1パート
愛は不機嫌だった。少なくとも真美から自分は他人であるが、拓人は自分の息子。ましてや会社を辞めさせられ傷心の状態で帰ってきている自分の息子よりも他の人と会うのを優先するとはどういう事だ。おばあちゃんはやっぱりそういう人なんだ。よくわかった。
愛は一人で心の中で怒っていた。
そして、思い出したくないのに嫌な記憶が次々と蘇ってきた。
小学校2年生の愛が漢字練習をしていると真美は書き順が違う、はねているところがはねていない、計算のここが違うなどしつこく指摘した。しかも、点数が良かった時はほめなかった。90点のプリントを見せても真美はいつものように顔を変えなかった。
それらの納得のいかない思いを抱えてはいたが怒った所で何かが変わるわけではない。
しかし、間違いだけを厳しく指摘する真美への不信感は深まるばかりであった。
特にとても頭に来たのは小学校4年のとある日である。愛は家に帰り、友達と遊んだ。その日、授業で配られたプリントがあった。その授業だけでは終わらず次回へ持ち越しとなったのだ。そのプリントをランドセルに入れたまま愛は遊びに出かけていた。
夕方になり愛が帰宅すると真実はそれをやり残している宿題だと思い厳しく怒鳴った。そして無理矢理椅子に座らせプリントをやらせた。愛は楽しかった遊びの余韻を台無しにされる、顔を涙でくしゃくしゃにしながらプリントをやらされる。しかもそのプリントは本来やらなくてもいいプリントである。しかもその上、小学校4年とはいえ女である愛の手荷物を勝手に開けて見たという4つもの理不尽を味わったのだ。
しかもこの話には続きがある。愛は泣きながら小学生が寝るべき時間を2時間もオーバーした11時にやっとプリントを終えた。愛は大声で泣きながらこのプリントは本来やらなくてもいいものであり、授業で使うものであったということと、宿題はきちんと終えた状態で遊びに行った事を訴えた。真美は小さく、
「ごめんなさい。」
というだけであった。
おばあちゃんだからこんな理不尽が許されるのか。楽しかった遊びのあとどうしてこんな思いをしなければならないのだ。もう悔しいやら何やらで愛はその後ほぼ夜通し泣いた。
愛はそれをきっかけに真実から距離をあけるようになった。
そういう記憶というのは残酷なほどに残るものである。あの時から愛の中で真美は信用出来ない人から嫌いな人へ変わっていたのだ。
そもそも、なぜ真美があそこまで勉強にこだわるのかも理解できなかった。もちろん勉強は大事であるが手荷物まで見てまでチェックするのはやりすぎではないだろうか。だから勉強も嫌い。大嫌い。そんな勉強に固執するおばあちゃんだって嫌い。愛の中ではその思いが強く残っていた。