倍数と約数
(恥ずかしいタイトル)
「九九をノートに書くのなんて、ホント久しぶりだったよ」
水沢は一息つくと、書き終えたノートを俺に見せた。
2の段
2×1= 2
2×2= 4
2×3= 6
2×4= 8
2×5=10
2×6=12
2×7=14
2×8=16
2×9=18
3の段
3×1= 3
3×2= 6
3×3= 9
3×4=12
3×5=15
3×6=18
3×7=21
3×8=24
3×9=27
4の段
4×1= 4
4×2= 8
4×3=12
4×4=16
4×5=20
4×6=24
4×7=28
4×8=32
4×9=36
5の段
5×1= 5
5×2=10
5×3=15
5×4=20
5×5=25
5×6=30
5×7=35
5×8=40
5×9=45
6の段
6×1= 6
6×2=12
6×3=18
6×4=24
6×5=30
6×6=36
6×7=42
6×8=48
6×9=54
7の段
7×1= 7
7×2=14
7×3=21
7×4=28
7×5=35
7×6=42
7×7=49
7×8=56
7×9=63
8の段
8×1= 8
8×2=16
8×3=24
8×4=32
8×5=40
8×6=48
8×7=56
8×8=64
8×9=72
9の段
9×1= 9
9×2=18
9×3=27
9×4=36
9×5=45
9×6=54
9×7=63
9×8=72
9×9=81
「うん、よし。それじゃ、今度はこれを使って倍数と約数の話だ」
「はい」
俺はノートの九九の2の段の式の右辺を指さし、それを上から下に滑らせた。
水沢は俺が指す数字を順に読んでいく。
「2,4,6,8,10……」
「そう。今こうやって俺が指している数が、2の倍数だ。2を何倍かした数が2の倍数ってことだ」
「うん、わかるわかる」
そう言いながら、俺の指の隣に指を置き、隣の段、つまり3の段の式の右辺をなぞる。
「3,6,9,12,15……これらは3の倍数というわけだね」
「そういうこと。それじゃ、問題。28は7の倍数か?」
「え? えっと、7の段は……うん、28があるから7の倍数」
「正解。次の問題。62は8の倍数か?」
「…………違う。62は8の倍数じゃない」
「オッケーオッケー、正解。あ、一応言っておくけど、この九九の表に書かれているのだけが倍数じゃないからね」
「あ、うん」
「例えば……3×9=27だけど、もしこの下に次があるとしたら?」
「えーと、3×10=30」
「そう。だから30も3の倍数。この後に続く33も3の倍数、36も3の倍数」
「う……ん」
「どうした?」
「ねぇ、そのパターンで行くと、倍数っていくらでもあるってことだよね」
「そう。倍数は無限にある」
「それじゃ『これは○○の倍数だ!』って表を見て言えないね。いくら書いても書き切れないんだから」
「ああ、表から倍数を見つけるならそうだな。そういう場合は割り算だ。ある数がある数で割り切れたら、割られた数は割った数の倍数ってことだ」
「なるほど」
水沢はノートにメモをする。
「割り算なら私でもできる」
「500は5の倍数か?」
「え、うん、そうでしょ? 500を5で割ったらちょうど100だもんね」
ニコッと笑う水沢。
「そうそう」
「ねえ、安達君、単純な質問なんだけど、倍数ってのはどういうときに使えるの?」
「うん? そうだな、例えばこれだ」
俺はテーブルの上の菓子鉢から、おかきの入った小さい袋を一つ取り出す。さっき母さんが俺たちのために持ってきてくれたものだ。
「この袋の中には2枚おかきが入っている。この袋を二つ取ったら4枚、三つ取ったら6枚、幾つ取っても、結局おかきは2の倍数枚になるよな」
「あー、なるほどね。あ、わかった!」
「ん、何が?」
「沢山あるものを数えていくとき、2個ずつ取りながら、にーしーろーやーと、って数えていくけど、あれ、2の倍数として数えてたんだね」
「あー、それだそれ」
「セットで数えた結果が倍数……。1ダース入りのチョコのお菓子が何箱かあったとき、お菓子の数は12の倍数になるってことだね」
「おお、よしよし。もう水沢は倍数に関して完璧に理解したな」
「へっへー」
「それじゃ、約数に行ってみよう」
「え? もう?」
「倍数と約数は切っても切り離せない関係にあるからな」
「そうなんだ」
「それじゃ、さっきと似てるけれど……」
俺は今度は8の段の式を指さす。
「例えばここでは『8×2=16』だから16は8の倍数だ」
「うん」
「約数は倍数の逆と思えばいい。16が8の倍数であるということは、同時に、8は16の約数だ」
「うん? 左側が右側の約数になっていると思えばいいの?」
「そう」
「それじゃ、2も16の約数?」
「いいところに気づいた。そうだよ。式でこう書けているから当たり前だけど、2や8は16をぴったり割り切ることができるだろ? そういうとき、2や8を16の約数という」
「ふんふん。それじゃ、約数は1つの数につき2つあると思えばいいかな」
「おっと、違う違う。この式を見て」
俺は「4×4=16」を指さす。
「あっ、これもそうか。4と4が…って同じだね。それじゃ、4も16の約数、と」
「他にもないか探してみて」
「うん。ぴったり割り切れれば約数なんだよね。ちょっと待ってて……」
水沢はノートに数字を書いてしばし計算に没頭する……。
「うん、他にはない。16の約数は2と4と8」
「間違い!」
「ええっ?」
「1を忘れてる。16÷1も割り切れるだろ? それから16もな」
「え、それも約数に入れていいの?」
「むしろ何で外した」
「だって……1と16で割り切れるなんて当たり前じゃない」
「あ、今いいこと言った。当たり前なんだよ。どんな整数でも、1と自分自身では必ず割り切れる。だからこれらはいつも約数になる」
「そっか。必ず約数になる、か」
「じゃあ、改めて、16の約数は?」
「んと、1,2,4,8,16」
「正解」
ふう、とため息をつく水沢。
「それじゃ、さっきと同じ質問だけど、約数の使い方をおかきで例えて」
「……」
俺は菓子鉢からおかきの袋を8つ取り出す。
「今ここにおかきが16枚ある。これを俺と水沢の2人で分けようとすると、ぴったり分けられる。2は16の約数だからな」
「うん」
「ところがここに、突然朝比奈が訪ねてきて3人になると、分けられない。約数じゃないから」
「そんなのヤだな」
「たとえ話だよ」
朝比奈というのは俺の友達のことだが、本人の知らぬところで邪魔にされてるとは思うまい。
「そこで俺の母さんが来て4人になると、ちゃんと分けられる。4は16の約数だから」
「なるほど。わかったよ。それはともかく、今はおかきを2人で分けて食べよう?」
「……そうだな」
小休止。