聞く耳のあるものは聞くがいい(Mark 4:9) 3
学校では早速、佐田と石垣から質問ぜめにあったが、一比古も答えようがなかった。
「まだ敵かどうか分かんない。しばらく様子を見てみる」
「あんま深入りしない方がいいよ! 怪しいって!」
「そういや、審問官の殺人」石垣は声をひそめた。「今朝チェックしてみたけど、他の新聞には載ってなかったぜ」
「うん。俺も駅のキヨスクで探してみたけど。なかった」
「ほらぁ! 怪しいよ。ガセかもしれないじゃん」
また謎がひとつ増えた。
魔女と魔女狩り。
いずれにせよ情報を得るためには、ヴァイヤーの言う通り、今は真夜中新聞社を頼らざるをえない気がする。
学校から新聞社に直行すると、
「あら、赤羽君。おかえりー」
入口に一番近い席のたまが手を振った。
「誰もいないんすか」
と、ドアが開いて二人の男が入ってきた。
「あっちぃー。お、赤羽っちじゃん」
一人は昨日、白峯編集長と仕事をしていた拝島という男で、もう一人も拝島と同年代の若い男だった。
ひょろりと細い拝島とは逆に、無駄のない筋肉がついている。競輪選手のようなぴったりとしたスパッツとシャツを着て、流線型のヘルメットをかぶっている。拝島が紹介してくれた。
「赤羽っち、こいつはマツ。見ての通り自転車野郎。眞夜中新聞の配達を担当してる。マツ、話してたルーキーの赤羽っち」
マツと紹介された男はヘルメットを取り、日に焼けた大きな手を差し出した。
「松原。マツでいいからね。戦力が加わって嬉しいよ。よろしく」
「ど、ども」
拝島とマツは、台車に大量の紙束を運んできていた。
「『眞夜中新聞』本日付、木場工場から到着。ひぃ重かった。赤羽っち読みな? 一面だから」
「アタシにも頂戴!」
二ツ折りのザラ紙を手に取る。改めてじっくり見た。A4より大きく、タブロイド版というのだろうか。開くと右側が二面、左が三面。裏の四面だけは真っ白でなにも印刷されていない。
一面の右上には例の古めかしい明朝体で「眞夜中新聞」と書かれている。
発行、真夜中新聞社。創刊昭和四十六年。ずいぶんと古い。
一面の大見出しを見た一比古はぎゃあ、と声をあげた。
『中学三年生と小学五年生の兄妹、魔女狩りに遭遇していた』
『五月から四件目、都内で本格化か』
目にボカシが入った一比古の顔写真――ヴァイヤーがデジタルカメラで撮った――が、「被害に遭った赤羽君」のキャプションとともに二段抜きで掲載されている。
記事本文には、約一か月前に都内某アパートで一比古が異端審問官の襲撃を受け殺されそうになったこと、真夜中新聞社の記者が救助したことなど、妹は下級審問官が殺害されたのちも行方不明で現在も捜索中、など詳細にわたって書かれていた。
一面左下には罫線で囲まれた「社長コラム」という社説めいた欄がある。それにも仰天させられた。
〝読者諸兄へ。ひさびさによい知らせ。待望の新人記者が入社した。ヤーハー! まだ頼りないが、現代の異端審問官どもと戦う諸兄へ、強力な後方支援となれるよう。赤羽特派員の今後の成長と活躍にご期待あれ!〟
いつの間にか真夜中新聞社の記者ということにされている。
「なにこれ!」
拝島が口を曲げる。
「簡潔平易かつ訴求力を持った俺の記事に、なにか文句が?」
「そうじゃなくて、下級審問官の殺人事件のことも、他の新聞はなにも書いてなかったじゃないすか!」
「ハハァ。全国紙な? やつらには書けない。報道規制がかかったから。真実を書けるのは真夜中新聞社だけってことさ」
拝島はそう言って胸を張った。たまが猫なで声で言う。
「アンタこれからウラト回るんでしょ? たぶん社長もそこだと思うんだけど。赤羽君も連れてってあげて。新人教育ってことで」
むう、と拝島はうなる。
「いいの? 俺、全部話しちゃうよ?」
「いーんじゃない? 隠してもしかたないし」
「よし」拝島は一比古の背をバシンと叩いた。「先輩についてきな」
「記者になるなんて言ってない!」
たまが恐る恐る聞いてきた。
「もしやと思うけど……赤羽君、お金貰わなかった?」
一比古が頷くと、たまと拝島は同時に「あーあ」と天を仰いだ。
「な、なんすか! 貰うんじゃなくて返しますって!」
「そうじゃなくて。紙袋に入ってなかった?」
「入ってましたけど?」
紫色のポチ袋を見せると、拝島はバリバリと袋を破いた。
「なにす――あ!」
裏には朱文字で、びっしりと文言が書かれている。
「一種の呪いね」しげしげと見たたまがため息をついた。「社長の命に逆らえないっていう、そういう感じの。逃げてもすぐバレるよ。かわいそー」
「な……嘘でしょ」
「やられたな。文句言いに行こうぜ」
拝島は歯を見せ笑った。
この会社の人には勝てる気がしない……。
肩を落とし、拝島とともに一比古は外へ出た。