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③【 アルトラムの大魔導師 】

「――――これで終わり、っと……。流石に疲れたわ……」


最後の一人に魔法を施すと、

身体中の力が抜けたように金髪の少女は腰を床に降ろす。


「お疲れ様でした、ヨクトお嬢様」


恰幅の良い禿頭の店主は、

いつの間にか眉目秀麗な黒髪の少年へと姿を変えていた。


「――――流石はお嬢様ですね。

 別世界の人間を我々の世界へ転送するという荒業を、

 まさか本当に実現させてしまうとは――いやはや、お見事です」


ヨクトと呼ばれた少女へ、少年は賛辞の言葉と拍手を惜しみなく注ぐ。


「何よ、さっきまでの悪趣味な見た目と喋り方はやめたの?」


「ええ、あの姿は屋台を出している時の専用ですので」


「あっそ。お前も大概物好きな性格よね……」


チョークで描かれた地面の魔方陣を見つめたまま、

ヨクトは額を押さえて大きな溜め息を吐いた。


「術式痕跡上の観測では正しくいっていたとしても、

 アルトラムへ問題なく送り届けられたという確証はどこにも無いわよ」


そして吐き捨てるように言う。その表情はひどく物憂げである。


「おや、珍しく弱気ですね?」


「……弱気にもなるわよ。もしも私の施した魔力障壁が転送の最中に融解したら、

 あいつらは魂だけの状態になって、時空上を永遠に彷徨い続ける破目になる。

 つまり私の一存で存在と魂を完全に無為にすることになるのよ」


「いえいえ、決してお嬢様の一存ではありませんよ。

 僕も彼らを送り込むことについては大賛成でしたからね。

 ……それに、お嬢様にとっては気休め程度にしかならないかもしれませんが、

 その可能性は極めて低いと言えるでしょう」


「はあ……? 何ソレ、どうしてよ?」


不思議そうに真意を問うヨクトに対して、少年は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「彼らは僕の張ったシャルド・ファルムを看破し、屋台へと到達したのです。

 魔力への耐性が低い者は決してあの膜を通り抜けることは出来ません。

 つまり、あの三人には元より我々に似通った素質があったのですよ。

 幾分か魔力障壁の維持能力も高まることでしょう」


屋台を設置していた場所を指差しながら少年は言う。

魔法で生成された屋台は、術式の解除と共に忽然と姿を消していた。


ヨクトは意識を集中して微かな魔力の残滓を発見すると、はっと表情を変えた。


「何よ、つまり屋台の周囲に隠蔽結界を張っていたってこと!?

 ――――そりゃ今の今まで客の一人も来ない筈じゃないっ!!!

 どうして私に一言言わなかったのよっ!一体どれだけ、私が暇を持て余していたかっ……!」


「申し訳ありません、聞かれませんでしたので。

 それに誰でも彼でも受け入れていたら肝心の選別が面倒ですよ。

 救いを求めるからには相手にも篩いをかけなければならないでしょう?

 そうでなくても、この世界には能力に乏しいヒューマンしか存在しないのに」


あんまりにも少年が悪びれずに飄々と言ってみせるので、

ヨクトは力抜けしたようにかくんと肩を落とした。


「……救われたような、ムカつくような話ね。

 それにしても、どうして結界の存在に気が付かなかったのかしら……。

 お前に出し抜かれたと思うと私は腸が煮えくり返りそうよ、アクタ」


アクタと呼ばれた黒髪の少年は笑みを浮かべて、細い指を宙に舞わせる。


「極めて薄い膜を張っていたのですよ。突けば壊れるような程度のね。

 魔法に通ずる者に対しては全く効果を持たない脆弱さでしたので、

 お嬢様のように飛び抜けて優秀な大魔導師には逆に感知できなかったのです。

 ま、あんなものでも、この世界の住人たちには効果絶大でしたが……」


「――それでようやく現れた希望の星が中年親父達だなんてね。

 救済を求める相手にしてはあまりにも頼りなかったかしらね」


不機嫌そうに愚痴を零す少女に対して、少年は宥めるように言う。


「おやおや、これはまた随分なことを仰せになりますね。

 少なくとも彼らの目利きは文句無しに本物ですよ。

 僕達にはない底知れない能力と素養も感じました。

 お嬢様だって、最後の魔力を使い果たすに値すると見込んだ上でしょう?」


「まあ、そうだけど……」


ヨクトは痛いところを突かれたというようにバツが悪そうな顔をする。

少年はその様子を横目にしながらくすりと笑みを零し、

遠く離れた朧月に向かって、その手をゆっくりと伸ばした。


「これで状況は好転するとお思いですか?」


アクタの口調は先程の飄々とした雰囲気とは打って変わって、

細く不安げで、心許なく揺れていた。


「そう思おうが思うまいが関係無いわ。好転してくれないと困るのよ」


ヨクトは薄れた魔力の粒子を見つめながら、誰へともなく呟く。


「この世界のマナ濃度はアルトラムに比べて薄すぎる。

 時空間転送魔法をもう一度発動させられるだけの魔力が貯まるまで、

 どう少なく見積もっても――向こう五年は掛かるわよ。

 ……私もお前も、その間は一切アルトラムには関与できない」


「ま、妥当なところでしょう。むしろ短いぐらいです。」


つまり最低でも五年間、二人は元の世界(アルトラム)から完全に隔絶され、

彼女達にとっての異世界へ縛り付けられることになるのだ。

湯切りの真似をしてみせながら、少年はつとめて明るい声で言った。


「――――ではその間、敬虔深く祈りつつ、僕はらーめんを作りましょう。

 初のお客様にも大分好評だったようですから少し自信が沸きました。

 アルトラムから持ち運んできた食材にもまだ余裕がありますしね」


「……結界はちゃんと切っときなさいよ。

 もしこれから有望株が現れても、どうせ魔力切れで転送できないんだからね」


「ええ。かしこまりました、ヨクトお嬢様」


気の抜けたような笑みを零して、ヨクトはよっこらと腰を上げた。

ドレスについた汚れを叩き落としつつ、大きく伸びをする。


「そう言えば、アルトラムでの三人のお名前はどうされますか?

 全ての最終決定権は術式構成者のお嬢様にあると伺いましたが」


アクタの質問にヨクトはこくんと頷いて、

手帳と羽ペンを手元に召喚すると、さらさらと何かを書き込んだ。


「――――シャーリー、フラウ、カカリ……?」


背後からヨクトの手元を覗き込んでいたアクタが不思議そうに呟く。


「あいつらの名前をアルトラム風に改変したのよ。いい感じでしょ?」


社長、副社長、係長は名前じゃなくて、組織の役職名ですよ。

あんまりにも主人が満足気に言うので、アクタはその言葉を飲み込んだ。


アクタは魔法で姿形を変えては街を徘徊して知識を収集しているので、

この世界の一般常識や世俗についてはかなり理解を深めていた。

その一方で基本的に怠惰な主人はといえば、

日がな一日、ゲームやらマンガやらの娯楽に耽っている。


アルトラムと同じ姿格好のまま、らーめん丼を傾けて一気飲みするぐらいだ。

そりゃ、世間の一般常識には疎い筈である。


「そうねえ。苗字にはベルスタッドをくれてやろうかしら。

 あいつらが素人でも、ハッタリぐらいにはなるかもしれないじゃない?」


「はあ、それは結構なことだとは思いますが……。 

 ――――それよりも、あの、お嬢様……?」


何かに気付いたようにハッとして、アクタが慌てて口にする。


「何よ? 鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をして」


「これは全て、ヒューマンの女性名ですよね……?

 まさかとは思いますが――異性の容れ物に彼らを入れる気ですか!?」


信じられないという身振りをする少年に対して、少女はふふんと鼻を鳴らす。


「とびっきり可愛い女性ヒューマンの器を生成するように術式を書いたわ!」


「――――えっ!? えええええっ!?」


「ふふん、なかなか良い反応をしてくれるじゃない。

 異世界跳躍に関する魔法の中でも、術式構成に最も時間をかけた部分ね。

 こっちの世界に来てから書き直したものだから、えらい大変だったわよ!

 本当はエルフにしたかったんだけど、あいつら自身がヒューマンだしねえ。

 器と魂の波長が同調しなければ精神崩壊を起こしかねないし――渋々止めたわ」


得意げな表情でベラベラと捲くし立てるヨクト。

アクタはあまりに衝撃的な告白のあまり一瞬言葉を失いかけたが、すぐさま己を取り戻してヨクトへと食い下がる。


「いえいえ、お嬢様……!!

 屈強なヒューマン男性を器にしようと、元より決めていたではないですか!

 ――それが、どうしてまた……!?」


取り乱す少年に満足気に頷いて、ヨクトは一本の分厚い本を手元に召喚した。


「コレよ、コレ!!!」


不自然に瞳の大きな少女が、こちらに向かって明るくピースサインをしている。

刻まれている文字の形状から、少なくともアルトラムの書物ではない。


な、なんていかがわしいカバーだ……。

アクタは震える手でそれを受け取り、動揺しながら本のタイトルを読み上げた。

それによるあまりの衝撃で、彼の視界がくらりと眩む。


「きょ、今日から始める、アタシの世界救済……?」


ヨクトはその金髪を薄明るい街灯で煌びやかに照らして、くるりと舞った。


「希望の星に相応しい強力な容れ物を用意するっていう予定だったけれど、

 この世界のマナ濃度じゃそれは到底不可能な話だったわ。

 アルトラム側でなら強大な王者の器なんて簡単に造れるけれど、

 こっちからじゃ転送魔法を発生させるだけでも精一杯でね」


この世界のマナ濃度は、確かに異常なまでに薄い。

マナの結晶体であるクリスタルが道端に散らばるアルトラムとは大違いだ。


「――――で、どうしようかと頭を悩ませていたところで、この書物の登場よ。

 私はね、この世界に来てから一番の感銘を受けたわ……。

 リスクを嫌う私達魔導師には、欠片も思いつかないような発想の連続っ!」


熱く語るヨクトに対して、アクタはしまったというような表情を見せる。

この天才大魔導師の影響の受け易さを、従僕たる自分は完全に侮っていた。


天才は、天災だ。人智の及ばぬ力と思想を持つ一つの超常現象だ。

なまじ凄まじい力を持っている分、やると決めてしまえば手のつけようが無い。


「一人には、万物を魅了する魅力を。しかし、その肉体は儚く脆い。

 一人には、私に勝るとも劣らない魔法の才を。しかし、肝心の魔力が少ない。

 一人には、一騎当千の圧倒的な武の力を。しかし、バカだわ。

 バランス良く生成する事も出来たけれど、それでは面白くないでしょう?」


「何ですか、面白くないって……」


アクタはひどく疲れた表情で大きな溜め息を吐いた。

こんな理由で救世主の器を決めたのでは、アルトラムの人々にあまりに申し訳が立たない。


「ハンディを抱えながらも、傷付き迷い、成長し、ようやく難敵を打ち倒す!

 ――――イイじゃないっ! 燃えだし、萌えだわっ!

 だからね、この救済の物語の主人公は可愛い女の子なのよ!」


「ヨクトお嬢様、それにしてもこの本、一体どこで購入されたのですか?」


怪しげなブックカバーを未だに震える指で示しながら、アクタは尋ねる。


「何かの参考になるかもと思って、Amazonってサイトで手に入れたのよ。

 この世界にも中々便利なものがあるじゃないの――見事な錬金術だわっ!」


「……いえ、アレは召喚の対価としてきっちりと通貨が取られるんですよ」


「え、そうなの? 何よ、それ!? 逆・錬金術じゃない!!」


ぎゃあぎゃあと不満を喚き散らすヨクトを放置し、アクタは頭を抱え込んだ。


――――そういえば確かにこんな本が家に置いてあったような気がする。

アクタは身に覚えの無いそれを不思議に思っていたが、当然のことだったのだ。

なぜなら、ヨクトが自分で購入していたものだったのだから。

そんなものにアクタが見覚えのある筈ない。


「でも、異性の肉体に魂を注入したら、それこそ彼らの精神崩壊の原因になるんじゃ――――!」


アクタの反論に、「あー、はいはい」とヨクトは幾分か面倒臭そうに手をひらひらと振った。


「そりゃ思春期真っ盛りのエロガキだったら大変なことになるでしょうね。

 でもあいつらのこと見たでしょ? どう見ても枯れたおっさんじゃないの。

 ――――というか、もしも問題が発生したとしても、術式は発動しちゃったし、

 こっちからはもうどうやっても干渉できないし……」


最後の方は何やらぼそぼそと言っていたので全く聞き取れなかったが、

アクタは最終的に諦めのついたようにカックリと肩を落とした。


「……ああ神よ、憐れな彼らに力とご加護を御与え下さい……」


「ま、この世の終わりみたいな顔をしなくても平気よ、アクタ」


神頼みをする少年の背をぽんと押して、少女はぐーっと背伸びをした。

その表情から憂鬱さは消え、どこか解放的な笑みを浮かべている。


「少女三人が我らを救ってくれると?」


「お前も言っていたじゃないの。あいつらには私達には無いような強い力と素養を秘めているって。

 ――それにね、元より肉体の強度に依存してしまう程度の人物なら、

 あの崩壊寸前の世界を救済することなんて絶対に出来やしないわよ。

 ねえ、私は一体何者なの? 言って御覧なさい、アクタ」


「……ヨクト・ベルスタッド様に在らせられます。

 我らが愛しのオライアン王国を治めるベルスタッド家が第十四代当主。

 アルトラムにおける最高の大魔導師にして、僕の敬愛する御主人様です」


「ね? だから私が行うことにきっと間違いは無いのだと、

 少なくともお前だけには――そう信じていてもらいたいと私は思うのよね」


ヨクトは誰もが見惚れるような魅力的な笑みを浮かべ、その手を差し出した。

アクタは彼女の足下へと跪き、甲に忠誠のキスを捧げる。


「――――承知いたしました。万事、お嬢様の仰せのままに」


「……大丈夫よ。必ず上手くいくわ」


二人は微笑んで互いの手を取ると、異世界の夜の闇へと溶けて消えた。

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