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ひとつの獣が海から上ってくるのを見た(Revelation 13:1) 

 《件名:Fw:Fw:FW:Fw:Fw:Fw:転送してください

  都立N中学校の赤羽一比古は魔女です。

  私は呪いをかけられ、T病院に入院しています。

  思い出すだけで体が震えます。こわいです。

  これ以上被害者が出ないでほしいです。

  もう一度言います。赤羽一比古は邪悪な魔女です。

  このメールを今日じゅうに五人に回してください。

  でないと、あなたの身にも、赤羽一比古の呪いがふりかかります。》



「お前ねえ……茗ちゃんの件で気が立ってるのは分かるけど、夜中に金属バットはまずいって」


 茗の失踪から約一か月後の七月二日。一比古は交番で説教されていた。

 机の向こうで書類とにらめっこしながらこう言ったのは、たいら巡査だ。一比古も小さい時からよく知っている青年で、妹の平典子は同じクラスだ。

「分かりやすいグレかた。しかしお前、そうすっとほんと外国人みたいだな」

 平巡査はペンで一比古の頭を示した。黒い髪は金髪に染められ、ワックスで立てている。


「うっせえ。警察はちゃんと捜査する気あんのかよ」


 あれから、一比古は自分なりのやり方で、下級審問官の行方を追っていた。テレビから出現した男が妹を攫いましただなんて、警察は絵空事と取り合ってくれない。だが平巡査だけは、頭ごなしに否定はしなかった。


「ウチの妹が言ってたけどさ、お前ら林間学校でなんだ、その、化け物に襲われそうになったんだろ? お前が守ってくれたって、どういうことだよ。お兄さんに分かるように説明してみ?」


 中学の制服を着た二人の男女が走りこんできた。

「赤羽君、また補導されたの!? あ、平さん、典子さんにはいつもお世話になってます」

「オラ、赤羽。甲子園でも目指してんのか」


 黒髪をポニーテールに結った女子は学級院長の佐田。快活な性格で、クラスのまとめ役だ。佐田は、腕に包帯を巻き、膝のあちこちがすりむけていた。男子の方は小学校からの悪友の石垣。無口でぼそぼそと喋る。


「てか委員長、その怪我どうした」

「へへ、帰りにちょっと転んだ!」

「危ないじゃん」


 平巡査はじろりと一比古を睨んだ。

「話戻すぞ。相変わらずお前の親父さんは連絡取れないし。一体どこの僻地にフィールドワークに行ってるのやら」

 こういうことは珍しくなかった。一比古も最初こそ心配して大学に連絡したりしたが、研究室の答えは、「准教授はご自分で行く先を変更してしまうので、こちらも分からないんです」だった。どうせ山寺の蔵にでもいるのだろう。


 この大変な時に。自分がなんとかするしかないのだ。


「もういい、今夜は帰れ」

「ご、ご迷惑をおかけしました! ほら赤羽君も謝って」

「俺は悪いことはしてない」


 ふん、と交番の外に目を向けたとき、一比古の目に人影がさっとよぎった。


 短くなびく金髪。あの子だ。

 一比古はパイプ椅子から勢いよく立ち上がり、外へ飛び出した。


「こら、最後まで人の話を聴け! 次やったら署課長の鉄拳制裁だからな!」



 すっかり三人の姿が見えなくなると、平巡査はロッカーから自分の携帯を取り出した。メールの着信を伝えるライトが点滅していた。

 また例のチェーンメールだ。


 『都立N中学校の赤羽一比古は魔女です。』


 こういう書き出しのチェーンメールが、最近小・中学校を中心に流行っている。平巡査はため息をつき、ひとりごちた。


「悪い赤羽……もう警察の手に負える事件じゃないんだ」



 一比古は夜道に人影を追った。が、角を曲がったところで見失ってしまった。走って佐田と石垣が追いついてくる。

「あの子だ」


 五月の林間学校で、千葉の海沿いに行った時のこと。

 夕食後にクラスの何人かで海岸ぞいをぶらぶらしていた時、いきなり咆哮が轟いた。驚いて沖合いを見ると、飛沫をあげて逃げる鯨のような化け物と、高波の上を走る人影があった。金色の髪をなびかせ踊るように跳躍、手にした三叉の槍を振りかぶり――化け物に突き刺した。


 黒い霧のような血を噴きあげ、沈んでいく化け物。高波が海岸まで押し寄せてくる。このままでは波にさらわれる、そう思ったとき。ぱりっ、と音がして一比古たちの周りを光が包んだ。


 波は光の壁を避けて押し寄せ、砂浜の流木を押し流し、引いていった。

 海上にたたずむ金髪の少女は、少し驚いたように一比古たちを見ていたが、やがて海の中へ沈んでいった。


「もしかして、海にいた金髪の女の子?」

 この不可解な出来事を機に、一比古には「見えないもの」が見えるようになった。例えば、

「ここを金髪の女が通らなかったか?」

と一比古は電柱の下に話しかけた。もちろん誰もいない。

「赤羽……聞きたくないけど、なにかいんのか」

「うん。自縛霊がひとり。ん、ふたりかな」

「やだやだ! やめてよ!」

 うずくまった黒い影はぶつぶつと呟いた。

「ミタみた見た」

 黒い影は、上を指差した。


 見上げる方向、民家の屋根に、あのアイリスという金髪の少女が立ってこちらを見下ろしていた。彼女の白い腕が伸び、なにかを落とす。一枚の紙がはらはらと一比古の手に収まった。佐田と石垣も覗きこんでくる。


 「眞夜中新聞号外」の文字。見出しにはこうあった。

『本日夕刻 下級審問官、惨殺さる。犯人は不明』


 見出しの横に、一部モザイクがかけられた男の死体が掲載されていた。巨大な鎌かなにかで、右肩から胴にかけて斬りつけられ、上半身と下半身が千切れていた。佐田が口を押さえて顔をしかめる。石垣が聞いた。


「この写真、お前と妹を襲ったやつか?」

 佐田と石垣には、全てを話してある。一比古は頷いた。忘れもしない男の顔。

「なあ君! どういうことだ!」

 アイリスはなにも言わない。乾いた感情が顔に貼りついている。やがて、少女は屋根の向こうに姿を消した。


 新聞には続きがあり、欄外にペンで、

「詳細を知りたくば、明日新聞社に来られたし。 C・ヴァイヤー」

と書かれていた。


 詳細を知りたくば。知りたくないはずがない。

 茗は無事なのか。どこにいるのか。

 自分はなぜ襲われなくてはならなかったのか。

 魔女とはどういうことか。


「赤羽君、やめた方がいいよ。怪しいもん絶対! それに最近変なチェーンメールが――」

「よせ、佐田」言いかけた佐田を、石垣が止めた。黒い瞳をこちらに向けてくる。「お前はなんかヤバいものに巻きこまれてると思う。やめろ、って言いたいけど。聞くわけないよな」

「分かってるじゃん」


 一比古はにやっと笑った。石垣も苦笑する。

 絶対に引かない。なにが待ち構えていようと。

 電柱の脇で、自縛霊がくすくすと肩をゆすって笑っていた。




第二章 聞く耳のあるものは聞くがいい(Mark 4:9)  につづく

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