風呂場での壮絶な一幕の後、リリスから寝巻きと下着一式を貸してもらって、

私は広々とした個室の一つへと案内されていた。


部屋に連れて来てもらうなり、備え付けのベッドへと身を投げ出し目を瞑る。

リリスが何か作ろうかと尋ねてくれてはいたのだが、私は首を横に振った。

疲労による睡眠欲が食欲に完全勝利してしまったのである。


「はあ、疲れたなあ…………」


一日がこれほど長く感じたのは、本当に久々の事だ。


目が覚めるなり馬車に乗っていたかと思えば、そこでフラウと出会い、

恐ろしい山賊達に遭遇し、命からがら逃げ延びたかと思えば弓で射られ、

瀕死の状態を魔法の力に救われ、ようやく村に辿り着いたかと思えば拒絶され、

リリスの温かい善意に涙を流し――今は何とかベッドの上で眠る事が出来ている。


『今日を生き延びる事が出来た』


真剣にそう感じ入ってしまうような日が、果たして元の世界にあっただろうか?

右腕の矢傷を眺める度、これが夢物語ではないのだと再認識させられる。


――――私達は、これからどうなってしまうのだろう……。


取り留めも無い事を考えている内に、私は深い眠りの中へと誘われていった。

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