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④【 タストの村の出会い 】

――――気付けば太陽は完全に沈んでいた。

光源になるような物を一切持たない私達は、夜の闇にすっぽりと包まれている。


乳白色の石を再度光らせてみようとフラウが試行錯誤していたのだが、

結果、石は最後までうんともすんとも言わなかった。

私も促されて挑戦してはみたけれど――結果は同上である。

『ふっ!』とか『はっ!』とか、それっぽい感じで気合を入れてみても、

やはり黙して語らずを貫く石を見て、がっくりと肩を落とした。


「ほら、気をしっかり持って……」


「…………すみません。

 何だかさっきからすごく眠たくて――ふわあ…………」


ずり落ちた眼鏡を持ち上げて、フラウはうとうとと漏らす。


今にも寝落ちしそうになる少女をお腹に抱えながら、

仄かな月明かりだけを頼りにして、街道を逸れないように馬車を操作する。

半分は馬に任せ切りだが、彼も慎重に脚を運んでくれているようだ。


――――それにしても弱ったな……。

人用に切り開かれた道であるとは言え、両脇は深い森である。

野生の獣がいつ腹を空かして出てこないとも限らないし、

加えてこちらは丸腰の少女二人だ。さぞやご馳走に映ることだろう。

もしもが起きようものなら、いよいよ手の付けられない事態に陥ってしまう。


どちらにせよ文句を吐かずに黙々と進むしかないな。

こんな危険極まりない場所でフラウを野営なんかさせられないし――――!?


「――――あ、あああーーーっ!!!」


唐突に、歓喜の叫びを思わず上げてしまう。


何だ何だ!? とフラウが仰天した顔を向けてきた。

寝惚け眼を擦りつつ、少女は私の指が示す先へと視線を遣る。


「あーーーーっ!!!」


遥かに灯る明かりに気付いたフラウはぴょんぴょんと飛び跳ねて、

アレ、アレ! と嬉しそうに私の肩を何度も叩く。


この世界で私達が出会ったものと言えば凶悪な山賊団だけである。

しかもその場合は出会ったというよりも、遭っちゃったと表現する方が正しい。

衝撃と痛みの連続だったこの旅にようやく希望が見えた気がする。


「――――よし、急ごうっ!

 ひょっとすると、ベッドの上で眠れるかもしれないよ!」


「おーっ!」


――――と、まあ。ここまでは調子が良かった。

私達はバッタンバッタンと激しく上下する馬車の揺れも全く意に介さず、

村の放つ暖かな光へと向かって全速力で進んだのである。


タストの村はフラウのメモの通り、確かに存在していた。


当のフラウはと言えば、道中で眠気による完全ノックアウトを喰らい、

背後の荷台で猫のように丸まり、すやすやと寝息を経てている。

あの振動の中でも眠れるぐらいに疲れていたのかと思うと、かなり不憫だ……。


タストの村には木造建築の質素な家が疎らに立ち並び、

他にも畑や動物小屋らしき建物、水車や井戸なども配置されていたりして、

規模こそ小さいが、まさに中世のオーソドックスな村という様相を呈している。


「すみませーんっ! どなたか、いらっしゃいませんかーっ!?」


馬車のガタゴト音に負けないように懸命に声を張り上げ、村人を探す。

しかし一向に返事は無く、村の中は不気味な静寂に包まれていた。


――――妙だなあ……。

それぞれの家の明かりはちゃんと点いているし、

畑の上には黒土の付いた鍬が放り出されているし、

井戸の周囲には飛沫がくっきりとその跡を残しているし。

人の気配も形跡も数えてみれば山程ある――なのに、誰も姿を現さない。


「ちょいと、そこの白髪のお嬢ちゃ〜ん!」


とにかく馬車を停められる場所は無いだろうかと辺りを見回していると、

しんと静まり返っていた村の中に、女性の声が響き渡った。


「はいっ!!」


お嬢さん呼びにも既に慣れたものだ。人間の適応能力ってすごいや。


ようやく第一村民を見つけた! と嬉しくなった私が元気良く返事をすると、

声の主は背もたれにしていた家の壁を足の裏で軽く蹴って、

悠然とした動作で馬車に向かって歩いてきた。


揺らめく松明の火に赤々と照らされて、その姿が明らかになる。


短く整えられた栗色の髪に、飄々とした声と特徴的な三白眼。

私(というよりはこの身体)よりも、一回り程年上といったところだろうか?

黒金の軽鎧に身を包み、背には剣が収まっていると思しき長鞘。

……この世界の住人達は、もしや全員が武装しているのか?


――――そして何よりも印象に強いのは、その尖った長耳である。

妙だなと思いつつも、私は出所の分からない既視感を覚えた。


「あのっ! 私達は――――」


ようやく村人を見つけた喜びから、

私が手を振り上げて満面の笑顔で話し掛けようとした時のことだった。

女性は眼にも留まらぬ速度で背へと手を伸ばし、すらりと得物を抜刀した。

そして、その銀色の長剣の切先を一瞬の迷いもなく私へと向ける。


「えっ……?」


あまりにも予想外の剣呑な対応が返ってきたので、私は思わず言葉を呑んだ。

そ、そんなに悪い事しちゃったの……?


「……ハイ、動かないでね〜。

 ――――とりあえず、馬車、そこで停めてくれるかな?」


鋭い三白眼の瞳に警戒の色を濃く滲ませて、

長耳の女性は私の一挙一動を注意深く観察していた。

しなやかかつブレの無い所作は、熟達した戦闘技術を感じさせる。

先程の山賊達とはどうやらモノから違うようで――僅かな隙も見当たらない。


この世界に来てから、何だか敵意を向けられることばかりだ……。


既にタストの村の中心へと足を踏み入れてしまったので、

この入り組んだ地形の中、馬車を翻して逃走というのは不可能だろう。

私は渋々と彼女の命令を了承して手綱を引き、馬脚を完全に停止させる。


「さ、降りてきて。出来るだけ、ゆっくりとね。

 私も君みたいな年頃の女の子は傷付けたくないから」


年頃の女の子だなんて滅相も無いです。中年のおじさんです。

もしかして、私がくたびれた親父姿のままここに現れていたら、

問答無用・斬り捨て御免でバッサリ三枚におろされていたんじゃなかろうか?

そう思うと、幾分かゾッとする話だ……。


「………………」


全感覚を耳へと研ぎ澄まし、聴覚のみを鋭く尖らせる。


やっぱりか。


この長耳の女性の他にも、多数の気配と視線を感じる。

複数名の人間が逃走経路を塞ぐように陣取っているようだった。

もしも私が暴れ出すような事があれば力尽くで捕縛する算段なのだろう。

加えて地の利は圧倒的に向こうにある、か……。


「はあ…………」


私は馬車による逃走を諦め、素直に降りることにした。

こうなってしまうと、もうなるようにしかならないな……。


降り際に荷台のフラウの様子をちらりと伺うが、

幸福に満ち溢れた顔でムニャムニャと可愛らしい寝言を呟いている。

今だけは少女に幸せな夢を見させておいてあげよう……。


「ご協力に感謝するよ。

 まあまあ、そんな不安気な顔をしなくても大丈夫だって!

 君が暴れさえしなければ絶対に手荒な真似はしないから!」


「さっき遭遇した山賊達も同じようなことを言っていました。

 ――――私を奴隷にしようとして」


苦々しく言ってみせると、女性は厳しい表情を崩してポカンと口を開ける。

これは相手が山賊なのかを確認するための一種の賭けだった。

村とは名ばかりで、山賊の根城になっている可能性が無い訳でもない。

じんわりと冷や汗を掻いていると――女性は意外にも声を上げて笑った。


「――――あっはっはっはっはっはっ!! そりゃあそうだよ!

 奴らからしたら、きっと三日振りの肉ぐらいには美味しそうに見えたろうね!

 君みたいな別嬪さんが一人で旅してたんじゃあ狙われもするってぇ!

 その白髪、ぜっっったい目立つもん!! あっはっはっはっ!!」


一頻り爆笑した後、彼女はうんうん、と安堵したような表情で頷いた。


「……あの手の下種な商売を生業にするヒューマンは、ここらは特に多いからね。

 とにかく君が捕まらなくて本当に良かったよ。

 ――――ま、それとこれとは話が別だ。そのまま、動かないでね」


女性は真剣な表情に戻ると、剣を私の喉元に向けたまま距離を詰めてくる。

私は完全にお手上げ――つまりホールドアップの姿勢を取り、

こちらの害意の無さを必死にアピールしようとしていた。


「はあ…… やるしかないか……」


あと一歩踏み込んでしまえば剣先が首筋に届くという位置まで歩み寄ると、長耳の女性はぼそりと呟いた。

私が何事かと目を丸くしていると、彼女はすうと息を大きく吸い込む。


「――――我は、オライオン王国に身命を注ぐ誉れ高き神殿騎士が一人ッ!

 其の名をリリス・カーメリアと申す者!

 タストの村における警護の任を王陛下の名の下に遂行するにあたり、

 その来訪者たる貴女の名と身上をお聞かせ願いたい!」


あまりにも唐突に、彼女は声を高らかにして己の名前と素性を明かしてきた。

なんともまあ堂々たる自己紹介っぷりであろうか……。

斬られてしまうのかと思って一瞬身構えたが、とんだ見当違いだったようだ。


「あはは……。ほら、一応ね、一応……。

 騎士には形式ってヤツがいっぱいあるんだってば……。

 というか、やらないと怒られちゃうし……」


リリスは照れ臭そうに鼻頭を掻きながら、ブツブツと独り言のように呟いた。

それでも剣先が一時も離れず私の首筋を狙っているあたり、

この人はその道の達人なのだろうと妙な感心をしてしまう。


この真摯な様子を見ている限りでは、

私には彼女が嘘を吐いているようには到底思えなかった。

肩の力がほんの少しだけ抜け、安堵でほっと胸を撫で下ろす。

よかった。とりあえず山賊ではなかった……。


「――――ったく! 何度やっても恥ずかしいなあ、コレ!

 ほおらっ! 次は君の番だよ! 名前と、身上ね!

 あなたのお名前はどこぞの某で、どこからいらっしゃったんですかってこと!」


照れ隠しのように捲くし立てながらリリスはぶんぶんと剣を振る。

手が滑って本当に斬られてしまっても敵わないので、

私はホールドアップの姿勢を維持したまま必死に告げる。


「わ、私の名前は、シャーリー・ベルスタッドです……!」


贋物の名前なんだけれど、と心の中で付け加えておいた。


すると姿は見えないままだが、周囲が一斉にざわめき立つのを感じる。

割合としては困惑が大多数で、少数の怒りと嘲りがそれに混じった。

リリスが空いている方の手を上げて制すと、村はまたピタリと静まり返る。


「――――ベルスタッドぉ…………?」


リリスの瞳が私の頭から爪先までを値踏みするかのように眺める。

私は事情を呑み込めず、はあ、まあ…… と曖昧な返事を返すしかなかった。


「それはね――オライオン王国の名家中の名家の姓だよ。

 エルフならともかくとして、君は誰がどう見てもヒューマンじゃないか」


エルフに、ヒューマン……。

私がいくらファンタジーやゲームの世界の知識に疎いと言えど、

この状況と彼女の口ぶりからして言わんとすることは何となく分かる。


「見え透いた嘘は感心しないなあ、シャーリーちゃん。

 ……ここがあの狂信者達の巣窟だったら間違いなく殺されてるよ?

 王様ばんざ〜いっ! 貴族はんた〜いっ! ってね」


ま、私は別に気にしないけどさ。リリスはそう快濶に笑い飛ばしつつ、

後ろ指でタストの村の奥に続くダナウ街道の彼方を示した。

アナムスガルド、ということだろうか?


それにしても、ベルスタッドがオライオン王国の名家の姓か。

しかもヒューマンには見当違いなエルフとやらの性だと言う。

当然の如く初耳である。

何せ当の本人が最も名前に違和感を覚えているぐらいなのだから。


「――――ま、名前はもういいや。

 君の立ち振る舞いを見ている限りじゃ、

 名前も口に出せないような犯罪者という訳でもなさそうだし。

 んじゃ、次は出身だね。シャーリーちゃんはどこから来たのかな?」


どこから、と聞かれてもなあ……。


「ダナウ街道を真っ直ぐに進んで来ました」


と、返すしかない。


だって私達は、きっと()()()()()()()()()()()|なのだから。

出身は異世界です! って。常識的に考えて通じるのだろうか?

この状況で言おうものなら、ふざけるなと斬り捨てられてしまうかもしれない。


「タストの村は行きも帰りも一本道だし、そりゃ来た道は分かってるって!

 出身だよ、出身国。まさかカルナヴェルムとか言わないでしょ〜? 

 ほら、どこなの? 何を固まってんのさ?」


口調こそは明るいが、リリスの真珠色の瞳は全くもって笑っていない。


どうして彼女たちが余所者に対してこれほどの警戒心を抱くのかは、

先程の山賊達との遭遇から得た経験で大体は検討が付く。

あんなはた恐ろしい連中が平気でうろついているようじゃ、

自分だっておいそれと余所者を村に通したりは出来ないだろう。


とにかく彼女達にとって納得のゆく答えを考え出さないと、

この長剣の切先はずっと私の喉元に狙いを澄ましたままだ。


山賊達から得た幾許かの水や食糧も、既に在庫は尽きている。

このままタストの村から追い出されてしまえば、

私とフラウはアナムスガルドへ辿り着く前に、確実に行き倒れてしまうだろう。


「……………」


目まぐるしく頭を回転させ、一つの解決策を導き出す。

間を空ければ空けるほど不信感を買ってしまう――私は思いつくなり口を開いた。


「出身国はオライオンです。行商の旅から妹と帰ってきたところでして、

 ここへは補給のために立ち寄らせてもらったのですが……」


にっこりと満面の笑顔を浮かべて私は開戦の口火を切った。

一つでもピースが嵌まらなければ、その場でジ・エンドだ。


「ふうん、オライオンなのね……。

 シャーリーちゃんってばこの国の出身なのに、

 さっきみたいなスレスレのジョークを飛ばしちゃうの? 大胆だねえ」


「ええ、まあ――ウケると思ったんですけどね。

 思っていた以上に不評を買ったようで残念です」


周囲を見回してから、いかにもという風に肩を竦めてみせると、

ウケないって、とリリスは呆れ気味に漏らし、小さく苦笑した。


「酔狂なヒューマン相手にゃウケるかもしれないけれどね。

 エルフを前に王家ネタは厳禁だよ――特に堅ッ苦しい王都内ではね」


「ええ、今後は気を付けます。どうも世俗に疎くっていけませんね、私は」


「まあ、エルフっつっても私みたいに適当なヤツなら良いんだけどさ。

 で、行商の帰りって話だったけれど、件の妹さんは?」


私が馬車を指すと、リリスは剣を逸らさないまま円を描くように動き、

荷台で深い眠りについているフラウの姿を横目で確認する。


「なに、あの子っ! 超可愛い!!! お名前はっ!?

 いやあ、お姉ちゃんが別嬪さんなら妹ちゃんも可愛いんだねえ!」


キラキラと三白眼を輝かせつつ、一気に捲くし立てる栗色の髪のエルフ。


「そ、それはどうも……。妹の名前はフラウです」


ベルスタッドの名は自然と伏せる。

このネタを天丼すると私の身に危険が及びそうだ。


リリスがハイテンションに私を小突いてきたので、顔を引き攣らせつつ笑う。

対の手に持つ銀の長剣がサックリと突き刺さってきそうでひどく恐ろしい。


胸をドキドキとさせながら馬車を伺うが、

フラウはう~んと不機嫌そうに唸るだけで起きてこない。

よしよし。とにかく、今は眠ってもらっていた方が都合が良い……。


「いやはや、こんな姉妹が二人で行商とは全く畏れ入るよ。

 私だったら君達に笑顔を向けられただけで何でもホイホイ買っちゃうねえ。

 ――――で、これでどうやって身を護ってきたのかな。

 魔物も山賊も野生の獣達もこれじゃ対処のしようもないでしょ?

 君らは丸腰のようだし、特に武術に覚えのある訳でもなさそうだし」


これは全くもってリリスの言う通りだ。

私が出来ることと言えば精々軽い合気道ぐらいが関の山で、

スカウターで覗かれようものなら、『ゴミめ……』と鼻で笑われてしまう。


「私はからっきしですが、フラウの方が魔法にとことん強くてね。

 争いや揉め事が起きれば妹に任せ切りという状態です」


姉としては何とも情けない話ですけれど――最後にそう付け加える。

魔法の国。そんなとんでもないことを堂々と道端の看板にも謳うぐらいだ。

魔法への認知は深いと考えてまず問題ないだろう。


「へえ、杖も持たずにねえ。さぞや優秀な魔導師さんなんだろうね。

 あのちっちゃなヒューマンの身体でそりゃ大したもんだ……」


「今は姉の危機にも素知らぬ顔で眠り込んでいますけどね。

 それでも、普段はとても頼りになる妹ですから」


もしもフラウが目覚めていようものなら、このハッタリは使えなかった。

ハァ? という表情をあの子が一瞬でも浮かべてしまったら即バレだ。


「ふーん。話の筋は、まあ通ってるかなあ~……」


誰ともなく呟きながら、リリスは探るような目で再度私を見詰めた。

完全な嘘八百を並べ立てているにも関わらず、私は徹底して笑顔を作る。


「そんじゃ、シャーリーちゃん。

 最後に馬車の積荷を改めさせてもらっていいかな?

 それさえ終われば検問は終わりだよ。君達はすぐに解放するからさ」


「ええ、勿論です。お好きにご覧になって下さい。

 殆ど売り捌いてしまったので余り物しかありませんけれど」


荷台には、完全に眠り込んでいるフラウ。

山賊達から得た水と食糧の残骸。

それに、例の謎の石が詰まった木箱が一つだ。

この状況を乗り切る事が出来れば、何とか事は上手く運びそうだけれど……。


「ご協力に心から感謝するよ。何なら私が買い取ってあげるからさ!

 ……とっくに気付いているとは思うけれど、逃げないでね」


息を潜めて様子を観察している人々の事を示唆しているのだろう。

私がその言葉に頷くと、リリスは長剣を背に収めて荷台へと足を踏み入れる。

頼むから起きてくれるなよ、フラウ……。


神頼みを敢行していると、すぐにリリスが馬車から颯爽と降りてきた。

何故かフラウを腕に抱き抱えた状態で。


おいおい、何のつもりだ……?

身構える私を見てニッと笑うと、彼女は村中に木霊する声で叫んだ。


「――――は〜いっ、タストの村の皆さ〜ん! ご注目願います〜っ!!

 この子達は怪しい人物ではないようですよ〜っ!!

 ということなので、もう御安心ですから〜っ!!!」


思っていたよりもリリスがすんなりと認めてくれたのがどこか引っ掛かるが、

とにかくこの急場だけは何とか凌げたらしい……。


彼女の声に呼応して、村民達が家の陰や内から次々と姿を現した。

一様に泥の付いた作業服や汚れたエプロンなどを身に纏い、

拭いきれない不安と警戒をその顔に宿したまま、私達の周囲へぞろぞろと集まってきた。


村民の全てが男女の入り混じった人間――即ちヒューマンであり、

この中でエルフであるのはリリス・カーメリアの只一人であるらしい。


「――――よ、よろしくお願い、します……?」


彼らは私の拙い挨拶を無視して無遠慮に顔を一度だけ覗き込むと、

一言も言葉を発さぬまま、また自らの家へと静かに帰っていった。

誰一人として村民は残らず、私とリリスとフラウの三人がぽつんと取り残される。


「か、完全に無視……」


村民に泊まらせてもらえないか頼み込む予定だったのだが、

この様子じゃまず脈無しだろう。

無理で元々な作戦ではあったけれど、実際のところかなりショックだ。

頼み込むどころか、会話すらも受け入れてくれないとは……。


「王都ならともかく閉鎖的な村なんかはどこもこんなもんだって。

 もし君達がエルフだったら、今すぐに追い出されていたかもしれないよ?

 ……ホラ、気にしない、気にしないっ!!」


私がガックリと肩を落として気落ちすると、

リリスはけらけらと笑いながら飄々と慰めの言葉を掛けてくる。


「――――よし、妹ちゃんも相当おねむみたいだし、行こっか!

 あ、馬車はここに残しておいていいからね。

 心配しなくても、この村じゃ誰も持って行ったりはしないからさ」


フラウを抱えたまま一人歩き出す彼女の背を見ながら、え? と私は漏らす。


「あの、私達は宿屋を探していて――」


「……言っておくけれど、この村には宿屋なんて親切な代物は無いよ。

 旅の補給どころか、余所者には水の一杯だって出さないんだから」


栗色の髪を揺らしながらリリスは呆れるように言う。

変わらぬ飄々とした声音ではあるが、その内には静かな怒りが感じられる。

その感情は無知な私へ向けられたようでもあり、タストの村へのようにも感じられた。


「そ、そんな……。じゃあ、どこへ行くんですか……?」


狼狽する私ににこっと笑顔を見せて、リリスは自らを指差した。

片腕で抱えられることになったフラウが寝辛そうに彼女の首へとしがみ付く。


「そりゃ、このリリスお姉さんのお家に決まってるじゃん!!」


「――――いいんですか? あなたも、この村の住人なんじゃ……」


リリスは戻ってきて、おずおずと尋ねる私の髪をくしゃくしゃと撫で回した。


「大丈夫! 私もここじゃ余所者みたいなもんだからね。

 それに、君とこの子の様子を見ていれば大体の察しは付くよ。

 話じゃ山賊にも襲われたみたいだしさ――険しい道程だったんでしょ?」


私の髪や服は土埃だらけで、服も所々の生地が擦り切れていた。

身体中の節々がキリキリと痛いし、喉が渇けばお腹も空いていた。

完治していない右腕の矢傷は新しい止血帯に薄らと血を滲ませている。


そんな自分の状態に気が付かなかったのは、

この世界に来てしまった私が常に気を張り詰めていたからだ。

たったの一日で、疲労して、消耗して、衰弱し切っていたからだ。


「ね? そんな子供の苦労を労ってやるような大人が、

 ここにも一人ぐらい居たっていいんじゃない?」


だからウチにおいでよ。

リリスは包み込むような声音でそう言い、その手を差し伸べた。


「……ありがとうございます……」


図らずしも震えてしまうか細い声で、私は心からのお礼を彼女に述べる。

リリスの手をしっかりと握り、その場で深々と頭を下げた。


「あははははっ! そんな泣きそうな顔しなさんな!

 さっきまでは余裕綽々ってカンジだったのに、やっぱり子供なんだねえ。

 あーあー、可愛いなあ……」


「私は、子供じゃないですよ……」


人の善意に触れて、本気(マジ)泣きしそうになっているただの中年です。


「はいはい! じゃ、お家に帰りましょうね~っと!」


リリスは快濶に声を上げて笑うと、私の手を力強く握り返す。


まるで母親に連れ立つようにして、私達はリリスの家へと向かった。

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