公倍数と公約数
(二人をイチャイチャさせたい。でもやりすぎると算数の勉強が脇においやられてしまう)
「ねえ、今から質問するけど怒らないでね?」
「うん?」
上目づかいをして俺を見つめる水沢。身体をちょっと傾けて可愛いポーズのつもりか。可愛いけど。
「怒らないでね?」
「質問の内容がわからないのに何とも言えねえよ」
「うん……ねえ、数学って何の役に立つの?」
その途端、キュッ、と頭の中に痛みが走る。その質問に何度イラッとさせられただろう。
「あ、あ、怒らないでっ」
俺の沈黙を怒りと捉えられたのか、慌てて水沢が言葉を続ける。
「いや、別に怒ってないよ」
「でも、怖い顔してる」
何故か俺の腕を掴んで揉んでくる水沢。俺は顔を一度うつむかせ、深呼吸して顔を上げた。
「怒ってないから」
そう言って水沢の手を俺の腕からゆっくり引きはがす。
「数学が何の役に立つかだろ? それはな、論理的思考を養うためだ」
「論理的思考?」
「ああ、何か生活の中で問題にぶち当たったとき『なんとなく』でやりすごすんじゃなくて、ちゃんと原因と結果のつながりを考えることかな」
「う……うん……」
小さい声になる水沢。
「クイズ番組の三択問題でも、ただ当てずっぽうに番号答えるより、どうしてそういう解答になったのかの理由を言った人の方がカッコいいだろう? つまりそういうことだよ」
「あー、それは分かる。でも、それが数学なの?」
「今のは数学じゃないよ。数学を勉強することによって論理的思考が養われるって言ったんだ。さ、水沢も数学を勉強しよう」
「ん」
「今日は公倍数と公約数について」
「はい」
「九九の表をまた見てくれ。2の段と3の段」
「うん、みぎ……右辺が2の倍数と3の倍数なんだよね」
「そう、この倍数のうち、同じものがあるのが分かるよな。2の倍数でもあり、3の倍数でもあるものが」
「ん……と、ああ、あるある。6……12……18」
「それが2と3の公倍数だ」
「うん、わかるわかる。共通の倍数が公倍数ってことだね」
「おお、理解が早い。それじゃ、公約数もわかるな?」
「えっと、公約数は共通の約数ってことだよね」
「そうそう」
「ん、と、だから……」
「じゃあ、例題でやってみよう。12と18の公約数は?」
「ええっと、12の約数は1,2,3,4,6,12、18の約数は1,2,3,6,9,18だから……公約数は1,2,3,6」
「よしよし。今日は冴えてるな。水沢」
「えへへぇ。まあ小学生の時、一度は習ってるからね」
「んで、公倍数のうち、一番小さいものを最小公倍数、公約数の一番大きいものを最大公約数と言う」
「どうしてその小さいものとか大きいものを取り上げるの?」
「うん、いい質問だ。2と3の公倍数は?」
「えっと、6,12,18……あっ、もっとあるか」
「そう。今言った公倍数の中で一番小さいのは?」
「6」
「これと他の倍数を比べてみると、どうだ?」
「ん? 比べてって……、あ、12も18も6の倍数だ。ってことは、次の公倍数は24だね。えーと、うん、24なら2でも3でも割れる」
「そうそう。倍数が無限にあるんだから、公倍数も無限にある。でも、最小公倍数一つ分かれば、公倍数は全部その倍数なんだ」
「なるほど。倍数の倍数は皆倍数だというわけだね」
「まあ、そうだな。最大公約数のほうも似たような考え方をすればいい。12と18の公約数のうち、一番大きいものは?」
「ん、6だね。最大公約数は6」
「それを他の公約数と比較すると……?」
「1,2,3……他の公約数はどれも6の約数だね。そういう捉え方でいい?」
「いいよ。他の公約数でも同じことをして確かめてみればいい。水沢の言葉を借りるなら――」
「『約数の約数は皆約数』」
ハモってしまって俺も水沢も笑ってしまった。
「今日はかなりいい感じだったんから、ごほうびにお菓子俺より多く食べていいよ」
「アリガト。でも、チョコは好きだけど、たくさん食べたらニキビできちゃうから、半分こでいいや」
「そうか?」
お菓子食べるのにも、そういうのを気にするところはやっぱり女の子か。いや、知ってたけど。